別世界からの住人 その2

 貿易都市オズロワーナ、そこは石壁によって囲まれた城郭都市だった。

 門扉は東西南北に一つずつあり、そして今は南門の関所にて、順番待ちをしているところだ。初めて訪れる旅人は別枠で審査を受ける必要があり、冒険者の身分も持たない人だと色々聞かれる。


 そういうものだと理解していたつもりだったが、ミレイユは既に辟易していた。

 何しろ長蛇の列は一向に消化される気配がない。勿論それは気の所為でしかないのだが、そうと思いたくなる程、長時間都市の入り口で足止めを受けていた。


 最初はミレイユ達の持つ許可証があれば問題ない、という話だったのに、内容が古すぎるという事で彼女たちも一緒に審査を受ける破目になった。


 それでアヴェリンなどは、すこぶる機嫌が悪い。

 見ている湯は沸かないとでも言うのか、列の進みが遅く感じるのは、彼女の勘気に触れている所為なのかもしれない。


「まぁ、ある意味証明になって良かったんじゃない?」

「……突然、何の話だ」

「許可証の話。ある程度、推論でしかなかったものが、こうして実際に古すぎるから不許可っていう保証を受けたのよ。確認する手間が省けたじゃない」

「だからどうした、という話でもあるが。あまり意味のある問題でもないだろう」


 アヴェリンは左右に広がる城壁を見ながら、睨み付けるようにして目を細める。

 ミレイユの目から見ても古めかしい印象を受けるが、二百年の時を経ているなら、そこに年月相応の経年劣化を見つける事も出来る、と期待しての事だった。


 だが実際は、そうはならない。

 この中で唯一分かっていないアキラに、アヴェリンが丁寧に説明してやる。


「修繕自体、術士がやるものだしな。あまり作り替えというものもしないし、あの程度の見た目から、経過日数を測る事は難しい」

「そうなんですね……」


 そういうところもファンタジーだなぁ、とでも納得してそうな顔をアキラがしている横で、ユミルは食い下がらずに尚もアヴェリンへ話し続ける。


「アンタ、敢えて話さないようにしてる? 長命種でもないアンタなんだから、もう知り合いも親戚も、この時代では誰も生きていないってコトになるのよ?」

「だから何だ。もう二度と会えないなど、ミレイ様を追うと決意した瞬間に覚悟を済ませてる。こうして帰還する機会には恵まれたが、だからと腑抜けた考え方をしたりしない」

「……そういや、アンタの部族ってそういうヤツラだったわよね。身体が死んでも魂は故郷に帰る。そもそもどう生きるかより、どう死ぬかの方を重んじるんだっけ? そりゃあねぇ、そう考えるってもんよねぇ」


 アヴェリンは腕を組んで不快げに眉を寄せ、ユミルを睨み付ける。


「それにも語弊がある。死に方も重要だが、生き方を蔑ろにして良いという意味ではない。誇りを持って生き、そして重ねた誇りを抱いて死ぬのだ。戦いの中で死ぬのは最上の誉れだ」

「アタシにはさっぱり分からない生き方ね。下手な戦いをしても、それで死ねば最上なの?」

「それは内容による。戦いの最中、敵に背を向け死んだなら、やはりそれは恥になるものだしな」

「はぁ〜ん……。まぁ、どうでも良いわね」

「何だその言い草は。だったら何故、聞いた」

「そこは流れで……。だって暇だし」


 ユミルのあんまりな言い草に、アヴェリンの額に青筋が浮く。

 ここで武器を抜くような愚を犯すとは思っていないが、それよりミレイユは己の心根を恥じながら声を掛けた。


「アヴェリン、私はそこまで考えていなかった。二百年後の世界と知ったなら、お前の親類についても、思い至って良かった筈だろうに……」

「その様な事、申す必要はないのです。それに別れは、部族から離れる際、とうに済ませています。お心を痛める必要はございません」

「だが……」


 更に何事かを言おうとしたミレイユだったが、アヴェリンに優しく微笑まれ、それ以上何も言えなくなってしまった。それで眉根を寄せた、曖昧な笑みを浮かべるに留める。


 アキラはそのやり取りをチラチラと見ながら、顔は空に向けている。まじまじと見つめるのは気が咎めてその様な事をしているようだが、その視線に誘われるように空へ向ければ、既に時間は昼に近い。


 関所に着いたのは朝方より少し経った頃で、時計などないこの世界で正確な時間は知りようもないが、大体九時頃だった筈だ。既に三時間が経とうとしているのに、長蛇の列にはまだまだ先がある。


 どんな内容だろうと、とにかく話題に飢えてしまったユミルの気持ちも、幾らか分かろうと言うものだった。

 ミレイユはただ、自分達まで順番がやって来るまで、アヴェリンからの視線から逃げるように、過ぎ去る雲を見つめていた。


 ――


「……ねぇ、あんたら冒険者?」


 ミレイユ達パーティの最後尾に並ぶアキラに、そう声を掛けてくる女性がいた。

 それまでも特に気にしていなかったが、後ろに立っている女性もまた革鎧を身に着けた、冒険者風の装いをしている。


 年の頃は十代半ば頃で、人好きのする笑みを浮かべていた。赤い髪を背中まで一本に纏めた髪を流しっぱなしており、背中には大きな剣を背負っていて、女性の風体としては似つかわしくない。

 しかし、冒険者として見たのなら、その格好はむしろと言えるのかもしれない。


 その上、頬や腕には入れ墨のような独特な模様が刻まれていた。色味がそれぞれ違い、何か意味を感じさせる形をしていて、よく見れば憲兵達がしていた物とも似ている気がする。

 もしかしたら、この地方には良くある伝統なのかもしれなかった。


 ミレイユの知る世界においても、魔除けや願掛けなどで入れ墨が風習として重んじられている時代があった。

 彼らについても、同じ事が言えるのかもしれない。


 アキラは問われた事に答えようとしていたものの、言葉に窮してこちらに視線を向けてきた。そもそもアキラの語彙は多くない。この場合、単に違うと答えても良い気がするが、しかし冒険者志望でもある。

 ミレイユもまた答えに窮している間に、ユミルが横から口を挟んだ。


「――えぇ、そうよ。そう見えない?」

「見えないから聞いてみたんだけど……。肌も綺麗だし」

「あら、いきなり乙女の肌を見つめるなんて無遠慮だコト。特に理由はないけど、いきなりアンタのコト嫌いになったわ」

「ホントに理由はないんですかね……?」


 アキラが思わず突っ込んで、女冒険者は一度不思議そうな顔を向け、それからユミルに向き直り弁明を始めた。


「いま何て言ったんだ、変な言葉使う奴だな……? あぁいや、そういう事じゃないんだよ。単に肌に何も刻んでないんだ、って言いたかっただけで」

「別に何かをアピールしたいワケじゃないからね。アヴェリン、アンタんところどうなの?」

「既婚ならば、男女問わず肌に塗料を刻む風習はあるが……。獲物を狩ったり戦勝祝として刻む例もあった……と思う。しかし、珍しい部類だ。戦士だからという理由で、肌に何かする事はないな」


 アヴェリンは女冒険者の入れ墨を、上から下まで胡散臭そうに見つめながら言う。

 腕組したまま一瞥で済ませたのは、そこから力量を感じさせないからだろう。風体がどうであれ、力持つ者には敬意を払うだろうと思うから、この少女はまだそれ程の実力者ではないのかもしれない。


「いや、そういう意味で言ったんじゃないんだけど……。あんたら、田舎から出てきたばっかりなんじゃない?」

「何故そう思う?」

「だって、こんな所に並んでるし……、それにオンナだけでパーティ組んでるじゃない?」

「何か悪いか」


 アヴェリンはちらりとアキラへ視線を向けたが、それは数に入っていないと言うように、一歩外へ動くよう目線で促した。

 素直に応じて四人で固まるアヴェリン達へ、女冒険者が視線を集中させると、やはり気不味そうに顔を顰めた。


「違う違う、悪いと言いたいんじゃないんだよ。純粋な忠告。きっと、古い伝聞とか伝説とか聞いて憧れたんでしょ? その気持ちは分かる。でもね、この街でその格好は拙いんだ」

「何を言ってる……?」

「アタイも他の街でやってたんだけど、そこそこ力も付いて来たってんで、こうしてオズロワーナの冒険者組合に所属しようと思ってきたんだよ。田舎じゃ、に憧れたりあやかりたいと思う奴は未だにいるから」

「話がさっぱり分からないわ。何の話をしてるのよ。もっと具体的に言いなさいな」


 要領を得ない内容に、アヴェリンは元よりユミルまで機嫌が悪くなろうとしている。

 肩を揺すって苛々と足先で地面を叩く姿を見て、女冒険者は頭の後ろに手を当ててペコペコと頭を下げた。


「いや、だからね、あんたらの格好は嫌われるって言いたいんだよ。オンナばかり四人組で、実にそれっぽい格好してるじゃない、ね? だから忠告だよ、この街で平穏無事に過ごしたいなら、格好だけでも変えた方がいい。揃えるの……苦労したんだろうけどね」


 そう言って、気の毒そうにユミル達を――とりわけミレイユを見つめた。

 帽子のつばを下げていたので直接視線は交わせてないが、しかしその声音から、本気の忠告だという事が分かる。


 ミレイユは自分の格好を改めて見下ろしてみたが、おかしな格好とは思えなかった。

 そもそもがこの世界で活動していた時の姿で、アキラと初日に出会ったままの格好だ。勿論、誰かの装備を真似て、今の装備を構築したという事もない。


 鈍色にくすんだ銀の手甲と足甲、太腿が露出するほど深いスリットの入った魔術士ローブ、そしてやはり、鈍色の局所的なブレストプレート。


 グローブの上には肩を露出した姫袖、頭には魔女帽子を被っていて、大枠では魔術士らしい格好なのだが、その上に不釣り合いに思える戦士の防具を身に着けている。

 つまりミレイユとは、その様な格好だった。


 アヴェリンは茶の中に緑が交じる革鎧を基調としているが、一般的な冒険者が持つ物とは素材からして一線を画す。動きを阻害しないよう特殊な技法で鞣した竜の表皮を使い、所々防御を固める金属プレートは魔法銀と呼ばれる特殊な金属だ。剛性と柔性を兼ね備え、衝撃を和らげるだけでなく外へ逃してくれる。


 今は旅の途中だからマントを使っているが、それも毛皮を厚重ねしたもので、肩から首周りが大きく覆っている。竜の骨を使って首周りを守っているので、背後から見ると人には見えないかもしれない。


 ユミルの格好は冒険者として見た場合常識的で、黒色に近いという前提を無視すれば、多くの者が身に付ける旅装に近い。

 頑丈な布を用いた下地にして要所を革で防護する、というような形だった。顎の直下まで首を覆っていたり、グローブは薄手でありつつ繋ぎ目が見えず、とにかく肌が露出している部分がない。

 それに同色のフード付きマントを身に着けていて、影に立てば見えなくなりそうな風体だった。


 ルチアが身に付けている物は魔術士らしくごく軽装で、髪色に合わせた、白地に銀の刺繍が入ったワンピースのような服を身に着けている。体のラインが出るほど薄手でスカート丈も短いのだが、太腿の付け根近くまで伸びる白いタイツが露出を最低限に押さえていた。


 薄手で防御力が皆無に見えて、その実、下手な鋼鉄製の鎧より遥かに勝る。

 高い魔力を持つルチアと、それを最大限活かす付与のお陰で重い鎧を必要とさせずにいるのだ。


 ミレイユは改めてそれぞれ身に着けた装備を見渡して、変わったところも可笑しな所もない事を確認して首を傾げる。ミレイユが知る冒険者の格好としても、常軌を逸するような外見はしていない。


 その装備全てが高性能の魔術付与をされた超一級品だが、そこを問題としているとも思えない。

 やはり理解できないミレイユに、女冒険者は遂に痺れを切らして言った。


「だから、あんたらの格好は『魔王ミレイユ』みたいだって忠告してるんだよ」

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