別世界からの住人 その4
関所を越え、巨大な木製の門扉を潜って都市内を一望した後、後ろにいたアキラが感嘆の声を上げた。
アキラがそのような声を上げてしまう理由は、ミレイユにも良く分かる。
年頃の男子にとって――特にファンタジーに憧れを抱いている男子にとって、眼前に広がる光景は、まさに夢にまで見た光景だ。
都市の中央を一直線に貫く広い道は、馬車が片幅四両、十分なスペースを取って通行できるようになっていて、その両端には通行人が多く行き合う。壁は高く閉塞感を覚えてしまいそうになるが、しかしそこは貿易都市だ。
街に入って一番に目にする場所だから、露天商がひしめく様に埋め尽くし、その活気さが閉塞感を消し飛ばす。ただ、別の窮屈さを感じてしまうのは否めない。
呼び込みする声と、それを冷やかす客、熱心に買う物を選ぶ客と、その姿は様々で、その人口密度には圧倒されずにいられない。
人の往来が多いだけに、商品も庶民向け、あるいは旅行者向けで、食料品も多く目立つ。少ない金銭で済む物が多く、武具などがあっても使えそうなものは本当に一握りだ。
無防備に刃の付いた物が置かれているのは、アキラにとってはカルチャーショックだろう。
鞘も付けずに晒しているものも多く、また樽の中に十把一絡げで突っ込まれている物もある。それらを物珍しく目で追っては歩いていく。
道幅が広いので高い壁があっても陽がサンサンと照らし、影は多くても暗いとは感じなかった。日当たりの良い場所は露天場所としても人気が高く、活気ある露天道にあって、尚活気に満ちている。
アキラが感動した面色を満面に浮かべて言った。
「……いや、本当に凄いですね。圧倒されます。呼び込みの人達もパワフルですし……!」
「そうだな。露店をやってる者の多くは裕福ではない。彼らの中にも明日買うパンに困る者がいて、売れない事は死活問題だから」
どのような商人でも売れない事は死活問題だろうが、道楽で出来る程、余裕を持って商いをする者は少ない。一攫千金を求めるような者もいるが、それは大抵が詐欺だ。
冒険者がいらなくなった武具を売りに出したり、買い替えたから古い方を売りに出したり、と自分で売り出す様な事がない限りは、露店にある高額商品は偽物だと見た方が良い。
「じゃあ、あそこにいる人は……」
アキラが指差した先には、露店商人が周りを囲む中で、魔術士風の女性が小さな露店を開いていた。この女性にも、やはり額に入れ墨が入っている。
誰もが商人風の格好をしている中で、あの格好は目立ってはいるものの、客足は遠かった。
杖が数本並んでいるようだが、呼び込みもしていないから見向きもされていない。
「どこぞで発見した物を売ってるか、自分で必要なくなった物を売ってるんだろう。店に並ばない掘り出し物かもしれないが、安い買い物かどうかは……さて」
「色々あって目移りしますね。一日ここで時間が潰せそうです」
「実際そうだろうな。買うつもりでいなくとも、何があるか見るだけで時間が潰れる」
掘り出し物は幾らも目に入らないが、粗悪品なら幾らでも置いてある。
その日だけ凌げれば良い、というのならともかく、あるいは見せ掛けだけでも腰に武器が欲しいというのでなければ、このような場所で買うものではない。
「見るのは楽しいものだが、金銭に余裕があり、そして少しでもマシな物を買うつもりでいるなら、場所を移した方が良い」
「……まぁつまり、安かろう悪かろう、と言うワケよ」
話を聞いていたユミルが、面白そうな話題に口出しを始めて、道の奥を指差す。
「掘り出し物を狙うのでなければ――それも普通は見つからないけど、露店じゃなく店舗を持つ商店に足を運ぶ方が良いの」
「
「ははぁ……。それはやっぱり、こういう賑わう場所にはないんでしょうね」
「そうだな。そちらを尋ねるなら、もっと奥の専用区画まで足を伸ばさねばならない」
「昔と変わっていないなら、だけどね。あっちの方は格式に見合った商店しか出店できないから。単に金を積めば良い、というものでもなかったような……」
アキラは大きく口を開けたまま、納得したかどうか、曖昧な息を漏らす。
そのまま、ユミルが指差す方向を見るが、人垣の群れで到底目に入れる事は出来ない。
荷車に多くの商品を積んだ馬車が往来している所為で、尚のこと奥まで見渡す事は難しかった。
地面は石畳が引かれていているが、現世で見た道路のように真っ直ぐでもないし、石の凹凸以前に路面がそもそも水平ではない。
基礎工事に不手際があったか、それ以前にしっかり踏み固めていなかったのか、路面を通る度に摩耗した結果かもしれないが、とにかくそのせいで水溜りが多く目立つ。
この都市に来たばかりの者ならば、馬車が近くを通る度、その水飛沫に気を付けねばならない。
だが周りの人間は慣れたもので、最初から濡れる前提でいる者すらいる。
その地面から視線を移し、道を隔てる建物を見れば、多くは三階建てになっていて、それもまた石造りだった。
木製部分がない訳ではないが、それは庇部分に設けられていたり、あるいは基礎部分に使われていたり、外側からは見え辛い部分が大半だ。
建物は民家である事もあるが、やはり店も用意されていて、露天の隙間を縫って入っていくような様子になっている。店の内容も露天とそう変わりがない。食料品であったり消耗品であったりと取り扱いは様々だが、しかし種類が豊富だ。
露天と店の違いは正にそこで、一つの場所で欲しい物が複数購入できる。その規模と在庫の種類で多くの隔たりがあるので、歩くこと、探すことを苦にしないなら露天の方が安く購入できる。
だが店は一定のところから買い付けている場合も多いので、一定のクォリティが保証されている。反して露天の買い付け先は常に変動する場合が多く、もし気に入っても再度購入できない可能性があった。
結局のところ、自分の購入スタイルに合わせて決めるのが一番なので、一方的にどちらが良い、という話でもない。
多くの往来、多くの露店、多くの商店でひしめき合うこの場こそ、オズロワーナの顔とも言える。しかし、この都市へやって来たのは、これを見せる為ではない。
南区画は貿易都市に恥じない様相を見せているが、東区画は主にギルドのある場所だ。商業には多くの取り決めがあるし、それを遵守させる事が重要になる。
建物が必要なら大工が必要だし、工具や金具を作るには鍛冶がいる。一つで完結するものではなく、多くの互助がなくてはやっていけないから、その為にギルドが生まれた。
必然として多く取り決めも生まれ、そのやり取りをするには近場にいた方が良い、という事で生まれたのがギルド区画だ。そうして、だから冒険者ギルドもそこにあった。
「冒険者ギルドですか……。持ちつ持たれつ、というのなら、やっぱり冒険者もその互助をしてるんですか?」
「そうだな……分かり易いのは素材採取や護衛だろう。錬金術ギルドは常に素材を欲しがるし、商工ギルドは荷を安全に運びたい。荒れ仕事は冒険者ギルドの役目だ」
「荷運びや護衛というなら、自分のギルドで募集かけたりした方が安く済みそうですけど……。それとも、それこそ互助の部分で、ルール違反だったりするんですか?」
ミレイユは顎の先を指で掻きながら、訝しげにアヴェリンを見る。
その視線で全てを察したアヴェリンが、詳しく解説してくれた。
「自分のギルドで直接、力仕事の出来る者を雇うのは自由だ。しかし、そこはやはり専業にしている者と差が出る。本当に力量ある者は自分を安売りしたりしないものだし、その場合で言うと、冒険者ギルドにいる方が、余程自分を高く使ってくれるからな」
「そういうものですか……」
「別の商工ギルドに属してしまえば日当だ。仕事の成果で別払いも発生するものだが、やはりギルド依頼料より下になる事が多い。自分の実力を中の下程度と認識しているなら、むしろ食べていきやすい生活を送れるかもしれないが……」
「なるほど……」
それは暗に、アキラならそちらの道もあると言っているように聞こえたが、何を選ぶかは当然アキラが決める事だ。破門になる事態でもなければ、ギルドを移る事は違法ではないし、日銭を稼ぎながら他の仕事を知るにつけ、そちらを選ぶという方法もある。
「ギルドはギルド員を守る。保護下に置いてくれて、他ギルドと衝突した場合は矢面に立ってくれる事もある。冒険者の仕事は必ずしもギルドに属しなくても出来るが、面倒事を回避するなら属しておく方がいいだろう」
「僕なんかは、まず面倒事を起こしそうですね……」
「面倒ばかり起こすようなギルド員は、いつまでも保護下に置いてくれない。当然だな、厄介者を保護し続ける事は、逆にギルドの損になる。せめて損を無かった事に出来る益を提供できねば、保護しておく理由がない」
「それも、ごもっともですね……」
だからいっそ無所属でいるのも一つの選択で、今後の評判、仕事の成否で所属するかを決めるのも選択の内だ。
特にアキラは言語という、大きなマイナスを抱えているから、それに伴うトラブルもあるだろう。それをギルドがどれだけ目こぼししてくれるか……。
言葉を習得してから所属すれば、そこの問題は回避できるから、所属するにしてもすぐに追放という事もないと思う。
だがそれもまた、アキラが考えて出す答えだった。
アキラが不安そうな顔を向けて来て、ミレイユは申し訳なく思いつつ首を振る。
「そんな顔をするな。不安は尤もだが、何もすぐ傍を離れる訳じゃない。今後の先行きが見えるまでは、面倒見てやる」
「はい、ありがとうございます」
アキラは殊勝に頭を下げたが、やはり表情は寂しげだった。
ミレイユもそれには申し訳なさそうに目を伏せ、それから東区画へと歩き始める。
露店の間を縫い歩き、東区画への入り口が見え始めた時、後ろから声を掛けてくる者があった。
「……待って、待ってくれ!」
不正に入国したのだから、後ろから声を掛けてくるような事には後ろめたくなってしまう。人の往来も激しいから、それに紛れて隠れる事も出来るだろうと思った。雑踏と雑音が邪魔で聞き取れなかったなど、後の言い訳もしやすい。
だが、よくよく考えてみると、その声に聞き覚えがある事に気が付いた。
それと同時に、アキラの肩に手が乗せられる。ここまで来ては無視も出来ないと、ミレイユは面倒事をひしひしと感じながら振り返った。
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