決戦の舞台 その9

 巨大な孔から出てきた巨大な何かは、人の形を模していても多くの部分に違いがある。

 まず首は無く頭部も無かったが、鎖骨に当たる部分の中央に、一つのレンズらしきものが付いている。それが眼の役割を果たしているのは、せわしなく動いて周辺状況を把握しようとしている事からも、推し量る事が出来る。


 手足も長く胴は寸胴で、胸と肩部分が大きく盛り上がっていた。頭部を無理やり胸に埋め込んだ為に、その分が盛り上がっているようにも見える。そして、関節はそれぞれ球体で出来ていた。

 ユミルがゴーレムだと言っていたとおり、人を造るというより人に似せる事を目指したような、どこかチグハグな印象を受ける。


 腕にも足にも背中にも、武装らしきものは付いておらず、表面は滑らかで凹凸は殆ど無い。エルクセスの箆角を思わせる色と質感をしていたが、それが身体も腕も関節も、全ての部分を覆っていた。


 その身長はエルクセスより尚高く、直立したなら肩高まで三百メートル程度はあるだろう。東京タワーやエッフェル塔に相当する、あまりに規格外の高さだが、重要なのはそこではなかった。

 『地均し』と名付けられただけあって、足の底面は広く大きかった。片足だけでも五十メートルはありそうだったし、それが歩行しようものなら攻撃の意志がなくとも多くのものが破壊されるだろう。


 そして何より、今は孔から這い出す姿勢で屈んでいるような状態だが、今は上背をあげようとしている。当然、結界に接触する事になり、今も背中部分で押し退けるような体勢で、結界に罅が入っていた。今はまだ何とか耐えているが、結界の崩壊は時間の問題だった。


 八房も、今は八本の尻尾を広げては唸り声を上げて威嚇している。すぐにでも飛び掛かりそうな体勢だが、オミカゲ様からの指示を待っているようだ。

 その様子をじっと見つめるオミカゲ様と、同じく気圧されるように動けていない隊士に対して、ミレイユは声を張り上げた。


「おい、何してる! さっさとアレを止めるぞ!」

「あぁ……」


 ミレイユの声にもオミカゲ様の反応は芳しくなかった。

 近くに控えるように立っていた結希乃が、弾かれたように跪いて顔を上げる。


「ご指示を! あれを野放しにすれば、どれだけ被害が出る事か……! この場で何としても押し留めなければなりません!」

「そう……、然様であるが……。もはや隊士達で相手になる存在ではあるまい」


 確かに武器を手に取り戦える相手ではないだろう。

 何しろ大きさが違いすぎる。あれにダメージを与えるには、最低でも上級理術が使える隊士がいなければならないが、今の所そのような者はいない。


 内向術士にしても、外側を幾らか傷つけられる程度で止まるような相手ではない。

 アヴェリンとまで言わなくとも、それに次ぐ実力者でなければ足手まといだ。敵は巨体故に鈍足でもあるから、接近する事は難しくないだろう。

 しかし、接近できた後が問題だった。

 ミレイユは傍らに立つ、ルチアに尋ねる。


「あの鎧甲、何の材質か分かるか……?」

「あれって装甲の一種なんですかね? そこからが疑問なんですけど。ゴーレムなら全身芯部まで、あの素材って事は無いんですか?」

「アタシの所見が正しいなら、丸ごとってコトはないと思うわ。この子の言うとおり、装甲として覆われた素材が、今見てるアレなんだと思うけど」


 ユミルが返答して、それから大いに顔を顰める。


「間違ってて欲しいと思うけど、あれエルクセスの箆角を鎧甲として使っているんだと思うのよね」

「つまり、術は無効化されて吸収されるという意味か?」

「そう……。全く同じ素材であるかは分からないし、見当外れかもしれないけど、もしそうだとするなら、あの全身全て、魔術を吸収して動力にされる機能を持つ鎧の可能性がある」


 ミレイユは唸りを上げて、むっつりと押し黙った。

 ゴーレムである以上は、内部に動力を持っているのだろうし、そして補給なくして動き続ける事も出来ないだろう。

 それを外部の供給に頼っていて、しかもそれが敵から受ける魔術だとすると、下手に攻撃する事が出来なくなる。


 エルクセスの箆角は、アヴェリンでさえ小さな罅一つ入れる事が出来ないほど頑丈なものだ。打撃にしろ斬撃にしろ弾いてしまい、そして魔術でさえ有効ではない。

 エルクセスの場合は角が吸収できる許容量というものがあったが、あれにも同じくあるかどうか……。

 試してみるというには、あまりに危険だった。


「ちなみに、エルクセスの時と同様、飽和させて破壊する事は可能だと思うか?」

「可能不可能で言えば可能でしょうね。でもそれは、湖を完全に干上がらせるのは可能か、と言うのと同じでしょうよ。可能だとして、ひと一人が持てる桶の大きさには限度がある」

「水を一掬いするのと、魔術を一つぶつけるのを同じ事と考えた場合……あまり現実的とは言えなさそうですね」


 ルチアがユミルの言葉を引き継いで、小さく溜め息を吐いた。

 この場で合ってる適切な表現とは言えないが、言わんとしている事は理解できる。しかも、これは飽和させる事が出来なければ、それが直接動力として使われる事を意味する。

 それが大きければ大きいほど、運用に割くエネルギーも別の役割を得るだろう。


「エルクセスがそうであったように、吸収した魔力で魔術を使ってくる可能性は、考慮に入れておかねばならない」

「そうね、魔術よりも、もっと原始的な……単純なエネルギーに置換して放出するとか。いかにもありそうじゃない?」


 ユミルが目玉に相当するレンズに指を向けて、したり顔で言った。

 それは確かに有り得そうな話だ。構造を知らないから何とも言えないが、ゴーレムが魔術を使ってくるというより余程想像しやすい。


 だがいずれにしろ、攻撃しなければ結界を破壊されてしまう現状、座視して待っている訳にもいかなかった。何かしらの対処は必至で、しかし何をするにしても良い対処が思い浮かばない。


 まず攻撃しなければならないのだが、その攻撃はあの巨体である故に、まず魔術の行使しか選択肢が浮かばないというのが拙い。

 そして、それこそが狙いという気がしてしまうのだ。

 攻撃の誘導と同時に補給を兼ねている、という気が。


「……まぁ、あの巨体を見て、まず殴りかかろうとは考えないわよね」

「距離もありますし、鈍重な相手なら、まず魔術を使って様子を見ますよ。どういった魔術が有効なのか、初手が通じないなら別の魔術を試し続けますよね」

「それが動力になるとも知らずにか? ……いかにも神々の考えそうな事だ。自分達の手の平で踊る相手を見るのが、大好きな連中だからな」


 ミレイユが吐き捨てるように言えば、同意するようにユミルが何度も頷いた。

 下手に魔術を使うのは愚策だと分かる。だが同時に、接近戦を挑む相手でもない。近付いてしまえばこちらも安全だろうが、同時にダメージを与えられるかと言えば、やはり首を傾げる。


 アヴェリンが眉間に皺を寄せながら言った。


「だからといって、その継続時間が尽きて勝手に止まるまで耐える、というのも消極的過ぎるように思います」

「そうだな。それが一番確実でもあるだろうが、それこそ『地均し』が終わるまで止まらないだろう。そうさせまいと躍起になる度、あるいは自分の街や家を守ろうと先走った者が出る度、思う壺に嵌るという事だろうな」


 アヴェリンは鼻を鳴らして大いに不満を露わにし、腕を組んで『地均し』を睨み付ける。


「あの魔物の大氾濫を凌いだ者たちへの、最後の置き土産がコレという訳ですか」

「最後というより、本命がコレなんだろう。消耗も多い我らだ、元より簡単ではないが、許容量を飽和させるだけの魔力は捻出できないと踏んでいるんだろうさ。目的を達成させる最後の一手、それがアレだ」

「でもですよ……言ってしまえば、全て推測でしかないですよね。あの鎧甲も、エルクセスの篦角だとは限らない訳ですし……」


 ルチアが懸念と疑念を合わせたような表情で言うと、ミレイユも素直に同意する。


「そうだな、そうとも限らない。外見を良く似せた別物の可能性はある。だが奴らからすれば、疑念を植え付けるだけで十分なんだろう。直前にエルクセスを送り込んだのも、果たして偶然なのかどうか……」

「いやでも……、そこまで考えてますかね?」

「手出しするのに二の足を踏んでいる現状が、まさに狙い通りという気がするが……」


 ミレイユは忌々しく思いながら『地均し』を睨み付ける。

 神々は予想よりも、余程本気でミレイユを狙っている。数多くの魔物、そしてドラゴンや巨人、エルクセスといった、替えが簡単に利かないものまで捨て駒として利用していた。


 巨人はともかく、ドラゴンもエルクセスも、その総数は多くない。数体しかいないような希少生物ではないとはいえ、捨て駒にするには惜しい存在の筈だ。

 だが、現実を直視すれば、神々はそれで良いという判断をしたのだ。


 ただ打ち払えば、堰き止めれば十分と考えていたミレイユ達にも責はあるのだろう。しかし――。

 ミレイユは先程から黙りを決め込んでいるオミカゲ様へと顔を向ける。


「どうするんだ、隊士達も指示を待っている。何をするのか、何をさせたいのか、今すぐ決めてくれ」


 ミレイユがそう言えば、ユミルに続いて跪いた隊士達から決意の籠もった視線が向けられる。八房からもまた、同様の視線が向けられていた。オミカゲ様の命ならば死をも厭わない、彼らの熱が籠もった瞳はそう語っている。

 隊士達の後ろには巫女たちも控えていて、その手に持つ籠は既に空だったが、指示一つで如何なる命令にも果敢に立ち向かうだろう。


 オミカゲ様は皆を見渡してから、一つ頷く。


「結界の維持を最優先、まずはあのゴーレムを外に出さない事に注力せよ。支援理術を習得している隊士達にも、その援護に回ってもらう」

「ハッ!」

「また維持に失敗した時の為、再展開の準備も同時に行え。――理力の備蓄はどうなっておる?」


 オミカゲ様が巫女の一人に目を向けると、即座の返答があった。


「ハッ! 現在の使用率は四割を超えておりますし、結界術士達へ回した分はそろそろ尽きる筈ですが……。継続する分、再展開の分にはまだ余裕があるかと」

「ならば直ぐに再供給を開始し、今後も優先的に供給せよ。あれを外に出すのは、最たる悪夢だ。そちらの供給が終わり次第、こちらにも持ってくるように」

「ハハッ!」


 巫女が一礼して頭を下げると、オミカゲ様の命を実行するべく走り去って行った。

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