孔を抜けた先は その12
薪の扱いについて、それから幾つか解説と講義を受けて、話題も一区切り付いた時の事だった。
先程、話題に上がっていた、一つ気になる事を聞いてみようと思い立った。
「……あの、一ついいですか?」
「何よ、改まって」
「さっき、追ってくる勢力がいるかもって話でしたけど、それって具体的に思い当たる相手とかいるんですか? ……逆に味方になってくれる人達はいないんでしょうか?」
「そりゃ、いるわよ」
ユミルがあっさりと頷いて、アキラは拍子抜けしてしまった。
いや、と思い直す。誰が来るかは運頼りになるし、そもそも敵も多そうなミレイユだ。ユミルが言っていたように、最大戦力とリーダーを失った状態で接敵されるのは避けたい事態だろう。
「安全策を取ったというよりも、あの状態だとまず敵しか来ないだろう、という予想が立つから移動したのよ」
「味方は遠くにしかいない、と分かってたんですか?」
「そうじゃなくて」
ユミルは一言前置きすると、小さく息を吐いてから続きを話す。努めて冷静な態度を、心がけようとするような態度だった。
「直前に何があったか考えてご覧なさいな。手ぐすね引いて待っていた奴らがいるのよ。どこに出現したか判明すれば、即座に手先を送り込むくらいするでしょうよ」
「つまり、その……ミレイユ様を狙う神々が、という事ですか」
「そう、簡単にやられるつもりもないけどね。でも、完全に気絶したあの子を護りながらっていうのは、結構なハンデだし……。まぁ、逃げの一手を打つわよね」
神妙な顔つきで言うユミルに、アキラも神妙になって腕を組みつつ頷いた。
ユミル達から実情を聞いたとはいえ、あまりに規模も大きく壮大過ぎて、その渦中にあるという実感がいまいち湧かない。
だが、思い返してみれば、あの鬼の氾濫が起きる切っ掛けとなったのは、一人の魔術士の出現だった。あのような敵が複数出現するかもと考えたら、確かに追い払うよりまず逃げた方が賢いように思う。
「あのエルゲルンのような敵が現れたら……」
「誰だっけ、それ?」
「奥宮に侵入して来た青髪の男ですよ! あいつには相当、苦戦させられたんですけどね……」
「……あぁ、完全に忘れてたわ。大した相手でもなかったし」
「そりゃユミルさん達にとっては、そうでしょうが……」
挑発を繰り返し、煮え湯を飲まされた相手を、そう簡単に忘れる事など出来ない。
実力伯仲という相手ではなく、最初から格上に遊ばれていただけに過ぎなかったが、常に攻撃が届くと思わされ、まるで沼に誘い込まれるような戦い方をする相手だった。
その時、エルゲルンが言っていた事を思い出す。
――神っぽいやつを捜してる。
――ようやくお目に掛かれたな、シンジンよ。
奥宮に出現し、神っぽいやつ、という発言からオミカゲ様を狙う賊だと思っていたが、つまり最初からミレイユが狙いだった訳か。
神っぽいの方は何となく分かるが、シンジンというのは分からない。どういう意味かと聞いてみたが、それはユミルも知らない単語のようだった。
「……さぁね。神と人の間、だからシンジンと言うのかも。小神へと昇華する、その寸前まで鍛えられた相手のコトを指すとかね。神でも人でもない、と言っても意味は通りそうだし、呼び名についてはどうでも良いわね」
「それは……そうですね、はい」
「むしろ問題は、今もこの世に、その神人が他にいるかどうかよ。邪魔者を消し去るのに、都合の良い相手として差し向けてくる可能性がある。――アタシにあの子を、ぶつけて来たみたいにね」
アキラは思わず口元を覆う。
神人とは神の素体を与えられ、他世界から拉致した魂を詰め込んだ存在だとするなら。神からすれば、その魂を熟成だか成長だかさせる為の器ぐらいにしか考えておらず、素体に入れる人格など考慮に入れていないだろう。
どういう理由と目的かは予想しか出来ていない状態だが、とにかく電池のような消耗品のように思っている節があるようだ。小神が複数いるのは、備蓄を用意しているようなもので、消費する事が前提だからこそ、その人格を考慮しない。
いつだったか、神は
「いつだったか、人に害を為す神様っていうのは……」
「制裁的に命を奪う方は大神ね、確かに。人や村、国を滅ぼすには、必ず神の倫理や規範に則った理由がある。対して小神にはそれがない。気に食わない相手、馬鹿にされたから、子供の癇癪のような理由で人に害を為す」
「そんな事、許されるんですか……?」
「許されてるのよね。全人類を滅ぼすつもりなら、そりゃあ他の大神から制止が入るんでしょうけど。小村程度、幾ら気分で滅ぼしたって、それが神というもの、という一言で片付けられるわよ」
そう言ってから、ユミルは一度言葉を切り、小首を傾げてから続けた。
「失う命が多すぎなければ、人間に対して良い脅しになってるとでも思ってるのかしら。だから、大神からすれば、従順に信仰を向けられるなら、良い取引くらいに思ってるのかもね。――あぁ、小神はいずれ奪う命だから、今は好きにさせてやる、ってつもりなのかもしれないけど」
アキラは唖然として二の句を告げない。
それではまるで、神々にとっては世界の存続以上に大事な事はないように思う。実在する神なら、全ての命に平等で博愛を説くべし、とまで言わないが、しかし守護する存在であって欲しいという思いがある。
アキラたち日本人にはオミカゲ様がいた。
この世界に神がいるなら、同様に民を慈しむ神がいるものだと、そう思っていた。だが実際は、そうではないのだ。
「実利主義とでも言うんでしょうか……。いつか言ってましたね、神が信仰を受け取って、それを力に変えていると」
「そうね。そして、その力を高めるモノだとも言ったわ。ここまでで十分、それ以上は必要ないと考えるものでもないとね」
「それってつまり……」
ユミルはつまらなそうに鼻を鳴らした。
焚火の明かりが表情の陰影に暗い影を落とす。時より揺らめく明かりのせいで、その表情が凄惨なものになったように見えたが、果たしてそれは、火影の所為ばかりだろうか。
「奴らは下剋上を恐れてる。同時に、同士討ちにも敏感よ。互いが互いを牽制し、そして小神を確実に仕留める時だけは協力する。信者の取り合いも良く起こるし、健全な仲というワケでもない。……そうね、色々と歪なのよ」
「僕がこの世界でやって行けないって言ったのは……」
「神が殺人を許可し、扇動するコトもある世界よ。命の値段が安くなって当然でしょ? 信者同士の殺し合いなんて珍しくないし、アタシ達が命狙われるコトだってあるでしょうね。刺客を差し向けられたら、殺してやるまで止まらない。その相手は神の啓示を受けたんだから、説得なんか受け入れないわよ」
アキラは苦り切った顔で俯いた。
もし……、アキラの夢枕にオミカゲ様が立ったとして、そこで丁寧に誰かの殺人を頼まれたら――。
あるいは、その殺人の正当性を説かれた上で頼まれたら――。
もしかしたら、アキラも刀を抜いてしまうかもしれない。それが正しいと信じて、神の怨敵ならば致し方なし、と。
「アタシは神人だと確信できるヤツなんて見たコトないけど、確かにヒトにしては明らかに強い、っていうヤツは現れるのよ。その実力は様々だし、でも単に才能の問題で片付けられない様なヤツが出て来る」
「ミレイユ様も、その一人だと……」
「そうね、あれ程の強さは例外だと思うけど。何しろ強いだけじゃなく、やたらと多彩でしょ?」
そのように同意を求められても、ミレイユが出来るとされる事は聞いた事があっても、見る機会には恵まれなかった。剣士として一流でありつつ、魔術士としても一流であると知っているぐらいだ。
「僕は言うほど、ミレイユ様の実力を見た事がないので、よく分かりませんけど……」
「……そういえば、そうかもね。でもまぁ、何となく分かるでしょ」
「ですね、何となくは……」
アキラが頷くと、ユミルは凄惨な顔つきに渋面を浮かべて続ける。
「素体だって簡単には用意できない物だと思いたいけど、でも手駒で無理なら神人の起用も考えそうなものなのよね」
「でもそれって、本末転倒じゃないですか? 神人を欲するのは、あくまで確保して利用する事にある筈じゃないですか。それなのに、共倒れするかもしれない手なんて選びますかね?」
「……それもそう、かしら? あの子より優れていないと止められないでしょうけど、それほど優秀なら、初めから新たに作った神人を小神へ昇華させてしまった方が良い……気がするわね」
突発的に口から出た事とはいえ、それは的を得ている気がした。
ミレイユが他の素体より優秀で、だから逃した先から取り戻そうとしたというのなら、ミレイユを確保するには、彼女以上に優秀な駒が必要になる。
最低でも、その抵抗を潜り抜け捕獲できるだけの実力は必須だ。
だが逆説的に、それだけ優秀な神人を造れたというなら、もうミレイユに固執する必要がない。むしろ高い実力者同士の戦いは、互いの死亡というリスクすら孕む。
その程度のリスクを、勘案しない筈もなかった。
「ふぅん? 十分に有り得るわね。でも、だったらどう確保するつもりなのかしら。神が直接出向く訳でもなく、アタシ達四人を無力化出来ると思っているなら笑い草なんだけど」
「出向く事は有り得ないんですか?」
ユミルがそれほど自信満々に言うのなら、やはり簡単な事ではないのだろう。
だが、出向かないまでも取り得る作戦は幾らでもありそうなものだ。実際、奥宮ではそれ故に逃げ出さねばならなくなった。
「実力だけ言えば、あの子は神と並ぶから。戦う相手を選べば神すら殺せる。リスクを考えて出向くコトだけはない――むしろこっち? それが理由で狙われるのかしら。……いや、だったら呼び戻す理由がない。世界を跨いで神となり、世界を超えられなくなるのは都合が良い筈……」
両手を胸の下で組んで、ぶつぶつと独り言を始めたユミルから視線を外す。
一人考察の世界に入ってしまって、もうアキラに構う余裕はないようだ。
アキラもまた改めて考える。
神々がミレイユを狙う理由は、未だ不透明だ。恐らくは炉として使うのだろう、という予測が立つにしろ、そこに決定的な矛盾が孕んでいるような気がしてならない。
あるいは、用意周到、二手三手先を睨んで行動するような神が相手なればこそ、アキラ達が気付かない別の理由が隠されているだけなのかもしれなかった。
もしかしたら、その狙いすらミレイユは看破しているかもしれない。
ミレイユ個人が、というより、それ以前のミレイユ――オミカゲ様も含めたミレイユ達から受け継いだ何かがあるのかも。
そのように考えていると、ユミルがアキラに顔を向けて、テントの方へと顎をシャクった。
「アンタもいい加減、もう眠ったら? 本来ならもう交代する時間よ」
「はい、そうします」
「感謝しなさいよ、見張りを一番手にしてやるなんて、最初の内だけだからね」
「……一番手が優しさ、ですか?」
「あるいは最後もね。その中間は、途中で起こされ、見張りが終わったらまた寝ないといけないから。どうしたって睡眠時間は短くなるのよ」
「あぁ、なるほど……」
それに、眠気眼で見張りをして良い筈もない。
特に自分の初動で危険や被害が大きく変わるような環境ならば尚の事で、そして見張りが終わったからと、即座に眠れる訳でもない。直前まで集中して見張りをしていたなら、やはりすぐに眠りに落ちる事は出来ないだろう。
それを思えば、確かに最初か最後は得な部分だ。
「……では、失礼します」
アキラは立ち上がって一礼する。そして幾らも歩かない内に、背後から声が掛かった。
「あの子たちと離れたところに、一つ寝袋があるから、そこで眠りなさい。不埒な真似するんじゃないわよ」
「――しませんよ!」
そんな事をすれば信用を喪うのと同時に、森の中で置いていかれるだろうし、そうでなくても彼女達は敏感に気配を察知し、目を覚まして腕の骨を折るぐらい事はしてくる。
思わず振り返って威嚇するように言えば、ユミルはからからと笑って薪を足した。
眠るのは良いとして、同じテントで寝かせてくれる温情を意外と感じた。てっきり焚火から少し離れた、テントの傍とか陰とかで眠れと言われると思っていたのだ。
しかし中に入ってみれば、そこには十分なスペースがあって、寝ている彼女達と隣り合う心配もない。六畳間ほどの広さがあるテントだからこそ許された、という理由があるのだろう。
密着する距離で眠る、というのなら、そ流石に許されず外で眠る事になっていた気がした。
アキラはテントの入口側、寝ているミレイユ達とは対角線上になるような場所にある寝袋で横になった。傍には毛布も置いてあって、非常に硬い枕を頭に乗せて横になる。
あくまで携帯品だから快適性は皆無で、背中も固く枕は反発が無くて血流が滞る気がする。
疲れているとはいえ、果たして眠れるかどうか……。
だが気付いた時には既に朝で、首を持ち上げて見ても、テントの中には誰もいなかった。
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