別世界からの住人 その1
一度会話の流れが留まると、それまで聞かれるままに答えていたリネィアが、今度は自ら聞いてきた。好奇心というよりは、確認せねばならないという、使命感めいたものを感じる。
その表情も子を思うものばかりではなく、ひどく神妙なものに変わっていた。
「大変、不躾で恐縮ではありますけれど……。貴方様方は神々に連なる方たちなのでしょうか?」
「全く違う。むしろ……いや、まぁ、これは良いか。とにかく、神々と私達は関係ない」
「無関係とは言えないでしょうよ。神々の側には立っていないというだけで、特にアンタは色々と複雑な……」
それ以上何か言う前に、一睨みしてユミルを黙らせる。
彼女も会ったばかりの相手に聞かせるものではないと思い直したようで、謝罪のように見える頭の下げ方をした。素直に頭を下げられないのは、彼女の性格故か。
さして気にしないミレイユは、それに小さく頷き、それから改めてリネィアへ向き直る。
「だが、どうしてそう思ったんだ?」
「聞こえていたお話から、森とエルフに無関係だとは思えなかったので……。それに森の名前は、同時に主の名とも呼ばれます。今もエルフを守護する存在として崇められていて……、一説では長い眠りに付いていて、いずれ目を覚まし、再び救いをもたらすとも……」
「何それ? アンタら、そんなコト信じてるの?」
心底呆れた声を出したユミルに、リネィアは悲しげに顔を横へ振る。
「誰しも信じている訳ではありません。本当に今も眠っていると信じているより、そういう事にしたいんです。人間が簡単に森へ攻め入ろうとしないのも、その風聞に寄るところが大きいですから……」
「あぁ、手痛いしっぺ返しを恐れてるのね……。実際、一度は遭ってるワケだし」
「だが……だからこそ森の外で暮らすエルフに皺寄せが行ったと、そういう考えも出来そうだが……」
ミレイユの指摘にリネィアは頷く。
「エルフは恐るべきもの、そういう考えは根底にあったのでしょう……。今代の王に代替わりがあってから、元より強かった排斥が、より過激な方向へ切り替わりました。予てより、ミレイユの森に住むエルフを、魔族と言い慣わす風潮もありまして……」
そう言いながら、リネィアはちらりとルチアへ視線を向ける。
より正確に言うと、その頭髪へと向けられていた。
「フロストエルフはその中でも特に発言力も強く、そして実際強大な一族です。森に暮らす者たちの、まとめ役にもなっていると聞きます。その一族の方と一緒にいる、森の名を持つ方々ですから、もしかして、と思いました……」
「なるほどな……、話は分かった」
ミレイユは礼を言うように小さく頭を下げながら、我知らず大きく息を吐いていた。
口元を覆うように掌を当て、そこに当たる息に初めて、自分がそうしている事に気付いたくらいだった。
その様子を気遣わしげに見ていたアヴェリンに、何でもないと手を振って応える。
「現状に対し不憫に思う事はあるが……」
「別にアンタが悪いって話じゃないでしょ。アンタが抜けた事で逆襲に耐え切れなかった、そういう話にも思うけど、じゃあ永遠に守護するべきだったかと言われたら……ねぇ? 助力なら、十分したでしょうに」
「その事で、別段恨み言は無いと思いますけどね」
ユミルへ同意して、ルチアも補うように言った。
「最初から助力は決着が付くまで、そういう話でした。ミレイさんにも旅を続ける理由があった。だから戦争の集結と同時に抜けたんですし、一族も盛大な見送りをして送り出した。話はそれで着いてます。その後の事は私も残念に思いますけど、逆襲を考えていなかったのだとしたら、そっちの方が馬鹿なんです」
「随分と辛辣だな」
「だって、当時の戦後を考えてみて下さいよ」
ルチアは渋面を浮かべながら指を一本立てた。
「戦争前の戦力差は十倍以上と言われていたものが、終結時には等倍になっていたと言われる程の大勝を挙げたんですよ? 虐殺にも等しい戦果を挙げて、恨みを買わない筈ないじゃないですか」
「だが、勝てない戦に挑む馬鹿もいないと考えるものじゃないか? 十倍以上の戦力で負けたのに、それでどうして逆襲を挑もうと考えられるのか。再び戦力を整えるのには何十年も掛かる。慢心するのも当然、という気もするがな」
アヴェリンが自分なりの推察を述べると、それにはルチアも頷く。
「ですね、それも確かに。長い鬱憤も溜まった上での大勝、喪った戦力を取り戻すまでは安全。しかも経済力の要である都市も奪った。今後数百年は安泰と考えたなら、それも否定できません。だから、その裏を突く何事かがあったのかもしれませんが……」
「ふぅん……、面白いわね? 起死回生の手段っていうのは、確かにあるものね。一人の勇者が神の試練に挑み、それで神器を持ち帰るとか」
「そんな見所のある奴がいれば、あの戦争で頭角を現している。……が、実際にはいなかったろう」
「それもそう……。じゃあ、何がどうやれば、あの状態で逆襲なんて目に遭うのやら……」
これ以上を知ろうと思えば、当時の生き証人に会って話を聞く以外ないだろう。
そして、本気で知ろうと思うなら、会って話を聞けば良いだけだ。その当時を知るエルフは、今も森の中で生きている。だがミレイユにとって、それは優先される事ではない。
気にも掛かるし、現状の低迷を覆してやりたいとも思うが、ミレイユにも今は余裕がない。
どうする、と問い掛けるような視線を向けてくるユミルに、とりあえず首を横に振った。
先程言ったとおりだ。まずは一つずつ片付ける。
ミレイユがその様な視線を返した時、可愛らしい腹の音が聞こえてきた。
音の方向に目を向ければ、リネィアの胸に抱かれた小さな子が泣きそうな顔で見上げている。
元より日が暮れるような頃合いで、腹が空かぬ筈もない。話を聞くと言うには時間も立ちすぎた。ミレイユは直ぐに晩飯の準備をさせると、リネィアにも声を掛ける。
「長話をして済まなかったな。旅中の食事だから質素なものだが、是非口にしていってくれ」
「ありがとうございます、お世話になります」
リネィアは我が子の頭を抱きながら、深々と頭を下げた。
――
温かい食事を口にすれば、気持ちもそれなりに解れてくる。
特に今は横倒しになった馬車やテントがあって、良い風除けにもなっているので暖も取りやすい。リネィアの子供も流石に膝を折りて、その横にちょこんと座って母親から食事を食べさせて貰っている。
満面の笑顔で、口をほふほふと動かす姿は見ていて愛らしい。
思わずミレイユの顔にも笑みが浮かび、一時とはいえ憂いを忘れさせてくれた。
リネィアの子の名前が、リレーネと言うのは食事の前の挨拶で聞いた。だが相変わらず怖がられていて、ミレイユを始め、誰とも視線を合わせようとしない。
だがその中で、唯一の例外となったのはアキラだった。
まだまだ拙い喋り方で、また語彙も少なく幼児のような喋り方なので、自分に合わせた話し方をする、優しい人だと思ったらしい。
今もアキラを隣に置いて、何事かを話している。
アキラもまた子供の扱い方には慣れているようで、言葉を習ったりする相手としては良いパートナーであるのかもしれない。
その姿を見ていたアヴェリンは、複雑そうな顔して言葉を零す。
「……誰にでも、得意なことはあるものだ」
「あら、嫉妬?」
「抜かせ。……私は元より子供には好かれん質だから良いが、ミレイ様のお顔を見ると忍びない」
「あの子はあの子で楽しそうだけど。ご覧なさいな、リレーネとかいう子供を見つめる、あのだらしない顔を……」
「――人を変態みたいに言うのは止めないか」
こっそりと二人で話しているつもりでも、ミレイユの耳にはしっかりと届いている。
アヴェリンが背を正し、ユミルがからからと笑う姿を見ながら、やれやれと首を振りつつ、ミレイユも笑う。
侮辱ではなくユミルなりの気遣いだと分かるから、ミレイユも笑って済ましてやれる。
どうにも素直に目的地へ進めないと思いきや、今度は予定地点から大きく
元より前途多難と覚悟した旅路だ。この程度はその多難の一つに数える程でもないが、気分を落とす要因になったのも確かだ。
その気持ちを少しでも軽くしようという、彼女なりの気遣いだった。
食事も済み、腹が満たされれば眠くなる。
特にリネィア親子に取っては激動の一日で、疲れも自覚してしまえば眠気に抗えない。テントの奥を使うよう指示すると、二人は礼を言ってすぐにも眠りについてしまった。
広いテントなので、大人と子供が一人増えたくらいでは、他の者が締め出される事もない。気兼ねなくテントに誘える理由だった。
ミレイユ達も別段やらねばならない事はない。敢えて言うなら、交代しながら見張りをし、少しでも翌日に疲れを残さないよう眠る事だ。
最初の見張りはアキラがする、というのが最近出来た慣例だから、それに任せて他は眠る。ミレイユも順番に入っていて、最も楽な最後になった。
翌日、まだ馬車に残っていた食料や水を纏め、リネィアに背負わせる。
朝食が済めば出発し、一日掛けて森の縁を歩いて行く。当初の目的地である森の入口近くで一夜を明かして別れ、そして涙ながらに感謝される事になった。
「一夜のテントだけでなく、ここまで厚く手助けして頂いて、感謝の言葉もありません……!」
「旅は助け合いとも言う。それに、ああいう場面で出会ったのも、何かの縁だろう」
「はい、ありがとうございます。返す機会が得られるなら、その時は必ず……!」
「気にするな。お前は単に、運が良かったんだ」
それだけ言って、ミレイユたちは背を向ける。森の入口と言っても丁寧に道が入っている訳でもない。獣道より幾らかマシ程度のもので、それも侵入者避けなどもあるだろうから、エルフでなければ簡単に奥まで行けるものではないだろう。
彼女らもまた、森へ行き着けば全てが順風満帆に事が運ぶとは考えていない。
住み慣れた土地を捨て、財産もろくに持てないまま、逃げるように森を頼みにして来たのだ。だが、これ以上はミレイユ達も踏み入れない。後は彼女たちが自分たちでするべき事だ。
森から離れて行っても、背後に感じる二人の気配は動かない。
見えなくなるまで見送るつもりのようだ。ちらりと背後を窺うと、頭を下げ続けている母の傍らで、リレーネが大きく手を振っていた。
それに笑い返して、帽子のつばを摘み、目線を隠すようにしながら前を向く。
遠くまで眼前に広がる草原には、それを真っ直ぐに縦断する細い道以外には何もない。草の丈は短く、だからどこまでも見渡す事が出来た。
敵が接近すれば発見も容易で、気を張らずとも良いのは素直に楽だ。しばらく歩けば大きな道にも出るだろう。
あと一日も歩けば、オズロワーナに到着する筈だった。
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