決闘演舞 その3
「だからさ、ギルドにいる間、あたしが一緒にチーム組んであげるよ! 色々教えてやれるしさ、代わりにちょいちょいと強さの秘密を教えて貰うんだ。……どう、良いでしょ!?」
「それは……」
駄目だ、と反射的に答えようとして、よくよく考えれば、そう悪いものでも無いような気がしてきた。
何しろ、何かに付けて初心者であるアキラだ。依頼の受注の仕方は勿論、ギルドに有る不文律や常識なども、当然知らない。
しかもそれらは多岐に渡り、その時その時でなければ教えられない。
そしてミレイユ達に、そこまで付きっ切りで教えてやるつもりもないのだ。
それを自ら買って出てくれるのは有り難いし、その代わりとして、アキラが知る技術を教えるのは悪くない取引に思えた。
現在となっては、アキラが持つ制御技術は廃れてしまった古い技術だが、それ故に秘匿するものでもない。イルヴィの様に、天賦の才か、あるいはカンの様なもので近い事が出来ている者も、この世の中にはいる。
教えて欲しいと請われて教えるものではないが、それがアキラの面倒を見る事と引き換えならば、許可しても良い、という気がする。
しかし、それには一つ大きな問題があった。
「アキラは言葉をあまり知らないぞ。……それはどうする」
「あたしが教えるってば。ちょっとは話せるっていうなら、色々取っ掛かりはあるだろうしさ。それぐらいの面倒と引き換えに強くなれるんなら、全っ然、余裕だねっ!」
「意思疎通の齟齬や間違いは、それなりに負担だと思うがな……。だが、早くからアキラの世話から解放されるのは魅力的だ」
アキラが危険に陥るのは、一重にミレイユ達と共にいるからだ。
傍から離れれば、その分危険性は減少し、それだけ安全に実力向上を図れるだろう。その見返りをアキラ自身が払うというのも、本来なら当然なのだ。
「アキラがいなければ、その間に進められる問題もあるだろうしな……」
「……何か聞かせられない事でも?」
アヴェリンがそっと耳打ちするように顔を寄せてきて、ミレイユは小さく首を横に振る。
「いいや、単に連れ回すには、その実力が枷になるだろうと思っていただけだ。だが、私達と離れている間に勝手に学んでくれるなら、時間の節約にもなるだろう」
「然様ですね。言語を教えるにも、本腰を入れるなら時間が幾らあっても足りません」
「本来ならその間、時間を捨てるようなつもりでいた。せめてもの情け……いや、私に付いて来た者への労いとして。だが当然、その時間の分だけ、神々へ打つ手が疎かになる」
ミレイユが神妙に言えば、アヴェリンは周囲に目配せした上で頷く。
スメラータにこのやり取りは聞こえないよう話しているが、万が一という事もある。改めてミレイユも周囲で聞き耳立ててる者が居ないかを確認した上で、話を再開した。
「償いというものでもないが……、しかし投げ捨てるつもりがないのなら、それぐらいの面倒は見なければならないと思っていた。それを買って出てくれるというなら、願ってもない」
「……対価としても、出し惜しみするものでもありませんしね。何よりアキラ自身が払う、というのが大変、妥当かと」
「それにスメラータは事情を知っている。……というより、人里離れた場所で育ったと、誤解させる事が出来ている。同情を買えているようでもあるし、生来の気質から鑑みて、頼りにするのも不安がない」
アヴェリンがスメラータへ視線を移し、そして得心したように頷く。
ミレイユもそれに頷きを返せば、アヴェリンはゆっくりと離れて椅子の背に凭れた。
アヴェリンの表情が悪いものでないと分かっているからだろう、スメラータがミレイユを見る表情は、期待に満ちて身体が前のめりになっている。
ミレイユはそれに頷きかけてやりながら、口を開いた。
「……良いだろう、アキラをお前に預ける。世話をする代わりに、アキラから鍛練の方法を学べ。ある程度経ってからアキラの成果を見るついでに、お前の成果を見てやっても良い」
「やった……!!」
スメラータは両腕を天井へ突き上げて喜んだが、しかし釘だけはしっかりと刺しておかねばならない。ミレイユは語気を強めて言った。
「近い内……恐らく数日の内に食料などの保存食を買い揃え、それから一度、ここを離れる。その離れている間にアキラの進展が何一つ見えないようなら、その時点でこの話は無しだ」
「それは……分かったよ、うん。でも……二、三日で帰って来たりしないよね? 単語の十や二十を覚えさせたのを進展って見てくれるなら、それでも良いんだけど……」
「何もお前の成果を理不尽に計ったりしない。どれくらい時間が掛かるかについては、分からないとしか言えないから、その掛かった時間に見合った進展を計る」
それはつまり、ミレイユの匙加減一つでしかないのだが、スメラータとしてはそれに頷くしかない。納得いかないような顔をするのも仕方ないだろう。
重さを計るような、分かり易い指針がある訳でもない。これだけは教えろという命令をした訳でもなかった。
どこを到達線と見做せば良いのか分からねば、成果を上げたと自らが判断しても、それを覆されてしまうかもしれないのだ。
実際、ミレイユとしては厳しく判断するつもりはなかったのだが、その正否如何に限らず、引き離さねばならない事もあるだろう。
例えば、オズロワーナと全面的に敵対する、などがそれに当たる。
他にも遠くへ旅する可能性もあって、それに随伴させるとなれば、アキラの世話も鍛練も即座に終わりを告げるしかなくなる。
だが、ミレイユにスメラータの人生や、その設計プランまで考慮してやるつもりはない。理不尽と嘆くなら、嘆いてもらうしかなかった。
「では、最初の助言……というか勧告をしてやる。今からすぐに酒を抜いて、初級魔術一つだけ残し、他の刻印を外して来い」
「え……、一つだけ?」
「別に全部でも良いが」
スメラータは慌てて両手を左右に振る。
そして自らの刻印を眺めては、情けなく眉を八の字に落とした。
「いやいや、一つで良いよ、十分だよ! ……でも、それじゃマトモな戦闘出来ないっていうか、依頼も受けられないっていうか……。生活にもお金がいるし、刻印を外すのにだってお金かかるのに……」
「……まぁ、確かに金貨を何十枚も請求されそうではあるな」
まさか金貨の一枚も持っていないという事はないだろうが、宿泊費や食料代など、一日ただ生活するだけで消費される金額は、都市と田舎では雲泥の差だ。
スメラータも都市で暮らす事を念頭に置いて、幾らかの貯金を持ってやって来たのだろうとは思うが、余計な出費を考えていないのもまた、冒険者というものだ。
その日暮らしというほど酷いものではないが、一部の一握り以外、いつだって金に困っている。それは装備の充実であったり、魔術書――今では刻印――の購入であったりと、上を目指し続ける限り、常に金欠で悩まされるものだ。
刻印の解除に掛かる費用は、刻むよりは割安にはなりそうだが、しかしパン一個相当という事にもならないだろう。
それはスメラータの表情からも理解できる。だが、ここで施しのように金銭を与えてやるのも違う気がした。
「お前が強さを欲するなら――アキラと同種の強さを欲するなら、刻印は邪魔だ。刻印に魔力を割かれる事そのものが枷となる。外すことは前提条件で、決定事項だ」
「うぅ……、そうだよね」
「生活費はアキラ自身に稼いで貰うつもりでいたし、そちらの方が尻に火が付いて良いだろうと思っていたが、最初の一週間くらいはこちらで持とう。それでどうにかしろ」
「うん、ありがと……ありがとね」
スメラータは悲しげな顔をさせつつ頭を何度も下げたが、アヴェリンにはその態度や口調が気に食わないらしかった。今までも何かと我慢させていたが、孫弟子の立場になったからには、態度を改めさせようと思ったらしい。
椅子の背凭れから身体を起こし、何かを怒り混じりに発言しようとしたところで、手を挙げて止めさせた。
「……ミレイ様?」
「お前の言いたい事は分かるし、今まで良く我慢してくれたと労うべきなんだろうが、構うな。むしろ慇懃な態度をされると、いらぬ誤解を生む」
「しかし……」
アヴェリンは難色を示したが、今度はミレイユの方から顔を近付けて耳打ちする。
「今後、目立つ行為は否応なく起こるだろう。それは仕方ない」
「何事も、強大な力を持つ者は、頼りにされ……そして諍いも呼ぶものです」
「今日が良い例だな」
先程までの騒ぎを指して、互いに頷く。
「一つ一つは些末でも、積み上がれば無視できない大きさになる。だから私は、その些末な一つを蔑ろにしたくない。傅くような態度は見せる相手は、少なければ少ないほど好ましい」
「確かに、我らを目に映したい輩には、目立つ程にその機会を与える事になりましょうが……」
「ギルド内での決闘騒ぎ程度でも、その些末な一つには違いない。我々の今後を思えば、その些末は少ない方が良いんだ。……分かるだろう?」
「……ハッ」
色よい返事を聞けて、ミレイユはアヴェリンの耳元から口を離す。
可能ならば、という希望でしかないが、神々の目に映る前に、その喉元へ刃を突き付けたい。そもそも、その喉元まで近づけるのか、という問題は依然解決していないし、その見通しも立っていない。
だが、みすみす付け入る隙を与えたくもないのだ。
未だに神々が沈黙を保っているのは、ミレイユを発見できていないか、あるいは泳がせているからだろう。
しかし、現状は未発見であると仮定し、その元に行動計画を練っている。
完全な隠密や隠匿は、前提として不可能というのは分かっていて、その気があるなら発見は難しいものではない、とも認識している。
人が使える以上の魔力を使った時点で、恐らく目に留まるか、凡その位置は把握されるだろう。ミレイユがデイアートに到着した時点で見せた魔力は、その波長を記憶させるには十分だった筈だ。
それを思えば、大きな失策をした、と歯噛みしたくなる。
もう一度、何か大きな魔力を使ったなら、その波長を頼りに神々の手先が送られてくる、と考えるべきだった。そして、例えそれをしなくとも、下手な騒ぎが続くなら発見に繋がる。
今回の騒動の中心であるアキラをここへ置いていくのは、一種の囮を期待してだ。
噂が広まるような事があり、そして確認に来たら別人だったと分かれば、その捜査は白紙に戻る可能性がある。ここで起きた騒ぎが別人の起こした些末だと誘導できたら、ミレイユの存在を隠す手立てとして使えるかもしれない。
神々も馬鹿ではないので、そう上手く行くとは思っていないが、打って損の無い手は打っておくべきだった。
ミレイユは椅子の背もたれに身体を預けて、次にアキラへ視線を移す。
これまでの会話は当然理解していないので、それをこれから説明してやらねばならない。
スメラータに聞かれると、また言語の事で煩い事になりそうなので、さっさと魔術士ギルドへ追いやってから、その説明を再開する事にした。
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