二つのギルド その8

「あたしが挑戦する。本物の戦士と手合わせ出来るのは、我らが部族にとって最高の名誉だ。他が納得するなら挑戦したい!」


 高らかに宣言して、女戦士は背中から取り出した武器を組み合わせて槍にし、石突きで床を高らかに打ち鳴らした。

 槍の全長は彼女の身長より遥かに高い。身に着けて歩くだけでも不便だから、ああして折り畳んでおける仕組みなのだろう。


「おぉぉぉぉ!! いいぞいいぞ!」

「でもよ、おい! いいのか、あれ!?」


 一人の女戦士の登場に、周囲は沸き立つ者と困惑する者とに分かれた。

 挑戦者不在という事で、このままアキラ勝利の流れが出来ていたところでの名乗りなので、彼女が出来る戦士というのは分かる。


 周囲の高揚も、その高名さから来るものだろう。

 だが、そうであるなら、やはり新人の喧嘩ごときに顔を出すべきではない。厳密なルールで決まっている訳でもないが、やはり高位冒険者には品格というものがある。

 その品格や品位を汚す事を、同じ高位冒険者は嫌がるものだ。


「あのイルヴィかよ、こりゃ大物が出てきたな……!」

「でもよ、有り得るか? 一級の冒険者が、下らない喧嘩から発展したコレなんかに!」

「そうだよな、顔出し程度ならともかく、手も出すなんてよ?」

「だから言ってんだろ、他が納得するなら挑戦って。でもよ、正直見てみたくねぇか……!?」

「見てぇなぁ。イルヴィ相手に、あの新人がどこまでやれんのか見てみてぇ」

「だから新人じゃねぇって!」


 周りの困惑も、次第に興味の方が勝っていき、戦えという風潮が強くなっていく。

 戦え、倒せ、勝て等の戦意高揚を煽る『ソール』の掛け声までが、周囲から上がり始めた。


「ソール! ソール! ソール!」

「――ソール! ソール! ソール!」


 その掛け声に合わせてイルヴィが石突きで床を鳴らし、更にそれに合わせた周囲からの足踏みも加わって、さながら戦場へ出陣する直前のような雰囲気が生まれた。

 熱気と熱狂が渦を巻き、既に中止を言い渡せるような状況ではなくなっている。


 周囲で見守るだけでいた高位冒険者たちも、これには苦い顔を見せていたが、しかし止められないと察したらしい。特別何か声が上がるでもなく、それで許しを得たと解釈して、イルヴィが更に前へ踏み出す。


「……ソール! ソール! ソール!」


 一歩踏む毎に一つの石突き、それが音を打ち鳴らす度、周囲の掛け声と足踏みも更に高まっていく。そうして防壁の前まで辿り着くと、最後の石突きと同時に足踏みも掛け声も止まる。

 防壁の一部が開かれて、イルヴィが戦舞台の中に入った。


 先程までの興奮が嘘のように静まり返り、そしてアキラと鋭い視線を向けて相対する。

 左手に槍を掲げ、背中に掛けた盾を右手に持つ。イルヴィの防具は金属製で、かつ上半身しか守っていないもので、足甲はあっても太腿などを守るものはない。


 胸部と腹部さえ守られれば、他は守りを捨てて良いと思っているような装備だった。

 そして、イルヴィが持つ刻印は見えるだけで二つのみ。その二つが上級魔術だというのは、刻印が持つ長さから推測できる。


 そしてその二つとも自己強化をするもので、しかも常時発動型ではない。

 見せ札が威圧にもなっている、実力者にとって相応しい刻印だった。


 イルヴィがいざ構えようとしたところで、静かな声音が響く。決して大きな声ではないというのに、まるで染み渡るように耳へ届いて来て、不思議ではあっても不快ではない。

 声の出処はミレイユで、肘掛けに頬杖を突き、イルヴィを大義そうに睥睨していた。


「ここの冒険者の実力は分かった。もう戦う意味もないと思っていたんだがな」

「参加したのは、お祭り気分の奴らばかりさ。あれでギルドの底を知ったつもりになられてもね」

「知りたかったのは底じゃない。更に言えば天辺でもな。中位程度が知れれば、全体の平均も見えるものだ」

「まぁ……、そいつは確かに。でも、ここまで来て止めろって?」

「始めたのはお前らだ。だが、幕引きはこちらで決める」


 その声には、有無を言わさぬ迫力があった。

 イルヴィも確かに実力も胆力もあるのだろうが、その帽子の隙間から睨み付けられての一言に、思わず息を呑んでいた。


 しかし、そこへ傍らに立つアヴェリンが、静かな口調で耳打ちする。

 小さな声であるものの、辺りが静まり返っているせいで、その声音がスメラータにも僅かに聞こえて来た。


「あの者の武器の持ち方、少々覚えがあります」

「それが……?」

「あの者の口調から、部族の出である事は瞭然です。そして手に持つ武器と構え方、あれは私の叔父が得意としていた戦法です」

「あぁ……、つまり……」


 そうか、と一つ頷き、ミレイユはイルヴィへと向き直る。


「お前、名前は?」

「……イルヴィだ」


 眉根を寄せて、訝しげだった彼女は、簡潔に名前だけを述べた。名字まで名乗らないのは不敬とはならないが、そもそも持たない者も多い。

 だからスメラータは疑問に思わなかったが、しかし傍らに立つアヴェリンの、表情の変化は劇的だった。


 それは憤怒だった。親を殺されたとしても、ああまではなるまい、と思わせる、激怒を越えた怒りが表情に浮かぶ。


「舐めてるのか、貴様ッ! 戦士が戦場に立って、名乗りを求められて言う事がそれかッ!!」


 いつの間にか、アヴェリンの手には黒光りするメイスと盾が握られている。

 そのメイスを盾へと打ち付け、一歩踏み出し腰を落とす。その戦闘態勢一つの衝撃が、それまで歓声を上げていた周囲の音量より遥かに強かった。


 衝撃がギルド全体を走り、身体全体を突き抜けて行って、沈黙以上の沈静が辺りを支配する。中にはへたり込んで身体を震わす者までいた。

 誰もが言葉を発せない中、しかしイルヴィは槍を握った拳を、盾へ二度打ち付けて腰を折った。それが誠意ある謝罪だと分かったのは、アヴェリンが体勢を戻して武器をしまったからだ。


 イルヴィはミレイユへと頭を下げた後、いかめしい声音で、韻を踏みつつ話し始める。


「戦場での無礼、真に失礼。もしもあなたが許すなら、再び名乗りを許されたい」

「受け入れよう。今こそ再び、名乗るが良い」


 スメラータは田舎の出だ。だから外の事にはそれほど詳しくない。

 だが、一部の界隈では、大事な話には韻を踏んで即興の詩を紡ぐ事を、礼儀とする部族がいると聞いた事がある。


 韻を踏む詩は頭の回転が無くては出来ない事で、それが出来るだけの技量と知性を示すのは、誇りある事だと聞いた。

 それをミレイユもまた韻を踏んで返したというのなら、その礼を誇りと共に返した、という事になる。

 イルヴィは再び朗々と名乗る。


「我が名はイルヴィ、バスキの一族! ファエトの子にして、槍を抱く者! 今ここに、戦美を見せられ、一戦せねば収まらぬ! いざ尋常にして、勝負されたし!!」


 韻に合わせて石突きを叩き、最後に盾と拳を打ち合わせて構えを取る。

 アヴェリンは腕を組みながら満足そうに何度も頷くが、アキラの方は当然というべきか、困惑した表情を晒すばかりで、韻を踏んで返答など出来そうにない。


 だが、勝負を挑まれていた事は理解していたろうし、仕切り直されたのだとも分かった事だろう。何を言うのが正しいのが分からなくとも、名乗らねばならないとだけは理解出来たようだ。


「私の名前はアキラです。よろしく、ねがいます」


 そう言って一礼すると鉄の棒を構える。アヴェリンへ向けていた、怯えた表情も切り替えて、その瞳にも力が入る。


 お互いの視線が交差し、互いの腰が深く沈む。

 それが合図のようだった。

 アキラがこれまで見せた、どんな速度より凌駕した動きで肉薄し、鉄の棒を打ち付ける。しかしイルヴィも、そう安々と殴られてはやらない。


 丸みを帯びた盾を掲げて武器をいなし、槍の握り場所を変えて接近戦でも上手く立ち回る。

 普通、槍はリーチがある分、懐に入られたら不利にしかならないから、近づかれるのを嫌うものだ。しかし、折り曲げて短くできるという彼女の槍は、それだけで一方的な不利とはならない。


 一瞬の隙を見つけてアキラの腹を突き刺して、その身体を大きく吹き飛ばす。

 今まで全く削られなかった『年輪』が、それで三枚消し飛んだのが見えた。


「おいおい、今まで誰も無理だった防御を、たった一撃で三枚もかよ!?」

「流石、一級者は違うわなぁ……!」

「てことは、これで新人は丸裸か?」

「いや、まだ身体に膜があんだろ。使う奴が使えば、硬いだけじゃなくて、その枚数も多いって事なんだろうよ!」

「――おい、馬鹿お前、いつまでへたってんだ! 見ないと絶対後悔するぞ!」


 戦闘が始まれば熱気も再開して、誰彼と構わず騒ぎ立てる。

 足踏みまで加わって、イルヴィを応援する声も多いようだ。一級冒険者は当然ながら力だけで登る事が出来ず、その品位まで求められるから、普段の素行が悪ければ決して昇級できない。


 それを許されただけの冒険者だから、強さも相まって、他の冒険者や他ギルドからすらも人気を持つのが、一級冒険者たる所以だ。

 彼らも彼らで、当然それを誇りにしている。このような場で決闘を申し込んだとなれば、下手をすればその誇りに傷をつける行為なのだが、けれども、互いの奮戦を見ればそんな事も言えなくなる。


 アキラは更に接近しようと試みているが、最初の不意打ちじみた肉薄はともかく、今はそれも難しくなっている。再び槍の長さを戻したイルヴィは、巧みな槍捌きで接近を許さなかった。

 互いに攻めあぐねているような状況に見えるが、イルヴィはまだ刻印を使っていない。アキラにしても、彼女の太腿に刻まれたものは見えているだろう。


 使われる前に倒すのが難しいなら、せめて受けないようにしようと考えている筈。

 だから接近が難しいと思っても、攻撃の手を緩めていない。時に強引と思われる攻撃を仕掛けるが、それも『年輪』を頼りにした特攻で、しかしそれも枚数を削られるだけで、一撃加えるに至っていなかった。


「おいおい、アイツ一体、何枚の外皮持ってんだ?」

「もう六枚か? 七枚か? あんなに多い枚数、持てるんだな……」

「しかも、まだ品切れじゃねぇと来た。あんな便利なモンだと知ってりゃ……!」

「馬鹿、ムダだ。駄目な奴が刻んでも、駄目な結果にしかなんねぇよ!」


 周囲の野次とも応援とも付かない声が飛び交う中でも、戦闘は進む。

 互いは線と点との攻撃だが、卓越した戦士からすると、その動きは読み易いらしい。まだ本気ではないからかもしれないが、決定打に欠くような戦いをしていた。


 しかし、一瞬の隙を突いてイルヴィが踏み込む。

 躱しきれず、アキラも腕を振るって逸らそうとしたが、その動きはフェイントだった。

 腕へは微かな接触に見えたが、しかしそれでアキラの外皮が剥がれて膜も消える。計八枚の外皮、それがアキラの最大数であると知られると共に、複数の打突が腹部へと叩き込まれた。


「ぐふっ……!」

「ぉぉおおお!!」


 血の跡を点々と残しながら吹き飛ぶアキラと、周囲の沸き立つ声が重なった。

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