二つのギルド その1
宿の手配を済ませるには小一時間ほど掛かるらしく、それまでサロンで過ごす事となった。
その間もガスパロが行き届いたもてなしをしてくれ、直近にあった出来事などを面白おかしく紹介してくれた。芸人のように笑わせてくる内容ではなく、知的で気の利いた、思わず感心するような発言で、良く諧謔を理解している話し方だった。
その間にも、ミレイユの正体について、不躾でない探りを入れられていた事には気付いたが、そのどれにも答えなかった。
探られて痛い腹という訳でもないし、ガスパロ個人は魔王ミレイユについて畏怖はあっても嫌悪を抱いていない。その畏怖においても、強大な魔力を十全に扱える者に対する畏敬、という意味合いの方が強かった。
だから答えても良かったのだが、賢い者なら一つの問から十の答えを得るものだ。それに懸念して、答える事は控えることにした。
とはいえ、そのお陰で、誰もが魔王を嫌っている訳ではないのだと理解できたが、さりとてガスパロはその中でも変わり種の部類だろう。
ギルドの長をしていながら、刻印という技術に対して忸怩たる思いを抱いている。だからこそ、それを頼みにしないミレイユ達へ、友好的な態度を見せるのだ。
あるいは、その刻印を使うにしても、アキラへ指示したような分を知る扱い方をしようとする。
そこへ共感するからこそ、同好の
まだ夕刻という時間ではないが、日が沈み始める気配を感じ始める時間帯、その頃になって使いの者がやって来た。
ミレイユが立ち上がるのを皮切りに、他の面々も立ち上がって簡単な挨拶をする。
「色々と世話になった。実に心配りされたもてなしで、こちらが恐縮する程だ」
「大変、過分なお言葉を頂戴しまして、まことにありがとうございます。是非また、当ギルドへ足をお運び頂けたなら、これに勝る喜びはありません」
「そうだな、……機会があれば」
ミレイユとしては、変な誤解――それが実は真実にしろ――している相手には、あまり接触したくないというのが本音なのだが、ユミルは上機嫌で本を一撫でして笑みを向けた。
「中々、興味深くて面白かったわ。今後、また利用に来るかもしれないわね?」
「恐縮でございます。是非またのご利用、お待ちしております」
ガスパロもまた笑みを浮かべ一礼し、それで各々が軽い挨拶を交わし、辞去する事となった。ギルドの入り口では御者が待機していて、馬車まで用意してある。
その事にも礼を言って別れ、そして全員が乗り込んだところで出発した。
そうして、その乗り込んだ者の中に、スメラータが居ない事に気付く。
面の皮は相当なものなので、勝手に付いて来るとばかり思っていたのだが、出発していざアキラの隣を見てもいなかった。
「……付いて来るなと言わない限り、勝手に付いて来るのだと思っていたが」
「己の分を知ったのでしょう。役目が終わればそれまでと、その様に思ったのは良いとして、一言の挨拶もないのは許し難い」
「教育が行き届いているように見えなかったとはいえ、義理は大事にするように見えたんだけどねぇ。割りと典型的な、冒険者気質って感じだったし」
アヴェリンの苛立ちに追従するようにユミルは頷いたが、同意を得た相手がユミルだったのが嫌だったらしく、小さく眉を顰めて、それきり喋らなくなる。
それでミレイユは、最後に聞いたユミルの台詞を思い出して、その時の事を尋ねてみた。
「ユミルはまた利用するかも、と言っていたが。刻印魔術がそれほど気に入ったのか?」
「アタシっていうか、むしろアンタが使うのはどうかと思って、一応言っておいたのよ」
「……私か?」
首を傾げて聞いてみれば、ユミルは大いに頷く。
「魔力が有り余ってんのに、それを有効活用しない手はないでしょ。一体、どれほど無駄に使ってる魔力があるって言うのよ。さっき頭を小突いた念動力だって、本来そんな些事で一々使うもんじゃないでしょうに」
ミレイユは渋い顔をしつつも頷いた。
その魔力生成の多さから、ミレイユは点穴の量も相当多い。規格外の多さだが、それでさえ無駄に魔力を消費するよう心掛けて、ようやく飽和させずに済んでいるような状況だ。
では何故そのような危ない状態を維持しているかといえば、戦闘中であっても魔力を回復できるという利点を捨てたくなかったからだった。
本来ならば、魔力で自分が殺されない、最適な量に調整してやる必要があるものだ。
それは生成量をそもそも抑えて鍛えるとか、点穴を増やすなどして対応するのだが、そうすると自然、消費した魔力の回復量も落ちてしまう。
ミレイユの魔力総量も相当多いので、この数量が多い者の共通の懸念として、回復には多大な時間が掛かる、というものがある。
一度の戦闘で強敵と戦う機会の多かったミレイユとしては、その回復までに掛かる時間すらも惜しんだ。
そして、それが現在まで続いている。
本来、魔力の回復とは、気の休まる状態でなければ回復が遅い。それは体力とも同じ様な事が言え、強い緊張やストレスを与えられる環境では回復が遅い、というのと良く似ている。
だが、ミレイユが持つ生成量なら、それが戦闘中でも関係ない。
継戦能力の向上と、戦闘能力の低下を最大限抑える事が出来るものの、その代わりに普段の生活では不便が生じている、という具合だった。
「確かに、刻印に持っていかれる魔力量次第では、一つか二つは考えても良いか……」
「そうなさいな。勿論、気に入ったものがあればっていう前提になるけどね」
「アキラみたいな、デメリットとメリットがあるものは、メリットだけ活かせる状態だと強さが際立つものもありましたよ」
ルチアも会話に参加してきて、本の内容を思い出しながら口にする。
「例えば?」
「そうですね……『
「それが血を吸い続けるのか?」
「だったら別にデメリットないじゃないですか。そうではなく、与えたあらゆる傷を光球が肩代わりして、そこへ蓄積されていくんです」
では、敵ではなく味方に使う魔術なのだろうか。
それだけ聞くと、術の効果中は傷を受けないでいられるように思える。だが、これだとやはりデメリットにならないので、きっと違うのだろう。
「受けた傷は光球が代わりに引き受けるんですけど、時間の経過で破裂します。その破裂した時、傷は二倍になって返って来る、そういう魔術であるようです」
「それは……どうなんだ? 一撃でも入れれば得になるように思えるんだが」
「効果を知らない相手には、恐らくそうでしょうね。一撃離脱も有効かもしれません。でも、効果を知ってる相手からすると、それだけの無傷時間を与える事になるんですよ」
あぁ、とミレイユは思わず呻いた。
もしも自分が掛けられたら、その時間を有効に使って、とにかく相手を殺そうとする。術者が死ぬか、あるいは気絶しても継続し続ける魔術というのは聞いた事がない。
だから、汎ゆる防御を捨て去って、汎ゆる致死の攻撃を与えようとするだろう。
もしこれが、仮にアヴェリンに仕掛けられたとしたら、その仕掛けられた時間を逃げ切れるかの戦いになる。そして汎ゆる防御を捨て去ったアヴェリンから、果たして逃げ切れるかと言うと、中々難しいものがあるだろう。
「そして逆に、その時間を有効に使えたなら、格上の相手にも多大な傷を負わせられる、そういう術か……」
「その様です。……うぅん、あまり一対一で使うべき術ではないのかもしれませんね。無傷時間の猛攻を凌げるか、凌いでいる間に致命傷を与えるだけの傷を与えられるか、そういうギャンブルになると思いますよ」
「いいわよね、面白そうだと思わない?」
ユミルが悪戯好きな子供のような笑みを浮かべたが、ミレイユとしてはリスクの方が大きい術の様な気がする。術を知らない魔獣や魔物には有効だろう、という気がするから、そういう相手向きの術と思われた。
ただし、やはり強力な魔物に対し、全くの無傷時間を与えるのは、相当なリスクになるのは間違いない。
術の効果とその対応を思い描きながら、ミレイユは思う。
それを選ぶかどうかは別にして、刻印魔術にはミレイユの知る常識とは別の概念が、そこへ盛り込まれている。魔術の効果そのものに、メリット・デメリット、リスクとリターンを秤にかける術というのは見た覚えがない。
術の行使そのものがリスクと言えるようなものだから、その所為なのかもしれないが、扱いの難しい術が増えているように思える。
それならば、確かな強化が約束される常時発動を選ぶ者が多いのではないか。例え上級魔術の刻印を使える魔力があったとしても、常にリスクを背負って戦うのは、好まれるものではない。
アキラに施術された二つの魔術、それが不人気と呼ばれるのは、その効果のみならずリスクを伴う事にこそあるのかもしれなかった。
「でも、まぁ……そうだな。その無傷時間というのは、どれ位になるんだ?」
「それは込めた魔力量に依存する事になりますね。というか、刻印は自動的に近いので、細かな調整は端から無理です。自身が持つ最大値を強制的に使われる事になりますから、ミレイさんが使うとなると、それはもう長い時間になりそうな感じです」
「それが何秒か分からないのは怖いが、しかし長時間になるのは間違いなさそうだな。それだけの時間、相手に無傷時間を与えるのか……。だが、破裂するまで攻撃を当て続けられたなら、その二倍になるダメージも相当なものになる……」
ミレイユが理解を示すと、ルチアは得意げな顔付きで頷いた。
「中々に面白い効果でしょう? それを選びたくないというなら、有効に扱えそうなものも他にありますし、検討するだけしても良いのではなかと……」
「そうだな」
「でしょ? アタシのオススメはねぇ……」
「止めろ、聞きたくない」
意気揚々と話し続けようとしたユミルを、ミレイユはぴしゃりと打ち切る。
「何でよ、面白いと思うわよ。気に入るかどうかは別にして」
「まず、なぜ面白いが前提に来るんだ。先に気に入りそうなものを餞別して言え。好きで苦労したい訳じゃないんだよ」
「そうなの? アンタ進んで苦労しに行くし、好きに違いないと思ってたのに」
その一言は、ミレイユの胸にグサリと刺さった。
思わず一呼吸、動きが止まって、渋い表情で顔を逸らす。くすくすと笑うユミルの声は聞こえていたが、そちらへは決して目を向けられない。
どうせいつもの、嫌らしいニヤニヤとした笑みを浮かべているに違いなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます