決戦の舞台 その5

「箆角がなくなった以上、奴は魔術を警戒するだろう。離れて大規模魔術を使うのは悪手だ。目も見えないなら、気配を頼りに暴れ回る可能性の方が強い」

「では、どこを攻めましょう」


 問われて、ミレイユは口元を覆うように手を添える。

 好きに暴れさせては被害は拡大するばかりだし、それを利用すれば孔から湧き出る魔物を潰してくれるかもしれないという期待も出来るが、それは同時にルチア達も危険に晒すことを意味する。

 そして隊士達のいる場所へ行くような事があれば、圧されつつも踏ん張っている彼らの全滅は免れない。エルクセスの前では、必死に築いた防壁とて紙のような脆さだろう。


 だから、ミレイユ達はまだここにいると知らせると共に、注意を向けさせつつ攻撃しなくてはならない。魔力を察知して場所を特定できるなら、上手く誘導することも難しくないと踏んでいる。

 エルクセスは箆角という魔力器官を失ったが、それは魔術の制御を助け、そして外からの魔力を吸収するのに使われる。だが魔力と行使する力を失った訳では無い。


 接近するのを難しくしていた小型の竜巻は消えているが、それもまた復活させる為に使用する可能性は高く、そして使われたなら暴れ回るエルクセスに対し、再びの接近は更に難しくなる。

 ミレイユは考えた末、短時間の接近戦で決着を付けなくてはならないと結論付けた。


 ――その為には。


「頭蓋を打ち抜くしかないな」

「骨はドラゴンと同じくらい堅固です。罅を入れる事も困難かと」

「そうだな。――だから工夫がいる」


 ミレイユがアヴェリンへ期待する視線を向ければ、それだけで全て了承するように顎を引いた。それがどのような内容であれ、アヴェリンが自身に頼まれる事があれば、あらゆるものを蹴散らして叶えてみせよう、という気概に溢れている。


 ミレイユもまた、その気概を受け取り一つ頷くと、手早く内容を伝えた。

 やる事はシンプルだ。ミレイユが突き立てた剣に、アヴェリンが柄を叩きつけて頭蓋を貫く。

 それだけ聞けば、アヴェリンに取っては十分だった。単純な指示であればある程、アヴェリンの遂行率は高くなる。

 武器を構え身を屈め、次の指示を待つ体勢に入った。


「お任せを。いつでもご指示をください」

「ああ、任せる」


 アヴェリンはそれで良いが、問題はミレイユのやる事だった。

 まさか本当に剣を突き立てて終わる訳ではない。ミレイユの持つ剣では、頭蓋を貫通できたとしても、中まで打ち抜く事はできないし、大した傷にもなりはしない。


 だからミレイユがする事前準備として、まず剣を作成する所から始めなければならなかった。

 頭蓋を打ち抜き、そして頭蓋の中で魔術を炸裂させる。それを封入する剣を作るのだ。口にするほど簡単ではないが、ミレイユの応用力がそれを可能にする。


 ミレイユは、まず先程も使ったように一振りの剣を召喚した。

 武具の召喚それ自体は、腕の良い召喚術士ならば良く取る手法で、異界の武器を契約を持って召喚する。その異界が何処にあるのか、どういう理屈で作られた剣なのか、それは知られていないが、とにかく魔術書を読み解き召喚する際には、その契約を持って召喚する事が可能となる。


 熟練者ともなれば、鉄と同じ強度の武器を召喚して戦う事が出来るが、そもそもとして現実にある武器の方が強い。壊れたとしても簡単に代わりを用意できるし、敵に奪われたところで術を解除すれば消えてしまう。解除しなくても時間で消えてしまうので、そういう意味では安心できるものではある。


 だが、剣士として戦士として、より強い敵と戦おうとなれば、鉄のような柔らかい武器では通用しない。同じ鉄の剣でも魔術付与という手段で幾らでも用途に幅を持たせられるので、例えば火属性の剣として、不定形の魔物には有用な武器として活躍してもらう事だって出来るのだ。


 召喚武器は扱いが手頃で替えが幾らでも利く、という利点は大きなものだが、強敵と相対するには更なる修練を武器召喚の術に捧げなければならない。

 そして強い武器を持っているだけでは強敵に勝てないので、武術の修練もまた疎かには出来ないのだ。二足の草鞋を履く事になり、それならば金をかけて武具を揃えた方がマシだった。


 つまり、武器召喚とは人気のない術であり、趣味の領域の術と言える。

 だが、それをミレイユが使うとなると、凶悪な術へと変貌を遂げるのだ。


 ミレイユはまず単に召喚するのではなく、その実体までも喚ばない半召喚を行う。

 実体がないから振るったところで傷一つ付けられないのだが、それをミレイユが自身の魔力を変性させてコーティングし、それが鋭い刃となって武器になる。


 魔力を変性させて使用するというのは良くある手法だが、刃として使うには薄く細く纏わせなければならない。そうすると自然と脆くなってしまって、一合打ち合う事も難しく、また鉄の強度に勝るものにもならない。


 しかしミレイユの魔力にものを言わせる力押しで、鉄より遥かに強度を持つ剣を作成する事が出来るのだ。更に凶悪なのが、剣自体に実体は無いから、そのコーティングした魔力を解除すれば硬い鱗も甲殻も意味を為さないという点だ。


 貫いた後で魔力を変性しなおせば、あらゆるものを断つ事ができる魔剣となる。

 更に別の魔術をコーティングの内側へ封入させておけば、今回のような敵に対して、外皮が厚かったり魔術を内側で爆発させたい時などに、非常に有効な武器となる。


 これだけ聞くと非常に便利な術に思えるが、作成するまでの工程が複雑すぎるので、他の誰かが真似しようとして出来るものではない。ユミルに見せた時は、呆れて物も言えない、と口にしながら頭を叩かれるという暴挙があったものだ。


「ええぃ、くそ……っ、これするのは久々だからな……」


 スムーズに制御が回らず、眉根を寄せて行使する。

 やってる事が狂人のそれ、とまで言われた複雑な制御を経て、ミレイユは一振りの剣を完成させた。剣の形状自体は真新しくもない、よく見かけるような飾り気のない直剣に過ぎないし、それ自体は蜃気楼のように揺らめいて現実味がない。

 それがミレイユの魔力で紫色にコーテイングされ、その中には封入された魔術が赤い光として瞬いていた。


 今回封入したのは中級魔術に当たる『爆炎球』で、その名の通り、着弾と同時に爆発する火球を放つ。頭蓋を貫通して放たれる『爆炎球』は、エルクセスでさえ一撃で絶命させるだろう。

 ミレイユは作成した剣を手首を返しながら幾度か振り回し、問題ないと判断して一つ頷く。


 それを見ていたアヴェリンは感嘆めいた息を吐いた。


「相変わらず見事なものです」

「あぁ、ありがとう。――では、始めよう」


 エルクセスもミレイユの魔術制御に気付いていた。

 自分の両眼を潰した敵が、その顔面に張り付いていると分かっては冷静でいられないらしい。乱暴に顔を振りながら、敵もまた魔術制御を始める。

 顔面から飛ばされる原因にもなった、あの小型竜巻だった。


 しがみついているだけでは、同じ結果になってしまう。

 ミレイユはアヴェリンへと目配せして、エルクセスの顔面を一目散に駆け上がった。

 片手が召喚剣で塞がっているので、即座に使える魔術には限りがある。竜巻が迫りくる中、いつでも補助できるよう構えつつ走った。


 身体能力ではアヴェリンが上だが、揺れる顔面と不確かな足場では、その能力を十全には活かしきれない。竜巻を回避しつつ揺れる足元で駆け上がるというのは、想像以上に困難を極めた。

 アヴェリンの足元が滑り、そこへ竜巻が迫る。


「――アヴェリン!」


 ミレイユは咄嗟に『念動力』を使ってアヴェリンを頭上へと投げ飛ばし、そして自身もまた安定しない足場の上で苦戦しながら進み続ける。

 だが再び魔術を使ったところで位置がバレてしまった。


「……ぐぅっ!!」


 左右から竜巻が迫り、これは躱せない、と顔を顰めた時、前方で衝撃音が鳴り響くと共に、ミレイユの身体が弾かれるように持ち上がった。

 ミレイユの身体が、というのは正確ではない。

 見てみれば、アヴェリンがエルクセスの眉間あたりを殴り付け、その反動で顔面を動かした、という事だったらしい。


 ミレイユはアヴェリンへ皮肉げな笑みを見せては近くに着地し、そして剣を突き下ろした。

 根本まで深々と刺さった剣だが、その程度ならエルクセスも針に刺された程度にしか感じていまい。だが、その刺した瞬間を俊敏に察知して竜巻をミレイユに襲わせた。


 身体が掬われ足元から接地感が消える。

 浮遊感と共に身体が横へ流されていくのを感じた。アヴェリンも驚愕じみた表情でこちらに顔を向けていたが、それより重要な仕事が彼女には残っている。


「――やれ、アヴェリン!!」


 落下しながら叫んで命じ、それで咄嗟に身を翻す。

 その身を捩る勢いそのままに、アヴェリンは腕を渾身の力で振り下ろした。柄の先端にメイスが接触するのと同時、再びの轟音が鳴り響き、そして彼女の剛腕がそのまま眉間を再び殴り付けた。


「ブフフィィィンン!?」


 その遮二無二振り動かす首の動きで、アヴェリンが吹き飛ばされて行くのを見ながら、ミレイユは右手を前に突き出して握り込む。


「――開放!!」


 魔術の制御が、剣の中に封入された魔術を発動させる。

 瞬間、ボグン、とくぐもった音が聞こえ、エルクセスの頭部が弾けた。眼球が内側から外れて弾け跳び、そして鼻から口から滝のように血が飛び出す。

 それから遅れて煙が流れ出てきて、エルクセスの巨体が動きを止める。


 落下中に再び制御を始め、『落葉の陣』を行使すると、浮遊感が消えてふわりと着地する。ミレイユと離れて落下していたアヴェリンを『念動力』で回収するのと同時、エルクセスの巨体が横倒しになって倒れた。


「ハァ……ッ!」


 溜め息のように呼吸をして、それでアヴェリンに握り拳を向ける。

 はにかむように笑みを浮かべ、アヴェリンも同じように拳を握って互いにぶつけた。


「やったな」

「我らに掛かれば、このようなものでしょう」


 明らかに誇りを満面に飾りながら、事もなげに言う。

 それが本当に無表情なら様になった台詞なのかもしれないが、エルクセスを討伐したという興奮が先走って、まるで成功していなかった。


 ミレイユはちらりと笑って頷くと、次の標的を見定めようと首を回し、そこで空を覆いつくす雷雲が出ている事に気付く。

 結界内だから天気の影響など受けない筈だし、そもそも空に雲など掛かっていなかった。急な天気の変化とも見れるが、それより納得の行く理由が即座に思い立つ。

 同じ事を思ったらしいアヴェリンが、それを先に口にした。


「これは、オミカゲ様の仕業なのでは?」

「……そうだな。『雷霆召喚』だ」

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