ギルド訪問 その8
アキラの顔を見ると、既に目は開かれていて、何か思い付いたものがあると伺わせた。しかし、その瞳には迷いがあり、幾つかある候補の中から絞り込めていないのだろう、とも予想できる。
思いつくものがあるなら言ってみろ、と促してみるつもりで、それより前に言語について注意しておく。また変に騒ぎ立てられるのは面倒だった。
ミレイユもアキラが分かり易いよう、言葉を選んで話し掛けた。
「それで、何がある?」
「えぇ……と、あー……、直す、と……盾、です」
「直す? いや……治す方か。治癒、という事か?」
意味を汲み取って聞き返してやると、アキラは何度も首を縦に振った。
自己治癒術か、あるいは防壁術が良い、と考えたようだった。
確かにその二つは、近接戦闘において役立つ。良い着眼点と言えた。
治癒は言うまでもなく継戦能力を高めてくれるし、そのうえ死から遠ざけてもくれるだろう。アキラは防御が下手という訳でもないが、しかし傷というものは戦闘中避けられないものだ。
そして盾として防壁を作るなら、それはやはり役に立つ。
遠距離からの攻撃であるかに関わらず、躱せないと判断した時、怪我から守ってくれるだろう。刻印の特性上、瞬間的に展開できる盾は、多くの怪我から守ってくれるに違いない。
これは確かに、アキラも悩むのは仕方ない。
傷を治す方が汎用性が大きいように思うが、受けた傷によっては治せないし、そもそも昏倒させられたら意味がない。
盾は逆に傷を受けた後はどうしようもないが、そもそもの傷を受けない状況を作り出せる。盾もまた万能ではないが、防げる状況においては治癒より役立つかもしれない。
アキラの戦闘スタイルから見ても、どちらが良いと即断できるものではなかった。
「どう見る、ギルド長。アキラが得意とするのは近接戦闘で、治癒と盾のように扱える魔術が良いと考えたようだ。とはいえアキラの魔力総量では、そう強いものは望めないと思う。何か適当な物はないか?」
「左様でございますね……」
ガスパロは視線を落として考える素振りを見せ、それから一呼吸の間を置いて答えた。
「刻印と言えども魔術は魔術。使用者によって相性もあり、その威力に変動はあるものでございます。アキラ様の練度を伺いますに、初級魔術でも問題はなかろうと……。戦士としての能力を落とさず、その上で、となりますと……多少変則的な物が役立つやもしれません」
「具体的には?」
「メリットばかりではなく、デメリットが目立つ故に使い辛い魔術です。だからこそ、コスト自体が少ないと言えます。弱者だから少ない魔力で使えるものの、弱者ほど向かない魔術と申しますか……」
「え、まさかアレとかアレ勧める気……? 不使用魔術の代名詞みたいなもんじゃん……!」
「だが、アキラ程であれば、メリットの方が勝ると考えた訳だな?」
スメラータのぼやきに構わず、ガスパロへ問えば首肯が返って来る。
どのような魔術にも言える事だが、習熟した者が扱う術は強力であるものだ。それは単純な威力だけに表れる事もあれば、使い方に表れる事もある。
術そのものにデメリットがある、という魔術は、ミレイユ自身も中々身に着けた事がない。上級魔術は行使そのものに危険があるから、それがデメリットと言えるが、知っているのはそれくらいだった。
初級魔術は威力が低く範囲が狭いというのがデメリットで、メリットは扱いやすいといったところだが、ルチアやミレイユが使う初級魔術は平均的な中級魔術を上回る程になる。
それほど簡単だと連射も利くので、あえて初級魔術を使う事は珍しい事ではなかった。
「刻印は自動的である故に、そういった細かい違いはないのだと思っていた」
「それが誤解なのです。大抵は中級魔術を扱える段階まで上がると、不都合が目立つ初級魔術など見向きもされません。ですが、結局は刻印に込められる魔力次第なのです。量だけでなく、そこに質が加わる事で、劇的な変化を見せる術もございます」
なるほど、とミレイユは思い至る事があって頷く。
スメラータがそうであるように、多くは魔力制御を蔑ろにし過ぎだ。単に魔力総量があれば、そこから自動的に魔術が発動するから満足するが、実際の威力は練度こそが大事になる。
そして、その練度は制御によって生み出すものだ。
魔力の効率的運用が余力を生み、その過剰魔力を身体能力に上乗せするものを練度とも呼ぶ。それが出来ない者には、それを必要とする魔術はデメリットばかりが目立って見えるだろう。
「はい、治癒術については『追い風の祝福』、防壁術では『年輪の外皮』と呼ばれるものを提案いたします」
「――やっぱり!」
スメラータは声を張り上げて、ガスパロへ指を突きつけた。
「やめておいた方が良いよ! すっごい少ない魔力で使える刻印だけど、それ初心者の罠って呼ばれる魔術なんだから! 値段も安いし効果も便利そうに聞こえるけど、実際上手く使えてる人なんて聞いた事ないもん!」
「いえいえ、これら二つなら、平均的な初級魔術ほぼ一つ分に相当します。たった一つという制約にこだわりがないのなら、是非お勧めしたい刻印でございます」
スメラータは不信感も露わにしているが、ガスパロは意に返さない。
詐欺を働きたいというのなら、そもそも高い刻印を買わせるだろうし、後からミレイユの不興を買うと分かって、この場で口にするものでもない。
今までの言動全てが、何かしらを誤魔化す演技だと言うなら大したものだが、とてもそうは思えない。それにスメラータがこれだけ否定的に言うものを、それでも推奨するというのなら、やはりそれだけの意味はあるのだ。
「しかし、それらは私も知らない魔術だな。……これまでもあったか?」
「さぁねぇ……、アタシも知らないし、聞いた事もないわ。でも、その二つならさっき見たわね。どこだったかしら……?」
「確かこの辺ですよ。……ほら、ここ。追い風の……これじゃないですか?」
ユミルさえ知らないというのなら、ここ二百年で新たに誕生した魔術なのかもしれない。
ルチアがサッと本を取り上げて、パラパラとページを捲ると目的の魔術が出てきた。その文を目で追って読めば、なるほど不使用魔術と言われる所以が分かってくる。
「動き続けている限りにおいて、自身の傷を癒やすというのか。……動けない程の傷を負ったら、全くの無意味だな。この動くというのも曖昧だ、どの程度の事を指す?」
「歩く速度であれば発動致します。また、速く動けばその分、治癒効果も上昇します。ただ、やはり初級術の範疇を越えませんが……」
「なるほど……。少ない魔力で済むのが納得のデメリットだ。では、年輪の……というのは?」
ルチアへ視線を向けると、それだけで了承して本を手に取り、またも即座に該当のページを開いて寄越した。
今度は予想に反して、防壁術として見れば便利そうに見える。単に説明文から見えないデメリットがあるというなら、問題は防ぐに効果が乏しい所にあるのだろう。
「年輪の、という名の通り、幾つもの層で自身を守る壁を作れるのか。……いや、外皮というからには、あるいはその層が分厚くて身動きの邪魔になるとか……? 樹の中に閉じ込められるかのように、身動きが取れなくなる、というような」
「いえいえ、そういう事ではございません」
「そうだよ、凄い薄っぺらいんだよ! 年輪っていうほど何重にもならないし、一枚が下手な樹皮より柔らかくて紙みたいなもんだし。三層より多い人なんか聞いた事もないし、その三層も一発で突破されて壁の役になんか立ってないんだよ!」
ふぅん、と気のない返事をしながら説明文を読み込む。
確かに術者によって層の厚さは変わると書いてある。増える事で動きを阻害する事もなく、見た目としては薄い膜が表面を覆うようなものらしい。
だから一層の防御を突破されれば次の層が表れるという形なのだろうが、許容量を大きく越えたダメージを負えば、他の層まで一気に巻き込んで消滅してしまう訳だ。
そして一層毎の許容量も、そして何層まで作れるかも、魔力の質次第という事なのだろう。
ミレイユは顔だけ横へ向け、背後に佇むばかりのアヴェリンへ問うた。
「どう思う、アヴェリン。この二つの組み合わせ、私は面白いと思うんだが」
「仰るとおりかと。話を聞くだに、上手く扱えれるなら実に有効な働きを見せるでしょう。それに、こちらは単に偶然でしょうが、アレの
「師匠からの許しも得たようだ。ギルド長、よく見てくれた」
「勿体ないお言葉でございます」
心底嬉しそうに、屈託のない笑顔を見せてガスパロが一礼する。
だが、それに面白くないのはスメラータの方だ。自らの常識に則って、順当な助言をしているつもりが、それを蔑ろにされている。
面白くないのは当然だろうが、ミレイユとしては新たな境地が見られるかもしれないと、期待する部分があった。
「でも、でもさ……!」
「まぁ、お前も落ち着け。何もお前の意見を無視しているとも、歯牙にも掛けないと言っている訳じゃない。本当に使えないのか、私が見てみたいと思っただけだ。そして使えないなら外せば良いし、そうした時に新たに助言を貰えば良い。……そうだろう?」
「……うん、そうだね。それに……そうだよ。アタイは助言するだけなんだ、どうするかを決めるのはいつだって自分自身だ。勝手を言ったよ、……ゴメン」
それまでの勢いはどこへやら、途端に勢いを失くして頭を下げた。
妙に含蓄を感じる台詞だが、あるいはそれが冒険者としての心構えというものなのかもしれなかった。
ミレイユはその謝罪を素直に受け取り、次いでアキラへ顔を向ける。
「お前に、二つ、与える。良いな?」
「――っ! ありがと、ざいます!」
アキラがたどたどしい口調で、背筋を伸ばして深く頭を下げる。
ガスパロは何か物珍しいものを見るように、下げた頭を見つめた。それで言い訳がましく、ミレイユは一言付け加えた。
「まだ言葉がぎこちなくてな。……少し、多めに見てやれ」
「人里離れて山奥で、たった一人で暮らしてたんだってさ。言葉を知らなかったみたい」
「……ほぅ。それ故に魔力も擦れてないのやもしれませんな。いやはや、なるほど……」
スメラータには、催眠も上手く作用してくれたらしい。
ユミルと互いにしたり顔の笑みを浮かべ、それから改めてガスパロへと向き直る。
「では、その二つ刻印を頼みたい。時間は必要か?」
「お待たせするなど、とんでもない事でございます。すぐにでも開始させて頂きます」
ガスパロは音もなく立ち上がり、一礼しては踵を返して退室する。
すっかり飲み食いするのを忘れていた紅茶を口に含み、そして完全に冷めて渋みが増したお茶に顔を顰めた。
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