詭計と疑心 その4

 関所から出る場合はチェックが甘い。

 手荷物らしき物もない旅人が相手となれば、更に甘かった。商人が荷馬車などを使って外に出るなら、その荷馬車の中まで確認する事もあるが、旅人が通り抜けるだけとなれば、許可証を見せて金を払い、それで終わりだ。


 全員が旅の途中、食料の確保に立ち寄った、という理由を述べれば、流れ作業で関所の通過を許された。

 関所の出入り口付近は人でごった返していて、秘密話をしようと思えば誤魔化しに使えるものの、込み入った話になると煩わしく思える。


 順番待ちしている時と違って、誰もが行き来するのに忙しく、落ち着いて話をできる状況でもない。それでとりあえず、南門から離れる事にした。

 しばらく全員が沈黙のまま進み、都市の入り口まで続く石畳が土に変わったところで脇へ抜ける。


 都市の入り口は跳ね橋になっていて、その下は深い堀になっていた。大きな都市には良くある形で、その堀に合わせて歩けば、人通りも疎らになり始めた。

 都市からも離れて堀の途切れ目まで来ると、そこにあった適当な大きさの石に腰掛け、続く者たちが足を止めるのを待つ。


 沈黙の時間は長いものではなかったが、しかし考えを纏めるには十分な時間だった。

 ユミルの顔には不理解に対する怒りが浮かんでいて、両手を腰に当てた格好でミレイユの前に立つ。そうして開口一番、怒気を孕ませた声で言い放った。


「――それで、どういうつもりでの発言だったか、聞かせてもらえるんでしょうね?」

「そう怖い顔をするな。お前の読みは的確だった。数多の狙いを同時に孕んだ神々の罠、それを読み切ったお前には、称賛したい気持ちだってあるんだ。実際――」


 途中で言葉を切って、ミレイユは小さく頭を下げる。


「私は感謝しているんだ。お前たちを頼りにして良かった」

「何よ……。そんな殊勝な態度を見せたってね、拒否するんなら相応の理由を貰わないと納得できないってのよ」


 ユミルは一瞬、動揺した仕草を見せたが、即座に取り直して、前傾姿勢で顔を突き出す。

 ミレイユは最終的に結論を出したユミルにだけでなく、同じく考えてくれたアヴェリンやルチアにも感謝の視線を向けた。


 その二人から柔らかい視線で返事を受けたが、それが気に食わないユミルは、ミレイユの顎に手を添えて、強制的に自分の方へと視線を向けさせる。


「いいから早く話しなさい。アンタのコトだから、単に感情に任せた発言じゃないって分かってるわ。だから聞いてあげる」

「相当なオカンムリだな。……まぁ、分かった。お前の読みは実に良かった。単に所在を見つける為の方法としか思っていなかった私と違って、その先にある神々の狙い――昇神についてまで考えを巡らせたのには、素直に感心した」

「それはもう聞いた。どうもアリガトウね。……で、それがアンタの答え? 違うでしょ?」


 ユミルは顎を掴んだままの手をゆらゆらと揺らす。それに合わせてミレイユの顔も揺れて、流石に見咎めたアヴェリンが、その手を叩いて離させた。

 ユミルは未だに不満げな表情を消さず、とりあえず最初の腰に手を当てたポーズに戻った。


「そこまで私に対して、不利な材料が揃っているんだ。助けに行くのは、最良の選択ではないと断言できる。ユミルの言う狙い通りなら、エルフを全滅させる事だって無いかもな。次に使う一手として、再利用するため生かす可能性もある」

「そうね、理屈の上ではそうなるわ。だから、わざわざ行く必要なんてない。……その場合でも、半数は死ぬかも知れないけど」


 言い難そうに視線を一度外へ逸してから発言して、またすぐに元へ戻す。

 そして、続きを急かす視線がミレイユを射抜いた。


「だから看破したなら森から逸れて、別の場所へ移動するとしよう。その場合、神々はどうすると思う」

「だから、森への襲撃を続けるんでしょ? 生かさず殺さず、そして戦力として見るには乏しい数は残す。アンタに味方したとしても、怖くないだけの数まで間引くでしょうよ」

「あぁ、それもそうだが、そうじゃない。――その次だ」


 次、とユミルは口の中で言葉を転がし、そしてルチアは訝しげに首を傾けながら声を上げた。


「本命の狙いが空振りに終わったというなら、当然、また別の手を打ってくるんでしょうね?」

「そう思う。神々は私を捜し出そうと言うのではなく……あるいは並行して、炙り出す方法を選んだ。一の矢が失敗すれば、必ず二の矢、三の矢を放つだろう」


 あぁ、とユミルは苦渋に塗れた表情をして、苦悶の息を漏らした。


「どういう手段かまで分かる筈ないけど、今回と同程度の小賢しさ、悪辣さは秘めた内容であるコトは疑いようがないわ。それがどこかで行われる、……アンタはそう読んだのね」

「――そうだ。私の為に、次は何処が狙われる? 私が無視できない対象である事は間違いなく、そして最後には、世界そのものを巻き込む事態へ発展するだろう。必ず私が、姿を表さねばならない状況に。……それまで一体、どれ程の被害を出せば良い?」


 ミレイユは到底ユミルを見たままでいられず、目を伏せる。

 そこへアヴェリンから気遣う声が発せられた。


「それは……確かに、有り得そうな事です。ミレイ様への試練の為に、三度も世界の危機を演出した神々です。炙り出すつもりでいるというなら、その手段もきっと用意している事でしょう。しかし……、御身を犠牲にするような……」

「そこは今更だろう。世界を救うような事、自身を犠牲にしなければ成せない事だ」


 いっそヤケに見えるような笑みを浮かべ、手首を顔の横でプラプラと振った。


「だから、こちらが根負けするまで同じ様な被害は出るし、せずとも最終的には姿を見せざるを得なくなるだろう。――きっと、そうなる」

「そうね……」


 ユミルは重い息を吐いて同意した。

 呪詛を煮詰めたかのような重苦しい雰囲気を背中から発し、大いに顔を顰めながら続ける。


「アンタの言う通りよ。今回のこれを回避したからと、それで終わる奴らじゃない。最終的にはどう足搔いても、姿を見せなきゃならない決断を迫られる。――えぇ、認めましょう。全く……自分が愚かしい。それぐらい考え付いても良かったでしょうに……!」

「でもですよ、だからここで素直に姿を見せるんですか? 今ここで思う壺に嵌って、それで今後の被害を幾ばくか抑えられるとしてもですよ……。それで決定的な不利や敗北を喫するなら、意味なんて無いですよ」

「……そうです。ここでなくとも、まだ身を伏し、機を読んでからでも良いのではないですか?」


 ルチアとアヴェリンから続けて献策を受け取るも、ミレイユはそれに首を横に振る。

 姿を見せて、それで真っ向から罠に掛かり、それで敗北するなら確かに意味など無い。エルフに助力して、それで信仰を得るような事になり、昇神してもやはり意味は無いだろう。


「奸計、詭計は奴らの得意とする所だ。機を読むとは言え、読み違える可能性は高く、だから初期から姿を見せ、敗北を回避しながら神々の罠を食い破る必要がある。小細工など無意味だと、奴らに教えてやらねばならない」

「そりゃ……それが出来れば最高だけどさぁ。奴らの鼻を明かせれば、大層気分も良いでしょうよ。今後も罠はあるにしろ、その変化が出て来るかもね。……でもそれ、言うは易しの典型でしょ?」


 ユミルは胸の下で腕を組み直し、片手を向けて手首を返しながら指先を向けてくる。

 その仕草と一連の動きが、彼女の心情を表しているようであり、そして暗に不可能だと告げていた。


 ミレイユはそれに、素直に首肯する。

 確かに口で言うほど簡単な事ではない。むしろ、現実が見えていない愚か者と評するべきだろう。だが、自分以外の周囲全てに被害を押し付けて逃げ回るしかなくなるなら、早晩為す術もなく敗北を喫するだけだ。


 神々に捕らえられぬ事も、ループから抜け出す事も、決して諦めてはいない。

 だが、その二つから過剰に逃げ出そうとした果てが、今まで繋がるループを生み出していたのではないか、とも思うのだ。


 それは全くの的外れなのかもしれないが、オミカゲ様はヤケになっていた所為もあって、全てが空振りに終わった、と言うような事を言っていた。

 恐らくは、今回のように神々のはかりごとを、ある程度読みもしたのだろう。だから逃げたのだと言う気がする。


 アヴェリンを喪っている状態が、それに拍車を掛けていたのではないか。

 敢えて火中の栗を拾うような、無謀な真似は避けたに違いない。それが後手後手を呼び、最終的に逃げ回るしか出来なくなったのでは……と、そう思えてならない。


「だが、あるいはだからこそ、やって見せなくてはならない。恐らく、ループを抜け出す大胆な一手――ユミルが言っていたループという保険にげみちを捨てる覚悟、それと似たものがこれだろう」

「分かるけどね……。これは相当な賭けよ。それも相当、分の悪い賭け。……とはいえ、元より保険を捨て去るのも、相当分の悪い賭けだったわね」


 再び両手を腰に当て、大きく息を吐くとにかりと笑った。


「いいわ。それがアンタの見せる覚悟だって言うんなら、アタシもそれに付き合う。……発破かけたアタシが言うのも何だけど、まぁまぁ、随分な覚悟をしてくれたこと……!」

「ミレイ様の見通す、先の長さには感服しました……! このアヴェリン、ミレイ様の覚悟に見合う働きをして見せます!」

「エルフを見捨てる覚悟があったのは本当です。でも、助けられるかもと思えば、やはり嬉しく思います。ありがとうございます、ミレイさん」


 アヴェリンからは尊敬の眼差しを、ルチアはからは感謝の眼差しを受け取って、ミレイユは石の上に座りながら小さく頷く。

 だが何も、ミレイユがエルフを助けると決めたのは、情に流された訳ではない。神々へ叛逆する意思からでも、最終的に誘き出される事が分かっているからでもなかった。


 そこには一重に、一つの願いが根底にあるからだった。


「私は実利を取っただけ、感謝されるのは寝覚めが悪い」

「実利、と言いますと……?」

「私はまだ、現世に帰還する事を投げ捨てたつもりはないからな」


 その一言で、誰かが息を呑む声が、ミレイユの耳にもハッキリと聞こえた。

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