別世界からの住人 その7

「魔族ね……。そういうレッテルを貼って、差別を正当化してるのか。二百年前に一矢報いられたからといって、そうまでして虐め続ける理由があるものか……?」

「一矢報いられたからこそ、かもしれないわねぇ。誰だって権力の座から引き下ろされるなんて、避けたいないものじゃない?」

「それは考えられない事じゃないが……」


 それにしても異様だ。

 公然とエルフ狩りのような真似すらしているようだし、そんな事をされてエルフも黙っている訳がない。スメラータはフロストエルフを例に上げたが、エルフは他にも種族がいる。国民によって髪色肌色が違うように、やはりエルフにも同様の違いがある。


 一つの種族を差別し攻撃する事は、他の種族すら敵に回す行為であり、決して賢明とは言えない。それだけ強気にも攻撃的にもなれる理由が、ミレイユには思いつかなかった。

 神妙な顔付きをしたミレイユに、スメラータが気不味そうに言う。


「いや、別にアタイも変に味方する訳じゃないけどさ、エルフだって悪いよ。負けなら負けで認めればいいのにさ、今も対立を止めないんだから」

「その口振りじゃ、単に負けを認めないだけではないらしいな」

「攻撃的なのはお互い様って事だと思うし、どちらから始めた事かは知らないけどさ……。でもエルフは長生きだから、人間と違って忘れないじゃん。終わった事を蒸し返して、それで今も徹底抗戦を続けるって、どうなのって思うよね……」

「終わったコトねぇ……。確かに、エルフの中では終わっていないだけなのかもしれないけど……」


 神々は、戦争を是としている。

 地上で暮らす数多の種族が、互いに争い、奪い、殺し合う事を止めようとしないのが神というものだ。オズロワーナを大陸の中心地と定め、それを握った種族が支配層と定めたのは、争いを煽りたかったからだろう。


 争いと信仰は深く結び付く、と考えているのかもしれない。

 戦勝祈願や戦死の弔い、戦争に関わる悲喜こもごも。それが効率よく信仰――引いては願力の収集に役立つと考えていたのなら、そう定めた理由も分かる気がした。


 そして一度、奪取した筈のエルフが諦めず今も対抗し、かつての栄華を取り戻そうと考えているのも理解できるし、そして人間はそれをさせたくないのも良く分かる。

 だが、当時のエルフを知るミレイユとしては、そこに違和感を覚えずにはいられなかった。


 権力に固執するというより、弾圧からの解放こそを願い、そして他種族との共存こそを願っていたから立ち上がった。人間との戦力差は大きく、自滅する他ないと分かりつつ、拳を振り上げねば未来はないと思っていたから立ち上がった。


 だからこそミレイユは力を貸したのだし、その悲願が目前まで迫り、実際一度は掴んだ。だから再び人間に覆されたというのなら、再起を願うのかもしれないと思う。


 だが、それで魔族と忌み嫌われる程の過激派に転向するのは、違和感しかなかった。

 ルチアへそれとなく視線を送って確認しても、やはり彼女も違和感が拭えないようだ。訝しげに首を傾げ、納得いかないと言わんばかりに腕を組んでいる。


 当時何があって、そして当時何を思ったか知らないミレイユに、それ以上何か考えつく筈もなく、だから話題を元に戻す事にした。

 琴線に触れて、未だ爆笑しているユミルを置いて、ミレイユはスメラータへ向き直る。


「……まぁ、何にしても色々と面白い話を聞かせてくれて助かった。……これは、何か礼の一つでもしてやらないといけないか」

「だったら、弟子――!」

「弟子入りは無しだ」


 スメラータが全てを言い切る前に、アヴェリンがぴしゃりと断る。そして次に、それらしい言い訳を語り始めた。


「既に一人で手一杯なのに、更にもう一人加えられない」

「えぇ……? だったら、その……アキラ? の代わりにアタイを弟子にしてよ! そいつよりきっと強いし、鍛え甲斐あると思うよ!」

「お前も言うほど……自分が思っているより強くないがな。アキラの力量を見抜けないなら、そういう判断になる」

「あら、随分高く買ってますコト……」


 ユミルが悪戯めいた視線を向けると、アヴェリンは顔を顰め、煩わしそうに手を振った。


「分かっている事を一々言うな。単純な話だろう、そいつとアキラの力量差など」

「まぁ、そうね。刻印が魔力を吸うせいで、本来見えるものが違っているのを加味しても……。やっぱり、アンタ弱すぎるわ。他の奴らもそんなモノなの?」

「何でそこまで言われなきゃいけないんだ! アタイはブローガでは名の知れた戦士なんだ。だからオズロワーナでやっていけるって、推薦状だって貰ったんだぞ!」

「あら、自推じゃなくて、他の誰かに保証されてやって来たの。ふぅん……? あら、そう……。でも、あんまり悪いコトは言いたくないけどさぁ……」

「――そこまでだ」


 いい加減、スメラータの我慢も限界を迎えそうに見え、それでミレイユが先に止めた。

 勝てないと分かっていても、侮辱を払拭する為に勝負を挑むというのが、誇りある戦士というものだ。単に力をひけらかしたくて勝負を挑むような馬鹿者もいるが、このスメラータには良心と己の武威に誇りがある。


 単純な善意で話し掛けてくれた事を考えても、ユミルの好きに言わせてしまうのは忍びない。

 刻印魔術がこの世の常識なら、遅からず知る切っ掛けは幾らでもあったろうが、しかし、積極的に色々と教えてくれたのも彼女だ。

 ……例えそれが、弟子入りという打算があったにしても、それなりの礼を見せるべきだった。


 とはいえ、当然、弟子入りを許してやる訳にはいかない。でも、今日の飯代くらいは持ってやっても良い。

 ミレイユは、まだ何か言いたげなユミルを黙らせて、木箱から背を離し、アヴェリンを伴って歩き始める。


「……この情報の対価なら、飯ぐらいが丁度良い塩梅だろう。着いて来い、場所はギルドで良いよな、用事もある事だし」

「見えない所で様変わりしている部分がありそうです。今も併設されているかどうか……」

「飲み食い騒ぐのが好きな連中だ。今更、撤廃してるとは思えないが」


 それは例えば祝勝を願う為であったり、困難な魔物を討伐したり、あるいは困難と言われる依頼を達成したりと、その内容は様々だが、酒と冒険者は切っても切り離せない。


 時に仲間が、その過程で死んでしまう事もある。そういった場合であっても、やはり酒がなくては始まらない。宿屋の一階が酒場兼飯屋をやってる事も多いもので、そちらを使う者も多いものだが、仕事終わりにすぐ酒を浴びられる場所というのは重宝するものだ。


 だから冒険者ギルドの隣に酒場があるのは、どこの街でも良く見かけるものだった。

 二百年も経てば何が変わっているか分からないので、もしかしたら場所を移しているかもしれないが、それならそれで用事を済ませてから飯屋を探せば良い事だ。

 そのまま歩き去ろうとした所で、背後からスメラータの焦ったような声が追って来た。


「えっ、ちょっと、その格好で行くつもり!? 門前でも絡まれてたのに、ギルドに入ったらもっと面倒な奴らは、きっと沢山いるんだよ!?」

「ふむ……?」


 ミレイユは自分の装いを見下ろし、それからスメラータへと視線を移して、次にアキラの格好を見る。顎の下をひと撫でしてから、首肯すると共に口を開く。


「確かにアキラの格好は見窄らしい。先に少しまともな格好をさせてやるか」

「そっちもだけど、そっちじゃない! 自分の格好で気付いてよ! 絶対それ、悪目立ちするんだから!」

「……それもそうだな。下手な難癖程度、どうという事はないが、しかし目立つというなら控えるべきか」


 それにさ、と横合いからユミルが近づき、他には聞こえないよう耳元に口を寄せてきた。


「どこにがあるか分からないじゃない? アンタを見つけ出そうと手の者を放ってるかもしれない。幻術くらいは掛けておいた方がいいわよ」

「そうだな……、頼めるか」


 一言伝えると、ユミルはそのまま密着させた体勢で魔術の行使を始める。

 別の装備や着替えを用意せず、幻術で済ませようとしたのは、一重にミレイユが身に付けている装備による。単に替えが利かないだけでなく、別の装備では大幅な弱体化は避けられない。


 敵の不意打ちも想定できる現状、敢えて大きな隙を用意する事は出来なかった。

 そうして、瞬く間にミレイユの見た目が魔術の発動で一瞬に切り替わる。全体的なシルエットに変化はないが、しかし見れば別物と分かる程度には変化した。

 その変貌を間近で見せられたスメラータは目を丸くする。


「わっ、なにそれ……。刻印使わってないのに、そんな事まで出来るの? すごい、全然わかんない……!」

「私達からすると、逆に刻印ありきで使う事に違和感あるがな……」

「そうよねぇ、刻印ありの考え方は、なんか怖い感じするわね。ていうか、目の前で幻術使われてるのに、それで騙されてるのが驚きよ。こういうの慣れてないの?」

「……え? まぁ、そうだけど」


 スメラータにあった剣幕はすっかり鳴りを潜めて、複雑そうな顔で頷く。

 刻める数に限りがあるとなれば、覚える魔術も選定するしかない。より効率的、より有意義なものと、そうでないものを弾いていった結果、幻術が選ばれなくなるのも頷ける話だ。


 ミレイユたちの実感として、幻術は常に警戒する必要のある魔術だったが、この時代ではそうでもないのかもしれない。


 だがとりあえず、忠告どおりに姿は幻術で覆ったので、目眩ましは大丈夫そうだった。下手な因縁を付けられ、下手に騒ぎを起こす要因を潰せたとなれば心も軽い。

 ミレイユについてはこれで良いとして、そうとなれば次はアキラの番だった。


 スメラータには、とにかく着いてくるよう指示して、一度東区画から出て北区へと向かう。

 こちらは露店や庶民向けなどの小さな店とは対極を成した、ギルド公認の店が立ち並ぶ区画だ。立派な店構えをしているものが多く、そして実際取り扱っている商品も、露店に並ぶようなものとは比べ物にならない高級品が揃っている。


 錬金術の水薬に用いる高級触媒を専門に取り扱う店もあれば、付与術で扱う宝石をや装飾品を扱う店もあり、そしてミレイユの目的とする先は、防具を取り扱う店だった。

 他の店構えと比べれば古めかしさは否めないが、しかしミレイユの記憶通りにその店はあった。


 『サルベス衣料雑貨店』と書かれた看板を見て、ミレイユのみならずアヴェリンもまた頬を緩ませる。


「実に懐かしい。私の防具を設えて貰ったのも、ここでしたね」

「腕は確かな職人だった。問題なく弟子を育成できていたら、まだあるかもしれないと期待していたが……どうやら、そのとおりだったようだな」


 衣料雑貨店だったのは、ミレイユが利用した時代より更に前の話で、今もその看板どおりの商品を用意しているが、その本業は革製品を原料とした防具の作成だ。

 その腕はミレイユさえも唸りを上げずにはいられず、ドラゴン素材を使うという難しい注文にも応えてくれた、実に稀有な店だった。


 当然、加工が非常に難しいドラゴンは、そもそも職人は素材を受け取りたがらない。どうしたって手に余り、目的とした武具を作成する事が出来ないのだ。

 アキラにそれ程の防具を与えるつもりはないが、その職人の技を今も受け継いでいるなら、今でも高品質な防具の提供は行っているだろう。


 そのつもりで入店し、そして気難しい顔をした中年男性が、ミレイユを上から下まで舐め回すように視線を動かした。実に訝しげな視線で、一見の客に向けるものとしても、不適切としか思えないものだ。


 しかしミレイユはそれを気にせず店内を眺め、そして小さな変化は幾つもあるものの、大きなところでは変化のない様子を見てホッとする。


 ルチアもユミルも、防具の――それも革鎧に対してさしたる興味は抱かない。店内をぷらぷらと歩いては、暇つぶしに表面をなぞったりと、気ままに過ごそうとしている。


 店内の壁際には革製品を中心とした鎧や小手、足具、盾などがズラリと並んで置いてあった。

 衣料雑貨店という看板を嘘にしない為、申し訳程度に衣服や修繕に使う布なども置いてあるが、しかし全体として見た場合、そこはやはり防具店なのだった。


 無造作に壁掛けしてある防具もあれば、しっかりとケースに収め鍵を掛けられているものもある。革製品といっても、その素材となる魔獣や魔物によっては鉄より頑丈になる。

 剛性を持ちつつ柔性が強く、そして素材そのものが持つ熱耐性などが込められた防具は、特殊金属で耐性付与されたものより高くなるケースもあった。


 金属製防具より軽くて動きを阻害しないので、革製品を好んで使う冒険者も多い。

 金属製は華美に映り、多くは憧れを持って見られるが、魔力制御を極めれば、硬い金属で身を守る必要はなくなる。むしろ動きを阻害される分、着用を嫌がる傾向にあった。


 ドラゴン素材など誰にでも入手できるものではないが、だからアヴェリンも金属鎧は装着していない。むしろ耐性を高められる素材を持つ防具と、より動きやすい防具を選ぶ。

 ひと通り懐かしい気分で眺め回した後、ミレイユはアキラへ手を向けながら、テーブル奥でむっつりと押し黙る男へと声を掛けた。


「店主、こちらの男に合う防具を頼みたい」

「随分とけったいな格好してるな。……だが、金があるなら勿論かまわねぇ。どんなのがいい?」

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