決闘演舞 その8

 翌日、ミレイユ達は昨日より若干遅い時間に宿を立った。遅くなった原因はユミルの寝坊で、これもまた別段、珍しい事ではない。

 しかし、少々気が急いているアヴェリンからすれば、その怠慢は我慢ならないものらしく、そこでもまた、いがみ合いが発生した。


「何故このような日に寝坊なのだ! 昨日は早くに寝たのではないのか!?」

「いやぁ、それが聞くも涙、語るも涙の理由があって……」

「私が気付かないとでも思っているのか!? 昨日の夜もどこぞへ出掛けていたな! 一体どこへ行っていた!」

「いやまぁ、それはアレよ。適当に夜遊び……?」

「ふざけるなよ、馬鹿者!」


 これもまたいつもの光景で、ミレイユとしては朝食の席で見られる事を楽しんでいた位だった。しかし、普段なら言いたいことが言い終われば、後を引かない性格のアヴェリンが、こうして冒険者ギルドへ向かう間も気を落ち着かせていない。


 不思議に思って聞いてみれば、謝罪の一言と共に胸の内を打ち明けてきた。


「ご気分を害してしまい、申し訳ありません。……ただ、私としても余裕がないと申しますか。……不安なのです」

「あぁ……」

「ミレイ様が何者かに害される……目的が捕獲であろう事を考えれば、実際に命を奪うとは思えませんが……。しかし、そんな事は何者にも不可能だ、というつもりでおりました」


 アヴェリンは力なく零す。

 ミレイユはその気持ちが分かる様な気がした。

 悲劇の中心に居るのはミレイユかもしれないが、だからと言って、彼女たちも同じ気持ちにならない筈がない。


 打倒を訴えるのは、誰もが同じだ。

 それが神々ではなく、足元を掬おうとしてくる輩がいて、それが現実的に可能かもしれない、となれば冷静なままではいられないのだろう。


「そして、昨日の武具の話を聞いて、それが揺らいだ訳か……」

「然様です……」


 神々が作った武具というのは、文字通り神がかった一品で、人間に真似して作る事は出来ない。切れ味の良い刀剣、魔術を弾く盾、希少性の高い付与、その程度の物品を指すものではないのだ。神がかり的、と表現するのが相応しいほど、他に類を見ない一品が揃っている。


 魔術を作り出すのが神の特権であるなら、その付与術についても、ある種神の思うがままだ。

 一切の制約がない、という意味ではないだろうが、箱庭にあったような、使う本人すら理解できない機能を付与する事も出来る。


 ミレイユは下賜された武具を、デザインが嫌だ、という理由で使っていなかった。

 強力な武具である事は確かだったが、それに頼らねば打破できない、という敵と遭遇していなかった理由の方が、むしろ強い。


 自分が持つ技量や魔術を駆使すれば、何者にも負けない、という傲慢さが根底にあったように思う。それだけでは足りない、他に何か必要だと思えても、購入したものを上手く利用していたし、自分で製作したりもした。

 それで実際、上手くいっていた。だから、そういう理由もあって倉庫の肥やしとなっていたのだ。


「神々としては、私に使わせたくて用意していたものだろうな……。使えば依存したくなるほど、便利な武具だったろう事は想像できる。実際には、使う事でどのような効果で身を蝕んでいたか、分かったものではないが……」

「十重二十重に策を講じる奴らです。使われなかった場合の事も、考えていたとして不思議ではありません。それこそ、ユミルが言ったように、他の誰かが所持した時、『ミレイユ殺し』として機能するような……」


 ルチアの懸念に、ミレイユは重苦しく頷く。


「私個人、というより、むしろ『素体殺し』と言った方が正しいような気がするが……そこはニュアンスの違いかな。とにかく、所在だけでも確認しなくては気が済まない」

「――ですが、見つけたとして、どうします?」


 隣に立ったルチアが、小首を傾げながら聞いてくる。

 そう言われて、ミレイユとしても、どうするかまでは考えていなかった。


 回収は前提として、説得で手に入るならば、それで良い。無理なら無理で奪うまで。

 その後となれば、迷うところだった。手元に置いて保管というのは、何があるか分からないので恐ろしい。何もかもが神の掌ではない、と分かっているのだが、だからと危険物を傍に置きたい趣味もなかった。


「破壊が出来れば、それが一番良いんだろうが……」

「難しいんじゃないかと……。不壊であるのは、神造武具の特徴だった筈ですし。かといって、何処であろうと隠すだけでは心許ない……ですよね?」

「ならば封印、結界、守護、という手段だが。……どれも不確実に思える」


 ミレイユが額を撫でながら答えると、ルチアも同意して頷く。


「どれもが不確実なら、どれもを使って確実性を上げるしかないのでは。ミレイさんとユミルで封印、私が結界を、そして隠した上で守護する何かを用意する」

「完璧と言える手段がない以上、それが現実的か……」

「まぁ、妥当でしょ。より良い案が出るまでは、とりあえず、それが方針で良いんじゃない?」


 ユミルが被ったフードの位置を調整しつつ同意して来て、見つけた後の処理方法も決定した。

 中央区までやって来たところで、ルチアとユミルとは別れる。南区画で食料の調達、という役割を持った時、ルチア一人でいさせるのは不安があった。


 一応、この都市はエルフの入出は許されていないので、万が一見つかった時、逃げる手段が豊富なユミルが一緒なら安心できる。

 買い出し自体はすぐ終わるだろうし、ミレイユ達の用事も一言二言で終わる予定だ。


「では、最低でも一時間後に南門広場で合流だ。予定の変更が出来るようなら、こちらから連絡する」

「了解です」

「じゃ、アキラによろしくね。女のケツばかり追わないよう、釘刺しておいて」


 二人も一言だけの簡単な挨拶をして、背を向けた。

 どこまでも軽口を忘れないユミルに苦笑を返して、ミレイユ達も冒険者ギルドへ向かう。

 伝えていた時間より多少の遅刻があったとは言え、非常識なほど遅れた訳ではない。その入口へと向かうよりも前に、アキラがこちらに気付いて近付いてきた。


「おはようございます、ミレイユ様!」


 元気な挨拶で一礼して来て、ミレイユが小さく頷いて返事をすれば、アキラは二人しか居ない事を不思議に思ったようだ。


「あれ、ルチアさんとユミルさんは……?」

「用を与えたから、そちらに行っている。……少し、急を要する事があってな」

「そうなんですね。ちょっと寂しいですけど……でも、それもきっと聞かない方が良いんですよね?」


 ミレイユは黙って頷く。

 神々は現在、ミレイユ達の所在を見失っている筈だ。もし発見しているなら己の信徒を差し向けているだろう。だが、もし発見した上で泳がせているのなら、やはりアキラは何も知らない方が良い。


 だが、ミレイユはただ泳がせているとは考えていない。

 千年掛けて追ったミレイユが帰還したなら、それを手中に収めるべく動くだろうと思うからだ。今度こそ逃さない、というつもりでいると考えるのが妥当だった。


「ユミルが得意とする催眠も、何も専売特許という訳ではないからな。抵抗が難しい催眠は高度に違いないが、幻術使いなら似たような事も出来る。お前が裏切るつもりはなくとも、情報を抜かれる可能性はある」

「な、なるほど……。それなら尚の事、僕は知らない方が良さそうですね」

「馴れれば抵抗できるが、力量差が大きければ端から無理だ。お前に、この手の抵抗は最初から期待できないからな」

「――仰るとおりです」


 アキラが返答するより早く、アヴェリンがしたり顔で頷いた。

 返す言葉もなく、アキラは申し訳無さそうに頭を掻いて、それから顔を向け直した。


「……では、もう出発を?」

「そのつもりだ。味気ない別れだが、今生の別れでもない。早くとも、ひと月以上掛かると思うから、その間の鍛練を怠るな」

「ひと月以上、ですか……」


 その数字は、アキラからすると予想外だったらしい。

 悔やむような、物寂しい表情を見せながらも頷く。

 憐憫に似た表情を見せるミレイユに対し、アヴェリンは苛烈とも思える声音で言った。


「その間に何の進展も見せないようなら、容赦なく切り捨てるからな。お前は最低限の合格を受けただけ、という事実を忘れるな。あまりに不甲斐ないようなら、当初の予定どおり町へ捨て置いて行く」

「わ、分かりました……! 決してご期待には背きません! マシになったと言ってもらえるよう、精進します!」


 それでいい、とアヴェリンが頷き、それに合わせて、いよいよ踵を返そうとした時だった。

 横を通り過ぎていく冒険者チームから、聞き捨てならない台詞が聞こえてきて、それを拾おうと耳をそばだてる。


「今日は運良く空いてて良かったよ。あの依頼って、森の魔族を見張るだけで良いんだろ?」

「見張るだけじゃない。出て来る奴がいたら叩くんだよ」

「出る奴だけじゃなくて、近付こうとする奴がいても同様だ。報告の義務もあるのを忘れんなよ」

「後は物資の買付も忘れないように。これナシで野営地行ったら、とんぼ返りだから。……にしても、依頼元が保証されてんのは有り難いね。下手な文句つけられて減額される事もないし」


 明るい顔をして雑談混じりに話しながら、冒険者たちは離れていく。

 帽子のつばを下げながら、横目でその会話を聞いていると、何やら不穏な気配が感じられる。


 森や魔族という単語から連想されるのは、これからミレイユが向かおうとしている場所だ。

 そこを冒険者を使って見張りにする、というのは、先手を打たれた様に見えなくもない。だが、今日は運良く、と言っていた事からも、近日出されたばかりの依頼でない可能性がある。


 デルン王国と森のエルフとは古くから交戦状態にあるから、兵を使わず代替として、冒険者を斥候代わりに利用しているだけかもしれなかった。それが古くから続いているなら関係ないが、ここ最近から始まったものであるなら、ミレイユの所在を探す意図あってのものかもしれない。


 冒険者の会話はアヴェリンも聞いていたらしく、目を向ければ険しい顔をして頷いてきた。

 依頼元が信頼の置ける筋である、というのなら、それは是非とも確認しなくてはならない。


「予定の変更が必要かもしれない。それを確認しに行く」

「ハッ、お供します」


 肩で風を切るように冒険者ギルドの門をくぐり、ミレイユ達は依頼ボードへと向かって行った。

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