ギルド訪問 その2
その一団がギルド内へと入って来た瞬間、周囲の空気が一変した。
美貌の集団を見て呆け、次いで高価な装備に目が眩む。先頭にいる四人は特に別格で、いずれの品も素材からして最高級、そして尋常ではない付与がされた一品だと分かった。
目の肥えた冒険者は勿論、受付で次の客を待っていた職員もまた、その異様に目立つ一団には目を付けていた。
高価な装備、堂々とした立ち振る舞いには、最上級の冒険者を思わせるのだが、その姿をこれまで一度も目にした事がない。魔術士ギルドの刻印魔術がなければ、冒険者は成り立たないと言われる程だから、あれ程の装備を入手できる冒険者ならば、これまで一度ならず目にする機会もある筈だった。
「……あの人達、誰なのか知ってる人いる?」
職員の一人、ジェランダが近くの職員に小声で聞いた。
傍の男性職員、アニエトが見惚れた顔を取り成して返答してくるが、やはり知らないと言う。
装備品は冒険者の格を現す。刻印同様、装着者の格を知るのに役立つものだ。
あれだけの装備を身に付けるには一朝一夕に行く筈がなく、そして遠く離れた場所で活動していたとしても、全てのギルドの総本山たるオズロワーナで全く聞こえてこないというのも不自然だ。
それに何より――。
「だけどあの装備……。確かに見事だけど……あれ、魔王の格好でしょう?」
ジェランダが思わず眉根を寄せてしまったのも、無理ない事だった。
見る者が見れば分かってしまう。幻術によって隠蔽はしてあるようだが、しかし見識ある者を誤魔化せるほど、幻術は便利なものではない。
術の使用そのものが、下手な騒ぎを起こすつもりはない、という表明と配慮に見えるが、それなら最初からその様な格好をしなければ良いだけだ。
良識ある魔術士ギルドの一員として、声高にも直接にも非難するつもりはないが、しかしトラブルの元になるのは嫌がるものだ。それほど、魔王ミレイユという存在は嫌われている。
かつて魔族を率いてオズロワーナで大虐殺を行った魔術士として、多くは畏怖する存在として語られていて、この都市に昔から住む者ならば両手で歓迎できない格好だ。
そして改めて見てみると、身体の何処にも刻印がない。
最後尾に付いている赤毛の女性冒険者だけは例外だが、一緒に入って来た一団の中には、見える肌のどこにも刻んでいなかった。
その事に訝しむ気持ちが募る。
「……まさか、刻印も無しにこれまで活動して来たの?」
「いや、まさか。見えない場所に刻んであるんだと思いますよ」
「でも、だからって一つも見える場所に刻まないなんて……」
「それは……まぁ……、でも個人の趣向の問題ですし」
歯切れ悪く答えるアニエトも、やはり普通ではないと思っている様だった。
普通である事を強要するつもりもないし、アニエトの言うとおり個人の問題であるのも間違いない。だが、刻印を持たない冒険者は、同業者からとかく舐められる。
誰もが力量の物差しとして計るので、それを持たない者は力量なしと見做されるのだ。
冒険者として活動しているなら、それを知らない筈もない。
円滑なやり取り、あるいは無用のトラブルを避けるなら、不利に働かない刻印は見える場所に付けるべきなのだ。だが、トラブルを避けるつもりがあるのなら、最初からあのような格好で都市に入っても来まい。
ジェランダはあの集団をどう判断して良いものか、ほとほと困ってしまった。
他に考えられるのは――。
「お貴族様の道楽って事はないかしら……」
「あー……」
アニエトがしたり顔で例の集団を見つめる。
あの美貌も、そして装備も、刻印を持たないのも、それで説明が付いてしまう。高価な装備は金に物を言わせただけ、貴族なら肌に何も刻んでいないのが当然で、そして堂々たる振る舞いも、普段からそうしているなら頷ける様相だ。
ただ一つ、あの格好だけは褒められないが、一種の火遊び程度に考えているのかもしれない。
世間知らずのご令嬢が、冒険者ごっこをしてみたくなってやって来た――。
ジェランダはそのように考えた。ならば当然、威力や効果の高い魔術など刻める者もいないだろう。
適当に、形の見栄えする下級魔術でも勧めてやって、それで気分良くお帰り願えば良い。
その時、受付の奥――背後に設けられた部屋から一人の男がやって来た。その部屋はギルド長室へと繋がっている。いつもの癖で振り返ると、そこにはやはりギルド長が立っていた。
五十を過ぎた細身の身体で、紫色に白いものが混じり始めた頭髪を後ろへ流していた男性だった。
同じ色の口ひげを蓄え、片目グラスを付けた姿は、まるで貴族家の家令の様にも見えた。
ギルド長は普段の職務以外に、現場の仕事振りを観察したり、訪れる冒険者をチェックするのに外へ出て来る。どのような魔術が好まれるかは、毎日集計したものを見ているので分かるが、冒険者の個としての質などは、そこからでは分からないものだ。
それで休憩がてら、良くこうして現場を見に来る。
目が肥えたギルド長ともなると、個々の資質や力量など、外から見える刻印以外からも大抵の予想が付くものらしい。噂では、刻印のみならず、その魔力などからも読み取って、その将来性を見抜く力もあるのだとか。
時折、まだ駆け出しの頃の冒険者に、ただ同然で刻印を与える事があるし、実際そういう冒険者は大成する事が多いとも聞いた。人材発掘はギルド長の趣味と言える。
そのギルド長が、例の一団に目を留めて、目を細くさせた。
値踏みというには不躾なまでに長く見つめ、ジェランダは要らぬ騒動を予感して背筋を寒くする。相手が貴族だとすると、無用なトラブルを招きそうだと警戒していると、ギルド長はサッと視線を向けてきた。
「ジェランダくん、直ぐにサロンの方へお通ししなさい」
「えー、あの……見目華やかなご集団でしょうか?」
「そうです」
「でも、あの方たちは一見さんですよ。やっぱり、お貴族様だから、そういう対応ですか?」
貴族のお歴々が魔術士ギルドに顔を出した、という例は聞かない。
冒険者ギルドの方には、顔を隠して依頼する事もあるのだが、それだって本人ではなく、使いの者がするものだ。本人が来る必要はないし、仮に合っても馬車を使うだろう。
貴族は歩いて移動しないものだ。
そのように考えていると、珍しく苛立たし気に、ギルド長が視線を厳しく向けてくる。
「そうではありません。……珍しく、本当に珍しく本物を見ました。決して粗相のないよう、気を付けてお連れするように。直接の対応はわたくしが致します」
「は、はい。分かりました……!」
厳しい声音と視線に、自然と背筋が伸びる。
即座に椅子から立ち上がり、専用の出入り口の戸を開けた。
通常、サロンを利用できる客というのは上客と決まっていて、それは単純に多くの回数を利用しただけでなく、高い実力を持つ者たちに限られる。
上級魔術はそれだけで大変高価だから、その場で払うにもカウンターでは障りがある。
大金を用意するので、安心して広げられる場が必要、という現実的な面もあって用意された部屋だった。部屋の中は机やソファも一級品で揃えられており、上客をもてなすに相応しい家具で飾られている。
相手が貴族なら、一見さんでも対応する場所として適当だが、ギルド長の口振りだと、どうやらそういう事でもないらしい。
普段から厳しい一面はあるものの、しかし物腰は柔らかで、理不尽な怒りなど見せない尊敬できる人だ。それが感情を露わにして見つめる姿は、一種異様ですらあった。
だが、命じられればその通りにするのが一般職員というものだった。
近付けば近づくほど、その美貌に当てられるような気がした。自分の身なりを客観視して、近くに立ちたくないとすら思ってしまう。
だが、そんな様子をオクビにも出さず、普段から客に見せている笑顔を浮かべて一礼した。
「ようこそ、魔術士ギルドへ。当ギルドに足をお運びいただきありがとうございます。付きましては、お客様にはサロンの方をご用意いたしました。そちらの方で、ごゆるりとお寛ぎいただき、お望みの刻印魔術をお探しください」
魔王装束を身に着けた女性を、先頭で庇うように立っていた金髪の戦士が、満足気な笑みを浮かべた。その輝く美貌を間近で直視してしまい、ジェランダは思わず、時間を忘れて呆けながら眺めてしまった。
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