決意と表明 その8

「ば、馬鹿を……! 何を言い出すんだ」


 ミレイユは当然、平静ではいられない。

 ここに来たのは、あくまでループから抜け出す為、そして神の思惑を止める為だ。ミレイユの身柄を求める意思を挫けば勝利となるのだろうし、送り出した神造兵器も回収できれば尚喜ばしい。


 完全にミレイユとオミカゲ様、そして現世への干渉を止める事が目的で、そして全てが丸く収めれる事が出来たなら、もしかすると現世への帰還も叶うかもしれない。


 元よりミレイユが現世に戻りたい、と願った事が発端だ。

 その思いは今もある。この世界が嫌というより、現世の方が居心地が良い。どちらで末期まで過ごしたいか、と言われたら、やはりミレイユは現世を選ぶ。


 その帰還の願いを、未だ捨ててはいない。

 何もかもが不利な状況、未だに神を挫くという目標までの道筋を見つけていない。だが、可能ならば帰還したい、という希望は未だに胸の奥で燻っている。


 そんなミレイユの心情など無視して、ユミルは得意満面の笑顔で言った。


「一矢報いるついでにさぁ、他の神、蹴落としちゃいましょうよ。……うん、全てじゃなくて良いかもね。海神とか寝ててばかりで無害だし、過去四千年で起き上がった事実もないし。神が飽和状態で互いが邪魔で、でも炉を使って解決してるっていうんならさぁ、そもそも数を減らしちゃいましょうよ」

「神殺しは最後の手段だろう。私と現世への手出しを諦めさせれば解決なんだから」

「馬鹿ね。説得一つ、脅し一つで大人しく引っ込むワケないじゃない。その場は笑顔で握手して、背中から刺させるのが神ってもんよ。そういう醜悪な奴らがね、いらないって話をしてるのよね」


 ユミルは鼻に皺を寄せて吐き捨てる。

 その言葉には憎悪すら乗っている気がした。長く生きた彼女とその一族には、そう考えるだけの根拠がある。だが、神殺しはともかく、この地で神として根を下ろす、というのは一時の判断で決められないものだ。


 だが、アヴェリンは更に身を寄せて言い募る。

 肩に手を置いた手を離し、ミレイユの手を両手で包むように握って来た。

 

「貴女様が正しく我らの上に立ち、我らを護り、導いて下されば、何を恐れる事がございましょう。無論、我らとてただ護られるばかりでは御座いません。尊崇を信仰し御身の守護を奉ります」

「いや、待て。話がおかしいぞ」

「ミレイ様に、我らのオミカゲ様となって頂きたいのです。あの日本国のように我らの頂に立ち、この世を導いて下さい」


 ―――


 考える程に、それを口に出す程に熱が入り、興奮状態になった二人を宥めるのは相当な苦労だった。だが単に熱に浮かされ意見を推したくらいで、ミレイユとしても素直に頷けるものではない。

 げんなりとしながら膝の上で頬杖を突き、すっかり冷えたお茶を啜る。


「大体、信仰を集めるなど簡単な事ではないだろう。現世と違って、それこそ競合相手は多数いる。ユミルが言うように、別の信徒が騒ぎ出す。神を殺したとして、その信徒の暴走は必ず起こる」

「相当な混乱が起きるでしょうね……。神が一柱失われる事は、歴史上起こりうる事なので、それほど大きな騒ぎにはならないかもしれませんけど……弑し奉る、その総数は、もっと多くなるのでしょう?」


 ルチアの言葉を引き継いで、ユミルは頷く。


「最低で半分、それは必要でしょうね。話の通じない相手がゼロとは言わないけど……、通じるとしても、まぁ穏当に済むものでもないでしょうし。とはいえ実際的な問題、話せる相手というなら小神の方でしょ」

「味方に付いてくれるかもって、ユミルさん言ってましたね」


 合いの手を挟んだアキラにも頷いて、ユミルは続けた。


「どういう理由を聞かされて小神にまで至ったかは知らないけどさぁ、その真実を知れば大神におもねる可能性は高いと思うのよね」

「……思うんだが」ミレイユは目を細めてユミルを見た。「お前、私怨が多分に含んでないか?」

「含んでるわよ、当然でしょ。一族郎党皆殺しにされて、恨みに思わないヤツなんている?」

「それは……そうだな」


 ミレイユは深い溜め息を吐いて目を瞑る。

 ユミルの一族に寿命はない。生殖で増える事もないが、増やすとなれば伝染病のように増殖していく。神々はかつてそれを良しとし、定命と長命、そして無命との争いを扇動したと言う。


 結果として無命が勝利し、地に無命ばかりが溢れた。世代交代が行われなくなり、生産は停滞し、一つの時代が終わろうとしていた。


 無命の――ユミルの一族が王族として立ち、時代の勝者となった筈だが、その全てをひっくり返したのも神だ。詳しい理由はユミルも知らないと聞いた。

 ただ結末が気に入らなかったのか、一つのゲームが終了し次へ移行したのか、あるいは世界の有り様として不健全と判じた神がやり直しを求めたのか、それすらも分からない。


 だがそれ以降、ユミルの一族は日陰者として追いやられ、その数を増やせないよう病毒の加護を与える事で封じた。正しくは病でないのかもしれないが、その様に呼び習わせば同じ事で、以降新時代では忌み嫌われる存在として、狩られる側となった。


 その様に、かつてユミルは、ミレイユへ語ってくれた。

 数が増やせないなら、突きぬ寿命があっても減り続けるしかない。最終的に残ったのは三十人程度でしかなかった。

 そして誰の目にも映らない絶海の孤島で隠れ住む事になり、そうしてユミルの一族は長い時間人々から忘れられるまで、そこに留まり続けていた。いつしか伝説、伝承の存在になるまで。


 かつての栄華に思いを馳せれば、現状は実にみすぼらしく嘆かわしいと思ったことだろう。

 一族を纏め上げるユミル親子は良く我慢し、他一族を宥めていたが……最終的に一部の暴走を許す事になり、それが一族滅亡を招いた。


 ユミルからすれば数千年前の事を持ち出されて、いつまでも虐げられていたようなものだ。復讐したいと言うのなら、その怒りも正当なものだろう。

 恨みを晴らしたいと言うなら、一部ミレイユの目的と合致するから協力もしたいと思うが、言うまでもなく神殺しは簡単な事ではない。


「……まぁ、お前の気持ちは分かった。手を引かせる説得を諦める訳でもないが、お前の意見は尊重しよう。小神を味方に付けるよう動く、というのも良いだろうさ。いずれにしても、所在すら知らないので、話をしようにも出来ないが」

「まずそれより、神として立つコトに賛同してよ。アンタに世界を変えて欲しいの。この世界の在り方をね。その為には、人の身のままじゃ不可能でしょ」

「そうは言うがな、そんな簡単に……」


 ミレイユは頭痛を感じてコメカミを親指で押す。

 この頭痛が心労から来るものか、精神調整に寄る叛逆を抑制するものか分からなかったが、どちらにしても気の疲れる問題だ。


「大体、意思一つで成れるものでもないし、成ったところで小神でしかないだろう。結局、大神に逆らえない事には変わらない。味方に付けるという、小神にしてもそうだ。積極的な味方は難しいだろう」

「まぁ……、そうね。あくまで見てみぬ振りしか出来ない、っていう程度で留まりそう。それじゃ、まずはそこから解決しましょうか」


 随分と簡単に言うので不思議に思って顔を上げると、ユミルが立ち上がって近づこうとしてくる。アヴェリンも不審に思って腰を上げると、ミレイユの前を塞ぐように立つ。


「待て、何をするつもりだ」

「だから、オミカゲサマの時と同じよ。言ったでしょ、アタシの絶対命令は精神調整すら貫く。神々への叛逆する意思を、千年持ち続ける程に強固なものよ。このままじゃ、神に対峙した時点で戦闘不能にすらなりかねないわ。それを解消しないと」

「それは分かるが、同意もせずにお前の眷属になどさせられるか。大体、それだとミレイ様の望みではなく、お前の望みを優先される恐れがある。軽々に許される事ではない」


 アヴェリンの懸念は尤もで、一度眷属になれば何度でも命令の追加、修正が出来るだろう。オミカゲ様の時は、既にユミルが亡き者となっていたから、その恐れはなかったが、この状況となれば話は変わる。


 小神へ攻撃できる事は実証済みだが、大神へは不可能だろうという推測は自然と成り立つ。その意志を持つだけで消極的、後ろ向きになるぐらいだから、直接対峙すれば武器すら抜けない事もあり得た。


 だから大神と敵対するなら、遅かれ早かれ、ユミルの絶対命令を受け入れる必要がある。

 だが正直な所、何をされるかと緊張する気持ちの方が強い。何を言われても実行せざるを得ない、というのは心理的に拒否感が生まれるものだ。

 これが仮にアヴェリンだったら安心だったのだが――。


 思慮に耽っている間にも、ユミルたち二人の言い争いは続く。

 ミレイユもまだ考えていたいし、その諍いで時間を稼ぐにはもってこいだった。

 自身の決意を固める為にも、しばらくの間、放置して思考の海へ没頭した。

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