異世界デイアート その2
オズロワーナは各都市へ向かうに便利な土地で、平坦で広い大地は農耕に向いているし、実際盛んでもあるが、その広い土地を貿易都市へと変貌させたという歴史がある。
それぞれの各都市からの貿易品が一箇所に集まる事と、高い壁に守られた安全性が呼び水となって商人の商売を活性化させた。
王の采配も確かなもので、税の取締や不正が極めて少なかった事から、そこを信用されて商売人も二重の意味で安心できる商売場所として重宝されるようになる。
だがそれは、あくまで人にとってのものであり、エルフを始めとした他種族には排他的だった。
エルフは高い魔力を持つから、鬼族は高い腕力を持つから、とにかく人より優れたものをもつ種族は、それを理由に税をかけられ不当に扱われた。
単に二重税が発生するだけならまだしも、それはいずれ種族に対する弾圧へ繋がり、他種族排斥にまで事態は進行していく。
豊さや富は人間が支配する事となり、他種族はより危険な土地、あるいは森深くへと追いやられていった。そして人間は数を増やし、勢力の拡大が増すばかりで、他種族との力の差が圧倒的なまで拡がった時、ついに恭順か死かを迫るようになる。
個人では負けない各種族だが、数の暴力には勝てなかった。実際に滅ぼされる種族も出て来るようになり、それはいずれ、ミレイユが介入するまで続く事になる。
そしてミレイユ達とエルフ達が結託する事で王国へ逆撃し、ついに王国は滅ぶことになった。
今では王は排除され、エルフが支配しているか、あるいは共存しているかのどちらかだろう。
「私はそれを見届ける前に去ったから、そこから先は知らないが」
「前に話してくれた、あの……」
「そうだな。その都市へ向かう。ギルドで無くとも、職の多さは他都市と比べものにならないだろうし、変人にも寛容だろう。生きやすいかどうかは、実際見てみないと分からないだろうが……まず行ってみるには良い場所だ」
「なるほど……。国の首都みたいな場所なんですね、それなら確かに仕事も色々ありそうだし……」
そうは言いながらも、その瞳はギルドに入ろうと決意している、と語っていた。英雄の冒険譚などに憧れを抱いていたアキラならば、とりあえずその門戸を叩いてみよう、というつもりでいるようだ。
実際、アキラの腕に太鼓判を押したのはミレイユだから、その決定に異論はない。
ただ、それ以外の――例えば農業などの力仕事でも、やはりアキラは良い仕事をしそうな気はした。
ミレイユがアキラの決意めいた目を見つめていると、そこにユミルから声が掛かる。
「それじゃ、とりあえず向かう先はそれで良いとして」
「うん……? 何かあるのか?」
「何か、じゃないでしょ。何の為に留まっていたと思ってんのよ。アンタの変容も済んだみたいだし、さっさと命令刻んじゃいましょ」
軽い口調で言いながら、ユミルは自らの目尻を指差した。
それは視線を結んで行う事を意味するのと同時に、ミレイユの瞳色が変化した事を言っている。自分では気づけないが、元は茶色だった瞳が今ではユミルと同じ紅色となっているらしい。
変化と言えばそれ位で、体調が元に戻った以外、他に思い当たるものはない。変容と言うからには、もっと色々変わっていても良さそうなものだが、実感できるものは何一つ無かった。
そこへ、そういえば、とアキラが呟く。
「僕の時は魔力を得られるとか、何かそういう話あったと思うんですけど、ミレイユ様もそういう風な感じなんですか?」
「……いや、そういうのは感じないな」
「あるわよ。……ある、と思うんだけど、仮に得ていても雀の涙程で、実感得られないってだけじゃないかしらねぇ」
「そうなんですか?」
「そりゃ、三やら五から百となると凄い変化に感じるでしょうけど、万単位に百が加わったところでね……。大体、そんな規格外な存在、眷属する機会なんてなかったから、実際のところは分かんないし」
ユミルから聞こえた単語が耳に入るなり、アキラはミレイユへと顔を向ける。目を剥いて、そして同時に信じ難いものを見るような表情をしていた。
「万単位……? え、千とか二千とかじゃないんですか?」
「基本的にはそんなものだが、枷をしていればこそ、その数値だからな。取っ払えばそれぐらいだし……、そもそも私に総量の多さはあまり関係がない。消耗するより供給される方が多い所為だ。内側から破裂しないよう措置していたんだが、この身体の秘密を知った今、それも必要なかったのかもな……」
「対処に気付いて処理出来るところまでが、試練の可能性もありますから、一概には何とも……」
ルチアから困った顔で言われれば、なるほど確かにと思えてしまう。
魔術への正しい理解は魔力の理解に通ずる。より深い知見と力量を得るには、その対処にまで深く理解していなければならない。
それを考えれば、より強い魂を欲する神々からすると、ふるいに掛けるつもりで用意していたとしても不思議ではない。気付けず、あるいは気付いても対処できないような不出来は、そこで切って捨てられるのだ。
実に有り得そうな話に思えた。
アキラは更に問を重ねる。
「じゃあ、例えばそんな強力な存在は眷属になったりしないものなんですか?」
「普通ないわね。こっちにだってメリットないし」
「ないんですか?」
「そりゃそうでしょ。絶対的な命令って、口にするより遥かに重いのよ。内容次第じゃ反感だって買うわ。命令だから従うけど、自分より弱いと分かっていれば寝首を掻くコト画策したりするものだし。逆らわないというコトと、反撃できないというコトは同じじゃないの」
抜け道というのは、どこにでもあるものだ。
従属させた相手が主よりも強いとなれば、魔力で作った枷とて万全には働かない。その力量の差が大きければ大きい程、その鎖には罅が入るだろう。
それを理解していて、敢えて自分より強い相手を従属させるのは相当な勇気がいる。いつ寝首を掻かれても構わないという、破れ被れな状況か、あるいは短時間で構わないと割り切った場合でなければ出来るものではないだろう。
今回の場合、ミレイユの方から頼む形だし、その支配から来る拘束力を頼みにしているから成り立っている。不本意な命令をしないと言う信頼も背景にはあるが、ユミルもまた、その信頼を秤に掛けられているというデメリットを背負っている。
このような事がなければ、ユミルは今までどおりミレイユ達の横に並んで歩いていただろう。だが、今では常にアヴェリンがその背後に立ち武器を握って睨みを利かせている。
何もしないとユミルが誓っていても、それでも決してアヴェリンは止めない。そういう関係を背負わせてしまった、とも言えた。
ユミルも、それは理解している。
対等な友人でも師弟関係でも、パーティメンバーでもない。お互いの首に鎖を掛け合う関係。悪化ではないとはいえ、とても健全とは言い難い。
それでも必要だから、という理由で自ら請け負った。
これもまた一つの献身だと思うから、ミレイユは頼むと願った。
そして今、本来なら主従を誓う命令を、別の違う命令で刻もうとしている。
以前に、より強く感じられる内容が良い、というアドバイスをユミルに貰った時から、考え続けてきた事ではある。
大神への叛意喪失、そして恐らく直接攻撃の禁止、大神への害意となること全てが無意識下の内に抑制されるのだと考えれば、ミレイユが刻む事は一つだ。
「こんな話はどうでもいいわね。それじゃあ、始めましょ。こんなコト、いつまでも後回しにするものじゃないわ」
ユミルは立ち上がり様、アキらの後頭部を叩き、それからミレイユの前までやって来て跪く。
その両手を握って、互いの瞳を合わせた。隣に座っていたアヴェリンは何も言わなかったが、緊張させた雰囲気を発している。
ユミルの瞳には力があって、まるで虹彩同士が一本の線で繋がったかのように目が離せない。
「……良いコト? 最初の命令というのは特別で、より強烈な拘束力がある。そして力ある言葉というのは、単純で短い方が望ましい」
眷属となって最初にされる命令というのは、絶対的な主従関係を強制させる事だ。新たに刻む命令は、その回数ごとに強制力を損なわれるらしく、一つ目の願いと十番目の願いでは、その強制力に違いが出るものらしい。
だから主従という関係を作り、眷属には自ら心腹して行動したいと思わせるのが最も効率が良い。だから通常、命令が出来たところで多くは刻まないのが通例で、その最初の命令を別に使う事で強制力を強めようとしているのが、今回の初回命令だ。
オミカゲ様が千年続けていた執念も、つまりそういう事なのなら納得も行く。
「長々と説明やら注釈を加えるようなものは、卒のない内容になるかもしれないけど、同時に拘束力が弱くなる。素体それ自体が持つ思考調整を貫けない可能性もある。それを踏まえて文言を教えて」
「オミカゲの奴も通った道だ、その時の言葉も聞いている。同じ言葉でも作用するだろうが、違う道を進むつもりなら、この言葉も変えないとな……」
かつてオミカゲ様は、ユミルに『折れず曲がらず、進み続けろ』と命令するよう頼んだという。それは既に神々と対峙する機会はなく、それからの千年を対抗するのに生きてくには、役立つ命令だったろう。
だが、これから直接対峙し挑むミレイユにとっては、その文言も相応しいとは言えない。
「それもそうね。考えが既に決まっているなら、聞かせて頂戴」
「――抗え、大神を挫け。そう命令してくれ」
ユミル大きく唇を曲げ、実に愉快な笑みを浮かべた。
「いいわね、それ。さぞ強固な命令になりそう」ユミルは表情を改める。「汝、眷属ミレイユに最初の命令を刻む。『抗え、大神を挫け』……その身の生涯を掛け、完遂せよ」
「……うっ!」
視線を逸らす事が出来ないまま、言葉が意志と力を持って頭と身体を駆け巡る。
そうしたい、のではなく、そうせねばならない、という強く堅固で追い込まれるような強迫観念が身を襲った。非常に落ち着かない気分になり、今まで同じ様に考えていなかった事が申し訳なる程だった。
自分自身に対して哀れみすら感じる。
そう思わないでいる事は罪であり、一瞬たりとも考えずにいる事もまた罪だと思える程だった。ユミルの紅い瞳が歪み、上下が反転するような錯覚を覚えるのと同時、瞬間的に意識が明瞭になる。今まで逸らせなかった視線があっさりと切れ、そして両手に目を移すと、それを握るユミルの手が見えた。
「――大丈夫?」
「あぁ……、うん。なるほど、これが最初の命令として刻まれる感覚か。これが主従を強制されるものなら、確かに破ろうとは思えなくなるだろうな」
「だからキライなのよ、アタシは。時に主人を諫めるコトが出来てこそ、本当の忠臣ってモンでしょうに」
「それは……言えてるな」
満足と誇らしさを感じながらアヴェリンへ視線を移すと、同じく誇りを感じさせる佇まいで見守るアヴェリンがいた。
互いに視線を交えて頷き数秒、それまで凛々しかった顔つきを嫉妬に歪めて、ミレイユの手に齧り付く。
アヴェリンが即座にユミルを引き剥がし、ミレイユの両手を優しく擦った。
まるで表面の汚れを拭うかのような仕草で、引き剥がしたユミルには蝿を払うかのように手を振る。
「ほら、もう要件は済んだんだろう。さっさと出立の準備を始めたらどうだ」
「はいはい、じゃあそうさせて貰うわね」
ユミルもアヴェリンからの扱いには慣れたもので、特に気にした風もなくテントの中へと入って行く。準備といっても持ち込んだ物など殆どない。テント内の汚れやゴミを片付け、寝袋マットを畳んでおく位だ。
ミレイユが困ったような笑顔を浮かべていると、アヴェリンもまたサッと立ち上がり、アキラのケツを蹴りつけながら、ルチアと共に焚火周辺の片付けを始めていく。
今更追手がいるとも思えないが、一応焚火や夜営があった痕跡は、そうと分からない程度に隠蔽しておく必要がある。焚き火台を使ったのは、こういう意味でも隠蔽し易さから重宝できるものだ。
テント内の準備が終われば、それを畳み小型化させて保管するのはミレイユの役目だ。今後は変えて行っても良いかもしれないが、今のところ話題に登っていないので続行する。
ユミルがテントから出て来るのと見計らって、ミレイユも立ち上がってテントに歩み寄って行った。
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