孔を抜けた先は その8
だが同時に、疑問にも思う。
ミレイユは神の計画の成就直前に帰還を選んだという。最初に現世へ到達したミレイユは、一度はやはり異世界へと送還され、そこでまた逃げ出したという事になる。
神の壮大な計画の割には、取り逃がす回数が多すぎる気がした。
「そこのところは、どうなんですか?」
「さぁてねぇ……。取り逃がしたからこそ、本腰を入れるようになった、とも言えるし。そもそも神が一柱で計画したものか、それとも逃したから関わる神が増えたのかも分からないし……。前半の杜撰さを考えれば、逃したコトで介入してきた神がいる、って考えた方が自然な気はするけど」
「そういえば神々と言ってましたね……。どの位の神がいるんですか?」
「大神が十二の、小神が六ね。さっき言ったとおり、神造の神が小神だから、合計十八柱いるコトになる」
アキラは唖然として口を開いた。
ミレイユが抗う予定の神々は、それ程までに数がいるのか、と呆然としてしまった。神々というくらいだから三柱か五柱くらいだと思っていたのだが、これでは文字通り桁が違った。
解決する手段が必ずしも剣を交えるだけではないにしろ、これではあまりに勝算が乏しいように思えてしまう。
一柱がミレイユと同等の力量を持っていると仮定すれば、到底勝ち目など無い。
アキラは青褪めた顔で、ユミルをまじまじと見返した。
「それ……勝算あって挑む戦いなんですか?」
「一度や二度の挑戦で勝てるものなら、とっくにループを抜け出しているでしょうし、私達がこうしているコトもなかったんじゃない? それこそ、オミカゲサマは上手くやってた方でしょ。でも、駄目だった」
「そんな……、そんなの……」
アキラが青い顔を更に青くさせて俯いたところで、アヴェリンが叱責するように言葉をぶつけてきた。
「お前のような者が烏滸がましいぞ。勝てない戦いだと知りつつ、挑むことをやめなかったミレイ様がいたからこそ今がある。――オミカゲ様は仰った。己の命一つの為ではなく、現世の滅びを回避する為に戦っているのだと。我々はその意思と共に、犠牲にした御身へ報いねばならん」
「そう……そうですね」
ミレイユは千年の時を繰り返している。
神々への叛意が根底にあるにしろ、その為に千年もの時間を使って準備し、対抗しようとする意思には素直に感服してしまう。同じ立場にあって、アキラに同じ事が出来るとは思えない。
神の素体という下地があったとして、それだけ強大な力を持っているから、だから出来るとは思えなかった。
そこへユミルが、いつものような嫌らしい笑みを浮かべて、アキラの青褪めた額を軽く叩く。パチンという、実に小気味よい音が、焚き火の音に混じって立てた。
「――いたっ!」
「あの子を差し置いて、しょぼくれた顔してんじゃないわよ。それに、神々の数は多くても、その全てが敵に回るものでもないしね」
「そうなんですか……?」
「一致団結なんて神々の間で起こるものじゃないし、端から仲が悪い間柄もいる。常に眠っているが故にこの件に関与してない神だっているし、そもそも小神には味方に着いて貰えるんじゃないかと思ってる」
「敵ばかりという訳でもないんですね……」
実数がどれだけかは不明でも、全てではない。これは大きい。
だが、味方になり得る小神というのは疑問に思えた。話を聞く限り、彼らは神造の神で、つまり大神の部下や子供のような存在だろう。その敬称にも明らかな上下関係が見えている。
味方になるより、明らかな敵対関係になりそうに思えた。
そして、同じ疑問を抱いていたのはアキラだけではないらしい。ルチアが小首を傾げて言った。
「味方になってくれる神がいるのなら実に頼もしいですけど、そう簡単にいきますかね?」
「なぜ神が神を造るのか、その真相を知れば……転がる可能性はあると思うのよね」
「あぁ、あれですか……」
ルチアが渋面の中にも納得する表情を見せたが、アヴェリンは不思議そうに眉根を寄せた。思い出せないというよりも、そもそも知らないと思っているようで、それが不快そうでもある。
誰しも隠し事の一つや二つはあるものだが、これが神造の神に――ミレイユについてなら話は別だ。
アヴェリンは二人に鋭い視線を向けると、感情を感じさせない声音で言った。
「……何の話だ」
「言うつもりもなかったし、こんな事になってから言うのも申し訳ないと思うけどさぁ……。まず、その目をやめてくれる?」
「いいから、さっさと言え」
アヴェリンが更に険しい顔つきになって、ユミルは肩を竦めて嘆息した。最初から通る要求とも思っていなかったようで、眉間を指先で掻きながら続けた。
「まぁ、大神が小神を何故造るのか、と言えば……世界の維持に必要だからって話になると思うんだけど」
「維持? 世界が存続の危機にあり、その為に小神の力を欲していると? 大神の力だけでは及ばないから、その為に神を造り出すという胡乱な方法を取って、それで維持しようとしていると?」
「協力を仰ぐために小神をこさえた、というのなら良いんだけど……そう簡単なコトじゃないワケよ」
「だったらなんだ。勿体振らずに、さっさと言え」
アヴェリンが苛立ち混じりに、視線を更に鋭くする。
ユミルは明らかに面倒くさそうに顔を顰めた。話す内容を渋るようでもあり、もしかすれば、それを聞いたアヴェリンが激昂するとでも思っているのかもしれない。
アキラとしても、嫌な予感がしている。
話を聞くに善なる存在とも取れない、神が行う造神計画。そもそも他世界から魂を拉致して行う事からも、ろくな内容でない事が窺える。
話の続きを聞くのが怖いくらいだった。
「何ていうのかしらねぇ……。つまり燃料代わりにしたいワケよ。世界を維持するのに、とても効率が良いとか、そういう理由で魂を搾取しているのね」
「搾取だと? 燃料代わり? 魂を燃やせば、世界を維持出来るとでもいうのか?」
「アタシに当たらないでよ。理屈や詳しい方法までは知らないんだから。ただ、それってすんごい昔から普遍的に行われてきたコトだし、それ自体は今更って話でもあるのよ」
そう言って、悔しがるように顔を歪めた。
「……あの子が神の素体だと確信を得られたのは旅の終わり直前だったけど、もし知ってたら旅そのものを止めていたわね」
アキラからすれば、やけに情報に通じているユミルを不審に思う。
それが事実だとして、世界の裏側へ通じるような、本来知るべきではない――知っていてはいけない情報に感じる。神そのものや、それにごく近しい存在の一握りのみが知っているべき情報で、それならユミルこそが神の眷属や何かではないかと思えるのだ。
単に長く生きているだけで知られる情報でも、知って放置される存在でもない気がする。
その不審に思う視線に気付いたのか、ユミルは皮肉げな笑みを浮かべた。
「……あら、アタシが知りすぎているのが、そんなに疑問?」
「いや、まぁ……はい。情報通というだけじゃ、ちょっと説明がつかない気がしまして」
「そうね、本来は隠すべきような内容だから、知っている存在がいるのは邪魔でしかないのよね。だから本来滅びる筈だったし、そこから逃れたとしても、やっぱり我が一族は滅びるしかなかった。そして、本来ならアタシも死んでる筈だった」
ユミルがあまりにあっさり言うものだから、アキラはぎょっとしてその顔をまじまじと見つめてしまう。そこには暗い影もなく、実にいつもどおりの表情が浮かんでいて、まるで他人事を口にしているような雰囲気があった。
「でも、この子がね……」ユミルは未だ目覚めないミレイユへと目を向ける。「話を聞いてくれたから、この命を拾った。本来なら問答無用で殺されていたと思うわ。そういう状況にあった――持っていかれた状況だったから。私からすると完全な詰みだったんだけど……神の見誤りってやつを、この子が作った」
「それで……ユミルさんは何かとミレイユ様には従うんですね」
唯我独尊を行き、何もかも好き勝手やるように見えて、本気でミレイユが嫌がる事はしない。アキラにはそれが疑問だったが、やはりミレイユへの恩義が根底にあった。
口ではどうとでも言うが、ミレイユに付き従うには、その背景に彼女が示した行動への敬意がある。それを知って、アキラも心が暖かくなった。
ユミルはアキラの表情を見ては、鼻を鳴らして顔を顰めた。
「……ま、アタシの話はいいのよ。長く生きてると知ってるコトだって、そりゃ色々よ。とにかくね、アタシがもし神の素体だって知ってたらきっと早い段階で止めてたし、燃料なんかにさせなかったわよ」
「それが分からない」
アヴェリンは剣呑な気配を隠さずに言った。
「世界の維持にはエネルギーが必要、それは良いだろうさ。それには魂が最良だとして、神である必要はあるのか? 必要だというなら幾らでも魂はあるだろうが」
「同じような質問、この子もしていた気がするけど……オミカゲサマが神から直接聞いたという内容は、樹の実を得るのに樹を切り倒すような行為、だそうよ。樹の実を燃料にしようにも、いつかは樹の実どころか樹がなくなる。だから外から持ってくるんでしょうよ」
「外から持ってくるのは百歩譲って良いとしよう。無いというなら、有る所から取ってくるだけ。飢えて滅びを受け入れるか、奪ってでも存続を選ぶかなど考えるまでもない」
アヴェリンの私見には暴論も含まれているが、そこのところはとりあえず置いておく。
いま重要なのは、その魂が単に拉致され利用されたというだけではない。神造という工程を経て利用されている、という事だ。
「魂の搾取……なるほど、それでミレイ様が日本からやって来た、というのは良いだろう。だが、その魂を消費するのではなく、神へと昇華させたのはどういう事だ? 狙いとしては分からなくもないが……」
「そうね、不確定、そして不都合な事の連続だったでしょうよ。我が一族の完全抹殺も、単に昇華への踏み台くらいに思われていて、体よく利用されたってところだと思うから。そして上手く行かずに、こうしてアタシは生き残ってるし」
「必要なのは神ではなく、むしろ神へ至れる程に磨かれた魂、という事か? その為に、多くの困難を、それと知らずに与えられていた……のか?」
理解を得る程に、アヴェリンの険しい表情が、憎々しげに歪んでいく。
それを見て、アキラは身の毛がよだつような恐ろしさを感じた。アヴェリンの握った拳からミキミキと何かが軋む音がして、風で揺れた焚き火が、より一層大きな音を立てて爆ぜる。
焚き火の明かりで下から照らされるアヴェリンの形相は、普段の彼女を知らねば逃げ出しかねない程のものだ。今にも猛々しく叫びだしそうでもあったが、ミレイユの口からうめき声のようなものが上がると、ハッとなって居住まいを正した。
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