決闘演舞 その2

 イルヴィは酒の所為で誰彼構わず絡み出すようになり、今ではミレイユ達から遠ざける為に、ユミルが相手を務めていた。流石に酔った相手をするのはお手の物で、イルヴィにとっては楽しく酒を飲める相手となっているようだ。

 誰とでもすぐに酒飲み友達になれる、と冗談めかして言っていたが、あれを見ると、全くのその場しのぎで言った言葉でもなかったらしい。


 だが、他にも酒の力に飲まれている者がいた。

 顔を赤く染めたスメラータが、席に座ったまま握り拳をテーブルへ付き、身を乗り出すようにしてミレイユへ話し掛けてくる。


「お願いだよぉ、アタイも強い戦士になりたいんだ! 強さと、その先の名誉を求めて町を飛び出して来たんだからさぁ! 弟子入り認めるように言ってよ! あんたの命令なら受け入れるでしょ!?」

「なぜ私が、そんな命令をしてやらないといけない。大体、私達は拠点としてこの町に落ち着くつもりもないんだし、お前を連れ回すつもりもない」


 明らかにそれと分かる胡乱げな視線を向けつつ言うと、スメラータは衝撃を受けたように身体を硬直させた。

 受けたように、ではない。

 実際衝撃だったようで、目を見開き、わなわなと震えた後、更に顔を向けてくる。


「なんで!? ギルドに加入しに来たんでしょ!? だったら、ここを拠点に動くつもりだったんじゃないの!?」

「都市に入る前と後とで事情が変わった。最初はアキラに仕事を与え、暮らしていける最低限の面倒まで見てやるつもりだった。……が、ここで長居する理由がなくなった」

「えぇ……!?」


 スメラータは大仰に驚いた。その大袈裟なリアクションを視界から隠したくて杯を傾けていると、アヴェリン悩まし気な表情で顔を近づけてくる。


「では……?」

「訓練は必要だろう。慣れて欲しい事柄は多々ある。……が、本人は最低限の気概と実力を示した。業腹だが……ユミルの言う事も分かるからな」

「オミカゲ様とは違う事を、と……?」

「アキラは居なかった、それは確かだ。だが、ひと撫でされただけで脱落する味方を、傍に置く理由もない。……だが、さきほど見せたアレなら、最低限、喰らいついていけるかもしれないしな」

「然様ですね。あれが逃げ出さず、戦い続ける気概を見せる限り、命を繋ぐ可能性も増えます。……無論、今のままの実力では困りますが」


 うん、とミレイユが頷いて、口から離した杯をテーブルに置く。

 二人で密談するような格好になっていて、それがスメラータには気に食わなかったのか、子供のように頬を膨らませている。


 弟子入りを認めるか否かは、師匠となる者の匙加減ひとつだ。

 そして拒否する事は、咎められる事でもない。認められないからと不満を露わにするのは、子供の稚気と変わらぬ行為だ。


 喚いたところで、ミレイユの意思は変わらない。

 考えが表情に出ていたのか、スメラータは怯むように身を仰け反らせた。それから気を取り直し、鼻息を一つ荒く吐いてから、改めて身を乗り出してくる。


「でもさ……! ギルドに加入すれば、色々と便利な事もあるしさ。有象無象はともかく、二級冒険者になれば、その肩書は役に立つし……! あって損する物でもないと思うなぁ……!?」

「役立つも何も、最初から加入を拒否された身だ。そもそもアキラは冒険者になれないと、夢を見るなと、爪弾きにされたんだ」

「いや、まぁ……。それは……そうだけど」


 スメラータも、その場面を直接、間近で見ていたのだ。

 本人の資質を見る事もなく、単に刻印の選択を間違えた、という理由で話を聞く事もしなかった。あれほど大規模な決闘場が形成されるに辺り、その渦中にいたのがアキラだと分かった職員は目を丸くしていたものだ。


「アキラには今少し、経験を与えてやらねばならない。未だにその実力では不満だ。特に魔物との実戦経験の無さは致命的だし、だからギルドに加入させようとしたが……別にこのギルドに拘らずとも、他がある」

「そりゃ、そうだけどさぁ……! えぇ、嘘でしょ……!?」


 スメラータは頭を抱えて、テーブルの上に突っ伏してしまった。

 魔物の討伐は、何も冒険者ギルドの専売特許ではない。多くは自ら退治する事なく、より経験に長けた冒険者ギルドへ、その情報を伝えるものだが、発見と同時に討伐してしまう者もいる。


 しかし、見た目からその実力を計れなかったり、計った上で勝てないと判断する事が圧倒的に多いから、その役目を冒険者に託すのだ。

 そもそも混同されがちだが、冒険者の討伐対象は魔物であって、それ以外ではない。


 本来は住み分けされていて、魔獣討伐や獣の狩猟などは、狩猟ギルドの区分だ。似て非なるものであって、それまで冒険者の区分だと思われる事も多いが、実際には違う。

 魔獣の棲家と魔物の棲家はよく似ているので、その道中で魔獣退治も必然的に行われるというだけだ。本来魔獣退治は、また狩猟ギルドが担当していているものなのだ。


 その退治の最中、あるいは接近している間に魔物を発見すれば、それをギルドへと報告するもので、だから単一ギルドの情報網では有り得ない魔物、魔獣分布を熟知している。

 発見しても己の区分以外の対象を討伐してはいけない、という法はないので、速いもの勝ちという意味では、狩猟ギルドに属した方が有利な部分もある。


 距離があるなら、ギルド間の情報はそれだけ共有され難いので、少し離れた冒険者ギルドに所属するという手もある。

 オズロワーナは確かに大陸で随一の規模を持って、その情報量もそれだけ豊富だろうが、地方の小粒な情報までは入手していないものだ。

 レベルが見合わない、と言うなら、レベルに見合ったギルドに所属すれば良い。


 ミレイユの中では既に、その様に結論付けられていた。

 しかし、話の内容が聞こえていたらしいイルヴィは、唐突に椅子を蹴って立ち上がり、杯を握りながら怒号を上げた。


「加入できないってのは、どういう事だ!!」

「話は聞いていただろう? 実力不足と見做され、門前払いだった」

「実力不足……、実力不足だと!? あの戦いぶりを見た上で、まだそんな事を言ってるのか!!」

「別に再度、加入を申し込んだ訳じゃないし、今更どう思っていようが関係ないが――」


 イルヴィにミレイユの言葉は耳に入っていない。

 単に加入を拒否された、という一文だけを理解していて、それに怒りを爆発させていた。


 イルヴィは椅子を踏み出しにして机の上に立ち上がり、杯を掲げて周囲を見下ろす。

 他の冒険者たちは、突然けたたましい音を立てて卓上へ登ったイルヴィを、訝しげに見つめた。

 イルヴィは大きく息を吸い込み、そして杯を持っていない方の手をアキラへと向ける。


「みんな、聞いてくれ!」

「なんだぁ、またイルヴィの酒癖の悪さが顔を出したかぁ?」

「今日は何すんだ、歌でも歌うなら聴いてやらぁ」


 下卑た笑いと揶揄が湧き起こるが、イルヴィはそれを払拭するように、更に声を大きくする。


「このアキラが――!」


 その一言、その発言だけで、何を言うのか察しが付いた。

 ミレイユは咄嗟に念動力を行使して、イルヴィを卓上から引きずり降ろし、椅子の上に座らせる。


 恐らく、ギルドの加入拒否を食らった事に対し、不満をぶち撒けるつもりだったのだろう。別に愚痴を言うぐらいで、その口を塞ぐような真似をするつもりはないが、それが扇動となれば話は別だ。


 ただでさえ暴力沙汰が日常である彼らに酒が入り、そこへ何か焚き付けるような事を言えば、彼らが何をするかなど分かり切っている。

 イルヴィもそれなりに良識ある冒険者なのだろうが、普段から酒癖が悪いのは、今の冒険者たちの反応から見ても分かる。


 何か大事、厄介事を起こす前に止めるのが賢明だった。

 イルヴィは暴れて椅子から立ち上がろうとして、抵抗を諦めようとしない。面倒になったので、もう片方の念動力で頭部を揺らし、強制的に脳震盪を起こして昏倒させる。


「ふげっ……!?」


 蛙が踏み潰されるような声を出して意識を手放し、机の上に額から落ちた。

 それを見た冒険者たちは、何が起こったか理解しておらずとも、無様に酔い潰れたと見えたようだった。ゲラゲラと汚い笑い声を上げて、各々の話題へ戻っていく。


「……よろしいので? 何を言うつもりかも分からないまま対処したのでは、また別の面倒事になるのでは?」

「酒宴の席での事だ。酔っていたなら、そう厄介な事にはならないだろう。……それに、アキラの加入について、下手な騒ぎを起こされる方が、よほど面倒だ」

「それも……、確かに……」


 実際にどうするつもりだったかはともかく、アキラの加入拒否を聞いて、激怒した上であの発言だ。まだ名前を呼んだだけだったが、その後に続くのが不満や嘆きであったなら、それを他の冒険者にも賛同させるのは難しくなかっただろう。


 そして、それが暴動に近い直談判にでもなったら大変だ。

 あの決闘を許可したミレイユにも、その責任の一端はあると言えるし、そして見過ごしたなら、やはりその騒動の責任は皆無とは言えない。


 昏倒させたのは申し訳なく思うが、酒場で眠りこける冒険者など、一年中見られる風物詩みたいなものだ。誰も気にしないし、気にも留めないだろう。

 ミレイユがそのように自己完結させていると、頭を抱えたままだったスメラータが勢い良く顔を上げた。


「――そう! だったらアキラは!? アキラに弟子入りなら良いでしょ!?」

「……どういう理屈で、それなら許されるって思ったんだ?」


 酔ってる事を差し引けば、その支離滅裂さも納得してしまいそうになるが、どちらにしろアキラに師匠など無理だ。

 向いていないというのではなく、もっと単純な話で、未だ人に教えられる領域には達していない。


「だってホラ、アキラには魔物に慣れさせたり、経験を積ませたりしたいんでしょ? でも、あんた達が手取り足取り教えるんじゃなくて、実地で勝手に覚えろって言うつもりなんでしょ?」

「まぁ、そうだな……。全てを放棄して投げ出すものでもないが、基礎的な事は教え終えているから、後はそれを磨けば良い。他の所は、それこそギルドに所属しながら学べば良い事だ」


 アヴェリンへと目配せすれば、粛々とした首肯が返って来る。

 アキラを学園へ預けた事からも分かるように、アヴェリンによる基礎的な鍛錬は既に終了していた。その基礎練のやり方さえ知っていれば、後は不定期に実力を知る機会さえあれば十分なのだ。


 実際のところ、丁寧に様子を見れば、その分だけ伸びるというものでもない。

 そしてアキラに掛ける期待というのは、それほど大きいものでもないのだ。結果として、良くここまで成長したものだ、と感心する部分はあるにしろ、現状に満足している訳でもなかった。


 良い意味で期待を裏切ってくれた、という思いはあるが、しかし期待以上という訳でもない。

 今回、刻印を手に入れた事によって、その防御力と生存率を飛躍的に上げたと見たが、しかしそれで十全と見る程、甘くなれなかった。


 使い物にすらならない凡愚と見做す事はない、というだけで、ミレイユの望む水準には到達していない。

 アヴェリンとの差は永遠に埋まらないが、旅の同行を頭から拒否するものでは無くなった。

 そしてその差を、これからどの程度埋めて行けるか、それを時間を与えて知りたいと思っている。


 ――とはいえ、そんな事までスメラータに教えるつもりはない。

 だが、ミレイユの発言だけで彼女には十分なようだった。

 我が意を得たり、とスメラータは頷いて、ミレイユは殊更、嫌な気配を感じ取る。その口も閉じさせるべきか、と考えながら、意気揚々と口を開くスメラータへ渋い表情を向けた。

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