別世界からの住人 その6

「しかし……強さの秘密を知りたいだけ、というには、随分とまごついた様子だったが……」

「いやぁ、普通は自分の強さにある秘密とか、教えてくれないと思ったし……。それに、あんなに強いのに、それをひけらかすような真似もしないし……。凄く格好いいなぁ、と思って……」


 スメラータの視線はちらちらとアヴェリンへと向けられ、ある種の熱意がその頬に突き刺さっている。アヴェリンはといえば、単に迷惑そうに外へ顔を向けるだけで、それに反応を示す事もない。


 己をより高める為に、そう言った貪欲さを見せるのは、ある種好ましいものを感じる。しかし、秘密などと言われても、アヴェリンも困るだろう。

 身も蓋もない言い方をすれば、才能や才覚という話になるだろうし、後は地道な魔力制御の訓練をしろ、という話にもなる。


 スメラータを見れば武器を使って戦う、前衛タイプだと分かるので、武術や体術もそれと並行して鍛えろ、という助言をする他ない。


「今どき刻印なしで戦うなんて考えられないし、でも無くても強いんなら、アタイもその秘密を知ればもっと強くなれるのかな、ってさ……!」

「まぁ、本当にそんな秘密があるなら、簡単に教える筈がないと思うし……。だから、変に思い留まっていたのか……」


 スメラータは恐縮したように頷く。

 駄目で元々のつもりで聞いたようだが、ミレイユ達からすれば常識で、今更隠すような事でもない。ミレイユがそういうつもりでアヴェリンを見れば、一つ頷いてスメラータへと顔を戻して言う。


「魔力の制御精度や練度を高めろ、言えるのはそれぐらいだ。どこの世界でも同じ事、基礎を磨け。言えるのはそれぐらいだ」

「そんな精度や練度とか言われても、よく分からないし。……ホントに? ホントにそれだけ?」

「逆に何で分からないんだ。基礎は奥義に通じる、お前も楽な道を探さず地道に歩け。躓き転び、また道の一つを間違えても、それを礎とする事が糧になる」


 これはまた、アキラにも言える事だ。どうやらアヴェリンもそのつもりで口にしていたらしく、流し目を送ると、アキラも殊勝な態度で頭を下げた。

 二人の様子を見て、スメラータは二人の関係に察しがついたようだった。


「えっ……、二人って師弟なの? 弱っちそうな上に、変な格好してるのに」

「弱そうという部分は否定しないが、別に格好は……」


 そうでもない、とフォローしようとして、アキラが身に着けている防具が酷い様子だったのを思い出した。元より足軽のような形をしていた隊士の防具は、激戦の末、修復もされず鎧部分に穴が空いたり、砕けたりと散々な有様だった。


 衣服としての機能は損失していないし、とりあえず困る事もないからそのままにしていたが、確かに変な格好と言われても仕方がない。

 これについては、早い内に買い与えてやる必要があるだろう。


 そんな事を考えている間に、スメラータはアキラの背から飛び出し、その横顔から首筋など、肌の見える部分を視線でなぞっていく。


「やっぱり刻んでないね。……でも、へぇ……」


 アキラは居心地悪そうに眉根を下げ、視線から逃げるように顔を背けた。


「あんた、名前は?」

「アキラ……デス」

「……何か、変な言い方ね」

「喋るノ……ニガテで」

「……ふぅん?」


 目を合わせようとしないアキラに、スメラータはしつこい程に視線を上から下まで沿うように眺める。


「弱そうに見えるけど、案外そうでないのかも? よく分かんないね、刻印もないから尚更だし」

「刻印があると、実力も分かり易いのか?」


 思わずミレイユが聞くと、アキラから目を離してスメラータは答える。


「そりゃあやっぱり、そうだよ。強い魔力を持ってるなら、それだけ強力な魔術が刻めるしさ。刻印から、どういう系統を得意としてるか分かるし」

「……それは、どうなんだ? つまり不得意分野を、知らせる事にもなるんじゃないか?」

「ある程度、察しはつくと思うけど……。でも、本当の隠し種は服の下にあるもんだし、そこまで明確に分かるもんでもないしね。アタイのだって、これは見せ札ってやつだよ」


 そう言いながら、自慢げに腕の刻印をひと撫でした。

 その顔には、自慢げで快活な笑顔が浮かんでいる。


「自分は最低でも、これぐらいの事は出来るんだっていうね。力量の証明みたいなものでもあるし、それを見れば依頼主も安心するでしょ? それだけの仕事は任せられるんだって分かれば、依頼だって任せ易いし」

「なるほど……。刻む場所が有限なら、どうしても見える場所には、見せるだけの価値あるものを選ぶという事か……。その上で隠したものがあるのも分かるから、見る者もその前提で考える……」

「戦士だったら、アタイみたいに常時発動型を見えるところに刻んでおくの。それだけの強化されてる事、そして更に強化される何かがあるぞ、って教えてあるのよ」


 そして、それが何かまでは分からない訳だ。

 もしかしたら強化する何かではなく、回復や防御に偏った刻印が隠されているのかもしれない。強化部分としては見えてる範囲の刻印だけで、他は全く違うものであるかもしれない。それは実際に戦うまでか、あるいはチームメンバーしか知らない事なのだろう。


 もしも一人で戦う事を前提にするなら、回復を主体にした刻印を選ぶのもアリなのかもしれない。そう考え感心したると、中々に奥が深い。

 ミレイユは感心した声を上げて、腕組していた手を顎の下に添える。


 興味深そうにスメラータの刻印を見つめ、そして更なる好奇心を刺激されたルチアも、まじまじと熱心な視線を向けた。流石にミレイユの命令の後だから、勝手に動き出そうとはいないが、許しがあれば獣のように飛びかかりそうな雰囲気を発している。

 その隣でユミルもまた、好奇心を抑えられない顔で声を上げた。


「でも、肌面積は限られている訳でしょ? 刻める数にも限りがある筈よね。実際どのくらい刻むものなの? 限りがあるなら、上級魔術ばかり刻むのも悪手という気がするし……。まぁ、悩ましいコト」

「普通に考えたら、上級魔術ばかり刻むなんてしないよ。そんな事したら一瞬で干上がっちゃうし。自分の魔力量や適正に見合ったもんじゃなきゃ、例え刻んでも一回しか使えない、とかなっちゃう。常時発動型なら、それこそ刻印に吸い上げられて、寝たきりになったりするもんだよ」


 あぁ、とユミルは実に得心のいった顔で頷く。


「どういう理屈かと思ったら、予め魔力を刻印に使わせておくのね。で、発動までの準備を自動化させてあると……。すでに制御が終了してある段階で留めてあるから、後は燻っている薪に火を付けるような気楽さで、魔術を発動させられるって寸法なのねぇ」

「本来の意味の魔術だって、別に際限なく覚えれるものでもないですけどね。……なるほど、だから『一回しか使えない』なんて言葉が出て来るんですか。魔力総量ではなく、刻印毎に魔術の使用回数制限が設けられるって事ですね?」


 ユミルの推論にルチアが乗っかり、自身の考えを開陳すると、スメラータは素直に頷く。


「そうだよ。魔力の多いやつはそれだけ多く一つの術が使えるし、常時発動でも効果が上がる」

「ふぅん? それはそれで不便ねぇ。魔力量に余裕があっても、同じ術ばかり使ってると弾切れを起こすワケか……。身体強化の刻印は……まぁ、これは内向魔術の範疇かしらね。それこそ鍛える手間を省けそうに思えるけど……」


 ユミルはそう言いながら、アヴェリンの方へと顔をちらりと向ける。それにつられてミレイユも顔を向けた。

 ユミルの言わんとしたい事は分かる。

 先程、関所で起きた騒動で、チンピラ冒険者に絡まれた時の事を言いたいのだろう。


 あの男にもまた刻印があった。武器もあって戦士の装備、おそらく刻印の内容は常時発動型であったろう。何か隠し玉があるなら、刃を掴まれた時に使っていただろうから。

 しかし、その刻印の補助があってさえ、アヴェリンと比べれば赤子同然だった。勝負の土台に立てないほど開きがあり、刻印による強化は微々たるものに思えてしまう。


 どんなものでも使い手次第だと思うが、男の挑発が虚仮威しでなければ、それなりに名の通った実力者なのだろう。多くの実力者を擁する冒険者ギルド、大陸でも名の知れたオズロワーナのギルドに所属しての発言だ。

 アレが本当に実力者だと言うなら、その質は大したものではないかもしれない。


 とはいえ、本当の実力者というのは、あそこまで低俗でも俗物でもないものだ。

 門前で騒ぎを起こすような輩が、最強の一角に位置するとも考え辛い。本当に口だけなのかは知る由もないが、刻印魔術への過大な期待はしない方が良さそうだった。


 ユミルからの小馬鹿にするような視線を感じて、アヴェリンは殊更機嫌を悪くさせて睨み付ける。


「……なんだ、何が言いたい」

「いいえ、単にアンタの馬鹿力を褒めてやろうと思っただけよ」

「何が馬鹿力だ。適当な事ばかり言いおって……」


 アヴェリンが鼻を鳴らして顔を背け、逆に機嫌を良くしたユミルが、スメラータへ声を掛けた。


「まぁでも、メリットがある分、デメリットも相応にあるもののようね。己の力量を越えた物は身に着けられないし、魔術の行使を自動化された結果、ペース配分すら刻印に支配される。……とはいえ、便利は便利に違いないわね」

「何事も使いようですし、使用者の扱いようですよ。刻印のお陰で身近になって、いっそ内向術士なんて選ぶ必要さえなくなったように感じますけど、馬鹿が使えば馬鹿な使い方にしかなりません。魔術が簡単で誰にでも使えるようになった結果、魔術士と呼べる存在も一握りになってしまったんじゃないかと懸念しますね」


 ルチアが刻印を見つめながら蔑むように言って、スメラータは気分を害したように睨み返す。そしてその目が、ルチアの顔を疑いの眼差しで見つめるもの変わり、周囲を警戒するように首をめぐらせた。


「……いや、ちょっと待って。何かエルフみたいな言い方するなぁ、と思ったら……。その髪色と、色素の薄い肌の色……まさかフロスト・エルフじゃないよね? いや、でもそんなの関所が通す筈ないし……」

「当たり前じゃないの。役人にもしっかり確認してもらって許可貰ってるんだから」


 スメラータからルチアを隠すようにユミルが前に立ち、分かり易いように許可証を指先で摘んでひらひらと揺らす。

 それは見ながら、うんうんと頷き、スメラータはホッと息を吐いた。


「だよね、フロスト・エルフなんて一等ヤバい奴らじゃん。そんなの入れる訳ないもんね」

「……一等ヤバい奴ら? そうなの?」

「まぁ、魔王のシンパって言うか……信奉者の代表格だから。だから森に住むエルフは、魔族って呼ばれたりするかなぁ」


 ルチアが吹き出し、ユミルが再び爆笑し始め、アヴェリンが眉をしかめて息を吐く。

 アキラはきょとんと呆け、ミレイユは意味を理解できない彼を羨ましく思いながら、天を仰いで息を吐いた。

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