ギルド訪問 その10
「……これで刻印を得た訳だが、これは即座に使えるものなのか?」
「個人差はございますが、やはり一昼夜経たねば使えぬものです。刻印へ魔力を通すには、それなりの時間が掛かります」
「……なるほど。古来からの魔術士も、一度カラにした魔力を充填させるには、やはりそれぐらいは時間が掛かるものだしな」
「左様でございますな。ですから、使用感を確かめるのも、明日以降が宜しいでしょう」
ミレイユは頷き、それをアキラへ説明しようとして動きを止める。
ふと湧いた疑問を一つ、聞いてみる事にした。
「これの使用回数については? 刻印ごとに使用回数があるんだろう?」
「はい、ですがそれは、個人によって変わるものです。刻めたからには一度は使える事が確約されておりますが、その最大数は自分にしか分からないものです」
「刻印の外見にも現れないのか?」
「はい、分かりません。ですから、一度使ってみて、どの程度刻印から魔力が失われたか、それを持って自分で判断するしかございません。アキラ様におかれては初めての施術、最初はその回数が酷く曖昧に思える事でしょう」
なるほど、とミレイユは頷いた。
そこは制御による魔術と、大きな違いはないらしい。
ミレイユ達もまた、魔術を一つ使ったからと、その具体的な消費量は分からない。体力や筋力と同様、どのくらい使えるか、どのくらい消費したかを体感的に理解しているのみだ。
具体的な数字は、その経験から来る。
同じ規模の魔術なら後何回使える、他の術ならどれくらい、と自分なりの物差しを使用練度と共に得るものだ。刻印には刻印ごとの回数があって、ミレイユ達の感覚とはまた違うのだろうが、しかし似通った考えで運用しているだろう。
「なるほど、良く分かった。アキラにも、後程詳しく教えておこう。ご苦労だった」
「有り難きお言葉」
「……もう隠す気、ぜんぜん無いじゃん……」
慇懃な礼を見せるガスパロと、二人のやり取りを見て鼻に皺を寄せるスメラータの対比は面白かったが、面白がってばかりもいられない。
終わったのなら、払う物は払ってしまわねば。
「ギルド長、支払いを頼む」
「まさか、お代など……! 今回の事は、当ギルドからの細やかな心配りとして……」
「正当な仕事には、正当な報酬を。私はそれを自分にだけでなく、相手にもまた求める。――ギルド長、支払いを頼む」
「畏まりました、只今準備致しますので、少々お待ち下さい」
重ねて言えば、流石に再び断るような事を言って来ない。ガスパロは惜しむような表情を見せながら退室し、そして暫し歓談する時間が出来た。
アキラは自分の手の甲を見つめ、何やら感慨深い表情を見せている。本人はそれを見ても、まだ詳しい効果を知らない。回復と盾という本人の要望は叶えた形なので文句はないだろうが、その詳しい効果や特性は知っておかねば使えないだろう。
しかし、一度スメラータから変に詰め寄られたから、日本語での会話もやり辛い。
どこか宿を取った後での説明にするしかないか、と息を吐く。
ルチアとユミルは、未だに本を読んでいて、それぞれの術や刻印について自論を展開していた。
アキラの得た刻印がそうであるように、ミレイユ達の知らない魔術はあるようで、主にそちらが興味の対象であるようだ。
身に付けたいというなら止めはしないが、どうやら本人達にその気はないらしい。気に入ったデザインの服でも眺めて、互いの意見を交換している、その様な雰囲気に見えた。
そんな光景を眺めていると、ガスパロがトレイを手にして戻ってきた。
紅と茶色の中間のような色合いで、小さいながら足も付いている。
光沢はあるが鉄ではなく木製のように見えた。トレイその物の両端に取っ手になる突起が付いていて、そこを持って音も立てずミレイユの前まで歩き、そしてやはり音も立てずにトレイを置く。
トレイの上には羊皮紙が一枚置いてあって、そこには施術した刻印の名前と、それに掛かった料金が書かれている。
内約としては、それぞれに掛かる刻印の値段と、更に施術料が上乗せされた値段になるようだ。
相場などミレイユには分からないから、ここは素直にアドバイザーとして付いて来ていたスメラータを頼る事にした。
「それぞれ刻印が金貨七枚と八枚、そして施術に五枚と……これは普通か?」
「ちょっと高い……っていうか、高いと思ったのは施術料の方だけど、ギルドで一番の施術師なんて利用した事ないから分かんない。でも、アタイが普段使う奴らより良い値段するっていうなら、多分その位だと思う」
「そうか……」
「ていうか、良かったの? 勝手に値段、高い方の施術師使われてたけど……」
どのような技術であれ、高度な腕前を持つ職人に掛かる費用が高いのは当然だ。それは鍛冶師であったり裁縫師であったり、錬金術師であっても変わらない。
よりよい効能、より高い性能を求めるなら、当然料金は上がるものだろう。それに対して不満はない。アキラに過ぎたる、などとケチくさい事を言うつもりもなかった。
「勿論、不満などない。良い施術師を紹介してくれたというなら、感謝をするものだろう」
「あぁ、うん……。そうだね、お金に困ってなさそうだもんね……」
何かに達観したような表情を浮かべるスメラータと別に、ガスパロは感極まるような表情で一礼した。この二人は、一々反応が対照的で面白い。
――それにしても。
口には出さず、心中にて思う。
領収書のような物を用意するとは、この世界も変わったものだと実感してしまう。人間社会で上客の扱いなど受けた事が無かったから、単に知らないだけかもしれないが、こうした金額を記した証拠を渡して来るなど考えもしなかった。
羊皮紙はそれなりに高価なので、やはり普段使いされるものではない。
だから買い物程度で見た事がなかっただけかもしれないが、やはり面食らってしまう部分がある。勿論、ミレイユはそんな事はおくびにも出さず、内約どおりの料金をトレイに乗せ、代わりに羊皮紙を受け取って懐に仕舞った。
ガスパロは置かれた金貨を慎重に手に取って、その裏表を確かめる。
金貨が偽物かと疑う眼差しではない、単なる好奇心で見つめているように見えた。
「ラメル金貨……。古くに流通していた金貨でございますね。当時の敗戦を期に使われなくなった金貨ではありますが……」
「ここでは使えないか?」
「そのような事はございません。当時は表に彫られた王の横顔を削って使われていたので、両面とも綺麗な金貨は非常に珍しい。残念ながら、稀少品として金貨の価値を変動させる事は出来ませんが、しかし使用に問題はございません」
暗にこの金貨を所持している事が、ガスパロが抱く確信をまた一つ大きくした、と語られた気がする。とはいえ、直接的な言質を与えるつもりはなく、ただ頷くだけで返事とした。
そして、辞去の意図を伝える。
「おや、もうお帰りでございますか。何かお急ぎの用でも?」
「特にないし、アキラには冒険者ギルドへの加入をさせようと思っていた位だが」
「それならばやはり、明日にする方が宜しいでしょう。一度宿へお戻りになって、それから訪問する方が、何かとスムーズに事が運ぶかと存じます」
時刻は昼を大きく過ぎ、まだ夕刻にも早いぐらいの時間だが、無意味な提案をするとは思えない。今日、冒険者ギルドで事件でもあったというなら別だが、そういったニュアンスでもなかったように思う。
「あえて明日にする理由があるのか?」
「いや、単に刻印に魔力が通ってないから、っていう理由だと思う」
横からスメラータが口を出して、それで自然と視線が集中する。
アキラのみならず、ルチアやユミルまで向けているものだから一瞬萎縮したが、しかし一度口にした事の自負でもあるのか、ぐっと口元を引き締めてから続ける。
「刻印の使用回数とかは外から分からないけど、でも、魔力が通っているか位は分かるんだよ。だから今から行ったら、刻印を初めて貰って意気揚々と赴いたおのぼりさんだって、すぐにバレる」
「……何か悪いか?」
「それが田舎町のギルドなら、別に良いんだけどさ。少しでも大きなギルドだと、そういうおのぼりさんってホラ……、嫌うってんじゃないけどさ」
「舐められる、か?」
そう、とスメラータは鼻息を荒くして持論を展開し始めた。
「大抵は足引っ掛けたりとか、可愛いイタズラ程度で済むけどさ。割りと深刻に上下関係、教えこんで来たりする奴もいるもんで……。だから少しでもマシな状態で行った方が……」
「……必要な事だとは思えないが」
仮に喧嘩を売られたのだとしても、そこで気概を見せれば一目置かれる。例え勝てずとも、骨のある奴だと思われれば、実質勝ちのようなものだ。
スメラータのように、分かり易い箇所に上級魔術の刻印があれば、そんな心配もないのだろうが、しかしアキラでは不安が募るのだろう。
ミレイユとしては、むしろアキラの現地での立ち位置を知る為に、積極的な可愛がりを求めるくらいなのだが、しかしユミルが待ったを掛けた。
「良いじゃない。どうせ喧嘩売られるなら、刻印の効果がどの程度か知りたいじゃないの。良い機会だと思いましょうよ。実戦じゃないし、どうせ本気の殺し合いにはならないわよ」
「そう言われると……、確かに興味はあるか」
アヴェリンにまで言われると、ミレイユに敢えて強行する理由がない。
それをユミルに言われて、ミレイユ自身、興味深く思ったのも確かだ。
ガスパロに顔を向けて、頷くように小さく頭を下げる。
「助言を感謝しよう。では、明日の朝にでも向かう事にするか」
「……宿の方はもうお決めになっておられますか?」
「いや、それもこれから決める」
「それでしたら、逗留先は是非ともこちらへお任せ頂ければ……。決してご不満、ご不便かける場所を選ばないとお約束致します」
どうする、とミレイユが他の面々へ目を向けると、それぞれから任せる、といった返事が戻って来る。警戒を放棄している訳でもないが、ミレイユ次第とする事にしたようだ。
「では、ギルド長、よろしく頼もう」
「畏まりました。万事取り計らいますので、鷹揚な気持ちでお待ち下さい」
ガスパロは腰を曲げて一礼したが、その表情は晴れやかだった。
まるで尊敬する王へ、ようやく役に立てたと胸を撫で下ろす臣下のような表情だ。それでガスパロへの今後の対応をどうしようかと、ミレイユは頭を悩ます事になった。
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