第八章

ギルド訪問 その1

 東区画に入れば、そこは南の露店広場と違う活気に満ち溢れていた。

 職人らしき人達が荷車を押して、商品か或いは原料の入った箱などを運んでいるし、鍛冶で鉄を打つ音や、親方が弟子に怒鳴りつける声なども響いてくる。


 区画の入り口ほど、そういった職人気質の店は多く、客の呼び込みをする様な声はない。大抵は何処かの店と契約を結んでいて、そこに卸す製品を作っており、直接取引するような事は滅多にない為だ。

 頼まれて作る事も皆無ではないが、やはり主流ではなかった。よほど個人的な繋がりが強いか、何かの事情で頼み込むような事がなければ、起こる事ではない。


 区画の奥側へ行けば、商館のような建物が見えてきて、それがギルド全体を取り纏める総本部になる。それぞれのギルドは持ちつ持たれつ、という関係性なので、そこを公平に取り持つ存在が不可欠になのだ。


 互いの契約の不履行であったり、あるいはギルド同士の不和などの問題も、総本部で取り持って解決するよう動く。

 魔術士ギルドはその総本部から目と鼻の先にあって、道を挟んだ反対側には冒険者ギルドがあった。やはり何かと繋がりの多いギルド同士なので、どこの町でも大抵近しい場所にある。


 そこへ近付いてくれば当然、戦士や魔術士の姿も多く見えるようになって来た。元より東区画に入った時からその姿は散見していたが、ギルドのお膝元となれば見える人数も自然と増える。

 そしてやはり、誰の肌にも刻印が刻まれていた。戦士の多くは革製、鉄製の違いはあっても鎧を身に着けていて、肌を露出している部分は多くない。

 時に腕を晒している者もいるが、やはり大幅に肌を晒しているのは少ないものだ。


 だが、それでも刻印を誇示する為なのか、多くは頬や額、首筋などに貼り付けていた。

 中には頭の右半分の頭髪を添って、その部分にも刻んでいる者もいるくらいだ。どのような刻印を持っているかが、即ち自身の能力を証明する手段になる。

 だから、自身の強さや力量を知らしめる意味でも、その様な誇示する者もいるのだろう。


 ――しかし。

 それらを視界の隅に収めながら、ミレイユは小さく眉を顰めた。

 刻印は入れ墨とは違うものだと解っていても、ゴテゴテと顔や頭部に刻んでいる姿は品が悪く映ってしまう。


 額にワンポイント、あるいはスメラータのように頬に小さくあるようなら、それも一種のファッションのように見える。だが、顔面のパーツが埋もれてしまうような刻み方は、どうにも見ていて気分の良いものではない。

 それも一種の効率化、合理的と見る目もあって、冒険者の間では共通の認識なのかもしれないが……ミレイユは好きになれそうもなかった。


 かつて魔術師とは、己が魔術の片鱗すら見せないのが、美徳とされていた時代もあった。

 どの魔術を使えるかを知られる事は弱みになる。実際、そう考える魔術士は多かったし、秘匿する事が一つの強みであるのも確かだった。


 だが今は逆で、まず見せる事で、上下関係を知らせる意図があるのかもしれない。

 実際、現地で即興のパーティを作らねばならない時に、その意味は大きいという気はする。どのパーティが、どの人物が主導権を握るかで、報酬の配分にも変化が発生するものだ。


 一見した時点で誰に譲るか、ある程度の指針が最初からあるなら、そういったトラブルも――いや、それはそれで無くならないトラブルか。

 ミレイユは首を振って思考を改める。そんな態度を近くで見ていたアヴェリンが、気に掛けて声を掛けてきた。


「……ミレイ様、どうかされましたか」

「いや、単に刻印を顔面にベタベタと貼り付けている輩が、気に食わないと思っただけだ」

「あぁ……」


 ミレイユが不快気な声を上げたのを見て、アヴェリンもまた同意する。そして、道の反対側に見える、剃髪した頭部全体に刻印がある男へ顔を向けた。


「確かに、ああいうのは見ていて不気味さが先立ちます。あれが強者の基本なのだとしたら、私としても快い気持ちにはなれません」

「実際、どうなの?」ユミルはスメラータへ顔を向ける。「アタシ達は刻印を読み取れないから、あれが凄いかまでは分からないんだけど、あれは威嚇になってるワケ?」

「まぁ、威嚇って言うか……」


 スメラータは少し口籠ってから続きを言った。


「やっぱり、刻める量は本人の力量を示すし……。上級刻印は一つあれば上等って言われるし、大きい刻印ほど大きな魔術って言われるから、頭に一個大きいの乗っけてるのは、確かに誰もが一目置くのかも……」

「でも、実はそれ一つしかない、ってオチもあるかもしれないでしょ?」

「それは……まぁ、そういう奴もいるかも。でも、現実的じゃないよ。それなら下級刻印を複数入れた方が、色々対応できる場面が多くなるし、便利だと思うけどな……」


 そこでユミルが、へぇ、と言った少しばかり感心した声を出す。


「アンタ、馬鹿みたいに見えて、案外考える頭持ってんのね」

「なにさ! 馬鹿が長く生き残れる訳ないじゃん! アタイはもうこれで三年食ってるんだ! 一端の冒険者なんだからね、舐めんな!」

「あらあら、怒らせちゃってゴメンナサイね、威勢の良いヒヨコちゃん。でも、そう……三年」


 ユミルが値踏みするように上下へ視線を移し、その絡みつくような視線に怯えて、スメラータはアキラの後ろに隠れた。最初の威勢はどこへやら、と思ってしまう仕草で、そしてアキラを盾とするところもすっかり定着してしまっている。

 そんなスメラータからすっかり興味を失ったユミルが、アヴェリンへと顔を向ける。


「三年って言ったら、結構悪くない数字に見えるんだけど、アンタから見てどうなの?」

「独力でやって来たというのなら、実際大したものだろう。一人で出来る事には限界がある。多くは一年で潰れるし、そうなる前に徒党を組む」

「まぁ、そうよね。自分に足りない分は他で補う、基本よね」


 そうして再び、ユミルはスメラータへ視線を戻し、それにつられてミレイユも視線を向けた。

 スメラータには他に仲間はいないようだった。関所で待っている間にすら見掛けなかったというなら、本当に一人で来たのだろう。


 そして独学でこれまでやって来たと言うなら、存外悪くないのかもしれない。

 かつて魔術とは師匠がいなくては成り立たないものだったが、しかし刻印という手段の誕生で必要性を薄くし、その為に正しい鍛錬方法も失われていったとするなら、それもまた皮肉という他なかった。


「けれど、刻印によっては、独力でやっていけるだけの能力を獲得出来るワケね……」

「それもまたピンキリだろうが……」


 ミレイユもまた口を出して、今はまだ読み取れないスメラータの刻印を見つめる。


「独りで全ての状況に対応するには無理がある。最初期では刻める量も少なそうだ……。だが、刻めばその分、魔力を刻印に吸われる訳だろう? ならば身体能力は、刻んだ数だけ弱体化するんじゃないか」

「何の魔術も使えない代わり、戦士としての能力へ一点特化したのが内向術士という存在だものね。その理屈で言うと、やっぱり弱体化は免れない……かしらね?」

「よほど魔力が余っているなら、刻む量にも余裕が生まれるんだろうが……」


 そう言いながら、スメラータを見つめ、そして自然とアキラにも視線が移る。

 アキラもまた魔力総量が多いとは言えない部類だ。鍛錬と様な苦労の末、出会った当初より大分上昇したと思うが、それでもまだ基礎力が固まったと太鼓判は押せない。


 過剰な魔力など持っておらず、例え割ける魔力があったとしても、ほんの一握り程度だろう。

 つまり、刻む魔術は一つが許容範囲と判断せざるを得ない。そうでなければ、刻印一つ得る度に、その身体能力を落としていく恐れがある。

 戦闘センスがあれば、その不利も乗り切れるかもしれないが、やはりそれもアキラにはないものだ。


 アキラに魔術を刻む為に魔術士ギルドへ向かっていたが、ミレイユとしては早々に刻む数を一つにすると決めた。将来的に増やせる希望は持てるし、その成長性によって数を変動させていく展望もある。最初から無理する必要も、欲張る必要もない。

 因みに、とミレイユはスメラータへと声を掛けた。


「刻印を購入するにも料金が掛かるだろう? 相場というのは、どれくらいのものなんだ?」

「そりゃあやっぱり、便利だったり強力だったり、下級か上級かで色々変わるよ! はったりだけで金を稼げるもんじゃないしさ、だからさっきの頭にでかでか刻印あった人は、金貨百枚とか使ってると思うよ」

「なるほど……。威嚇の為だけに払える金額ではないな」

「当たり前でしょ。自分は凄いんだって見せつけるものであるのは確かだけどさ、でも見せ札だけで戦えるもんでもないし!」


 アキラの後ろで自慢気に胸を張り、そして刻まれた魔術を見せつけるように腕を曲げた。

 結局、見せつけられても、ミレイユにはそれがどういう魔術か判別できないのだが、スメラータにとっては見せつけるに値する刻印であるらしい。


「その刻印はどういう効果で、値段は幾らした?」

「なに、お金ないの? コイツの鎧には三十枚ポンと出してたのにさ」

「いいや、余裕ならある。ただ、相場が知りたいだけだ」


 ミレイユの言葉は事実で、溜め込むだけ溜め込んだ金貨が山程ある。それに個人空間に仕舞ったままになっている、武具や道具を売っても相当な価値があるし、稼ぐ必要があるなら水薬を作って売っても良い。

 水薬ならユミルの方が得意だし、野山を歩けば素材は幾らでも発見できる。一日で金貨千枚稼ぐ事も決して夢物語ではない。


 ミレイユの余裕を感じさせる発言を、特に疑う素振りも見せないまま頷き、スメラータは頭を捻って口に出す。


「そうだなぁ……。この刻印は中級自己強化の、筋力増強だよ。金額は二十枚だったかな」

「随分、安いんだな」


 同じ魔術が記されている魔術書を購入しようとすれば、それの十倍は出さねば手に入らなかった。元より魔術書は高価なもので、最上級の魔術書となれば金貨三千枚もする物もあった。

 家どころか豪邸を建てても余りが出るような金額で、ミレイユであっても購入する時には勇気がいった。


 だが現代では、中級程度ならその程度の値段で購入できてしまう訳だ。

 需要と供給という経済の一側面を見ても頷けるが、他にも理由はある気がする。ミレイユは、その思い付いた理由を口にしてみた。


「刻印は……刻むだけでなく、外す事も出来る。……そうなんだよな?」

「そりゃそうだよ。じゃなきゃ、上位の魔術を刻めないじゃん」

「あぁ、そういう発想か……。古いものは捨て、新しいものを得る。魔力に余裕が出れば、その分を刻むか上位魔術へ切り替えていく」

「刻む側からすれば、現物が失くなるワケじゃあないものね。だから安く済んでいるって部分もあるワケ……」

「お金が無ければ貸してくれるしね。……まぁ、代わりにゴリゴリに使い潰されるけど」


 魔術士ギルドと強い繋がりを持つのは、いつだって冒険者ギルドだ。

 長らく依頼の受け手がおらず、塩漬けにされている案件などが、そういった者たちへ回されるのだろう。誰も受けないのだから報酬が渋いとか、向かう先が面倒だとか、何かしら理由はあるのだろうが、それを片付けられるというのならお互い嬉しい取引かもしれない。


 スメラータが苦い顔して視線を逸した態度から言って、もしかしたらそれは、彼女の体験談だったのかもしれない。

 そんな事を話している間に、魔術士ギルドの前までやって来た。


 立派な石造りの建物で、三階建の建物だった。一見して現世の教会のように見えたのは、その屋根が三角形をしていたのと、その先端にギルドマークが飾られていたからだった。

 ギルドマークは八芒星の内側に円と四角が入った、十字とは似ても似つかぬ形だが、外側から感じる雰囲気がそのように見せていた。


 外開きの扉は大きく開け放たれていて、人の行き来は自由なようだった。

 時間の関係なのか、それとも普段からこのようなものなのか、あまり客は入っていない。一度刻めば、頻繁に変えるようなものでもない所為もあるのだろう。


 中級魔術に金貨二十枚は確かに安いが、しかし安い買い物でない事も確かだ。

 利用客が途絶えるものでもないとはいえ、普段はこういうものなのかもしれない。


 板張りの階段を五段上がって、やはり板張りの床を踏む。階段はギシギシと煩かったが、登り切った後の床板は、頑丈で良く手入れされているようだ。入口付近に砂の汚れは目立つものの、中は広く清潔そうに見える。

 ミレイユは先導するように入ったアヴェリンに続いて、魔術士ギルドの入口を潜った。

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