ギルド訪問 その7

「……何だ、ユミル。言いたい事がるなら言ってみろ」

「いやぁ……、ねぇ? 別に単なる思い付きで、確証あるコトでもないしさぁ」

「いいから、言ってみろ」


 更に睨め付けながら催促すれば、ユミルは笑みを深めて言う。


「まぁ、二百年前っていうのが、例のオズロワーナ戦争で良いとして、その更に二百年前にも同じ様なコトがあった訳よ」

「……そう言われると、あったような気もするが」

「そう、馬鹿な真似をしたって揶揄した例のアレ。……覚えてる?」


 言われて暫し考え込むと、二百年という数字と馬鹿な真似から呼び起こされるもの思いがある。そこから連想するのは、いつだったかミレイユ達の道中に立ち塞がった、一人の男だった。

 自らを魔王と名乗り、そして死の呪法――不死の呪いを自らに掛けた、肌の青い年若い青年……。


 出会い頭の急襲を計り、だが、ミレイユ達は当然のように返り討ちにした。

 その時は自らの身と仲間を危機から退ける為、そして高い洗脳能力を持つ男を殺すしか、安全を確保する手段がないと割り切り、その場で殺した。

 ミレイユの中に苦い思いが蘇り、思わず顔を顰める。


「……あぁ、いま思い出した。それが……?」

「アレもさ、魔王と呼ばれるに至った動機が、アンタと良く似ていたのよ。一つ種族が優位を得るのではなく、融和と共生を説いた。けど、支配者層からすると邪魔でしかないから、魔王というレッテルを貼られて、討伐されたってトコなんだけど……」

「それも、いつだか聞いたな……」


 だが、命が途絶えるその瞬間まで、理想を投げ捨てる事はなかった。

 死の間際、己に呪いを掛けてでも、成し遂げようと誓った。その悲願を成す為、いつか必ず弾圧から解放するという強い執念が、後の地獄を見据えながらも、男に呪法を使わせた。


 その目標も執念も倒した後に知った事だが、しかし、その手段の一つに洗脳を用いたのは悪手だった。正攻法で説き伏せる事より、手っ取り早く最短の道を選んだのだ。

 その先も同様の手段で事を為すつもりだったのかは知る由もないが、洗脳で仲間を奪われる訳にも、ミレイユ自身も自我を奪われる訳にはいかなかった。


 洗脳という脅威を残しておくのは恐ろしく、逆恨みで逆襲してくる事を想定して、予めその命を断っておくのが、最善で合理的な方法だった。

 男にしても、もっと別のやり方もあったろうし、狙ったのがミレイユ達でなかったなら、もしかしたら事の成就もしていたかもしれない。


「馬鹿な真似って言ったのはさ、確かに呪法についてもそうだけど、あの時点でアイツの目標がほぼ達成されていたっていう事の方なのよね」

「他種族との融和と共生か……」

「そう、アンタがやった」


 実際はエルフが発起人で、ミレイユはそれを後押しし、助力をしただけだ。

 だが、各種族の間を取り持ち、そして人間と戦えるだけの集団として纏め上げたのはミレイユだった。だから、ミレイユを旗頭として見ていた個人は多いし、エルフでさえ神聖視して、それと同じような目で見ていたものだ。


 戦争にも勝ち、そこからの交渉次第で、種族の融和と共生は成就していたかもしれない。

 それを見届ける前に旅立ったが、確かにユミルの言う通り、魔王に出会った時点で、彼の目標はほぼ達成されていたと言える。


 魔王は現界したばかりで、何も知らない状態であったろう。

 仮にミレイユ達と会わずどこかの街へと辿り着いていたら、その時はどう思ったろう。呪法によって蘇生を果たし、しかし直後に悲願成就は既に出来上がっている。


 自分は何の為に、と嘆いたろうか。

 あるいは自分の夢見た光景が目の前にある、と喜んだろうか。

 今更、それを知った所でどうなるものでもないが――。


「つまり、その四百年前の魔王騒動と、二百年前の戦争とで、同じ理由が根底にあったから、今もまたそれと紐付けされて考えられてしまっていると……」

「そう、あの魔王とアンタが紐付けされてるって思っただけで笑えるでしょ? 実際、腹抱えて笑ったけど」

「あぁ、大変ご機嫌麗しくていたな……」


 やれやれ、と息を吐いて首を左右に振る。

 ユミルは大満足に笑みを浮かべ、その間にも勝手にページを捲っていたルチアの手を叩いた。


 そこまで聞けば、ギルド長ガスパロが言っていた伝説の事も、何となく理解できて来る。

 つまり人間支配の構造が長く続き、そしてそれが他種族の排斥や弾圧が重なれば、それを諫める存在が現れる、という噂が実しやかに囁かれてしまったという訳だ。


 あるいは、それは願望まで含まれているのかもしれないが、そこに二百年という区切りがあるお陰で、今またミレイユが伝説から蘇ったと見られたのかもしれない。

 だが当然の事として、ミレイユにはミレイユの目的があって、それは種族の融和とは掛け離れている。むしろ足を引っ張る結果となり、その様な事に関わる様では、目的の失敗を招きかねない。


 それまでユミルとの話を黙って聞いていたガスパロは、その話へ理解を深めるにつれ、想像していたものとズレがあると気づいたようだ。

 それまであった伝説との齟齬を、自分の中で何とか埋めようとしている。


「……では、この混迷の時代にあって再び現れ、そして当ギルドに現れた理由とは、一体何なのでございましょうか……?」

「その再び現れ、というのが誤りだな。私は単なる田舎者で、馬鹿な噂を真に受けた、魔王に変な憧れを持つ娘に過ぎない」

「――ウソだよ、絶対ウソじゃん、それ! さっきなんてさ、なんとかっていう金貨出してたじゃない。何百年も前に使われてたってヤツ!」


 猜疑心の塊のような視線を向けていたスメラータが、その疑念が爆発したかのように、二人の会話へ割って入って来た。

 余計な事を、とミレイユは心の中で唾を吐く。


 視線を感じて顔を向ければ、ユミルが大変楽しそうな笑みを浮かべていた。

 視線が合えば、我関せずと読書へ戻ってしまう。

 どうやら助けは期待できず、アヴェリンへ話を振ろうとも逆効果になりかねない。むしろ、それを自覚しているからこそ、何も発言しないのだろう。


 もしくは単に、ミレイユに任せておけば大丈夫、という信頼感からかもしれないが、今は孤軍奮闘の心持ちだった。

 ミレイユはスメラータから視線を逸しながら、何とか誤魔化せないかと言葉を紡ぐ。


「その時も言った筈だ、古い物が好きなんだよ。……この格好も、その一環という訳でな」

「いや、でも、二百年だか四百年だか……」


 尚も言い募ろうとしたスメラータへ、それより前にガスパロが嗜めるように言った。


「従者が主人との会話を遮るのは、正しい行いとは言えません。弁えなさい」

「いや、アタイ別に、従者って訳じゃない……」

「……ふむ? アキラ様は実に素晴らしい才能をお持ちで、将来は大成すること間違いなしでございましょうが。しかし……」


 完全に何かを誤解しているガスパロは、スメラータへは懐疑的な視線を向ける。

 アキラに対しては弟子と公言しているので、多少の世辞も混じっているのだろうが、昨今の魔術士を見て嘆いているガスパロからすると、幾らか本気の声も含まれているようだ。


「お弟子でもなく、従者でもないとすると、何故この場で同席を許されておるのですかな?」

「いや、最初は刻印のアドバイス、出来ればと思って……」

「貴女が……?」

「いや、だってホントに何も知らないみたいだから、たぶん役に立てると思ったし、こんな所に連れて来られるなんて思ってなかったし……!」


 最終的に、スメラータの声は悲鳴のようなものに変わっていった。

 周囲の豪奢な調度品を見て、それからミレイユへと顔を向けてくる。本人としても、きっと例の薄暗い本棚近くで、アレコレと説明する気持ちでいたのだろう。


 一般的な冒険者として、ごくありふれた光景をそのまま行うつもりだったに違いない。

 あれこれと質問されて、それに胸を張って答えていく様を想像しては、自分を売り込む算段だったのだろうが、それが初手から潰されていた。


 スメラータの思惑はともかく、こんな事になるなら連れて来るのではなかった、思い直す。

 それは彼女からしても同じだろうが、あの時は詐欺に合う可能性を思えば、連れて行かないという選択肢も取れなかったのだ。

 着いて来いと言ったのはミレイユの方でもあるし、ならば見捨てる訳にもいかない。


「ギルド長、こいつとは、ほんの少しの巡り合わせで出会った。何か役立つかと、ついて来るよう言ったのは私の方だ。あまりそう、厳しい目で見ないでやってくれ」

「なるほど、左様でございましたか。差し出がましい事を申しました」

「いいや、忠言に感謝しよう」


 ガスパロが嬉しそうに背筋を伸ばすと、スメラータは居た堪れない表情で唇を突き出す。


「いや、そんな人の使い方に慣れてて、世間知らずの田舎娘は無理あるじゃン……」

「ぶふっ……!」


 思わずルチアが吹き出して、ミレイユと視線が合うと咄嗟に本へと視線を戻す。ミレイユもまた渋い顔をして帽子のつばをなぞった。

 だが、スメラータが言う事は的を得ていた。その台詞だけでなく、これまでの言動を振り返ってみても、到底ギルドの長を前にして見せる態度ではない。


 あまりに堂が入っていて、人へ指示する事に慣れた言動を見せすぎた。

 ガスパロがミレイユの嘘を最初から形の上でしか信じて見せなかったのも、そういった部分に原因があるのかもしれない。


 何とか誤魔化そうと思ったが、今となってはそれも無理そうだ。

 ルチアが吹き出した事で、疑念が確信へと変わってしまった可能性もある。何を言っても意味はなさそうだが、しかし釘の一つも差しておかねばならない。


「私は田舎育ちの世間知らずなまま、ここへやって来た。この格好も、つまりそういう訳だ。そのように理解しろ」

「えぇ……?」


 スメラータは今更何を言ってるんだ、という顔をして呆れた声を出したが、ガスパロの返事に躊躇いはなかった。何かしら命じられる事に、慣れているようにも見える。


「畏まりました。では、お名前について、どう呼べば宜しいでしょう」

「ミレイユで良い。そう頻繁に、名前を呼ばれるような事もないだろうしな」

「アタイは……?」

「いつまで着いて来るつもりでいるんだ。刻印の購入が終われば、それでお別れだ。――忘れろ」

「――なんでぇ!?」


 その驚愕は、高圧的な命令と、関係性の終わりを告げた事、その両方についてに見えた。

 だが、最早刻印の説明についてもスメラータを頼る必要がないとあっては、どうして関係が続くと思っているのか、逆に聞きたい。


 多くを脱線してしまったが、元より本来の目的は刻印の購入にあるのだ。

 ガスパロから向けられる、眩しいばかりの視線を外へ追いやる。


 あれから更に二百年という節目に現れた、ミレイユを名乗る本物の魔術士。

 それを見た後では、何やら色々と妄想逞しくしてしまうものなのかもしれないが、それらの期待に一切応える事はないだろう。


 今日、魔術士ギルドへ足を運んだのは、単純に刻印魔術というものに興味を持ったというのが一つ。もう一つが、少々の心変わりとして、アキラの同行に機会を、そしてこれから与える試練に使えるかどうかを見定める為だった。

 ミレイユはそろそろ、これと決められるものが出来ていないかと、アキラへ視線を転じた。

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