決意と表明 その6

「アンタが決意と覚悟を決めたって言うんなら、それは大変喜ばしいわよね。ヤキモキもしたし、口悪く罵るような言葉も言ったけど……」

「そうだ、まずお前はそれを謝罪しろ」


 アヴェリンが視線厳しく睨み付けるが、それをミレイユがやんわりと止める。


「いや、あれは不甲斐ない私に活を入れる為にした事だ。悪役を買って出てくれただけとも言える。ユミルを責めるな」

「いえ、あれは言いたい事を好きに言っていただけです。自ら汚れ役を買って出たなどと、アレを好意的に、また過大評価し過ぎです」

「だったとしても、今だけは大目に見ろ」

「ハ……、その様に」


 ミレイユが少し厳し目に言えば素直に応じたが、その鋭い視線までは応じていない。憎々しくユミルを睨み付けながら元の姿勢に戻る反面、ユミルはどこ吹く風でニヤニヤと笑っていた。

 そこへ場を取り成すように、ルチアが声を上げる。


「正直に言って、ここに来て意志を挫くというのは、ちょっと意外でした。私はてっきり闘志を燃やすと言いますか……叛逆の意志を高めるとばかり思っていましたから」

「ミレイユ様の意外な一面という事なんですかね? 僕は強いミレイユ様しか知らないので、尚の事意外に思えたんですけど……」


 アキラもそれに乗っかって、口々に感想を言い合う。

 ミレイユの豪胆さはメッキの部分は確かにあるが、実力に裏打ちされた豪胆さでもある。実際、自分より強い相手と戦う事は珍しくなく、その壁を乗り越えてきたという自負もあった。


 しかし、それを用意された超えるべく用意された壁だと知った後では、その自信にも陰りが出た。果たしてどこまでが実力で、どこまでが運だったのか。

 自分は本当に強いのか。そこを迷った。

 だが仲間たちがそれを本物だと信じてくれる限り、ミレイユは自信を持って強いと応えられる。


 とはいえ――。

 自身の精神が鋼で出来ているとは思わないが、多くの事に無頓着だったのは確かだ。

 自信があるからというより、意識を割いていなかった、と言う方が正しい。無意識に当然と思っていた節があり、それは現世へ帰還した後も変わらなかった。


 それが神々との対決という現実を受け止めた途端、気弱で消極的な思考になった。

 今までの自信に溢れた姿も、それはそれでミレイユの真の姿だ。誰も自分に敵わない、とまでは言わないものの、間違いない強者であるという裏打ちもあった。


 神々もまた強者だ。

 世界に働きかける力しかり、その権能しかり、戦闘能力しかり。

 だが、その力は決して敵わないものでも、届かないものでもない。神々の全てが戦闘に長けている訳でもないし、司る権能故にそもそも戦闘を好まない、という神もいる。


 大神と小神という上下関係を明確にした尊称を持っているが、その実力にまで大きな差を持たない。戦う相手を選べば小神だって大神を上回るし、ミレイユ達は実際に小神の一柱を倒してもいる。

 頭から決して敵わない敵だと認識する筈もなく、戦意を挫かれる目標でもないのだ。


 その事に違和感を抱かなかった事こそが、違和感だった。

 ユミルは神妙な顔つきで顎先に手を当てたミレイユを見て、不思議そうに小首を傾げた。


「どうしたのよ、そんな顔して……」

「一つ思い至った事がある。オミカゲに聞いた事だが、この身体――神の素体には、幾つか調整されたものがあるらしい」

「……そうね? 自力でマナを生成したり、無頓着に魔術を習得できたり、他人に魔術を転写したり……。普通じゃ考えられないコトするのも、つまりそれが理由でしょ?」


 ユミルが傾げたままの頬に、指を一本当てながら言った。

 それに頷いて見せてから、話を続ける。


「そうなんだが、それだけじゃない。肉体的な能力だけでなく、精神の部分にも作用する調整が入っている。つまり、そもそもの目的が魂を器の中で熟成、昇華させ、昇神させる事が目的なんだから、気弱なままじゃ困る訳だ」

「あぁ……。アンタがそうであるように、外から来て魔物を初めて見て、それで逃げ出すようじゃ話にならないと……」

「うん。だから精神が麻痺しているというか、恐怖に対して鈍感な部分があるのだと思う。それと同時に、強敵や困難に立ち向かおうとする意志が根付いているらしい」


 ユミルが更に小首を傾げ、指の先が頬の中にめり込んでいく。


「世界を三度も救う結果になったのも、その困難や強敵に立ち向かう意志があったからって? ……アンタ、また話を混ぜっ返す気? 自分の本当の意志じゃなかった、ホントは違うって?」

「そこじゃないですよ、ユミルさん。もっと簡単な違和感があるでしょう」


 ルチアが柳眉を寄せて苦言を呈した。既にミレイユの言いたいことを理解しているルチアが、憐憫の混じった視線を向けた。


「世界を焼き尽くそうとした程の難敵、世界を闇に閉ざそうと画策した脅威、そして人類支配を目論だ小神……。それに対して臆さず進んだミレイさんが、神々への敵対に直面しただけで、あれほど萎れるなんて異常ですよ」

「あぁ……、そういうコトね。初めから困難に立ち向かえるようになっているというのなら、ここに来て神々と敵対するに対しても、同様に立ち向かう意思を見せていたって言いたいワケね……?」


 ミレイユは頷く。顔を両手で覆うように上下させ、顔を軽くマッサージしてから手を離した。


「叛逆の意思を抱かないよう、調節されていると見るべきだろう」

「なるほどねぇ……。十分有り得る話だわ。自己保身の塊みたいな神々が、その危険性を考えなかった筈がない。小神へと至った後も下剋上を考え出す輩が出ても不思議じゃなく、だから予めそういう安全装置を取り付けていたと……」

「ユミルさん、以前言ってましたよね。小神は必ず大神に負ける、と……。これってつまり、そういう事なんじゃないですか? 神々へという括りではなく、大神に叛逆できない、という」


 ユミルは首の位置を元に戻し、腕組して何度も頷く。


「そうね……。そうだわ、だからこそ小神の討伐を果たしているワケだしね。この子は……」そう言ってミレイユへ複雑な視線を向ける。「多分、予想以上の出来栄えだったんじゃないかしら。アタシが言ったコト覚えてる? 明らかに才能というだけでは、片付かない力量を持つ者が現れる、って話」

「えぇ、覚えてます」


 ミレイユはその話に覚えがなかったが、だがとりあえず続きを待った。

 話の流れから、それが素体を持つ者だと察しが付く。


「でもね、この子ほどの実力者ってのは居なかったのよ。頭一つ――いいえ、下手すると五つは抜けてるんじゃないしら」

「それは誇らしいな」


 自身の主人が他と類を見ないというのは、その誇りをくすぐるものらしいが、言いたいことは別にあるだろう。

 ユミルが白けた視線をアヴェリンに向けてから、改めてミレイユを見る。


「だから色々欲が出たんでしょうよ。本来なら忸怩たる思いをしていた輩への、始末屋として利用するコトを思い付いた。更なる高みへ昇らせるコトも出来るし、邪魔者は消えるし、めでたいコトばかりよね」

「邪魔者……。その三つ全てがそうだったとすると……」


 アヴェリンが口元に手を添えて、ボソリと呟いた。

 竜と神とは、そもそも仲が悪い。というより、竜の姿を今の蛇に酷似した姿に歪めたのは神々だから、初めから仇敵の扱いだ。しかし、たった一匹で世界に対して戦いを起こすような竜であれば、当然神にとっても脅威の相手だ。


「戦って勝てるか、勝てるとして犠牲が出るか……。そう考えたなら、とりあえず痛手にならない相手をぶつけよう、となった訳か」

「年若い個体はともかく、長く生きた竜は脅威。腕一本失おうとも討伐してやる、という熱意は、神々には持ち合わせていなかったんでしょうね」


 アヴェリンは吐き捨てるように悪態を付く。大いに顔を顰め、苛立たしげに膝を揺らした。


「では、世界を闇で覆うというのも……。これはユミルの方が詳しいな」

「……そうね。あれの目的は神々の視界から逃れる為だったから、その為に闇を欲したというのが真相よ。そこから逆劇を恐れたというのも嘘ではないでしょうけど……、目的は他にもあったかも」

「つまり……?」


 ユミルがミレイユの目を射抜く。その心情を伺うように、そしてを伺うように。


「オミカゲ様のコトを思い出してよ。アタシが眷属に迎えるコトで、絶対命令権を行使してオミカゲサマの意思を固定させたでしょ。決して枯れぬ執念を持ち続けるように、と。つまり、神の素体の精神調整すら打ち抜くのよ」

「あぁ……」


 得心の息を吐くと共に、ミレイユは乱暴に自分の頭を掻き乱す。

 その調整を振り払えないと分かっていても、そうせざるを得なかった。


「そんなの邪魔でしかないじゃない。今まで黙っていたのは、そもそも最後まで生き残った我が一族が、それなりに脅威だったコト、下手に差し向けて命令権を取られたら困るから。それが理由じゃない? 一族が隠れていたのも勿論その一つでしょうけど、でも積極的ではなかった。……小神すら近寄って来なかったのも、同じ理由かしらね」

「だが、始末屋として使える程の、未完成品がここにいた訳だ。小神を失うのは惜しい、だが素体ならば替えが利くと」

「そうね、遂には小神すら下す程に昇華した、アンタがね。――そして人類支配を目論んだ小神っていうのも、ここまで来ると……」

「大神にとって叛逆に近い何かを……最低でも不利益をもたらす何かをする、と判断されたから、適当な理由をでっち上げて処分を決めた訳か。そもそも人の世は神の箱庭だ、既に支配しているとも言える」

「……だと思うわ。小神なら自らでも手を下せるんでしょうけど、でもそれでより良い素体が出来上がるなら、試してみたいと思うものじゃないの? いざとなれば小神相手なら介入しやすいんでしょうし……」


 アヴェリンが唸りを上げて腕を組んだ。

 強敵と戦えるのなら文句はない、という意識が強い彼女だが、流石にこれは腹に据えかねたらしい。自身だけのみならばともかく、それがミレイユを利用するものでしかなかったと理解して、苛立ちを露わにしている。


「それら全ては大神にとって厄介者で……つまり、私達にとっては味方になり得た者たちだった訳か」

「今更言っても仕方ないですが……、惜しいですね。それにユミルさんも、もっと詳しく言ってくれれば……。いえ、責めるつもりはないんです、ただ……」

「分かってるわよ。でもね、父はそれを理解して選んだの。一族の滅亡は最早避けられない――計られたのよ、都合の良い餌をぶら下げられ、それに食い付いたヤツがいた。有能な始末屋も見つかったのも理由でしょうね」


 遣る瀬無い思いでミレイユは息を吐く。

 個人的にユミル自身から話は聞いていたし、その気持ちの整理もついていると知っているが、しかし改めて神の思惑を知ってから聞くと、また胸に迫る思いがする。


「……ここまで全て狙いどおりか? あらゆる筋道が神の掌の上か? 私達は結局、良いように転がされていただけだったのか?」


 ミレイユは改めて胸が重くなるのを感じた。

 決意を胸に秘めた筈だった。だが結局、全ては掌の上、何も出来ないのだと悟らされただけだ。

 眉間に皺を大きく刻み、万感の思いで溜め息を吐いた。

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