決意と表明 その3
「おはようございます、皆さん。そして、ミレイユ様」
「……あぁ、おはよう」
遅れてやって来たアキラは恐縮した様子で頭を下げ、それから朝の挨拶を交わした。
この場にいる事に納得していないミレイユからすれば、随分と素っ気ない挨拶となってしまったが、それも否めない。
アキラの朝食もルチアがよそったところで、やはり肉の量が全く足りない事に気付いたらしい。自分の分を確保する意味でも肉を切り分け、鍋に投入していく。
細かく、そして薄くスライスした肉はすぐに色付き、とろみが増したように見えるスープと共に器へ盛って、ようやく自分も食べられるようになった。
はふはふ、と口から湯気を出しながら満足気に頷くところを見るに、自分でも納得できる料理であるようだ。
それを視界の端に収めながら、ミレイユも食事を続ける。
各自それぞれ二度程おかわりをして鍋も空になり、再びお茶を沸かして全員に行き渡ったところで、全員の視線がミレイユに集中した。
食事中も雑談程度の会話はあったが、どれも他愛ないもので、料理の味であったりとか、森の様子であったりと、どれも当たり障りのない内容だった。
この時の為に、あえて話題に乗せなかったとも言える。
話し合う内容は大きく分けて二つ。
これからの行動方針と、アキラの処遇についてだ。
どちらも気が重くなるような内容だが、面倒事は後回しにして、まずアキラの事を決めてしまおうと思った。
ミレイユはお茶に一口含んで、舌に残った料理の後味を洗い流すように飲み込むと、その双眸をひたりと向ける。
向けられた当のアキラは背筋を伸ばし、表情を引き締めて見返して来た。ここが自分の正念場だと、本人も理解しているようだ。
ミレイユはもう一度お茶に口を付けてから問いかけた。
「……それで、どういうつもりだ?」
――
アキラから熱弁という程の言葉はなく、ただ傍に置いて欲しい、という簡潔な主張のみがあった。非力な身でもお役に立ってみせます、という熱意は買うが、それだけでは如何にも弱い。
アキラを無価値と断じるのではなく、むしろ見捨てたくないという気持ちがあるからこそ、同行を認めるには難色を示した。
最低限、自らの身を守る力量がある事は認めるものの、それは野生に生きる魔獣や魔物に対してであり、それも十全とは言い難い。
ミレイユ達と相対する敵ともなれば、戦える能力はないと断じるべきだろう。
本人にもその自覚はあるようだが、それでも同行を願う気持ちは強いようだった。
その熱意は理解出来ないでもない。
こうして先の見えない孔へ、自ら飛び込んだ事からも、それが窺える。
だが、それだけで到底認められるものでもなかった。
やはりどこか大きな街で、職を見つけてやるのが妥当な落とし所か、と思っていたところに、ユミルからの援護が入った。
それはミレイユとしても幾らか納得のいく内容で、ループを断ち切る為の一方策として用意しても良いか、と一考に値できる程だった。
――恐らく。
幾度も行われてきた千年の繰り返しには、彼女ら三人の献身は間違いなくあっただろう。だが、その三人の手助けだけで突破できていないのは、同様に間違いない事実でもあるのだ。
ならば、そこから抜け出す方法は、それまで無かったと思える要素を加えるべき、という提案は妥当なものに思えた。
しかし、これで解決できるほど簡単なものではないだろう。
結果としてアキラの存在が、何もかも足を引っ張る事態を招くかもしれない。だが挑戦を恐れていては、失敗を待つばかりなのも確かな事だろう。
ミレイユはアキラから視線を外さず話を聞いていたが、二人から話を聞き終わるなり、盛大に息を吐いて片手で髪を掻き上げる。
アヴェリンやルチアの表情を見ても、同行そのものを不服と思っていないようだ。
最低限――本当に最低限の自衛能力を認めた上で、同行するだけは許し、いざと言う時は切り捨てれば良い、と考えている。
いっそ無慈悲と思える程だが、彼女らの優先順位として、そもそも人命は高い位置にない。そこにミレイユが絡むなら、面倒を見た相手であっても冷徹になれる。
敵ならば容赦も慈悲も与えない。
それはミレイユも同様だが、一度身内として認めた相手だ。アヴェリンの弟子と認めたところでもある。だが本当に思いやるなら、死ぬ可能性が高い旅に同行させるのは優しさとは言えない気がした。
「まぁ……、お前の気持ちは分かった。ユミルの意見も分かる。以前観覧車で聞いた、お前の倫理観から殺人を厭う気持ちも引っ掛かるが……。既にこの地を踏んでいるなら、今更言っても仕方ない。だがな……」
「……っ、だめ、ですか……」
一瞬、アキラの顔に歓喜の表情が上がったが、すぐに消沈して眉根が下がる。
「十中八九、お前は死ぬ。むしろ私が断る本当の理由は、こちらの方だ。同行を許すというのは、お前の自殺同意書にサインするに等しい」
「そんな……事は」
「私を思って追って来た、それには礼を言おう。だが、お前の自殺に私の許しを求めるな」
「あー……。そういう風になっちゃうのねぇ」
ユミルは困ったような顔をして、ミレイユとアキラの顔を交互に見つめる。
そして鼻の頭を掻くと、苦り切った表情をミレイユに向けた。
「同行は自殺に等しい。……確かにそうかもね。だから同行を許可する事は、その死の責任を担うコトになると。……でもね、そこまで責任感じる必要ある? 好きで付いてくるだけの話でしょ?」
「全て自己責任、それも確かだ。誰が責めるでもない。援護する発言をしたユミルは元よりアヴェリンも、アキラもまた、その死の責任を私に求める事はしないだろう」
「はい、勿論です。僕が自分で、自分の為にミレイユ様の助けになりたいと思っているだけです。それで結局死んでしまっても、どうしてミレイユ様を責められますか」
「――だが、私の気持ちはどうなる」
その一言で、アキラの息が止まる。思いもしない返答に、二の句が告げなくなったのは、その表情から分かった。
「私が、勝手に望んで勝手に死んだだけの知人、としか思わないと言うのか? その死を悼み、その死を嘆くとは考えられないのか?」
「そんな……」
「路傍の石に気を付ける事などしない。私も必要なら幾らでも無慈悲になれるが、浅い付き合いでもない相手に、無頓着にも無慈悲にもなれない。お前は自分の死を軽く扱うが、それを悲しむ相手がいるとは考えないのか?」
「そんな事……」
アキラの表情は驚愕に染まっている。
まさか自分が大事にされるような発言が飛び出るとは、夢にも思っていなかったようだ。自分は弱いから、弱いから無価値だと、気に掛けられる程の価値はないと思っている。
捨て石にされようと、その身がミレイユを護れたら本望とでも思っているのかもしれないが、護られた方にも自責の念は生まれるものだ。
それが人命と引き換えにされたものなら尚の事で、よくやったと褒めると同時に、必ず嘆く。
アキラとの付き合いも長くなった。ならば良かろう、好きに果てろ、と言い捨てる事は出来ない。それはアヴェリン達と同列に扱う程ではないし、一等も二等も下るにしろ、だからと何も感じない程その扱いは軽いものでもなかった。
刺すような視線を感じて顔を向ければ、そこにはユミルを始め、アヴェリンもまた、ミレイユの発言を意外に思って驚いている。
アキラほど驚愕に染まった顔ではないにしろ、誰もが表情を難しく歪めていた。
ユミルが一つ息を吐いて、苦いものを飲み込むようにお茶を飲み込む。
「……ま、そういうコトなら仕方ないかしらね。アタシは道具としか見てなかった。役立つ期待を優先させたけど、アンタは人としての生を優先させたのね」
「我儘だとは理解してる。お前の言うとおり、冷徹に使えるものは全て使う、それぐらいの気持ちで挑むべきなんだろうさ。でも……」
「分かっております」
言葉を遮ったアヴェリンが感動の
「アキラの心意気を無碍になるのは思う所があるものの、しかしその気高き精神が、今まで多くの偉業を為して来ました。誰憚る事なく、お好きにすると宜しいのです」
「……ですね。いつだって好きにやって、そして成果を上げてきたんじゃないですか。この選択が正しいのか、分からず進むのもいつもの事。だったらきっと、これで上手く行くんじゃないですか?」
ルチアからも援護する声が掛かって、それでミレイユはアキラに顔を戻す。
「お前の決意を無碍にしたようで済まないが、それが私の本心だ。悪いが受け入れてくれ」
「いえ、そんな……! むしろ感動してます、そのように言ってくれて……!」
「本来なら家に帰してやる、と約束してやりたいぐらいだったが……。それも適いそうにない、許せよ」
「いえ、大丈夫です。帰れるかどうかなんて考えず突入しましたけど、でも考えなしに突っ込んだ僕が悪いんです。それこそ自己責任ってやつです」
頬を紅潮させて言う視線には熱意以外にも、別の感情が混ざっているように感じたが、努めてそれは無視する。結局、ミレイユには命の安全を保障できないし、大きな街で暮らしたからと安定した生活を約束できるものでもない。
治安もインフラも、あらゆるものが現代日本と劣った世界で、アキラは大変な苦労を背負いながら生きていく事になる。
仮に安定した収入や、あるいは高額な報酬を得られる仕事をこなしたとしても、やはり利便性という贅沢はそこにはない。
生活する程に実感するだろう。日本で暮らした生活の違いと、慣れる程に比較してしまう劣悪な環境に。
ユミルがそんなアキラの頭をポンポンと叩きながら言う。
「ま、あそこまで言われたら諦めるしかないでしょうよ。言われたアンタだって本望でしょ?」
「いえ、まぁ、はい……。正直、雑兵Aとしか見られていないだろうなぁ、と思っていたので……」
「アタシは割りと今でも、そう思ってるけど」
酷い、などと泣き笑いの表情になったりと、アキラの表情は忙しない。
だがそれも、己の決意を無下ではないにしろ断られた事への裏返しなのかもしれない。明るく振る舞っていないと、きっと悲哀が溢れてくるのだろうし、そうでなくとも後で隠れて泣くのだろう。
ミレイユはそれに改めて心中で謝罪すると、次の議題に気持ちを切り替える。
そして、それこそが考える事すら億劫な難題だった。
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