決闘演舞 その4

「……なるほど、話は分かりました。じゃあ僕は、当初の予定通り、ギルドに所属して依頼をこなして行けばいいんですね?」

「そうだ、主に魔物の討伐を中心にな。無論、依頼は日によって変動するから、必ずしも魔物ばかり討伐できるものでもないだろう。依頼は速いもの勝ちで、優先的に回ってくるものでもない。受けられない日の依頼内容は、お前に任せる」

「では、その辺りはスメラータさんと相談して決めます」


 アキラがそう言って、悲しげに微笑んでからテーブルに着いた面々を見回た。

 今やスメラータもおらず、イルヴィも昏倒していて、顔を上げているのはミレイユ達のみだ。

 そこへ感極まったように頭を下げた。


「初期費用まで用意して頂いて、ありがとうございます。皆さんに教えと薫陶を受けた者として、恥ずかしくない振る舞いを心掛けていきます」

「あー……、ミレイ様。伝え損ねている事があるのでは?」


 アヴェリンから気不味い視線を受け取ってみれば、確かにアキラの態度は不自然だった。

 まるで今生の別れのように、瞳に涙を溜めている。必死に涙を見せないようにしているようにも見え、それでアヴェリンの指摘が正しいと気付いた。


 決闘の場で、ミレイユが座る椅子の傍にいたメンバーには伝わっていたろうし、酒場に席を移してからも、それらしき事を言っていたからアキラにも伝わっているつもりでいた。

 難しい単語や長い会話まで理解できないアキラには、そこで話された内容を理解できていなくて当然だった。


「……アキラ、最初に伝えておくべきだった。お前は最低限の合格ラインを越えた事を、先の決闘で私に見せた。お前の同行を許可する」

「そ、それ、本当に……っ!」

「最低限、でしかないがな。捨て置く程に無価値でない事を、お前は自ら証明した。だから私も、お前の気概に応えてやる」

「う、嬉しいです……! 僕はてっきり――、やっぱり駄目だったのかと……っ!」


 言葉にしながら嗚咽が混じり、喋り切る前に目元を腕で覆った。

 歓喜のあまりの男泣きなのだろうが、その余韻を気長に待ってやれる程、ミレイユにも余裕がない。

 無情と思われようと、やるべき事をやらねばならなかった。


 ユミルにちら、と目配せすると、イルヴィの背を迂回して、アキラの後頭部を叩いて前を向かせる。目を赤くさせたアキラが、目を白黒させながらミレイユを見つめた。


「話はまだ終わってない。ならば何故、私達から離れて行動させるか、それを説明する」

「は、はいっ。お願いします」

「まず一つ、お前は刻印の扱い方を学ばねばならない。それは私達には教えられないから、扱いに慣れた者に教わるのが手っ取り早い」

「だから、スメラータさんなんですね」


 未だ少し声は震えていたが、落ち着きを取り戻したアキラは得心して頷く。


「そうだ。そして、私達の後を歩くというなら、魔獣や魔物との戦闘は避けられない。対応方法を知らない、出来ないという相手を、介護しながら戦うつもりもない」

「僕はまず、それを学ばなければ、付いて行く資格がないって事ですか」

「うん。それについて教えられる事は多いだろうが、どうせギルドに所属するなら、そこで依頼を受けつつ学んで行け。魔物の生態や行動など、多くはギルドで共有されてる情報だから、知るだけならここで十分だ。実際に見て倒して学ぶ事は、自分にしか出来ない。それも私達の手を借りずにやってみろ」


 アキラは神妙になって頷き、それから背筋を伸ばして手を膝の上に置き、頭を下げる。


「数多くの配慮を思慮を賜りまして、真にありがとうございます。ご厚情に恥じないだけの学びを得ると、ここに誓言いたします」

「……うん。まぁ、頑張れ。言語の方も、簡単な会話くらいは出来るようになってくれると助かるんだがな」

「は、はい。……鋭意努力します」


 聞き慣れない言語に、すぐ慣れろと言って難しいのは分かる。

 だから、苦り切った顔で視線を逸したアキラには、あえてそれ以上、何も言わなかった。


「そういう訳で、スメラータとは持ちつ持たれつ、教え教えられの関係で上手くやれ。お前の問題が早く片付いたから、私達は予定していたより少し早く動ける」

「それは、何を……?」

「お前は知らない方が良いだろう。――いや、知る権利がない、と言いたいんじゃない。知らないでいてくれると、私が助かるんだ」


 そう言うと、不安げな表情が消し飛び、決意を感じさせる目を向けてくる。


「分かりました、そういう事でしたら、何も知らない事にします。ギルドには頻繁に顔を出されるんですか?」

「……分からないが、そうはならないだろうな。それに、私の予定は突発的に幾らでも変わるだろうとも思っている。……何とも答え辛い」

「そうなんですね……。でも、一つ懸念があって……」


 アキラが困ったように眉を寄せ、それを解すように人差し指を当てた。

 そこへ揶揄するように、ユミルが盛大に背もたれに身を寄せて口を開く。


「あらまぁ、同行を許されたからって、もう一端のメンバーのつもり? 何でも質問が許されると思わないコトよ」

「いえ! 決してそんなつもりじゃ!」


 アキラは自身の誤解を解くべく、必死に両手を前に出して左右へ振った。

 ミレイユはそこへ、腕を組んだまま顎をしゃくる。


「なんだ、言ってみろ」

「……僕ってギルドに加入しているんですか? なんか、両手を見せてから即座に踵を返す事になって、どうにも門前払い食らったようにしか見えなかったんですけど……」

「あー……」


 ユミルが背もたれに体重を預け、椅子の脚を浮かせながら天井へ視線を向ける。

 スメラータとの相互協力の件があったので、すっかりギルド加入が当然の前提で考えていたが、そもそも加入拒否を受けて、撤回の申し立てすらしていない。


 門前払いを受けたのなら、別のギルドでも良いか、という考えだったのだが、こうなってくると障りが出て来る。アキラを狩猟ギルドに持っていくか、あるいは別の町を活動拠点に移すか、と考えていたが、そういう訳にもいかなくなった。

 ユミルが天井から視線を戻し、胡乱げな視線を向けてくる。


「……どうすんの?」

「加入を飲ませるしかないだろう。いざとなれば……」

「なれば……、またアタシ?」

「いや、もっと単純に……脅しつける」

「――脅し!?」


 アキラは悲鳴のような声を上げたが、別に力を誇示するのは悪い事ではない。

 実力至上主義で通る冒険者ギルドだ。先の決闘騒ぎを持ち出せば、それなりに上手く事が運ぶと睨んでいる。それで無理なら、また別の案を考えれば良いだけだ。


 それこそ拠点を移すなり、スメラータを狩猟ギルドへ移籍させても良い。

 彼女はまだこの都市での活動実績がないので、引き止めや面倒な手続きなども無い筈だ。


「まぁ、いい。今から行くぞ。スメラータが帰って来る前に、このギルドに所属できるかどうかだけでも確認しておきたい」

「わ、分かりました……!」


 ミレイユが立ち上がって帽子を被る。

 そうすると、次々とそれに倣って立ち上がり、そして酒場の出口へ歩き始める。退店するより前に、十数枚の金貨が不自然な軌道を描いて、ミレイユ達の居たテーブルへ音を立てて並んだ。


 ――


 朝早くから乱闘まがいの決闘騒ぎが起きた事で、ギルドの仕事は多く滞っていた。

 本来なら既に粗方依頼の受注も終わり、冒険者の多くがギルドを出て行くような時間帯でも、今は長蛇の列で順番待ちをしているような有様だった。


 突発的に問題行動を起こすのは冒険者のさがだ。誰もが慣れたものとはいえ、お上品に順番待ちをするような者は少ない。

 それこそ、新人は後からやって来た冒険者へ場所を譲り、そして譲らない者には喧嘩腰になったりと、殺伐とした雰囲気が場を覆っていた。


 決闘騒ぎの熱が収まっていないのか、この場で再び武力で順番の決着を、と息巻くような声まで聞こえてきて、ミレイユは煩わしく思いつつも前進を続けた。

 事前にアキラには武器を出させ、それを腰に佩かせた上で、並ぶ冒険者たちを押し退けて進む。

 それを見たアキラが不安げにミレイユの顔色を窺ってきた。


「いいんですか、これって無作法なんじゃ……。また生意気な奴だって、止められませんかね?」

「いいか、アキラ。一つ教訓を与えてやる。――強者は堂々としていろ。舐められたら、黙っておらず殴り付けろ。それを義務と思うと良い」

「義務、ですか……」


 アキラには今でも全く自覚はないが、決闘で見せた姿は、少なくともこのギルドの中では強者の振る舞いだった。並み居る挑戦者を正面から打ち返し、一級冒険者すら引き出して見せた。

 それだけでも新人としては快挙だが、引き分けにすら持って行けたから、直後に酒盛りの騒ぎにも発展したのだ。


 強者には横暴に振る舞う権利がある、とまでは言わないが、冒険者は強い、という一つの事実が特権の様に扱われる。

 そして強いと認めた相手には、それ相応の振る舞いを許すものだ。許されて当然、という不文律さえある。だから、ここでアキラが見せる姿は上品に順番待ちをするのではなく、直線的に受付に向かう事だった。


 実際、アキラを引き連れるミレイユ達の姿を見れば、誰しも道を開けて行く。そこに不満らしいものはなく、順番待ちで決闘を持ちかけていた冒険者さえ、顔を見るなり笑顔で道を譲った。

 中にはアキラの背を気安く叩く者までいる。


 アキラは恐縮してしまっていたが、構わず進むミレイユ達を引き止める者は、受付に辿り着くまで皆無だった。

 今まさに受付で依頼の受諾している冒険者は流石に退いたりしないが、隣の受付で依頼の申し込みをしている商人風の男性などは、周りの厚遇ぶりに好機の視線を向けていた。


 その冒険者もさっさと手続きを済ませると、逃げるように場を離れていく。

 入れ違いに前へ出て、先程と同じ職員の前にアキラを差し出した。

 ミレイユとアキラの顔を交互に見合わせ、そして先程の騒ぎを良く理解している職員の顔色は蒼白になっている。


「……さて、私達が何をしに来たのか、良く解っていると思うが」

「え、えぇ! それは……それはもう! その節は、大変……!」

「謝罪が欲しい訳じゃない。それともやはり、形ばかりの謝罪をして門前払いか?」


 ミレイユが帽子のつばを人差し指で押し上げ、睨みを利かせる。

 職員は蒼白の顔を左右へ振って否定した。額には脂汗まで滲んでいる。


「いえ、決して! 決してその様な事は! この方の様な冒険者を迎え入れられる事は、大変喜ばしい事で……!」

「では、手続きを始めろ。別に贔屓にしろなんて言わない、慣例通りの等級からやらせてくれれば、それで良い」

「は、はいっ……! えぇ、この方の実力でしたら、問題なく……早い段階で昇級試験を受けられると思います!」


 等級が上がれば受けられる依頼も増え、そして同様に危険な魔物を討伐する依頼も受けられるようになる。一足飛びにそこへ位置付けしろ、というのは相当なコネがないと不可能だろうから、言って無理な事は要求しない。


 ただ、職員の安堵の表情を見れば、一つ譲ったように見えたようだ。

 そこを利用するしたたかさがアキラにあれば、早く昇級できそうなものだが、そこまで期待するのは止めておこう。


 ただ、実技試験については免除となる様なので、後は通訳としてユミルを置いて傍を離れる。

 順風満帆とは言い難いが、とりあえず始める所までは進められた。手続きが終わるまでは待っておかねばならないので、邪魔にならない離れた場所で壁に凭れる。


 息を吐き、出入り口へと視線を向けながら、ミレイユは今後の動向について思考を遊ばせ始めた。

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