異世界デイアート その7

「熱くなると物事が見えなくなるのは誰譲りだ? ……やはり、師匠の影響か?」

「ミレイ様……!」


 慌てたようなアヴェリンの声に、ミレイユはくつくつと笑う。

 未だ顔を俯けるアキラへ、労りとも諫めるとも違う声音で続ける。


「お前は正しい事を言ったが、正しい事が常に求められる訳じゃない。そう言ったな?」

「はい……」

「私達もデルン王国を知らなかった。だが公正な裁きが受けられないだろう事は、察しが付きそうなものじゃないか? 法は常に公正で、公平に運用されるべきなのは理想だが、残念ながらそうとは限らない。そして、ここで捏造がまかり通るようなら望み薄だ」

「はい……」

「こいつらを解放したら、一体どうなると思う?」


 アキラは少し考えて、顔を上げてから答えた。


「やっぱり、その……報復とかでしょうか?」

「そうだな。憲兵をもっと多く、そしてより権威を持つ役人なんかも同伴してやって来るだろう。その場で罪を言い渡されて、そして捕縛という訳だ。あるいは法外な罰金で手打ちにするか、娼館労働を強要されるか……まぁ、その辺だろう」


 ミレイユが男達へ目を向けると、図星だったのか忌々しい顔つきで顔を逸した。

 嫌悪感を滲ませた瞳で睨み付けるアキラへ、ミレイユは変わらぬ声音で語りかける。


「私達はどうすべきだ? 腐った役人というのは、その法を上手く利用する術も身に付けているものだ。私達はきっと不利な立場に立たされるだろう。……私達はどうするのが正解だと思う?」

「それは……」


 アキラは何も言えず、それきり押し黙ってしまった。

 正しい事の為に、声を上げられる者は好ましい。それが自分達と敵対するような相手でも、悪であろうと罪に見合った罰を、とする心根は大事にされるべきものだ。


 ミレイユは何も、アキラを虐めたい訳ではない。

 ただ、この世界で生きるには飲み込む必要のある事、そして飲み込めなかったとして、その後に何が起きるのかを知って欲しかった。


 完全な善意で助けたとしても、その後の手際が悪ければ、全て覆されてしまう。

 彼らをただ解放しただけでは、仮にアキラへは何も起こらずとも、助けた筈のエルフ親子が再び捕まるような事になりかねない。


 とはいえ、ユミルの解決策もまた、過激である事は否めなかった。

 ミレイユはアキラをフォローするように、再び俯いてしまった顔に声を掛ける。


「とはいえ、殺して済まそうというのも短絡過ぎだったな。お前はそれに反応せずにはいられなかったのだろうが……だが、ユミルも本気で言っていた訳じゃない」

「いや、アタシは本気だったけど」


 ミレイユの慰めも一瞬で冷めさせる発言をさせつつ、ユミルはアキラを追撃するように言う。


「八方丸く収まる方法なんて無いんだから、その中で最もマシなものを選ぶなんて当然でしょ。生かしておけば、どうせまた同じようなコトするんだから、どうせ」

「でも、改心とか更生とか……人にはチャンスがあるべきじゃないですか?」

「それアンタ、自分に向けて言ってる?」


 ユミルからの指摘は、アキラの心を抉ったようだった。

 一言呻いて、それ以上何も言えなくなっている。だがチャンスを与えて欲しいというアキラの台詞には、少し思うところがあった。


 デルン王国の事を少しも知らないという理由で、ミレイユとしても憶測で決めつける訳にはいかない。

 彼らからの反応からして、限りなく怪しいと言わざるを得ないが、ミレイユとて灰色だからという理由で、殺人を許容する気はないのだ。


 だから、ここは折衷案で決める事にした。

 殺しはしないし、だが報復を諦めるよう、その意思を挫いてしまう。

 ミレイユはユミルを手招きして、その耳元へ口を寄せる。


「恐怖を刷り込んでやれ。二度と関わり合いになりたくないと思える程の」

「催眠ってコト? 効果が切れたらオシマイよ?」

「いや、実際に痛い目を見てもらう。その痛みと恐怖を増大させてやれ。効果が切れても、その恐怖は残り続ける。痛みが更に、それを喚起してくれるだろう」

「まぁ……報復を確実に防げるかは疑問だけど、アイツら程度ならそれで十分かもね。でもさぁ、これからも、そんな生温い方法で行くつもり?」

「相手のレベルに合わせただけだ。苛烈な相手には苛烈な方法で。……基本だろう?」


 どうにも納得いかない顔をさせていたユミルは、それで華やぐような笑みを浮かべて、ミレイユからの願いを請け負う。

 男二人の襟首をそれぞれ片手で掴み、抵抗も許さず引きずっていく。

 男達は足をバタつかせて必死の抵抗を試みたが、それまでの不穏な会話を聞いていただけに何をするつもりか、最悪の想定をしてしまったようだ。


 懇願と謝罪の言葉を並べながら、草むらの奥へと消えていく。

 それが細く聞こえなくなるまで遠くへ行ったかと思うと、次に身の毛もよだつような悲鳴が響いた。アキラもそれには俯いた顔を上げ、そして悔恨混じりに表情を歪めて肩を落とす。


 エルフ親子まで顔面蒼白にして、リネィアは子供の耳を抑えて己の身体で包み隠そうとしていた。

 別に死んではいないのだから、この事はアキラにも親子にも後で説明する必要があるだろう。

 しばらく悲鳴が鳴り響き、そうして唐突に聞こえなくなった頃、ユミルが溌剌とした笑顔で帰って来た。


「もう大丈夫よ。いい子いい子して、よぉ〜く言い聞かせてあげたから、今日何があったか、話題にするコトすら避けてくれるわ」

「ご苦労だった。男達は……?」

「色々あって放心中。拘束は解いてるから、気付けば勝手に逃げるでしょ。それともこっちに連れてくる?」

「いや、そのままで良い。不幸にも襲われる事があったなら、自己責任と割り切ってもらおう」


 改めてユミルを労い、そして席に戻ってもらう。

 どういった内容を彼らに施したのか、それを確認すつもりはない。大丈夫だと太鼓判を押してきたのだから、それを信頼するだけだった。

 あのろくでなし者どもから生まれる面倒は消えた、と思って良いだろう。


 これで面倒事が一つ片付き、これからの事を考える時間が作れる。

 当初の目的地であるオズロワーナを完全に見失ってしまった形なので、周辺の地理にまだしも詳しそうなリネィアに、色々と聞きたいところだった。


 そして彼女は、すっかり怯えてしまった子を膝の上に抱いてあやしている。

 話を聞きたいと、焚火の方まで呼んだ時は気後れする姿勢を見せたものの、そこはやはり恩人という立場で、多少強引に呼び寄せる。


 おずおずと近付くリネィアを、火の当たりが良い場所に座らせた。

 そして子供の方はというと、すっかり背を向け母の胸に顔を埋めてしまっている。

 まだ五歳か、あるいはそれ以下に見える少女で、長命種のエルフと言えども幼少期の成長速度は、人間と変わらない。


 だからきっと見た目通りの年齢なのだろうし、一人隠されて閉じ込められて恐怖も感じて当然だろう。それを思って声を掛けたのだが、怖がるばかりで顔すら見せない。これはもう仕方ないものとして諦め、リネィアと話をする事にした。


「恐らく何処かへ逃げる予定だったと思うのだが、少し話を聞かせて欲しい。今日はもう日が暮れるし、屋根のあるところで身体を休めたいだろう。その交換といったところでどうだ?」

「えぇ、それは勿論……! ありがたいことです。何なりと聞いてください」


 ミレイユが背後にあるテントへ指を向けて言えば、リネィアは一も二もなく頷く。

 雨風を凌げるだけでなく、護衛付きで夜を明かせると思えば悪くない条件だろう。


特に小さな子供が一緒となれば、たった二人で夜を明かすのは自殺行為に等しいものだ。


「それで、私達はオズロワーナを目指して旅しているのだが、どうにも迷ってしまったらしく……。どこか大きな街があれば、そこを教えて欲しいんだが」

「オズロワーナでしたら、ここから北東方面にありますけれど……」


 リネィアは困惑した眼差しでそう言ってきた。

 それもその筈、貿易都市と言われるだけあって、多くの道はオズロワーナに通じている。今し方ミレイユ達が通っていた道もまた、そこへ通じているという前提で歩いていたものだ。


 オズロワーナ周辺に通っている道なら、方向さえ間違えなければ、歩いているだけで辿り着ける。それはオズロワーナと、その周辺で生活する者にとっては常識だ。

 だから彼女も、困惑した顔を見せたのだろう。


 だが、それで困惑したのはミレイユ達も同じだった。

 ミレイユはアヴェリンや、他の者たちに目配せする。


 当初はアヴェリンの所見で現在地と方向を見定め、そして移動を開始した。それはアヴェリンの説明からも納得できるもので、決して当てずっぽうの内容ではない。


 そして歩いて向かった先には見覚えのない森があり、そしてデルンという聞いた事もない国の領内であると言う。だが、それでもオズロワーナは予想していた地点にあるのだ。


「もしかしたら、私達の知る都市とは別物かもしれないが……」

「知りもしないデルン王国に、たまたま同名の都市があった、って言う可能性?」


 ユミルが眉間に指を当てながら聞いてきて、それに首肯を返す。


「デイアート大陸の中央南部にあるのが、我々の知るオズロワーナだが、リネィアの知る都市はどこにあるんだ?」

「それはやっぱり……貴方様方が仰るとおり、中央南部です……」

「んん……?」


 リネィアの返答で、ユミルは眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げる。

 薄く開けた目を向けて、詰問するような口調で言った。


「現在地って、デルン王国の領内なのよね?」

「そうです……」

「そして、オズロワーナもここから北東、歩いて二日程の地点にあるのよね?」

「……そうです」

「交易によって成り立つ都市で、今は人間からエルフに支配層が変わってる。もしかしたら、他人種を交えた合議制かも知れないけど……」

「いえ、支配層は人間です。エルフは締め出されてしまってます」

「……は?」


 オズロワーナは世界の中心地と言って過言ではない。そうである、と神が定めた。

 だからかつてより、この都市を支配する層こそが、大陸を支配すると言う不文律があった。かつてはエルフが興した都市であり、そして魔力革命によって人間が反乱で取り上げ、交易路を整備して更に発展を遂げ人口を増やした。


 人間は個より群で力を発揮する種族だから、国体を成して力を付けると、もう取り返しがつかない事態まで成長した。単純な国力差として見た時には、厚い壁や揃えられた武器によって守りを固め、エルフも数を取り戻した後にはもう開戦すら出来ない程に戦力差が開いていた。


 そしてエルフのみならず、他の種族も手を出せない状態のまま長く時が過ぎ、人間により他種族排斥が始まり出した。耐え忍んだ他種族だが、最後に種族の存亡をかけたエルフの反撃と、他種族の共同作戦により、人間支配の時代が終わった。

 終わった筈、だった……。

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