孔を抜けた先は その7

「これ結構ややこしい話なんだけどねぇ……。まず何で私達が孔へ送り出されたのか、と言えば、オミカゲサマが失敗を悟ったから、っていう話になると思うんだけど」

「オミカゲ様が、ですか?」


 そこでオミカゲ様の名前が出る事が、まずアキラには理解できない。

 首を捻ったが、それには構わずユミルは続ける。


「オミカゲサマの目的は、こっちと合致してるから、繰り返しを阻止する一番の解決策は、孔を封じるコトだと考えてたのよね。二度と現世に孔が開かないように出来れば、それが理想的な逃げ切り勝利になってたと思うんだけど……」

「力及ばず、申し訳ないですね……」


 ルチアがしゅん、と肩を落としたのを見て、ユミルは面倒そうに手を振った。


「誰もそんなコト言ってないでしょ。時間も準備も足りなかった。更に言えば、こっちの狙いを察知されたが故に、神々だって本腰入れて来たって話らしいじゃないの。時間不足を解消するには、箱庭内に用意された時間調整を使うしか方法はなかったと思うんだけど、箱庭を頼らせるコトが保険として用意されてた以上、結局手の平の上だったってコトでしょ……」

「切羽詰まれば、それを頼りに使うだろう、と……。そして箱庭の中での動きを読める以上、我々の動きを教える手助けになっていたという訳ですか。……確かにこれは、用意周到としか言い様がありません。どこまでが狙いで、どこまでが偶然だったのか……」


 ユミルがそれに頷いて、したり顔で言った。


「全部が狙いどおりではなかったにしろ、最終的に目的を達せられるように複数の手を打って誘導する。そういうのが得意だってのが分かるでしょ。だから、絶対に神の手先ではない、と確約されているアキラは、頼りに出来なくても頼みに出来る場面はあるのかも、って思うワケ」

「なるほど……。ある意味で便利使いの出来る駒、それが手元に有るかどうかは、確かに重要であるかもしれません」


 ユミルの意見にはルチアも一定の価値を見出したようだ。

 先程よりも納得の色合いが濃い視線で、アキラを見つめてくる。戦力的な価値を期待されていない以上、何か役立てる事があるなら、それこそ願ってもない事だった。

 アキラは食い入るようにルチアの目を見返し、何度も首を縦に振る。


「きっとお役に立ちますよ、それが無理な願いじゃなければ……!」

「……熱意は買いますよ、熱意は」

「結局はこの子次第で決まるから、そこはまぁ、後にするとして……」


 言いながら、ユミルはミレイユへと顔を向け、そして改めてアキラを見た。


「逃げ切り勝利は達成できず、また現世で追い詰められる状況になったから、やっぱり逃げるしか無くなったんだけど……」

「やっぱり?」

「初めからそういう理由で現世に留まっていたからね。オミカゲサマの説得で、アタシ達は元より世界を渡る予定だったから」

「ええ、はい……。そういう話は観覧車でされましたよね」

「――で、何で世界を渡る必要があるのかと言えば、現世にいる限り手出しを止めるコトが出来ないから。仮に孔を封じる結界が成功していても、十年後でも百年後でも、再び孔が開く可能性だってある。現世にいる限り……神々の意思を変えられない限り、本当の意味でループは終わらないと考えるコトも出来るわ」


 ユミルが神妙に言って、アヴェリン達にも沈黙が落ちる。

 難しい表情で考え事をしているが、やはりアキラには理解できなかった。それがどうして、時の繰り返しループという話が出て来るのだろう。


「やっぱり話がサッパリ見えないんですけど……。オミカゲ様とミレイユ様、それとループがどう関係するんです?」

「ああ、そこを知らないと意味不明よね。この子とオミカゲサマは、同一人物なのよ」

「――は!?」


 アキラは目を剥いてユミルの顔を見返す。

 そこには虚偽を言っているようにも、いつものように騙して遊ぼうという嗜虐的な笑みも浮かんでいない。当然の事を口にしているようであり、そしてアヴェリンやルチアを見ても、同意するように頷きが返って来るだけだった。


 初めてミレイユを目にした時、あまりにオミカゲ様そっくりで仰天した覚えがある。

 それこそ同一人物だと思い、その場で平伏した程だった。だが、日本史に於いてオミカゲ様は、千年かそれ以上前から日本国へ顕現された神として知られているから、それではミレイユと繋がらない。


 顔が似ている、神威を発せられるのは、単に親子神であるというだけで十分説明がつくように思えた。むしろ、そちらの方が理が通っているだろう。


「いや、それは有り得ないんじゃないですか? オミカゲ様は千年前からいらっしゃるんですよ?」

「そう、だからこの子が、こっちで神々を阻止しようとして失敗して、千年前の日本国へと逃げるコトでループが始まる。そうして人の世を支え、鬼に対抗しながらその手から逃れ続け、そうして再びやって来るミレイユを、神々を阻止するよう送り出す。そういう流れが出来ているのよ」

「再びやって来るミレイユ、というのは……?」


 ただでさえ理解不能なところに、やはり理解の難しい状況を差し込まれ、アキラは混乱の極みに陥った。そもそも時空間移動に関しては色々矛盾を孕む問題で、おいそれと実現できないと思っている。

 だからその様に聞いてみたのだが、これにはユミルも渋面を浮かべた。


「まぁ……、この辺はオミカゲサマの言い分を信じるしかない、検証できない部分なんだけど。要はループの基点となる以前に飛ぶと、世界は矛盾を回避する為に別宇宙が作られるのではないか、そういう話だったわね」

「多元宇宙論、ですか」

「アタシはその辺詳しくないけど……。ミレイユの視点として現世に帰還した時点がその基点で、ループしても必ずミレイユの帰還は起きるみたいね。宇宙を板に見立てて、その上に重ねていくようなもの、と言ってたかしら。ループするコトで作られた、その一番上の宇宙に起点ミレイユが帰って来ると。……そもそもの破綻を防ぐようになっているとも言ってたかしら?」


 アキラも他の皆と同様、渋面を浮かべて唸り声を上げた。

 そんな事が本当に有り得るのか、という問題は、今は棚上げしておこう。ユミルが言っていたように、検証して確かめられる事ではない。


 確かな事は、それをミレイユもオミカゲ様も納得した上で飲み込み、そしてそれを前提に動いているという事だ。

 そうである以上、タイムトラベルについて詳しい事を知らないアキラが口を挟んでも仕方がない。今は理屈の事より、そういうものだと納得して話を進めるしかなかった。


「オミカゲ様が、ミレイユ様……。じゃあ僕が――僕らが知るオミカゲ様は、ミレイユ様が神々へ挑戦して、でも失敗して千年前に帰還する事で生まれる存在、という事ですか?」

「そうらしいわね。本人の口から聞いた限りだと」

「オミカゲ様は……、神様じゃなかった?」


 アキラが僅かな失望と共に口にすると、ユミルはそれをやんわりと否定した。


「それは違うわ。オミカゲサマっていうのは、間違いなく神ではあるのよ。ただ、その在り様が特殊なだけ。人の身――というと語弊があるけど、とにかく人から神へと昇華した存在で、間違いなく神としての権能も有している」

「……そう、なんですか」


 アキラがあからさまにホッとした笑みを浮かべると、冷めた表情を見せてユミルは続ける。


「現金なヤツね……。ま、神じゃなければ説明つかないコトは沢山あるけど、一番分かり易いのは空飛んでたコトでしょ。自由に飛べる権利は神にしかないからね。それにまぁ、マナ関連を持ち出せば幾らでも説明できるし」

「ははぁ、なるほど……」

「まぁつまり、その『神になる』っていうのが発端よねぇ……。神々が、その素体を用意して、そこに手当たり次第に魂を入れたのが始まり、とも言えるのかしら」


 やはり専門的な話に思えて、アキラは首を傾げる。

 神の素体という単語だけ見れば、まるでホムンクルスのように人体を用意して、そこへ人工的――神工的に魂を嵌め込んで作ったように思える。

 だが、もしかすると――。

 アキラは自身の想像を疑いながらユミルの目を見つめると、得心して頷く。


「そう、神造の神――小神って呼ばれる存在が、そのオミカゲサマなのよ。そして、その素体としてまだ神になっていない状態が、この子ってワケよね」

「そもそもが人間じゃない……?」

「本人だけは人間だと思ってるみたいだけどね……でも、そう。どのような魂でも良いらしいワケでもないし、失敗も多かったらしいけど。他世界から魂を拉致して、それを埋め込んで成長させて昇華させ、そうして昇神させるのが神々の計画みたいね」

「計画……でも、そうするとミレイユ様は、オミカゲ様として神様になった訳じゃないですか。それなら神々の計画は成功したって事ですか?」


 理屈の上ではそうなる筈だ。

 どういう意図があってそのような計画を練り、なぜ他世界から魂を拉致する、という要素を盛り込んだのかは知らない。だが、神を作るという成果は得られた筈だ。

 神が神を造るというのは不思議に思えるし、子作りして増やすものじゃないのか、という疑問は浮かぶが、そうしない以上は、造る方が早いとか理に適うなどの理由があるのだろう。


「あー……、そうじゃないのよ。神々が欲したのは、あくまで自分の膝下で働く神なワケで、他世界に神を逃しても良しとは思わなかったの。だから、ああして孔を開けて奪取しようとしていた」

「鬼が出ていた理由は、それが真相だったんですか……!?」

「……そういえば、オミカゲサマはどういう理由で鬼と戦わせていたのよ」

「オミカゲ様が仰った事かどうかは知りませんが、鬼は人を襲う、それから護るのが使命、そういう感じですかね」

「……まるっきり嘘ってワケでもないわね。襲うには襲うんでしょうし……」


 ユミルは腕を組んで首を傾げ、それから難しそうに顔を歪めた。


「でもハッキリ言うと、尻拭いでしかないって感じかしら。帰還してから神へ至り、そしていずれ来るミレイユの為に、その崩壊を防ぎつつ次へ託そうと足掻いていた」

「崩壊、ですか……。それって――」

「アンタもその場に居たでしょ? 魔物がわんさと出てきて、最後には神造兵器まで持ち出して来たアレ。オミカゲサマの目的は、次のミレイユに解決を託すのと同時に、世界の終焉を防ぐコトだった」

「確かに、あの鬼の数と最後の巨大なアレは……」

「オミカゲ様となったミレイユは、かつて実際にその終わりの世界を見たらしいわ。自らが再び送り返される前にね。だから、それを未然に防ぐだけの準備も進めていた。結果は……」


 ユミルはそれ以上何も言わなかった。ただ溜め息を落として、悔しげに顔を歪めている。

 アキラにしても衝撃的な事実の羅列で頭がパンクしそうだった。本当にその全てを信じても良いのか、という気持ちにもなってくる。

 そう思えてしまう程、今聞いた話は荒唐無稽と言っても良いような内容だった。


 だが、アヴェリン達の様子も見てみれば、そこに茶化すような雰囲気や、逆に茶化せるような表情を浮かべていない。

 アヴェリン達はそれを事実として認識し、そして忸怩たる思いを抱えている。

 アキラもまた、今の話を受け入れざるを得なかった。

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