決戦の舞台 その1

 ミレイユは落下しながら『落葉の陣』を行使しようとして身を捻る。その視線の先では一体のドラゴンが頭部を砕かれ崩れ落ちていて、その頭の上にはアヴェリンが立っていた。

 どうやら落とされた先で、落下速度を乗せた一撃を、その頭に叩き込んだという事らしい。


 ――ただで転ぶ奴じゃないよな。

 最初から彼女の事は信頼していたし、怪我の一つもないと思っていたが、ついでにドラゴンを仕留めるというのが、いかにもアヴェリンらしい。


 ミレイユはほくそ笑みながら地面へと魔法陣を放ち、それと同時に別の魔術の制御を始める。その、地面までの僅かな距離の間に完了させ、身体がふわりと浮き上がる感覚と共に魔術を放った。

 『猛火の煌き』は術士の前面で扇形に火炎を広げる魔術で、炎を撒き散らすだけでなく残留する。数が密集している場合には、勝手に周囲へ燃え移る上に、消耗も少ない魔術と使い勝手の良いものだった。


 悲鳴を上げながら逃げる魔物も多いが、炎に耐性のある魔物は殺意を撒き散らして向かってくる。ミノタウロスは雄叫びを上げながら斧を振り上げ、そして剣を召喚したミレイユは、もう片方の手で袖の中に隠していたダガーを取り出す。それで軽く受け流して、開いた胸元に剣で斬り付けた。


 深々と鎖骨から腰まで袈裟斬りにされ、ミノタウロスは倒れる。

 他に向かってくる敵にも攻撃を躱しながら斬り付け、あるいはいなして斬り付け、そして肩からぶつかり耐性を崩して斬り落とした。


 足を止めたまま攻撃していたのでは埒が明かないので、大きく飛び退いてアヴェリンの元へと降り立つ。ドラゴンの頭はそれなり高さがあるので、一時しのぎの逃げ場所には丁度良かった。

 付近に残っていた炎に強い魔物には氷結魔術で一掃し、そして遠巻きにしていた魔物が再び襲って来ようとしたところへ、『猛火の煌き』を放って蹴散らす。


 それで一旦、一息つけると思っていたのだが、燃える身体を一顧だにせず、それでも武器を掲げて向かってくる魔物がいた。

 アヴェリンがそれを見て、感心したように声を出す。


「燃えているのに向かって来るとは、骨のある奴だ」

「そうだな。……ユミルなら、それでも燃えているなら良い気味ね、とでも言いそうだが」

「あれに戦士の矜持は理解できませんから」


 アヴェリンの言い分にミレイユが確かに、と含み笑いに応えて、魔物が到達するより前に衝撃波を放って吹き飛ばす。飛ばされた向こうで他の魔物に引火し、そこで阿鼻叫喚の光景を生み出した。

 ミレイユは一瞥だけして満足した顔で頷き、それからアヴェリンへ顔を向け、そしてエルクセスへ視線を固定した。


 今も痛みに暴れて頭を振り、悲鳴に似た嘶きを上げては地面を踏み鳴らしている。その蹄が地面を叩く度、衝撃が地面を走り、軽く身体が浮き上がる。

 アヴェリンは元より、ミレイユもまた忌々し気に見上げた。


「……あの巨体では、眼球以外に攻撃できるところもないし……かといって、両眼を潰した程度で倒せる相手でもないな」

「全く、左様で……。蹄を潰すことは出来そうですが、足を折るまでとなると難しそうです」

「魔術を使えれば話は早いんだが……」


 ミレイユは忌々しい気持ちで睨み付けた。

 実際、エルクセスが災害と評されるのは、そこに理由がある。剣一つ、槍一つで退ける事が出来ない以上、魔術に頼った攻撃をせねばならないのだが、箆角がそれを拒んでしまう。


 反撃される前提で攻撃するなら、その戦法もアリなのだが、この場でそれは出来ないという結論に至っている。後は魔力が箆角へ吸収されている間に飽和させる、という方法が取れたら良いのだが……。


 ちらり、とミレイユはルチアの方へ目を向ける。

 そちらも押し寄せる魔物を間引きしつつ誘導しているので、とても手が余っているようには見えない。当たり前のように維持している魔術も、本来ならば簡単な事ではない。

 単に上級魔術を扱える程度の力量では、十秒維持して消失させるのが常だ。本来、それ程の威力がある魔術なので、それで十分とも言えるのだが、とにかく見る人が見れば呆れるような手並みを見せている。


 少し手を貸せ、と言える状況ではなかった。

 そうとなれば、ミレイユ達二人だけでどうにかするしかない。

 どうしたものかと考えて、とにかくこの場に居続けるのも面倒しか招かないと判断し、アヴェリンの腕に手を触れた。


「まず上に飛ばす。両眼を潰す事から始めよう」

「畏まりました」


 返事を聞き終わるのと、殺到する魔物がドラゴンを駆け上がってくるのは同時だった。

 アヴェリンを頭上へ射出すると、即座に自分も同じく頭上へ飛ぶ。ほぼ同時に打ち上がったが、そもそもこの術は自由に空を移動するようなものではない。


 結界に頭をぶつけるか、あるいは潰されてしまう事になるので、『念動力』を使ってアヴェリンの移動方向を強制的に変えてやる。ミレイユもまたエルクセスの長毛に掴まるようにして、強制的に向きを変えてはその背中に降り立った。


 アヴェリンはより頭部に近い場所へと降り立っており、既に未だ無事な眼がある方へ走り寄っている。エルクセスにとっては、ひと一人の体重など微塵も感じないだろうに、ミレイユの気配を敏感に感じて後ろを向いてきた。


 ――体重というより、魔力を察したか。

 顔を向けた事で、アヴェリンが近くにいる事もまた知ったようだ。雄叫びを上げて振り落とそうと身を揺すり、飛び跳ねて振り落とそうとする。

 だが、その程度の振動で無様を晒す、ミレイユでもアヴェリンでもなかった。


「ブフォォォオオオ!!」


 振動も大音量の雄叫びも、意味はなくとも煩わしい事には違いない。

 特に音量については耳を塞ぎたくなる程だったが、とにかく耐えて眼に近づこうと走り続ける。だが、片目を潰されたエルクセスが、その意図に気付かない筈もなかった。


 箆角に魔力が集中し、鮮やかな明滅が始まる。

 そして解き放たれた魔術は、ミレイユ達を中心に風として現れ、瞬く間に暴風となって襲い掛かってきた。


「――これ、は……ッ!!」


 何が何でも近寄らせない、という意志を感じる。

 単なる暴風ではなく、小型の竜巻が二人を襲い、そして踏ん張ろうと長毛に掴まるアヴェリンを飛ばし、それを『念動力』で掴まえようとしたミレイユ諸共かっ攫った。


 小型の竜巻には長毛に絡まっていた砂や小石が含まれていて、それが砂嵐のような効果を生んでいる。まともに目を開けていられず、ミレイユ達は再びエルクセスの身体から突き落とされてしまった。


 歯噛みする思いで浮遊感に身を任せ落下すると、小型の竜巻も身体から離れていく。その代わり、竜巻は顔面付近で留まり、己の盾として使用し続けるようだった。

 元より知恵の働かない相手とは思っていなかったが、接近するのが更に困難になって、顔を顰めながら制御を始める。


 落下予測地点を見てみても、クッションにできそうな魔物はおらず、それどころか付近がぽっかりと空いている。ミレイユが先程、魔術で焼き払った地点で、既に炎は鎮火しているとはいえ、避けて通りたい場所ではあったようだ。


 片手で『念動力』を使ってアヴェリンを引き寄せると、もう片方の手で『落葉の陣』を放ち、問題なく着地する。

 再び振り出しに戻り、再び頭を悩ます事になってしまった。

 共に降り立ったアヴェリンも、渋い顔をしてエルクセスを見つめる。


「中々、厄介ですね……」

「ああ、どうしたものかと、さっきから考えてる」

「片目を潰されて、次を警戒しない筈もありません。別の手法を試すべきかと……」

「そうだな。とはいえ……」


 小型の竜巻は自動的ではないとはいえ、顔の周辺を漂っており、接近を感知するや否や襲い掛かってくるのは予想できる。

 そして、エルクセスは魔力を感知して見つけてくる関係上、全くの隠蔽をしつつ接近するのも難しそうだった。


 何しろ、あの頭上へ近付くのに手登りなど考えられないし、どの程度の隠蔽までは安全なのかも分からない。二度、三度と失敗を繰り返せば、やはりエルクセスも相応の新たな手段を講じてくるだろう。


 ――それに。

 ミレイユは、ルチア達や隊士達の事を思う。

 あまり長引かせれば、あちらの方が決壊する。

 戦場の倣いとして、戦う事を選んだからにはいつ死ぬかも想定しているものだが、最善を尽くす事なく犠牲にさせてしまうのは嫌だった。


「口の中に入り込んで、そこで魔術でもブッ放してみるか?」

「そこは確かに、生物である以上は弱点なのでしょうが……。嚥下された後で逃げ出せなかったら、どうなさるおつもりです?」

「まぁ、そうだな……。そこからなら魔力が箆角に流れていかないという根拠も乏しいしな。水や空気のように、密閉したら閉じ込められるという性質でもなし……」


 傷を負わせられるという確信はあるものの、撃った後で確実に外へ逃げ出す方法もない。傷を受けた瞬間、果たしてどう反応するかと言えば……咄嗟に一度口を閉じそうでもあるし、咳き込むように吐き出しそうでもある。


 そして、何も犬や狼のように、常に口を開けて呼吸している訳でもない、という問題もある。口を開けさせるには、何度も威嚇するように雄叫びを上げさせたから、それについては簡単そうだった。しかし、それなら前提として、まず相手に気づかせてやらねばならない。


 だが、竜巻がある以上、口を開けるより先にそちらを動かして対応しようとするだろう。

 考えれば考える程、ドツボにはまるような気がした。

 そもそもの戦闘経験がない以上、ある程度出たとこ勝負になるのは仕方ない。とりあえず、もう一度上がろうかと思ったところで、エルクセスの箆角が輝き出した。


 その制御の働きを見て、ミレイユは大きく眉間に皺を寄せる。

 エルクセスが使おうとしているのは、広範囲殲滅型の『極寒氷嵐』だと察知した。触れる者を瞬く間に凍らせ、そして細切りに切り刻み、後には氷になった小石しか残らない、という様な魔術だ。


 他の魔物がどうなろうと、どこへでも隠れられるミレイユ達を、確実に殺そうという意志が伝わってくる。


 ――あれを使わせたら終わりだ。

 ミレイユは耐えられる。ルチア達二人も大丈夫だろう。だがアヴェリンが無事かの保障はなく、そして隊士達が全滅するのも免れない。


 いや、とミレイユは思い直す。

 結界が張られた範囲と、使用される魔術の規模が全く合っていない。阻まれ逃げ場のない魔術は、とんでもない威力を発揮する事になり、アヴェリンと言わずミレイユすら危険な水準へと引き上げる。


 なんとしても、あの魔術が使われるのを阻止しなければならない。

 ミレイユは両手に魔術の制御を始めて、アヴェリンを置いて頭上へと射出した。

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