ギルド訪問 その3

 魔術士ギルドの中に入って、最初に感じたのは煙の匂いだった。火事という訳ではなく、この世界の室内というのは、何処も大抵このようなものだ。窓だけでは明かりが足りない時、昼であっても蝋燭を使う。金を持っているギルドとは、火を惜しみ無く使い、それが権威や格付けとなっていたりもする。


 次いで感じたのは活気で、利用している客が少ない割に、そうと感じさせない雑音が耳を叩く。

 入って正面は広く、人の行き来を邪魔しない造りとして広く取ってあって、その先には受付らしきカウンターがあった。


 向かって右手側には机と椅子、それを囲むように壁際には本棚が敷き詰められてあって、利用客の姿がもチラホラと見える。

 机に座っている者達の中には、それを熱心に読み込んでいる魔術士らしき人もいるし、反して仲間と思しき友人と、あれこれと相談しながら本の図案を指差している戦士風の男もいる。


 右側のスペースは、どうやら望む刻印を探す為に用意された場所であり、そして雑談スペースの様な役割も持っているようだ。

 左側にもスペースはあるが、右側と違ってあまり人はいない。

 壁際には設置されたボードに、幾つか手の平サイズの紙が貼り付けてあって、これは冒険者ギルドでも良く見る光景だった。


 ただ、それが主流の冒険者ギルドにあって、こちらはあくまでオマケという印象を受ける。

 荒事を主に引き受け、多種多様の業務を受け入れているのとは逆に、魔術士ギルドが求めるものは魔術士にしか出来ない内容だ。


 ここからではその内容までは分からないが、かつては魔術書の買い取り案内であったり、付与術が出来る魔術士の応募案内であったり、魔術の講師を募集する内容などがあった。

 冒険者という括りが大き過ぎる所為で、あちらの募集依頼の内容は多岐に渡るが、本来のギルドとはその専門性を元にした依頼になるものだ。

 魔物の討伐は他に任せているので、魔術士ギルドでは、それに近しい内容は無いとも言える。


 室内に明かりといえば、窓から差し込む光しかないので、暗い印象があった。右側スペースは本を傷まないようにする所為か、尚の事窓の位置は高く、直接光は落ちてこない。

 あれでは読む方も苦労するだろう、と思うのだが、だから蝋燭を使って読んでいる。暗い室内で昼から明かりを使って本を読めるのは、一種の贅沢だ。


 現世を知っている身からすると可笑しく思えるが、光というのは実に貴重だ。

 まだ駆け出しの冒険者は何かと入用で金がない。蝋燭代にも事欠くのは珍しくなく、だから無料で利用できるこの場所が、活気を生んでいる原因でもあるのだろう。


 読書スペースに明かりは無くとも、受付の上部には大きく窓が設けられていて、それが入り口まで貫くように明かりが差し込んでいる。

 その中を悠然と歩きながら、ミレイユは周囲の様子をそれとなく見つめる。

 冒険者らしき男からは不躾な視線が飛んで来て、少しでも力量を持つ魔術士は怪訝な様子で注視していた。


 何より緊張を持って様子を見て来たのが受付職員で、恐らくこの職員は事態を正確に理解していそうだ、と思った。

 いっそ不釣り合いで、不都合とも思った事だろう。

 少しでも魔力を計れる技量を持つのなら、その力量を察せられるのが当然で、そして現在の刻印魔術主流の世において、何も刻んでいない者達へ不信感を抱かない筈がないのだ。


 一体、何者だと思うのが普通で、そしてミレイユの格好もまた、それを後押しする要因となっているだろう。どうやらミレイユ自慢の装備一式は、大分不名誉な形で広まっているらしいので。


 ミレイユは周囲を見渡す次いでに、アキラの方へも視線を向けると、物珍しく見渡す中に不安と緊張の色も見える。自分の身に何か起こる、あるいは起こされると察しているようだ。

 ルチアやユミルは大きく間取りが変わってしまったギルド内を、感心したような顔つきで見つめている。

 スメラータからも感心した様子は伺えるが、他の者より興味を示しているようではない。やはり、どこの町のギルドも、同じ様な造りなのかもしれない。


 ここへ来た理由は、アキラに刻印を与える為だ。

 何が良くて、どういった物を選べば良いのかは、その戦闘スタイルを熟知しているアヴェリンに、助言が貰えれば十分だとは思う。だが、ミレイユがまるで知らない魔術を、刻印としている物もあるかもしれない。

 その解説役になるかと思って、勝手に付いて来るスメラータにも、特に何も言わないでいた。


「さて、まずは受付に行くのが良いのか、それとも勝手に本を読んでも良いものか……」

「流石に勝手は拙いんじゃないですか? ギルドに加入もしてないのに」


 ルチアの常識的な発言に、それはそうだ、と納得と共に頷いた。

 本は未だに大量印刷できる物ではないので、一冊が大変高価だ。粗雑な冒険者が扱う事を考えれば、破損も当然織り込み済みで読ませているだろう。


 それをギルドの加入条件に弁償などを盛り込んでいたり、あるいは予め料金を徴収して利用させていたりするのであれば、ギルド員ですらない見知らぬ者に使わせる道理がない。


 かつて魔術書を読む者は、その貴重性や重要性を理解する魔術士しかいなかった。今ではその門戸は広く開かれ、例え字が読めずとも術が使える。

 それを思えば、加入者しか利用出来ないのは、むしろ当然の措置と言えるかもしれない。


 本棚へ向かい掛けていた身体を止め、受付へと方向修正したところで、カウンターから立ち上がり、机の一部を持ち上げて一人の職員が向かってきた。

 それは訝しげな視線を向けていた女性職員で、緊張した雰囲気を纏わせて近くで止まり、ぎこちない笑顔を見せて一礼する。


「ようこそ、魔術士ギルドへ。当ギルドに足をお運びいただきありがとうございます。付きましては、お客様にはサロンの方をご用意いたしました。そちらの方で、ごゆるりとお寛ぎいただき、お望みの刻印魔術をお探しください」

「……サロン?」


 かつての魔術士ギルドには、存在しなかった場所だ。

 良く金を落とす上客などを応接するのに使う部屋なのだろうが、ミレイユ達は当然ながら利用するのは初めてだ。アヴェリンは当然の対応と満足気に頷いているが、唐突な招待には思わず面食らってしまう。

 今日が初訪問となる上に、ギルド未加入者へ勧めるものではない。


 何か裏があるのか、と勘ぐるのが当然で、もしかするとスメラータがいる事で招かれたのかと思ったが、その表情を見るに、どうやら違うと判断できた。

 スメラータの表情には疑心と驚愕が渦巻いていて、何が起きているかも理解できていないようだ。


 否定も肯定もする前に、折った腰を上げてキビキビと歩き出してしまう。

 罠や誘いなどと言うほど露骨なものではないだろうが、果たしてどう対応するべきか考えている間に、ユミルがさっさと後へ付いて行ってしまった。


「おい……」

「別に大丈夫でしょ、ここで変に警戒しても意味ないし。周囲を見れば、その程度も分かろうってもんだわ」

「……そうだな」


 本棚付近にいる冒険者達にしろ、ギルド内にチラホラと見える魔術士にしろ、敵と認識するのさえ憚られる程、その力量は低い。

 魔力総量を測ればその全てが分かるという訳でもないし、その魔力も刻印に吸収されている所為で正確なところが分からないが、何があっても対処できるという自信が持てる程度には、彼らは敵になり得なかった。


 どうにも気が張って、変に気を回してしまうが、ユミルだけでなくアヴェリンとルチアまで鷹揚に構えているのなら、彼女らの判断を信じて良いだろう。

 ミレイユもそれらの背に続くと、アキラもスメラータもその後に付いてくる。


 応接室は向かって左側にあるらしく、掲示板付近のドアを開けて、職員は入口付近でドアを開いたまま、中へ招き入れるよう腕を動かした。

 そこへ最初に入るのはやはりアヴェリンで、室内の様子を確認してから頷きを見せる。その様子を確認するかどうかという、ギリギリのタイミングでユミルが先に中へと入り込んでしまう。

 ルチアが苦笑してミレイユへ先に入るよう勧めた時、スメラータからの遠慮がちな声が、それを止めてきた。


「……あのさ、アタイやっぱり付いて行かない方がいい? 待ってた方がいいかな?」

「そうだな……、やはりサロンに招かれるような経験はないんだよな?」

「ある訳ないよ……! あんな所に入れるのなんて、ホント第一級の特別な人達だけ! 言われるまで、そんなのがある事すら忘れてたもん!」


 そうだろうな、とミレイユは頷く。

 その様な場所に、縁がないのは何となく分かる。スメラータが冒険者の枠組みの中で、どれほどのランクに位置するのか分からないが、上位一割に属していないのは間違いないだろう。

 その一割が利用できる場所であるかは未知数だが、特別待遇の目が出て来るのは、大抵その位の上位になってからと相場が決まっている。


 だが同時に、それはギルドへ加入した組合員の特権でもある筈だった。

 そうではないミレイユ達を招き入れるというなら、その規定を無視したメリットがあるという事だ。悪目立ちする格好だが、金は持っていそうだと目を付けたか、あるいはそれだけの価値があると青田買いする気持ちで接触するつもりか……。


 刻印の事は触りしか知らないミレイユ達だ、少々値段を釣り上げられても分からない。

 それならば、元より刻印について教えてやりたい、というつもりのスメラータには同行させた方が良いかもしれなかった。


 全ての刻印を網羅している筈はないだろうが、不当な値段の釣り上げくらいなら、分かってくれる可能性がある。

 いっそ怠け者の番犬くらいの、役に立てば儲け物、という気持ちで連れて行くのが良いかもしれない。


「刻印について教えてくれるんだろう? そのつもりで付いて来たというなら、役立ってもらおうか」

「いやぁ……、本当に教える必要あるかな」


 その声に自信はすっかり消え失せていたが、恩を売るチャンスとは依然思っているようだ。

 歩き出したミレイユの後ろをルチアが続き、その後ろをアキラと横並びに付いて来る。少々待たせた事を侘びながら入室し、そして見事な装飾の室内に我知らず感嘆の息を吐いた。

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