決闘演舞 その6
食料の買付け自体は順調に進み、今は宿の一室でそれらを広げ、一応の確認をしているところだった。保存食ともなれば大抵の制作過程は同じで、塩漬けにされたものが主になる。
あるいは徹底的に水分を抜いて、とにかく日持ちさせたような物ばかりで、当然味は悪い。
しかし、工程が丁寧である程に味の違いは出るものだし、雑であるなら保存性も悪く、すぐに傷んでしまう物もある。
ここは粗悪品を売りつける商人が悪い、というのではなく、見抜けず買った消費者が悪い、という論理が成り立つ世界だ。
食料の消費量を考えて購入しているのに、腐り始めるのが早ければ、その計算も狂う。
安心や信頼できる商人を知らないミレイユ達からすれば、入念なチェックは欠かせなかった。前提として大丈夫そうなものを購入してはいるのだが、見落としというのはあるものだ。
現在、そのチェックをしているのはアヴェリンとルチアで、ミレイユも参加しようとしたのだが、大仰に止められてしまったので見ているだけに留めている。
ユミルは最初から参加するつもりもなかったようで、ミレイユと同じくベッドの上に座って、その作業を眺めていた。
他より幾らか広い室内とはいえ、やはり四人集まれば手狭だし、そもそも保存食を広げていて足の踏み場もない。
全てを出さず、広げられる分を出してはチェックし、都度入れ替えていく形なので、それなりに時間も掛かっている。
その全ての確認が終わった頃には夕食の時間が迫る頃で、ユミルはあくびを隠そうともせず、暇そうにその光景を見つめていた。
そして結局、使う分には怖いものもそれなりに見つかり、最終的に半分程しか安全と思える物は残らなかった。
「意外に多かったな……」
「……ですね。選んで買ったつもりでしたが、商人もさるもので、傷んだ部分を上手く隠す
「後は、実際に掛かる日数によって変わってくる、という感じか?」
「はい。早めに帰るか補充が利くなら、残った内の七割は使えます。宿があるなら飯屋もあるでしょうから、全てを保存食で賄う必要もなくなりますし」
ミレイユは一つ頷いて、顎に手を添える。
目的地は遠くない。宿もあるだろう、しかし食料までは分からなかった。宿場町の様な場所ならともかく、農村というものは、そもそも滞在する人間に対する余分な食料というものを持たない。
一日だけならば謝礼金を渡すだけで問題なく馳走してくれるが、これを四人分を五日という話になると、金があろうと食料がない、という状態になってしまう。
日本の生活のように、無いなら近所のスーパーで、という訳にはいかないのだ。
歩いて数日で着けるなら近い部類で、それ以上掛かる事は珍しくもない。
当然、街へ移動するまでに危険は付き物だから一人では行かないし、複数人で行くのなら、やはりその分多く、食料を持ち出さなくてはならない。
暴力に対して心得がある者ばかりでないし、あったところで即ち、安全に行き来が出来る事を確約するものではない。
村から出るというのは、命がけなのだ。
そして、どうせ街に行くなら農具を研いで貰ったり、別途必要なものを購入したりなど、多くの
当然村中から欲しい物のリストなんかも託される事になり、馬も荷車も必要になってしまう。その分の飼葉も往復分詰め込む必要があり……と、とにかく鼠算式に用事が膨れ上がってしまうのだ。
農村に住む人というのは、だから基本的に村内で完結できるよう、計算して食料を作るものだし、計算して消費する。
外に出て、何かを買ってくるというのは大事業だ。
だから年に一度か二度で済むようにしていて、余計な面倒を持ち込む旅人を好まない。金さえ出せば良い、相場の十倍出せば快く応じる、というものではないのだ。
しかし食料を持ち込むとなれば、そこまで嫌な顔はされない。自分の事は自分で面倒を見る、テントを張る場所だけ提供して欲しい、という程度なら受け入れも快諾される事が多い。
ミレイユがこれから向かおうとしている先も、やはり自閉しているコミュニティだろうから、他所からやって来た者に対し、食料を分け与える事を良いように考えないだろう。
村についてからも、食料は自分たちが用意したものを使用する。その前提で買い揃えるべきだった。
「到着自体は早い。そこから更に奥深く入る事を考えても、余計な分は二日と言ったところだろう。だが、補充は出来ないと考えるべきだ」
「別にどこ行くつもりでも構わないんだけど、どこ行くつもりなのかは教えて欲しいのよね」
ユミルがあくびを再び噛み締めながら言うと、ミレイユは素直に詫びる。
「……そうだった、最初に言うべきだったな。例の、私の名前が付いた森へ行く」
「何でまた? ……あぁ、ルチアの為?」
「別に私に気遣う必要はありませんよ。エルフが住みついた森で、だから親類縁者はきっと居るでしょうけど、別にそれで足を運んで貰うのも……」
ルチアが申し訳なさそうに言う隣で、アヴェリンは毅然とした調子で口を開く。
「話を聞くだに、苦境に立たされているのは理解できます。しかし、彼らも既に森へ住み着いて二百年になるのでしょう? 逃げ出すというには、長く住み続き過ぎた故に意地もあるでしょうが、敢えて手を伸ばすのも如何なものかと……」
「一度は助けたエルフだけど、いつまでも助けなきゃいけないものでもないでしょう。……それとも、知ったからには見捨てられない? それならそれで、あー……別に良いわよ」
ユミルが軽い調子で言って、カクンと首を横に倒す。
いっそ眠ってしまいそうな程、その瞳は微睡みを堪えるように瞬いていた。
だがミレイユは、ゆるりと首を横に振る。
そこには非常に利己的な思惑があった。
「全く気に掛けていないと言えば嘘になるが、森へ行きたいのは別の理由だ。……話に聞いた通りであれば、あの森の奥には私の邸宅がある筈だな?」
「森の名前の由来からしてそうなんだから、そうなんでしょうよ。……あぁ、つまりアレ?」
ユミルは目を揉むように擦り、ほゎゎと小さなあくびをしてから続ける。
「その邸宅に――もっと言えば、邸宅へ置いてきた物に用があると……」
「ミレイ様、二百年ですよ。何か価値あるものが残っているかどうか……」
「ミレイさんには恩義もあるし、多大な感謝も感じているでしょうけど、追い詰められて来たというなら、切り崩して使ってたりしてるんじゃないですかね? 本人不在が百年続いた時点で、とうに見切りを付けて、手を付けていても可笑しくないかと」
二人の言い分には、十分理解できる。
エルフ達は、ミレイユの事を耳を丸めたエルフと呼んでいたが、だからこそ実際にはエルフではないと知っている。ある種の期待感を持って、そう呼んでいたのも事実だろうが、百年も姿を見せないとなれば、いよいよ諦めも付いていただろう。
そうして、現在はそこから更に百年経ってしまっている。
森に対して害意を持って攻めて来た者に対し、抵抗を続けていれば水薬は当然として、武器や防具もまた使用した筈だ。多くの錬金素材や、鋳造資材など、使える物は使ってしまうのが賢い行いというものだった。
「だが、彼らが森に住んで、かつ森に私の名前を付けたのは何が理由だと思う?」
「それは……尊崇だったりするんじゃないかしらね? 放置したまま、見知らぬ人間とかに荒らされるのを嫌ったとか」
「墓守のようなつもりでいたかもしれませんよ。荒らされたくないという目的は同じでしょうけど、ミレイさんの物として残った形あるものですから。それで周囲に住み着いて……住む為に森を作った、という感じじゃないかと思うんですけど」
「アンタの口から言われると説得力あるわね」
ユミルが茶化して言うと、ルチアは苦笑しながら首を傾げる。
「でもやっぱり、平和が存続していたならともかく、長年虐げられても来たらしいので、対抗できるものがないか、家探しみたいな事はせざるを得なかったんじゃないかと……。本当にそうなら、申し訳ない事なんですが……」
「いや、それについては問題ない」
ミレイユは首を横に振りながら、手も小さく上げて同じく振った。
「盗賊に持っていかれるならともかく、彼らならば文句も言えない。むしろ眠らせ腐らせるより、余程マシな使い道だろう。賢い選択と言えるだろうな」
「あら……、じゃあ何も残っていない、っていう考えには賛同するのね? でも、行きたいの? 二百年も屋敷を守っていた事を労いたい? 実際、エルフが敢えて森を築いて残る必要なんてないのよね」
ユミルの発言には、アヴェリンも頷く。
「被害を受ける要因の一つとして、オズロワーナの目と鼻の先にいるから、というのもあるだろう。かつてのように、元の森へと避難すれば、それとて容易ではなくなる。皆無になるかどうかは別だが、安全は格段に増えるだろう。だが、それでも二百年も留まるというなら、何か理由があるのかとも思う」
「そうだな、私も同じように思った」
エルフの親子は、出会った場所より離れた場所で暮らしており、そしてオズロワーナからも離れた場所に住んでいた。しかし、エルフ迫害の風潮が強まり、暮らしていけなくなって、仕方なくミレイユの森へと避難することに決めたのだ。
そこに理由があるように、ミレイユは思った。
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