二つのギルド その7

「――ちょっと待て! 武器も解禁しろ! 素手じゃ勝てる気しねぇ!」

「だったら素直に負けを認めてろよ! こりゃ喧嘩だ、殺し合いじゃねぇって言ってんだろ!」

「素手で弱い自分を恨めよ! 強ぇ奴は素手でも強ぇ、当たり前の話だってんだ!」

「大体、新人相手に武器で挑むとか、恥ずかしいと思わねぇのか!」

「だから新人じゃねぇって! あんな新人、居て堪るか!」


 好き放題言い始める挑戦者を見て、スメラータは呆れながら溜め息を吐いた。

 最初は歓声が上がるばかりだったアキラとの対戦も、今では良い勝負が出来る者が出ない事から、ついには非難まで始まる始末だった。


 強い者が正しい、という実力主義社会において、弱い者の発言は遠吠えにしかならない。

 だが得意武器で挑むなら話は別だ、と息巻く者は多く、そして連勝を重ねるアキラに、土をつけたいと考える者は多かった。


 それに、本当に実力ある者は、まだ誰も挑戦していない。

 それまで戦闘を興味深く見つめている者は幾らでもいたが、しかし彼らにも矜持がある。ギルドに加入していない者へ、面白そうというだけで力を振るう事を良しとしないのだ。


 武器の使用を認める者と、それを不甲斐ないとなじる者とで別れ、また別の所で乱闘が始まりそうになった時、鶴の一声が上がった。


「武器の使用を認める。全力で挑め」


 そう発言をしたのは、アヴェリンだった。

 見れば、明らかに場違いな椅子に座るミレイユへ、腰を落として伺いを立てる視線で了解を得ていた。ミレイユ達の周囲には不自然なほど人が居ないが、それは彼女たちが纏う雰囲気がそうさせているのかもしれない。


 誰も邪魔だと非難しないし、文句を付ける一言すら上がらない。

 いま発せられたアヴェリンの声も、誰もが納得と共に受け入れている。


 彼らからすれば、許可を得られたという大義名分の方が、よほど大事なのだろう。それで誰もが、武器を片手に鬨の声を上げた。

 まるで戦場へ赴くような気迫だが、しかし彼らの気持ちは、それと大して変わらないのかもしれない


 だがやはり、素手に対して武器を持ち出すには、余りにも余りだ。

 どうするつもりだ、と思っていると、アヴェリンが無造作に鉄の棒を取り出して、それをアキラに投げ渡した。滑り止めに布が巻いてある以外、本当にただの鉄棒にしか見えなくて、到底武器と言えるものではない。しかしハンデと思えば、それぐらいが順当な気もしてくる。


「おい、相手はただの鉄棒だ。これで遊ばれるってんなら、お前ちょっとヤバいぞ!」

「恥かく前に、やめといた方がいいんじゃねぇか?」

「相手はまだ刻印だって使ってねぇんだぞ。それで勝てんのか?」

「いやお前、良く見ろ。刻印って、『アレ』だぞ! 『アレ』でどうするつもりなのか、逆に聞きてぇ!」


 相変わらず観戦しているだけの者達は威勢が良く、好きなだけ野次を飛ばしている。

 冒険者らしく刻印については一定の知識があり、アキラが所持している刻印にも詳しい。

 それだけ悪評高い刻印とも言える訳で、誰もが知ってて誰もが使わない、そういう腫れ物の様に扱いを受けているのは、どこのギルドでも同じらしかった。


 スメラータが場違いな感想を抱いていると、挑戦者が片手斧を持ち、そしてアキラが鉄棒を構えて対峙する。

 アキラが正眼で構える立ち姿は、堂に入っていて美しくすらある。一瞬、怯むように見せた挑戦者だが、次の瞬間、腕の振りさえ見えない速度で斧が飛んだ。


 回転しながら飛んでくる斧を躱し、しかし武器を失った相手がどうするかと言えば、その手には既に武器が握られている。全く同じ武器に見えるが、どこからか取り出したのではなく、投げた筈の斧が手元に戻ったのだろう。

 それがこの男が持つ、刻印の効果である様だ。


「シャラァッ!」


 挑戦者の斧使いは巧みで、その上、右手にも左手にも現れては消える。

 受け流す前に斧が消え、かと思えば別の手に握られた斧がアキラの腕を叩く。切断されるほど強い一撃ではなかったとはいえ、それで血飛沫が舞い、両手で武器を持てなくなった。

 スメラータは、それを臍を噛むような思いで見つめる。


「かぁーっ、ようやく一撃入ったか!」

「おら! もう十分だろ、勝ち名乗り上げて、さっさと下がれ! それ以上だと血ぃ見るだけじゃ済まんくなる!」

「――いいや、続行だ」


 冒険者たちの声を遮って言ったのは、鶴の一声を上げた時と同様、アヴェリンだった。

 彼女は自分の両手の甲を合わせる様に叩いたところを見ると、アキラもまた刻印を使えという指示らしい。そうして、アキラの顔が意気込むように引き締まり、それから唐突に表情が消える。


 困惑にも似た雰囲気を感じ、まさか、という気がしてきた。

 まさか、刻印を得てから、まだ一度も使った事がないのでは――。


 使い方自体は簡単だが、いざ使ってみようと思っても、初めはどうしたら良いのか分からないものだ。魔力を流せば良いと言われても、それはひどく感覚的で、口で言っても伝わらない。

 新しく増えた腕を上げてみろ、と言われるようなもので、実際に動かしてみるまで、どう動かせるものだか分からないのだ。


 一度感覚を掴めば、それこそ腕を上げるような気楽さで、特に意識もせずに使えるようになるのだが、その最初の一回が厄介だった。


 アヴェリンが続行と言ったとおり、挑戦者の猛攻は続く。

 アキラは刻印を使えないまま戦闘再開となり、そしてやはり巧みな斧捌きで傷は更に増えていった。


「あっちゃ……! 見てらんないねぇ」

「『年輪』なんて役に立つかどうか分からんし、『追い風』だって回復は出来てもなぁ……。痛い時、蹲りたい時にこそ、そういう術が欲しいもんだろ? もう幾らも動けなくなって、降参するって」


 アキラが受けた傷は浅くない。

 今も腕から血が垂れているし、動く度に激痛が走っている筈だ。鉄棒に手を添えているものの、握りは甘く碌な支えになっていない。


 本人は刻印を使う気でいるのだろうが、一向に発光する気配がなかった。

 そこでアキラが一度大きく距離を取り、自分でも分っていないまま、手の甲同士を合わせるように叩いていた。どうすれば良いのか分からないから、アヴェリンがやっていた動きをそのまま真似してみたようだ。


 そういう事じゃないんだ、と声に出しても、それはアキラに届かない。

 だが、嘆きに反してアキラの刻印が発光し出す。まるで火打ち石を打ち付けるかのように、あるいは摩擦でマッチに火を付けるように、手の甲を合わせ、弾く動きで刻印が発動した。


 アキラの身体に膜のような光が覆い、そして一歩踏み出す毎に、傷が癒えて行くのが分かる。本来は目に見えて分かるほど、大きな回復量を持つ刻印ではない筈だが、それこそが刻印の大きさで発揮される効果の差、なのだろう。


 身体を動かしている限り、アキラの傷は癒え続ける。

 挑戦者もそれを理解していて、座して見ている訳がない。先程と同様の猛攻が再開され、そしてアキラもそれに対応しようと躱そうとし、しかし翻弄されて受け切れない一撃が入る。


「――だっ!? なぁ!? かってぇ、どうなってんだ!!」


 挑戦者の動揺した声が上がり、そして周囲からも困惑した声が上がった。

 紙よりも頼りない、と言われるのが『年輪の外皮』という刻印の効果だった筈だ。しかし、アキラの見せる回復速度から見ても、発揮している魔術は常識と合致しない部分がある。


 回復の方が異常なら、外皮の硬さもまた異常であっても、理不尽には思うが不思議ではない。

 同じ事は周囲の冒険者も思ったようだ。明らかにアキラの使う刻印がおかしい。どうなってるのかと、勝手な憶測が飛び交う。


「実は新しい刻印だった、とか!?」

「いや、そんな話聞いたことねぇ! 同じ刻印だって、使う奴で効果が違うだろ! あれだってそりゃ……、もしかしたらそういう事かもしんねぇだろ!」

「だからってよ、あれがそんなに固いって知ってたら、他にも誰か使ってるだろ!」

「木の皮どころか紙より使えねぇってんで、誰も使わなくなったんじゃねぇのか!?」


 もしも鉄の刃すら跳ね除ける防御力があるのなら、恐ろしいのはむしろそちらではない。『年輪』という名が示すとおり、一枚破っただけでは終わらない持続効果の長さこそが脅威となる。


 アキラは攻撃を躱そうとしているが、しかし巧みな虚実入れ合わせた攻撃へ、即座に対応できるものではない。対応しつつあるし、既に攻撃を受けた左腕も動き始めていて、もはや有利は覆っているように見えるが、翻弄から抜け出せる程ではなかった。


 しかし、避けられない攻撃は全て外皮が受けて、しかもそれを突破できていない。

 翻弄できる攻撃も、その攻撃が効果あって意味のあるものだ。頭部への一撃すら、頭を軽く振る動きでいなされ、そして反撃の一撃が挑戦者の肩を打つ。


「ぐぁっ!?」


 その一撃で動きを止めた挑戦者へ、更に腹部への横薙ぎが入ると、悶絶に顔を歪ませて倒れ込んだ。

 アキラは十や二十の攻撃を受けてもうめき声さえ上げなかったというのに、挑戦者は武器を手放し、腹を抑えて無様な泣き声を上げている。


 情けない、と侮蔑も露わに視界の端へ追いやって、スメラータはアキラを見た。

 アキラ自身、その劇的な変化について行けていないようだ。両手を見つめてから、既に消え失せた傷に困惑し、そして最後に受けた頭部を擦っては笑みを浮かべている。


 その横顔を見つめて、スメラータもまた、小さく安堵の息を吐いた。


「あの分だと、外皮がたったの三枚って事もなさそうだ。少ない奴は一枚、多い奴で三枚。それがこれまでの常識だったけど、アキラは一体、何枚の外皮を持ってんのかなぁ……?」


 アキラの完膚なきまでの勝利で、周囲の者達も湧きに湧く。

 あの刻印がそこまで使えたのか、と素直に感心している声もあった。そのまま次の挑戦者が出て来るのかと思いきや、流石にあれを見て挑もうとする者は出ないようだ。


 誰かが行け、という空気があるし、実際焚き付ける者も多くいたが、しかしあれの二の舞いは御免だと誰もが思ってしまっている。

 それもその筈、アキラはそもそもギルドに加入していない。


 ギルド員でもない一般人に負けたという汚名は、進んで被りたくないものだ。

 一人の魔術士風の格好した男が名乗り出て、風の刃で切り刻もうとしていたが、それすら外皮に拒まれ、接近を止める事が出来ずに昏倒させられた。


「何しに出てきたんだか……」

「弱すぎるから誰も検証してなかったけど、あれは魔術的攻撃にも有効なのか……。歯牙にも掛けて来なかった刻印だけど、これは少し見方が変わったねぇ……」


 それはスメラータも思った事だ。

 だが、同様に誰もが有効に使えるものでもないだろう。正しい鍛錬を積んだ下地があってこそ、あれだけの有用性を発揮するのだと、ギルド長からの会話からも推測できる。

 スメラータが刻んだところで、アキラと同様の効果は望めないだろう。


 改めて、アキラの発揮した効果が、どれだけデタラメか分かろうというものだ。

 魔術士の攻撃すら有効でなく、そして接近戦もまた難しい。その接近戦こそ、アキラの得意とする領域だ。余程の腕自慢でなくては、そもそも相手にならない。

 誰もが囃し立てて次の挑戦者を待ったが、今度はすぐに名乗りが出なかった。これは流石に終了か、と白ける雰囲気が漂いだした時、遂に声が上がって歓声が響く。


 しかし、その声と顔を確認しようと顔を動かして、スメラータはギョッとした。

 それは今まで隣にいた、したり顔で解説するように立っていた女戦士からのものだった。

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