別世界からの住人 その5

 ミレイユ達を呼び止め、アキラの肩に手を置いたのは、関所で忠告してくれた女性冒険者だった。息を切らしては顔を赤くしているが、その表情を見るに、単なる体力切れではないように見える。そこには、幾らかの興奮が感じ取れる。


 そういえば、彼女には善意で声を掛けて貰っていたのに、ろくな挨拶もしていなかった事を思い出した。


「あぁ、忠言を貰っていたのに無下にしたようで悪かったな。改めて礼を言おう」

「え、あぁ! いや、そんな別に……! そんな事で追いかけて来たんじゃないし!」

「そういえば、お前……名は?」

「は、はいッス、メラータ! と言います!」

「そうか、メラータ。礼を言われるような事をしていない、というなら、何か用でもあって追って来たのか?」


 ミレイユが帽子のつばに手を掛けながら聞くと、彼女は渋い顔で唇を突き出し、何とも言えない表情をする。どういう反応なのかイマイチ掴めずにいると、申し訳なさそうにヘコヘコと頭を下げてきた。


「いえ、すんません。スメラータと言います。スメラータ・レグレモナ」

「それは済まなかった」表情の意味を理解して小さく笑う。「……それで、スメラータ。一体どうした」

「いえ、その……!」


 聞かれた彼女は、途端に勢いを失くした。

 視界を左右に忙しなく動かしたと思うと、次にアヴェリンを見て、視線が合うとすぐに逸らす。何を言うつもりか考えていただろうに、いざとなると勇気が萎んでしまったらしい。


 もじもじと胸の前で指を絡めている様も煩わしいが、往来の真ん中で立ち止まるのも迷惑になる。実際、舌打ちして横を通り過ぎて行く者たちもいて、明らかに通行の邪魔になっていた。

 スメラータが話し出すまで待っていられないので、とりあえず往来が少し穏やかな所まで歩いてしまおうと提案する。


 実際のところ、彼女が何を言い出したいのか、その察しは付いていた。

 ユミルは面倒臭そうにしているし、アヴェリンも顔を大きく顰めている事から、やはり皆、なにを言いたいのか理解しているようだ。


 だから断るつもりしかないのだが、スメラータはミレイユ達の態度に希望を感じたらしい。

 輝く瞳で何度も頷いて、両手で握り拳をブンブンと縦に振った。


 それを尻目にミレイユ達は歩き出す。公園などという小洒落た場所は存在しないので、広場の一角、木箱などが乱雑に積んである場所で落ち着く事にした。

 往来の邪魔になりさえしなければ何処でも良いので、丁度ギルド区画へと入った辺りで話を始める。


 木箱はどれも空で、穴の空いた物も多い。

 ここはゴミ捨て場のような扱いを受けた場所らしく、だから遠慮なく背中を押し当て壁代わりにした。


 アヴェリンとルチアが両脇を固め、ユミルとアキラはスメラータとの間に立つような格好になる。コの字型に近い形でミレイユとスメラータは向かい合い、そして彼女は意を決したように口を開いた。


「あなた達、冒険者なんですよね!?」

「ギルドに属していないから正確には違うが、似たようなものだ。そこへコイツを加入させるつもりで、この街にやって来た」


 ミレイユが胸の下で腕組したまま代表して答え、アキラを顎で指して言う。

 そして、その返答はスメラータには予想と違うものだったらしく、面食らった顔をして驚いている。


「他の場所で、ギルドに入っていたとかでもなく?」

「そうだな。実のところ、ギルドに所属していた経験がない」


 これにはスメラータだけでなく、アキラからもそうだったのか、という困惑と驚愕が合わさったような表情を向けられた。

 ギルドに所属経験があるのはアヴェリンだけだが、それも今となっては意味もないだろう。突然の失踪扱いだろうが、それは強者弱者問わず珍しい事ではなかった。


「色々理由があって、それなりに付き合いもあったが……というか、今となってはそれもどうでも良いか。……それで、それがどうした?」

「そんなに強いのに……ギルドに頼る事なく、そこまで強くなったの?」


 スメラータの視線は、アヴェリンを向いている。

 そのアヴェリンは隣で、やはり腕を組んだまま訝しげな視線を向けた。質問の意図が理解できていないようだが、それはこの場にいる誰もが同様で、別にギルドに属したから強くなれる訳ではない。


 戦慣れしているから強敵と戦う機会も多く、実績を挙げれば強敵と戦う依頼も優先的に回ってくるから、そういう意味では、属する事で力量を上げやすい環境を得られると言える。だが、それ故に強くなれる訳ではない。


 強くなれるかどうかは、あくまで個人の才覚だ。

 強くなればギルドから個人指名の依頼を受けるようにもなるし、そういった場合は総じて強敵を案内される。あるいはそれが、強者へ成長するレールを敷かれているように見えるというなら、確かにその通りかもしれない。


 当然だが、ギルドにそんな意図はないし、相手にして勝てると判断した相手に斡旋しているに過ぎない。あるいは強敵と戦う内容でなくとも、危険な道を護衛できるという保証ができる相手に依頼を回す。

 それこそ成長を促す要因とも言えるが……しかし、どうにもスメラータの言ったニュアンスは違って聞こえた。


「どういう意味だ? ギルドは成長補助組合ではないぞ。属して強く成れるかは、己の才覚と巡り合わせ……、そして運に掛かっている」

「それはそう……! そうなんだけど……」


 アヴェリンが苛立たし気に言えば、スメラータも慌てた様子で同意する。しかし、どうにも要領を得ない。

 だがミレイユには一つ、彼女が言った事で気にかかる点があったのを思い出した。


「そういえば、肌がどうのと……刻印だとか、何だか言ってたな?」

「あぁ……野盗崩れの憲兵も、のに、などとのたまってましたか」

「字面から察するに……、お前がしているような入れ墨の事を言うのか?」


 ミレイユがスメラータの額や頬、それに腕に彫られた入れ墨を指差す。

 てっきり郷の部族や古い慣習に則ったものだと思っていたのだが、そういう事でもないのかもしれない。昔と違ってやけに目にすると思っていたが、そもそも本当に慣習なら、当時から目にしていても良さそうなものだ。

 指摘されたスメラータは、我が意を得たりと言わんばかりに頷いて、その腕に刻まれた入れ墨を撫でながら言う。


「刻印はギルドの管轄だから……。これのあるなしじゃ、やっぱり強さに雲泥の差が出るもんだし。でも、あんたたち誰もしてないじゃない? それが気になって……」

「あぁ、弟子入り希望という訳じゃなかったのか」

「私もその類いと思っておりました」


 予想が外れて嬉しいやら恥ずかしいやら、という気持ちでミレイユはアヴェリンと顔を見合わす。スメラータは苦い笑顔をを見せて頭を掻いた。


「ホントはお願いしたいくらいだけど、底が知れなさ過ぎて怖いし……。魔王呼ばわりされてるのを知っても笑ってるし、まるで気にもしないって感じが逆に……。とんでもない辺鄙な所から出てきたんじゃないの? ホントに?」

「とんでもない辺鄙な所から来たのは事実だろうな。そんな噂を知らないぐらいには、遠い場所からやって来た」

「え、あ……そうなの? だから刻印魔術も知らなかったのかぁ……」


 妙に納得した声を出したスメラータだが、聞き捨てならない単語を言った。

 ミレイユはルチアとユミルに目配せして、互いに不穏さを感じながら視線を交換する。二人とも小さく首を横に振り、それについて何も知らないと語った。


「魔術……、刻印の。その入れ墨は魔術なのか?」

「そうだよ。入れ墨じゃないけどね。これ自体が、魔術が形を変えたものなの。効果は様々で……、昔の人は長々と詠唱したり、魔術制御とか言って小難しく使ってたみたいだね」

「その刻印一つが、一つの魔術に対応しているのか? つまり、詠唱も制御もなく、常に発動している?」

「いや、その辺はピンキリで……使う時は魔力を通すものもあるけど。……ねぇ、ホントに何も知らないの?」


 今度はスメラータの方が、訝しげで呆れ顔だった。

 この世の常識を改めて説明しているかのような、理不尽さを感じてしまったらしい。


 だが、当然ながらミレイユ達にとっては初耳で、初見の事だった。

 魔術を刻印として身に刻み、そして行使するというのは、その理論からして存在しない。それが常識として浸透していて、しかも刻まない冒険者が異端と見なされる世界など、知っていよう筈もなかった。


 二百年の経過、その一端が、この刻印魔術という事なのだろう。

 ユミルは感心を通り越して、呆れにも似た顔をさせながら、ぺちぺちと手を叩いた。


「いやぁ……、そう。我ながら面食らうわ。……魔術の進化ね。詠唱から制御へ、そして今や刻印へと。便利になったもんねぇ。スマホでアプリを起動するみたいに、指先一つで気軽に発動できちゃうんだ? こんなの良く神々が許したわねぇ……それとも、この程度は許容範囲なのかしら」

「スマ……ホ? アップリケ?」

「あぁ、気にしないで。とにかく指先を動かすような気楽さで、魔術が発動できるんでしょ?」

「回数に制限はあるけど、そうだよ。ちょろっと魔力を流してやれば、予め刻んでおいた魔術が発動するの」


 ユミルはスメラータに近付くと、その腕を取って上から下まで見回す。 

 好奇心旺盛なルチアもそれには黙っていられず、上から下までと言わず、横から奥からと眺め回す。見ているだけでは飽き足らず、腕を取って捻って見ようとする始末で、スメラータは悲鳴を上げて飛び退った。


「いだだだだ! いだい、痛いって! ――いったい、っての! そっちに曲がるか! 考えたら分かるでしょ!」

「じゃあ、ちょっと傀儡人形にして撫で回しちゃう?」

「そっちの方が面倒なくて良いですね。動かせない部分が邪魔で仕方ないですよ。……ところで刻印は、肌を露出してない部分にもあるんですかね?」


 今にも本気で魔術を使いそうな雰囲気に、スメラータは悲鳴を上げて涙を流す。

 アキラが咄嗟に庇うように動いて手を引き、ミレイユの傍まで連れてくると、自身の背の後ろに隠してしまった。

 スメラータは背に隠れてユミル達の視線から隠れたまま、ミレイユに涙声で必死に言い募る。


「ちょっと怖いこと言ってんだけど! あの人達どうにかして! あたしは刻印なしの、強さの秘密が知りたかっただけなのに!」

「あぁ、それはすまなかったな……」


 謝罪しながらも、ミレイユの視線はすぐ傍にある刻印に釘付けだった。

 不躾と思いつつも眺めてみれば、それは確かに入れ墨ではない。肌に刻むというのは間違いないのだろうが、墨などを針で注入している訳でもなさそうだった。

 刻むというより張り付いているような感じだが、擦って剥がれるようにも見えない。


 そして刻印一つ一つに色があって、それが一つの魔術を示しているようだ。大きさはどれも大体掌サイズで、象形文字ともルーン文字とも付かない形で現れていた。

 もしかしたら、発動させた瞬間には、そこに対応した刻印が光ったりするのかもしれない。


 ミレイユの目にも剣呑な光を感じたのだろう。

 スメラータはユミル達ばかりでなく、ミレイユからも逃げるように角度を調節してアキラの背に隠れる。興味は付きないが、彼女独自のものという訳でもない。

 冒険者は必ず刻むというなら、専門店もあるだろう。詳しい事を知りたいなら、そちらで聞いた方が良さそうだ。


 ミレイユは宥めすかして謝罪すると、ユミル達にも今は抑えるよう指示する。

 スメラータの警戒はそれだけで解けるものでもなかったが、しかしそれで再び話をする準備は整える事が出来た。

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