ギルド訪問 その6
ガスパロにしても、その様な意図で水を向けた格好だろう。
ミレイユは一つ頷き、それから実際には背後にいて見えないアヴェリンへ、顔を横に向けた状態で紹介した。
「あぁ、遅ればせながら紹介しよう。アキラに稽古を付け、その基礎を磨いたのは私の後ろにいる者だ」
「アヴェリンです、よろしく」
「お見知り頂ければ幸いです、アヴェリン様。……しかし、実に見事な……」
ガスパロはその立ち姿を注視すると、眩しいものを見るように目を細め、それから惚れ惚れと首を左右へ振って息を吐いた。
その様子を見ながら、ミレイユも思わず苦笑する。
「我々も基本的な技術として、他者の魔力を読み取る事は出来るが……、そのような反応する者を初めて見る。……見えているものが違うのかな」
「いえ、そう変わるものではなかろうと存じます。しかし、
「稀……というからには、皆無ではないんだな。最後に見たのは……?」
「左様でございますな……」
ガスパロは遠い情景を思い出すかのように、遠くへ視線を向ける。
「かれこれ四十年程前になりますか……。私がまだまだ若輩者だった頃です。既に刻印魔術が広く普及し、安価で刻めるようになり始めた時代でした。その中において、今でも古くからの方法で自らを鍛えていると、その様な御老体とお会いしたのが最後となります」
「へぇ……、時代に流されず、刻まないまま自分を貫いていたのか。では、それからは一度も……?」
「はい、一度も……。その頃も正しく鍛えた魔術士というものを、眩しく思えたものでございます。その方は恐らく、アヴェリン様と同じ内向術士だったのでしょう。良く似た輝きをお持ちでいらっしゃいます」
アヴェリンは何と返事して良いものか迷い、結局何も言わない事にしたようだ。
居心地悪く身じろぎする気配が、背後から感じられる。
「無論、アヴェリン様だけではございません。他のお嬢様がたからも、やはり素晴らしい輝きを感じられます」
「あぁ、そちらも紹介しよう。……ほら、読むのを止めて、名前を言え」
ガスパロが視線を移すのと同時に手を差し向け、そして全く反応を示さない二人へ、念動力を使って軽く小突く。掌をくるりくるりと動かす度に、ルチアとユミルの頭が一度ずつ揺れた。
「もう、何よ乱暴ね。アタシはユミル、よろしく……するかどうかは、これから次第ね」
「ルチアです。――ほら、早くページ捲ってくださいよ」
何やら意味ありげな台詞を言ったユミルと、そもそも自己紹介に意味を見出さないルチアは、ちらりと顔を向けただけで、すぐに本へと戻ってしまった。
そんな二人をしょうがない、と嘆息したところで、ガスパロが瞠目してミレイユを見ている事に気が付いた。
「……どうした。あぁ、室内で勝手に魔術を使うのは無作法だったか」
「いえ、……いえ、そうではございません。あまりに見事な魔術制御に驚いてしまったのです。まるで己の手を動かすように、それを制御するという意識すら感じさせず行使するというのは……感動の一言だけでは片付けられません。まるで大地が空へ落ちていくかのような衝撃と申しますか……!」
「……そうか、そのように見えてしまうか」
ミレイユの制御力は過去の時代においても、他に類を見ないものだ。
無詠唱と呼ばれる、制御が瞬時に完了するような行使が出来る者も、殆ど居なかった。
だが単純かつ初級魔術に分類されるようなものなら、ルチアもユミルも同じ事が出来る。だから念動力を使わせれば、やはり同じ事が出来るのだろうが、これが上級となると明確な差となって現れた。
この時代において、古代の魔術制御を未だに行っていて、その制御の真髄を見せられたとあっては、偏執的魔術趣向を持つガスパロからすると身震いしてしまうものらしい。
ミレイユは困ったように眉根を下げ、小さく苦笑する。
「自慢気に見せるように映ってしまったかな」
「いえ……! 決して、そのような!」
ガスパロは声を荒らげてしまった事を恥じるように、一度顔を引き締め、それから元の柔和な表情で続けた。
「貴女様にとっては、それこそ手を動かすのと変わらぬ、簡単な事に過ぎないのでしょう。咄嗟にそれが出来てしまうというのが、その証拠。決して自慢気などと思ったりは致しません」
「……うん。この程度は、魔術を使うという認識ですらいない」
「流石としか言い様がありませんな……!」
やはり感嘆めいた息を吐いて、瞳を輝かせて見つめてくる。
髪に白いものが混じり、良い年であろうと思うのに、そうしているとまるで少年のようだ。かつての若輩者として生きていた時代、本物の魔術士を見ていた時も、同じ様な目をしていたのだろうか。
そこで唐突に眉を八の字に曲げ、膝の上に置いた手を握り締めて、覚悟を決めた口調で言ってきた。
「大変、不躾ではございますが……」
「……うん?」
「もしも上級魔術を会得しているなら、この場でその制御だけでもお見せして頂けませんでしょうか……!」
「内容は何でも良いのか?」
「――幾つも会得しているのですか……ッ!」
ガスパロの目が驚愕で見開かれる。
ヒトの世界の魔術士にとって、上級魔術というのは一つ身に付ける事さえ大変なものだ。それは何百年、遡っても変わらない事実だ。そもそも人の手には余るもので、例え会得しても使う機会が滅多にない。
制御の失敗は身の破滅だけのみならず、周囲への被害も考えられるので、試しに使うのも恐ろしいと考えられるものだった。それを実戦でとなれば、緊張からの失敗も十分考えられるし、いつ自分に向かって攻撃が飛んでくるか分からぬ状況となれば、尚更無理だ。
高い制御力を持った上で、鋼の心臓を持つ胆力、最低でもその二つを兼ね備えていなければ、到底扱えるものではない。人の世にあっては伝説の類、というのが上級魔術というものだった。
「幾つ会得しているかなど、それこそ自慢にしかならないから言わないが。しかし試しに使ってくれと言うそちらも、まぁ随分な要求を言うものだ」
「はっ……! 不躾でございました、大変失礼を……!」
「いや、その胆力を褒めているんだ。下手をすればギルドそのものが消し飛ぶ要求を、この場でするとはな」
それを聞いたスメラータがギョッと身体を強張らせ、次いで猫のような俊敏さでソファの後ろへ隠れる。最悪の事態では、ギルドごと消し飛ぶと言っているのに、そんな場所では全く無意味だろう。
無論、ミレイユはそんなヘマをしないので問題はないが、どうせならガラスを突き破って逃げろと言いたい。
ガスパロは額に浮いた汗を、ハンカチで拭いながら頭を下げた。
「ハ……、恐縮です」
「だが、そこまで強い思い入れがあるなら、断るのも申し訳ない。……これで良いのか?」
ミレイユは右手を顔の高さまで持ち上げ、手の甲を見せるようにして指を広げる。
そうして『火炎旋風』の上級魔術を制御し始める。魔力が掌へと集まり、そしてその制御が光となって現れ、赤い燐光が掌を包んだ。
流石にその制御を身近で感じたとあってはアキラも目を開き、そして唐突な高度制御に何をしているんだ、というような表情になる。
本に目を落としながら話を聞いていたユミル達は、そもそも制御の失敗など疑っていないので見向きもしない。
五秒程度の制御の果てに、魔術は完成を見る。
グッと拳を握ってその終了を見せると、ガスパロの身体はワナワナと震えた。その瞳には薄っすらと涙が浮かんでいて、喘ぐばかりで言葉が出てこない。
それらをソファの後ろから、目だけ出して見ていたスメラータも、ミレイユが何をしているかだけは漠然と分かったらしい。恐ろしいものを見てしまった者そのままの目を、ミレイユへ向けては絶句している。
「――さて」
一度完成させた魔術は、解き放つより消滅させる方が難しい。
同じ制御を逆再生させるように終わらせると、手からも燐光が消えていった。
「名乗るのが最後になってしまったが、ミレイ……うん、ミレイユだ。よろしく、ギルド長」
「ミレイ……ユ、様」
偽名か何かで誤魔化そうとも思ったのだが、皆に本名を名乗らせておいて、自分だけが別名というのも忍びない。そして他に妙案も浮かばなかったので、そのまま名乗る事にした。
ガスパロは名前を聞いて、一瞬それが何の名前か判別できないようだった。
頭の中で反芻するように動きを見せず、それからたっぷりと五秒使ってから再起動した。
「魔王……そんな馬鹿な。大体、あれは二百年も前の……」
「勿論だ、ギルド長。こんな格好をして、少しばかり魔術が得意だからと、勘違いしては名前まで名乗っている馬鹿な小娘だ」
演技掛かった口調でそう言って、膝の上の帽子を被ってツバを落とす。
何もかも演技めいた仕草を見せる事で、何かの冗談だと思わせたかったのだが、むしろ確信を深めたように、首だけ前のめりになって頷いた。
「なるほど……そう、左様でございますな。多く他人に知らせるべきではありません。私めにさえ教える必要はなかった……。その寛大さに感謝いたします」
「いや、そういう事ではなくてだな……」
「分かっております、みなまで仰いますな。このガスパロ、一端を知り万端を知るなど申しません。心の中に留めて置く事と致します。では……なるほど、ではあの伝説も本当でしたか」
何やら不穏な雰囲気と、変な方向へ転がりそうで聞きたくなかったが、しかし確認しないままでいるのも恐ろしい。
それで嫌々ながらも聞いてみる事にした。
「その……、伝説というのは?」
「ハ……。人の世が傲慢になり、他種族との協和を忘れると、その度、魔王が現れ厄災をもたらすと……。その様な事が
神妙に頭を下げ、まるで臣下が王へ奏上するかのような物言いには頭が痛くなるが、何故そんな伝説が作り上げられているかの方に、むしろ頭が痛くなった。
二百年前についてはミレイユが手を貸したが、そもそも原因は別にあるし、発端はエルフにあると言える。むしろ他種族の弾圧を強めた人間にこそ、その始まりがあるとも言え、謂わば自業自得でしかない。それなのに、たかがミレイユが一度その弾圧から解放したからと、その様な伝説が生まれるのは不可思議だった。
ミレイユが首を捻ってると、ユミルがニヤニヤとした嫌らしい笑みを浮かべているのに気が付く。
あの顔は何かを知っているか、あるいは勘付いている顔だ。
聞きたくないが、聞くまであの顔が延々と続くと思えば、聞かないわけにもいかない。
仕方がない、と腹を括ってユミルへ不機嫌さを隠そうともせず尋ねた。
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