決戦の舞台 その11

 ミレイユの考えが傾き始めた時だだった。

 今も立ち上がろうと結界を背中で押している『地均し』が、その目玉のようなレンズをこちらへ向ける。何か不吉なものを感じた、次の瞬間。


 カッと一瞬の閃光と共に、何らかのエネルギーが放出された。

 ミレイユが身構えるよりも前に、オミカゲ様が庇うように前に出て、そして防御壁を張って攻撃を防いだ。


「ぐぅぅ……!?」


 ズガァァン、とまるで鉄同士を打ち付けたような重撃音が鳴り響く。

 その熱量と光量、そして衝撃は凄まじく、ミレイユであっても思わず体勢を崩してしまいそうになる程だった。オミカゲ様が歯を食いしばって防いでいるが、そのレーザービームのような光線は防壁に阻まれては、昼と見紛う眩い光を放っている。


「待ってろ、今……ッ!」

「いい、そなたは……!!」


 ミレイユが咄嗟に制御を始めようとした時、必死の形相でオミカゲ様が止めた。そうしている間に他の隊士がオミカゲ様の前に展開し、次々と防壁を築いていく。

 しかしそれは、築いた瞬間熱したナイフを当てられたバターのように崩れてしまう。

 オミカゲ様の防壁の威力が分かろうというものだが、そこへ更に更にと人を増やす事で、なんとか塞ぎ止める事が出来るようになった。

 そこへ更にルチアが加わる事で、今の状態を維持している。


 彼女ら隊士達も必死の形相だ。

 この場にいる全員、駆け付けた御由緒家を含めてようやく止められるようになったものの、それは溶けて消えた瞬間、また貼り直すという力技を何重にも渡って行っているからに過ぎない。

 このような方法では、あっという間に理力が底をつく。


 オミカゲ様自身も防壁を張り続けつつ、しかし余裕は取り戻したようで、顔を向けて片手も向けてきた。


「最早、議論の余地はない。これから、そなたらを送る」

「だが、どうやって……?」

「結界内に孔さえあればな……、それを利用し孔を作ってやれるのよ。既に孔の空いた空間に、それを一つ増やす位は造作もない。この世の神として、孔に干渉して行き先を変える事も出来る」

「行き先……?」

「奴らが作った孔の、同じ行き先では拙かろうよ。着いた先が神の作った牢獄でも良いと?」


 言われて確かに、と納得する。

 神の目的がミレイユの奪取である以上、孔を潜らせれば任務完了とはならない。奪取した後の目的も当然あって、その為にミレイユの身柄を野放しにするとは思えなかった。

 それこそ辿り着いた先が、出口のない密室であっても驚かない。


「だが心せよ、細かな場所を指定までは出来ぬでな……。とりあえず――カハッ!?」


 オミカゲ様が何かを言い掛けようとして突然吐血をし、それがミレイユの顔に掛かった。見てみれば、『地均し』が放つレーザーは消えていて、代わりに細かい線のような光線を幾条にも放っていた。

 激しい光も音もないから分からなかったが、それが湾曲して防壁を回避し、それがオミカゲ様の胸を貫通した、という事らしい。


「おい、大丈夫なのか!?」

「この程度では、何ともならぬ……ゴホッ!」


 また一つ吐血をしたが、その片手には治癒術の制御を示す光が灯っていた。

 それを胸に押し当てながら、もう片方の手で別の制御を始める。翳した手の向こうでは、怪しげな光と共に、今では見慣れた孔が出現した。

 人が一人通るには十分な大きさで、全員が同時に入ろうとしても大丈夫そうに思える。


 孔の向こうは暗く何も見えないが、その遥か先に針の穴程の光が見えていた。

 ルチアが防御壁を維持させつつ、ミレイユの傍へとやって来る。


「話していた内容までは分かりませんでしたけど、これに入れって事なんですか?」

「そうらしい。オミカゲの奴は、次に託す事を選んだ」

「この土壇場で送還、ね……。今の状況を見れば宜なるかなって感じだけど……。そうね、それも一つの手かもしれないわ」


 ユミルは納得しているようには見えなかったが、同時に仕方ないとも思ってもいるようだった。

 アヴェリンは黙して語らず、ただミレイユの決定に従うつもりでいるようだ。


 だが、この状況にあっても、ミレイユは踏ん切りが付かない。

 まだ何かやれる筈だろう、と訴えたかった。損切りするなら早い方が良いという判断なのかもしれないし、それなら今が最後のチャンスなのかもしれない。


 ――だが。

 ――それでも。

 何とかしたい、という気持ちが拭えなかった。

 逃げたくない、立ち向かいたいという抵抗心が湧き上がってしまう。本当に駄目だと思ってからでは遅い、それは分かっている。だが、その時まで戦い抗いたいという気持ちもまた、ミレイユの本心だった。


 その時――。


「カッ、ゴボッ……!!」


 またも湾曲した線状の光がオミカゲ様の胸や腹へと、計五箇所を貫く。

 オミカゲ様を庇って防壁を展開していた隊士達も、放たれる光線に合わせて動かしているのだが、それを上手く回避されるか、あるいは貫かれてしまうのかのどちらかだった。


 一度に五箇所も貫かれては、流石に膝が震えガクンと落ちる。吐血の量も先程より遥かに多く、神御衣も血が滲んではその広がりを作っていく。ルチアは防壁を維持したまま、オミカゲ様の方へと防御に回すが、それを上手く掻い潜って、更なる傷を増やしていく。


「ゴホッ、ぐ、ぐぅ……! 行け、早く……ッ! 維持も長くは続かない!」

「わ、分かった、だが……!」

「――よいか、そなた、箱庭はどこにある……?」

「なに、箱庭? 何だ、何故いまそんなことを……!?」

「破壊したのか!」

「い、いや、してない……まだ、アキラの部屋にあるのだと……」


 血を吐き出しながらの気迫に圧され、ミレイユはとにかく思いつくまま口にした。

 それについても、いつか詳しく話すという事を聞いた気がするが、結局後回しにした挙げ句、十分にその内容を知る機会も失われてしまった。

 だが、ミレイユの返答を聞いたオミカゲ様は、一筋の希望を見出したかのような笑みを見せる。


「よいか、箱庭はこちらにある、それを覚えておけ……。それがあるいは、救い、に……ゴホッ!」


 オミカゲ様も自らに治癒術を使ってはいる。

 だが片手での治療では回復は遅いし、もう片方では孔を維持して手放せない。ミレイユがせめて自分で治癒してやろうと手を出したが、それより先にその手を振り払われる。

 そして、諦観を感じさせるような、困った笑顔を浮かべた。


「……いいから。そなたは上手くやれ」


 肩を押されて数歩後退り、それで孔へ落ちるように吸い込まれていく。

 手を伸ばすが、更に襲い掛かってきた線状の光が身体を貫き、オミカゲ様はその場でたたらを踏んだ。治癒に回していた手を孔の維持に回し、両手で制御して送還しようとしている。


 更に吐血するのが見えたが、そこへ尚も追撃の光線が撃ち込まれた。しかも狙いはオミカゲ様だけでなく、ミレイユへもまた飛んで来ようとしている。


 咄嗟にアヴェリンがミレイユを抱きしめるように庇って、孔の更に奥へと押しやった。

 それにユミルが追い、防壁を盾に孔を庇うルチアと続いて、光線から逃げるように孔へと入る。


「オミカゲぇぇぇええ!!」


 足を動かし必死に藻掻いたが、それはいたずらに宙を掻き、反発したものを返してくれない。

 アヴェリンに抱き留められたまま、伸ばした片手も何も掴めない。ただ、血を吐き身体中を血に染めて、最後までミレイユに託す事をやめないオミカゲ様に、何か報いてやりたいという気持ちで伸ばした手だった。


 孔の奥へと進む速度は速い。

 ただでさえ小さい孔から見えていたオミカゲ様は、あっという間に見えなくなった。

 戻ろう、戻りたい、と遮二無二手足を動かすが、速度は更に増して言う事を聞いてくれない。いつしかミレイユの目から涙が流れた。頬を熱いものが伝っていく。


「うっ……、くっ……!」


 嗚咽が漏れ、頬へ熱いものが他にも伝わる。

 それはミレイユの涙ばかりではなく、アヴェリンのものも含まれていた。

 アヴェリンは小さくなっていく孔を一顧だにしない。だが、オミカゲ様がどういう気持ちでいたか、どういう気持ちで送り出したか、それを良く知っている。


 二人分の涙が穴の中を流れ、輝くような軌跡を描いた。

 それを呆然と眺めていると、唐突に終わりが訪れる。固い何かが背中を打ち、少しばかり息が詰まった。アヴェリンが庇うように抱き留めていてくれたから、その程度で済んだとも言えた。


 アヴェリンがまず起き上がり、そして丁寧に手を伸ばして起き上がらせる。

 その手を握りながら上体を起こし、そして周囲の景色が一変している事に気付いた。時間も違えば季節も違った。春先らしい風と共に、明るい光が天から照らされていて、雪など一欠片も見えない。


 日本らしい見慣れた建築物などはなく、草が生い茂り、周囲にはまばらに木が生えていて、遠くには森が見えた。その他には岩が幾らか転がっているだけで、他に見るべきものも、目印らしきものもない。

 ただ広い青空の下で、まばらに雲が流れていく中、どこまでも草原が広がっていた。


 ミレイユはアヴェリンから手を離し、一歩、二歩と後ろに下がる。

 アヴェリンの背後にはルチアもユミルも立っていて、彼女らもまた無事に付いてこれたのだと察した。だが――。


「はぁ、はぁ……、ッ!」


 呼吸ばかりが荒くなり、気持ちの整理がついていけない。苛立ちを八つ当たりするように、前髪を両手で掻きむしった。

 最後に見た、オミカゲ様の全てを諦めた、困ったような笑顔が脳裏をよぎる。

 何か出来なかったのか、何か手はあった筈だ、その後悔ばかりが胸中を覆い尽くした。

 ついに感情が爆発して、それと共に魔力も身体中から溢れ出す。


「うわぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」


 絶叫と共に、青白い光が天を衝いた。

 感情と共に噴出した魔力は、加減を知らずにどこまでも伸び、光の柱も太くなっていく。周囲の地面も剥ぎ取って広がる光は、大量の破壊痕を残して唐突に途切れた。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 ミレイユはガックリと項垂れて、その場に崩れ去るように倒れる。

 魔力を全て解き放ち、身体中が空になり、そうして意識をも手放した。今は何も考えられず、そして考えたくもなかった。


 ――


 その日、世界は一人の神人の帰還を知る。

 莫大な魔力の奔流は、世界に暮らす人々が目にする事となり、その青色い光柱は多くの者に畏怖を与え、そして光を知る者は歓喜に震えた。


 そして、神人の帰還を望んだ者たちは、その成功にほくそ笑んで光を見ていた。

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