決戦の舞台 その10

 神々に一つ誤算があったとすれば、それはオミカゲ様がマナの蓄積を怠っていなかった事だ。自身の神としての格を上げる、信仰という願力を自身に還元するのではなく、集積する事に使っていた。

 これはあちらの神々には出ない発想であると同時に、いつか来ると確信していたオミカゲ様だからこそ用意できたものだろう。


 あちらの神々も、これだけの準備を行ったからには覚悟あっての事だろうが、オミカゲ様の覚悟もまた相当なものだ。

 オミカゲ様は改めて隊士達へと顔を向ける。


「結界自体が張れずとも、制御を補助する陣や理術を使える者はいる筈だ。その者たちも結界術士の支援に動け。今すぐ、即座にだ。場所は女官が知っている、御殿に入れば必ず目に付く所にいる筈だ。そちらに聞け」

「ハッ!」


 指定された理術に心得がある者たちが立ち上がり、巫女の後を追って駆けて行く。

 後に残ったのは防壁などを築ける防御に特化した術士と、攻勢理術を得意とする術士、そして内向術士だった。

 これらをどう使うかが悩みどころだろう。


 アヴェリンでさえ傷つけられなかった箆角を鎧甲に持つ相手へ、こちらの内向術士が何を出来るかと思うと首を傾げてしまう。他に何か、露払いをして貰いたい雑魚もいない。

 防壁を築けるのは今後出番はありそうだが、外向術士は敵に塩を送る事にしかならない。飽和攻撃が完全な賭けで、その内負ける可能性が非常に高いと分かっているものに対し、とても使えるものではなかった。


 ――あるいは、もっと数が居れば。

 そう思わずにはいられない。飽和させるのが最上だと分かっていても、ミレイユを含めた全員で攻撃したとしても無理だと分かる。


 エルクセス一体の為にミレイユとオミカゲ様二人分が必要で、そして全身を覆われた『地均し』の鎧甲には、エルクセス十体分は優に超える量を使用されている。

 数で補うというなら、現状、到底届かない数を用意する必要がある。

 それも、最低でも御由緒家クラスの者が千や二千がいなくてはならない。到底望んで得られるものではない。


 ――その時だった。


「オミカゲ様、遅参いたしまして申し訳ありません!!」

「なんだ……?」


 振り返って見た先には、既に一戦を退き、当主を譲った者たち――先代や先々代の当主達が、使い古された武具を身に着け膝を立てて座っていた。

 中にはミレイユの知らない顔もいる。

 だが昼食会で見た顔は全ていて、阿由葉京之介や由喜門藤十郎、由衛十糸子としこ、由井園志満、そして比家由家、それらの親と思しき老人の姿も見えた。


 それが各家から十名前後、計五十人程が理力を漲らせている。

 老いたとはいえ、それでも一般組より劣るという事はない。その彼らが、それぞれ武器を取って命令を待つように一心に視線を向けていた。


「我ら御由緒の老兵、火急の危機と聞き、馳せ参じました。どうか、如何様にもお使い下さい!」






 たった五十、そうと聞けば頼りなくも思えるが、彼らから感じる熱量を見れば、そう捨てたものではない。

 直接的な戦力には結び付かなくとも、彼らの一助が役立つ事はあるだろう。

 ミレイユは彼らの忠誠心に熱いものを感じて、思わず胸の辺りで拳を握った。

 オミカゲ様もまた一歩前に出て、跪く彼ら彼女らへと労いの言葉を落とした。


「皆の者、よくぞ来てくれた」

「オミカゲ様が直接お出ましになられるような凶事、若者ばかりを戦わせる訳にも参りません! 老骨と痩せ細るばかりの肉にも、使い所はありましょう。その為に命失おうとも、本望でございます!」

「そなたらの忠義、真に大儀。ならば、存分に役立って貰うとしよう」

「ハハッ!」


 一同が一斉に頭を下げ、そしてオミカゲ様はミレイユへと向き直った。

 直接近付いて来て、そして顔まで寄せて声を潜めて言ってくる。その視線はちらりと『地均し』へと向いていた。


「忠臣には報いてやらねばなるまいが、現状……アレに勝つのは難しい」

「……この場で言う事じゃないだろうが」

「一人として無駄に死なすつもりはないし、死んで欲しくないものであるが、実際的な問題として不可能だ」


 そもそもの攻撃手段として乏しい上に、それがこの数しかいないとなれば、敵を利する行為にしかならない。

 ミレイユとオミカゲ様とルチアとユミル、それとあるいは八房もまた勘定にいれるとしても、難しいと判断せざるを得ないだろう。それとも、イチかバチかを試してみるか、あるいは内向術士が総出で、どこか一箇所を殴り付けてみるか――。


 出来る事があるとすれば、それぐらいだろう。

 だが、そのどれもが効果的と思えないと予想できてしまう。

 ならばどうするつもりだ、と挑むような目付きでオミカゲ様を見ると、同じような視線がミレイユを射抜いた。

 オミカゲ様は更に声を潜めて、音を零すように言った。


「我が送る。そなたは世界を渡れ」

「……何を、何を言ってる? 逃げろというのか? 敵へ挑む事もせずに……!?」

「そうだ、逃げろ。そなたをこの戦いで喪う事、あるいは神々の手に渡る事、我はそれを恐れている」

「馬鹿な事を――ッ!」


 ミレイユは激昂しそうになり、そしてこの二人へ周囲の視線が集中している事に気付いて、慌てて声を潜め平静を装う。

 オミカゲ様の言う事は分からないでもないのだ。

 最初から世界を渡る事には了承していた。しかし、ただ渡るだけでは同じ事の繰り返し。それでは結局ループを抜けられないだろうし、それを踏まえて多くの対策を施してきた。


 そのつもりでいたのだが、同時に時間が足りない、用意が足りない事も自覚していた。多くは事前準備が足りておらず一年先、早くて半年先を見据えていたもので、しかもそれが急激に早まってしまった。

 それは神器として渡されていた箱庭で、ルチアが結界へのアプローチを強めていた為で、それを察知した神々が、それを阻止する意味合いで本腰を入れたのだと知った。


 何もかも一手足りなかったという自覚はある。

 しかし、ここで逃げ出しては結局同じ事、ループを破却できる可能性が縮まるとは思えない。それを分からぬ筈もあるまいに、だがそうしろ、とオミカゲ様は言っているのだ。


 ミレイユは黙っておられず反論しようとしたが、それより前にオミカゲ様が口を挟み、そしてその内容故にミレイユは口を噤んだ。


「――いいか、我はようやく理解した。なぜ前周ミレイユが話も聞かず、我を強制的に異世界へ送り還したのかが」

「何だって? 待て、まさか……」

「そう、あれが原因だと判断した」

「何を根拠に」

「我一人でも……いや、我とそなたら四人合わせても倒せないと、前周ミレイユが見切っていたと思うからだ。奴はあれが来る事を知っていた、そして止められない事もまた同様に」

「だから、奪われるより前に強硬策に走ったと? それだって推論に過ぎないだろう」

「そうとも、そなたより幾らか前周世界を知っている、我が見た世界からの推測だ。だが、追い立てるように我を送還したのは何の為だ? 話を聞かずに、アヴェリンさえ手に掛けてまで、何故そうしたかった? 前周ミレイユにとっても、アヴェリンは知らぬ仲ではないのだぞ」


 言われて、ミレイユは二の句を告げなかった。

 何故と思っていても、解決には至らず想像する他ないとあっては、深く考える意味を見出だせなかった。それが深く考えなかった理由だったが、確かに強引と一言で言い表すには、行動が異常に思える。


「何かが我を襲えば、それを跳ね除けることが出来ないと知っていたからだ。前周ミレイユは、それから逃がす為、そして奪われない為に必死だっただけだ」


 その時の状況はオミカゲ様にしか分からない。どういう表情をして襲ってきたのかも、対話を拒否してまで何を急いでいたのかも、何もかも分からない。

 しかしそれは、同時にミレイユ自身の事でもあるのだ。どのような人生を歩んだにしろ、その行動原理は大きく違わない。極端に逸脱した、想像も出来ないような行動を取る事も、またない筈だ。


 ならば、自分に置き換えて考えれば、その時の行動も何となく読めてくる。ミレイユには薄っすらとしか分からない事でも、既に一周してきたオミカゲ様には、それがより深く読めてくるのかもしれない。


 ならば、いま言ったオミカゲ様の言葉にも一定の理解は出来た。

 ――何かから逃がす為。

 それがあの『地均し』だと言うのなら、そうかもしれない、と納得できる部分はあった。


 オミカゲ様が降り立った世界は、既に瓦礫の山であったという。

 人の気配もなく、荒廃した世界のみがあった。それがもし、既に地均しされた後の世界であったなら――そしてそれが、ミレイユ達四人に周回してきたミレイユを合わせても、勝てない相手であると知っていたのなら、最早逃がす以外に選択肢は残されていない。

 問答する時間すら惜しいというなら、実際に『地均し』は直ぐそこまで近付いていた可能性もある。


「今の我らにあれが打倒できるか? 理術の一切を封じたまま、あれを倒すのは現実的に可能だと、努力すれば成し得ると、そなたは本当にそう思うのか」

「それは……」

「そなたを奪われた時点でこちらの負けであろう。後には焼け野原とされた世界だけが残される。それだけは避けねばならぬ。――理解れ、理解ってくれ」

「だからと、言って……!」


 ミレイユには反論できるだけの材料を持ち得なかった。

 諦めるのは早すぎる、何か手立てがある筈だ、言いたい言葉は幾つもあるが、同時にそれが只の感情論であるのも事実だった。

 意味も意義もある提案ではなく、まだ何とかなるのだと、踏ん張る事が出来るのだと訴えたい。だがそれは、感情に任せた根拠のない反抗でしかなかった。


 事実、踏ん張る事は出来るだろう。

 そう簡単にやられる事はない。しかし、同時にそれは周りに屍を築く事を意味するのだ。ミレイユ達には耐えられても、他の者達には無理だ。


 そしてそれは、ただでさえ勝ち目の薄い戦いを、更に難しくさせていく事に繋がる。対抗策の一つとして有効な、吸収魔力量を飽和させる、という手段も、彼らを失えば実現できなくなるだろう。

 ミレイユが一秒耐える度、仲間や知り合い、顔見知り、それらが次々と犠牲になっていくのが分かる。それならば、そうするぐらいならばいっそ――。


 だが、かつて考えた筈だった。

 ループを脱却するには、まずループする事を止めるべきだと。失敗したから繰り返しているのではなく、繰り返す為に失敗しているような状況に陥っているのではないか、と。


 繰り返せるという保険そのものが、ループの原因になっているなら、世界を渡るのは悪手だとも考えていた。だが、今この状況にあって、事態を好転できる何かが、本当にあるのだろうか。


 真の最悪は、ループする手段を失くすのではなく、ミレイユが捕獲される事だ。この現世で敗北を喫し、神々の思惑そのままに奪われる事、それだけは回避せねばならなかった。

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