異世界デイアート その6

「くそっ! 一体どうなってやがる!」

「刻印だってねぇのに、なんであんなに強ぇんだ!」


 聞きたい事があったので、二人は気絶させていない。

 男二人は確かに鍛えてはいたようだが、想定したものより遥かに弱く、そして両腕を背後で縛られていても、未だに強気な態度は崩さなかった。


 これが本当に野盗が憲兵に扮しているだけなら、無力化された時点で続ける意味はない。言葉遣いは粗野で教養を感じさせないから、それが尚の事野盗の印象を与えてくる。

 発言自体も意味不明で、自分達が負けるなど最初から思慮の外だったらしく、理不尽な事態への悪態も止まらない。


 だが分からないのはミレイユも同じで、どうしてそこまで自信満々だったのか不思議でならない。彼我の実力差が分からぬ程の力量しか持たず、それでどうして自分が有利だと思ったのか。

 単なる間抜けで片付く問題でもある気がしたが、それよりまず確認したい事があった。


「今更ここで隠す意味もないだろう。お前達は野盗が扮した偽物か? それとも本物の憲兵か?」

「だから言ってるだろう! 俺たちはデルン王国の憲兵だ!」

「騙ってる訳じゃないんだな?」

「そうだ! 嘘じゃない!」


 男は何度も首を縦に振って、必死の形相で言ってくる。

 言葉遣いについてアヴェリンは多いに不満を滲ませ、武器さえチラつかせていたが、ミレイユの視線一つで武器をしまう。だが剣呑な視線は収めず、何か不都合な動きを見せれば叩き潰す、と暗に語っていた。


 男達もそれを分かっているから、言葉遣いはともかく暴れようとはしない。

 身を捩るような素振りはあるものの、それは食い込む縄を少しでも楽に出来ないか動かしているからだ。度を越せば制裁が待っているが、きつく縛るよう指示したのはミレイユだ。


 野盗や、あるいは後ろ暗い事を生業としている者なら、縄抜けぐらいは身に付けているものだ。中には捕まるまでが前提で、そこから抜け出して仕事を成功させる、なんていう輩までいる。

 口で身分を語るだけで、男を信用するのは早かった。


「お前たち分かってるのか、憲兵にこんな仕打ちをして、ただで済むと思うなよ!」

「すぐさま解放するというなら、その罪を軽減してやってもいい!」

「ふぅん……? その傲慢な態度は、演技には見えないけどねぇ……」


 ユミルが男二人を胡散臭そうに眺める。

 基本的に悪人か、あるいはその疑いのある人物に対して接する機会が多い為、その態度は高圧的、威圧的になりがちなのが憲兵だ。


 国の権威を背景に暴力を振るう事も多いとはいえ、しかし、だからといってチンピラ崩れのような態度は見せないのも、憲兵というものだった。

 ミレイユが更に疑いの眼差しを深めた時、未だ傍らで静かにしていたエルフ女性が、おずおずと声を上げた。


「……そちらの方々が、憲兵であるのは間違いないと思います」

「そうなのか? じゃあ馬車を盗んだというのは?」

「馬車は私が買ったものです。でも、口裏を合わせるというか……何かしら取引はあったのだと思います」

「お前を陥れる為に? そんな事をされる心当たりはあるのか?」

「ありません!」


 咄嗟に返した言葉が大きくなってしまい、恥じ入るように俯いた。それから男二人へ軽蔑の籠もった眼差しを向ける。


「デルン王国での、エルフの扱いは粗雑です。それが捏造であるか否か確認するより、憲兵の主張のみで罪が確定します。相手がエルフであるなら何をしても良い、そういう過激な一派があるのです」

「そんな、まさか……」


 ルチアが我知らず、と言った感じで声を零す。

 それはまた、ミレイユも同じ感想だった。


 エルフに対して長い時を迫害し続けてきたから起きた戦争、それを知らぬ筈がない。二の舞いを防ごうと考える国は他にあるだろうし、実際それが公になった時、大義名分を得たと戦争が起きるだろう。


 当時、ミレイユが与したエルフ連合とは、それ程勢いのある組織に膨れ上がっていた。

 ミレイユ達が抜けた事で、その戦力は大幅に弱体化しただろうが、外から見えていた国からは分からない。二の舞いを避けたいと考えるのが自然で、だから裏で暗躍する組織ならまだしも、憲兵という身分で堂々とそれを行うというのは、凡そ考えられなかった。


 しかも末端のいち兵士ではなく、一派として公になっているというのなら、それを知られるのも時間の問題だ。到底、正気とは思えない。

 ミレイユにそう思わせる程、当時の熱気というものは凄まじかった。圧政から解放された革命の様なものだ。


 当時の支配階級は全てが追いやられ、そして人間と亜人の立場は逆転した。

 その熱気は簡単には消えないと思っていたし、それが大陸全土を覆い尽くすのは時間の問題のようにも思えていた。


「だが、一派という言い方をするのなら、そうでない者たちもいるという事か?」

「はい、デルンの人々全てが、他種族に対して排他的という訳ではありません。ですが、過去の遺恨と現在の武力が、他種族を威圧する背景になっているのです」

「過去の遺恨、ねぇ……」


 ユミルは腕組して首を傾げ、ミレイユもまた同様に首を傾げた。

 エルフと人間の間に、遺恨があったのは確かだが、それも随分昔の事だ。つい先日というと語弊があるが、とにかく最近まで人間上位の立場で、覆って間もない現在、その遺恨という単語を持ち出すのには違和感があった。


「どうにも分からん……が、とにかくお前は虚偽の罪を着せられ、そしてその為に売り飛ばされそうになっていた。そう言う事でいいんだな?」

「はい……! お助け頂き、ありがとうございます!」

「うん。お前、名前は?」

「リネィアと申します」


 礼を言ってアヴェリンやルチアへと頭を下げていたリネィアは、名乗ると同時に再び頭を下げた。汗や土で汚れた金色の前髪がさらりと流れる。髪は長いが三つ編みで、移動中は邪魔にならなによう結わえていたようだ。

 リネィアは素直に名前を口にしたが、その名は体外的に名乗る仮名のようなものだろう。だが、それは種族として当然の慣例みたいなものなので、敢えて何も言わない。


 ミレイユは視線の先にある倒れた馬車へ、気遣うような素振りで指先を向ける。


「お前が隠していた子供も、いつまでも押し込んだままでは息が詰まるだろう。お前に文句がなければ、出してやった方がいい」

「は……っ、はい。それでは、失礼して……!」


 実を言えば、ずっと気に掛けていたのだろう。なるべく視線を向けないようにしていたが、気を向ける事まで避けられなかった。子供の方も恐ろしい思いをしていただろうに、物音一つ立てず耐えていたのは偉い。


 リネィアはすぐにでも抱き締めたいと思っていただろうから、必死に気を逸しているのを見兼ねて水を向けてやった。

 当人は気付かれていないと思っていたようで、その一言に困惑していたが、結局素直に受け入れて我が子を助け出す事に決めたようだ。


 やはり荷台は二重底になっていて、そこから出てきた、リネィアをそのまま小型化したような子供は、声を押し殺して母親に抱きついている。

 無事な再会を果たせて何よりだった。


 子供をあのような形で置いていったからには、いざとなれば自身を犠牲に子供だけ逃がすつもりでいただろう。

 ところが予想以上に上手く撒けたので、元の場所まで帰って来たのだが、結局ああいう形になってしまった。


 これについては憲兵の方が上手かった、という事だろう。

 ミレイユは再び憲兵達へと顔を向け、そして向けられた当人達は苦々しい顔をして顔を背けた。


「さて、お前達の処分だが……」

「処分だと!?」


 男の一人が、その一言で顔を戻す。


「何様のつもりだ! こんな事、お上が知ったらタダでは済まされんからな!」

「じゃあ、後腐れなく殺して燃やす?」

「ば……っ、なに、何を言ってる……!?」


 男達が動揺して身を揺するが、ユミルは自分の爪先をつまらなそうに弄りながら続ける。

 その口調はどこまでも気楽なもので、視線すら男達に向いていない。


「放置するんじゃ殺すのと同じだし、かといって解放したら厄介事にしかならないだろうし。だったら全て燃やして無かった事にするのが、一番楽で簡単よ」

「巡回中に行方不明……まぁ、よくある話か。傍に血に染まった鎧でもあれば、勝手にそれらしい憶測をしてくれるだろう」


 アヴェリンもそれに応じて頷き、男達へ平坦な視線を向ける。

 男は半狂乱になって頭を振り、唾を飛ばす勢いで捲し立てた。


「言うに事欠いて、な、何が楽だ! そんな理由で殺すだと!? 狂ってるのか!」

「あら、随分お上品なコト言うのね。逆にそうまでされて、どうして生きて帰れると思ってるのよ。そっちの方が不思議だわ」


 爪先をいじっていたユミルは、指先にふっと息を吹きかけてから流し目を送る。

 その虫を見るような目付きに当てられ、顔面蒼白になった。その言葉が脅しではなく、本気のものであると悟ったようだ。

 そこへ、アキラが恐る恐る声をかける。


「……あの、流石に殺すというのは、どうなのかと……。悪いことをしてたにしろ、命を奪う程でもないような……」

「オマエに意見なんて聞いてないの、黙ってなさい」


 ピシャリと言い放たれて、アキラも二の句を告げずにいたが、しかしすぐに首を振って言い募る。


「でもですよ! 罪人だったとしても、国の役人なんですから、やっぱり裁きは国が責任を取って行わないといけないと思うんですよ……!」

「正しく裁くというなら、そのとおり。証人として、馬車を売った当人も呼んで裁判してもらう? 金を握らせてアイツらは無罪放免、そしてアタシ達は不敬罪で牢獄行きね。あら良かった、これでめでたしめでたしね?」

「そんな……そんなの分からないじゃないですか! デルン王国の名前すら知らないのに、その司法が正しく運用されてるかなんて、それこそ……!」

「――アキラ」


 議論が白熱しそうになったところで、ミレイユが声を上げて止めた。

 ミレイユの視線を受け、アキラは己の失態を悟ったようだ。アキラの言った事は正しい。人命を軽々しく奪ってもいけないし、そして罪があるなら国によって裁かれなくてはならない。


 私刑が許される状況というのは限られる。だがやはり、アキラはこの世界において異邦人でしかないのだ。己の常識をもって正当性を主張する発言は、ここでは通用しない。

 それは事前にも話していた筈だった。


 アキラは己の失態を悔いるように顔を俯けたが、ミレイユはそれを取りなすように手を振る。そして、出来るだけ柔らかく聞こえる声音で声を掛けた。

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