退魔鎮守 その7
孔から三体のドラゴンが落ちてきて、落下の衝撃で地面が揺れた。
その衝撃のみならず、ドラゴンの巨体に押し潰されて絶命する魔物は少なくない。そしてよく見れば、その何れも最初に見たドラゴンよりも身体が大きく、個体としても強力な存在であると分かった。
「……あれ、不味くない?」
「巨人にとっては、確かにな」
「せっかく良い兵隊になると思ったのに、もうお役御免ですか」
巨人はドラゴンを捕食する事はあるが、ドラゴンもまた巨人を捕食する存在でもある。完全な上下関係がある訳でも、生態系としてどちらが上にあるかが決まっている訳でもない。
個体ごと、どちらが強いかで全てが決まる関係だ。
多くの場合、ドラゴンは群れる事がないから、今回のようなケースは随分特殊だが、複数体から襲われれば強力な巨人であっても成す術がないだろう。
実際、巨人は善戦してみせたが、一度噛みつかれたら最後、あっという間に三体からの攻撃に飲まれてしまった。
棍棒を振り回し、簡単に近づけさせず、一度は頭を打ち据えて遠退けたものの、三体同時に相手するには力不足だった。
ドラゴンの内の一体は、頭に傷を負ったが継戦能力に問題ないように思える。
口の中に炎を燃やし、見定めるようにミレイユ達へ頭を向けては、じっとりとした視線を向けてきた。
「……どうします、先手を打ちますか? 『氷霜の嵐』を差し向ける事も出来ますよ」
「ああ、だが一定数の魔物を自動的に処理できてるのは、結構魅力的なんだよな……」
それがあるからこそ、ミレイユの放つ魔術で、こちらに向かってくる魔物を処理できている。それをドラゴンに回してしまえば、攻撃を逃れる魔物は数を増やすだろう。
それだけでやられてしまうほど脆くはないが、現状の破綻を招く前兆になるのは間違いない。
かといって、ドラゴンを自由にさせても結果は変わらない気がする。
ミレイユはとりあえず、アヴェリンをドラゴンへ差し向ける事にした。
思念を飛ばして命令を送れば、即座に了解の意が返って来て、魔物たちを弾き飛ばして前進を始めた。
絨毯のように敷き詰められた魔物の中を疾駆するのだから、相当な邪魔が入るだろうと思いきや、一本の矢が貫くが如しで、抵抗らしい抵抗をさせぬままドラゴンの元へ辿り着く。
そのまま傷付いたドラゴンの頭へ一撃を加えると、持ち上がっていた頭が地面にぶつかり、眼球が飛び出し圧潰する。悲鳴を上げる間もなく一体のドラゴンが葬られ、ミレイユは意外そうに片眉を上げた。
「あのドラゴン、あんなに脆かったのか? 見た感じ、それほど弱い個体には見えなかったが」
「そうね……、最初に巨人からダメージを受けていたのは確かだけど……。案外、見た目以上に深刻だったのかしら? だったらもう少し、巨人に黙祷捧げてやらなきゃならないんだけど」
「いやぁ……、もっと単純な理由だと思いますよ」
ルチアが呆れた様な、あるいは気分を害したような表情で、次の標的に移ったアヴェリンを見た。それに合わせてミレイユも視線を向けて、そして目を細めて注視すると、彼女の顔が歓喜に溢れているのに気付いた。
四方八方から襲い掛かる攻撃を躱し、いなし、受け止めて、そして反撃で骨を砕く。時として返り血が肌を汚し、革鎧にも付着するが、それが彼女を更に興奮させていた。
戦場で色づく戦化粧、それがアヴェリンを彩り、それを力に変えるかの如く更に敵を屠っていく。メイスを一つ振る度に、力を一つ増していくようですらあった。
同じものを目にしていたユミルは、視線を切って首を振る。
「あぁ、ヤダヤダ……。張り切りすぎでしょ」
「そうなる気持ちは分かるがな。最近は少し、我慢させ過ぎた。アヴェリンに見合う敵が出現しなかったせいもあるが……何にしてもストレスを多く溜め込んでいたようだな」
「あちらでは基本、私達に立ち塞がるに相応しい敵ばかりだったものですし……」
タネの割れた今となっては不思議でもないし、不快感が募るばかりだが、常に神々から試練を与えられていたようなものだった。階段を一つ上がれば次の段、そうしてミレイユが成長できるよう、常に苦戦する相手を充てがわれていた。
楽な相手もいたが、それは大抵落差の激しい小物であり、恐らくそちらは何の忖度なしに偶然ミレイユと関わり合った相手だったのだろう。
魂の昇華を促進したい神々からすれば、差し向ける試練は厳選し、その最短ルートを提示していたつもりだったのかもしれない。
――今となってはどうでも良いが……。
常に強敵と戦いたい欲求を持つアヴェリンにとっては、むしろ都合の良い戦闘環境であったろう。現世に来てからこちら、アヴェリンを満足させられる敵が現れなかった事を思えば、あのはしゃぎようも理解できる。
アヴェリンが二体のドラゴンを掻い潜り、二つのブレスを盾で防ぎながらも突進し、その内一体を殴り飛ばす。それがもう一体のブレスを躱す盾となり、その間に頭部の後ろに回り込んで首の根元辺りを殴り付けた。
どのような生物であれ、首があるなら大抵はそこが弱点だ。ドラゴンは蛇のような見た目であるものの、やはり首の付根に位置する部分に急所はある。
身を仰け反らせて痙攣し始めると、即座に残りの三体目に飛びかかった。
ここからでは聞こえないが、恐らく戦いの雄叫びを上げて殴り付けている事だろう。それは己の戦意高揚を呼び起こすだけでなく、敵への威嚇と威圧を兼ねている。
ドラゴンとアヴェリンの周りに魔物が寄ろうとしないのは、何も一人と一体の戦いが危険だからという理由ばかりではない。
「絶好調ですねぇ、アヴェリンさん……」
「なんか身体から湯気立ってるし……。あれ絶対、血の温かさだけが原因じゃないでしょ……」
戦意の高さを血が滾る、と表現する事があるが、今のアヴェリンは正にその状態である気がした。もはや単純な痛みでは、彼女を止める事はできないだろう。
両手を失っても、敵の喉笛を噛みちぎって戦場を走り回りそうですらある。
残りの一匹に止めを刺して、アヴェリンはドラゴンの頭上で雄叫びを上げた。
今度はこちらにも伝わるような大音量で、周囲にいた魔物たちも竦み上がっている。本来、敵陣の真っ只中にいる人間などカモでしかないだろうに、誰も近付いていかないどころか、逃げ出すようにミレイユ達の方へ向かって来ていた。
敵は別にいる、あちらが本命だ、という大義名分を自分に言い聞かせて逃げているのかもしれない。
だが背を向けた相手をそのまま逃がす程、アヴェリンは甘くない。そして背後を見せた群れというのは実に脆かった。ミレイユの射程に入る前には半壊していて、そこへ更にフラットロも加わる。
ミレイユの放った魔術とフラットロの突撃で大爆発を起こし、残っていた魔物達も綺麗に片付いた。後には大量の死体が残るばかりだが、孔からは更に魔物が落ちてくる。
「あらまぁ、トコトン楽させてくれないみたいね」
「一番苦労しているアヴェリンの前で、それ言うなよ」
「あれはあれで苦労を楽しんでいるから、別に良いのよ」
ユミルが皮肉げに笑って、遠くアヴェリンへと視線を向けた。倒すべき獲物が吹き飛び、次なる獲物を目指して疾駆する姿を見つめる。
確かに苦とも思っていない素振りだが、だからと余裕ぶって構えてる訳にもいかない。
それに――。
またも孔からドラゴンが落ちてくる。今度はどれも先程より大きな個体で、一筋縄ではいかない敵に思えるが、アヴェリンからすれば笑みを深めるばかりの相手だろう。
ミレイユはドラゴンの脅威よりも、むしろ孔の方へ目を向けた。
落ちてくる度に孔は拡がり、ドラゴンが通ってきた孔は、更なる拡がりを見せる事で隣り合った孔とくっつき、より巨大な孔を作っている。
それまで小さく空いていただけの孔も同様で、無数にあった筈の孔は、今では数を減らしてより大きい孔を形成するに至っていた。
「嫌な感じだな……。ドラゴンを大盤振る舞いだと思っていたが、むしろ目的は別にあるのか?」
「有り得ますよね。ドラゴンすら捨て駒、より巨大な孔を開けるための布石だという事ですか。でも、それにしては可笑しい……」
ルチアが眉を顰め、そしておざなりになりかけた制御を取り戻そうと、慌てたように杖を翳して形を崩しかけた嵐を戻した。
しばし制御に集中しようと顔を向けなくなったので、続きを催促しようにも憚られる。
何を言い掛けたのか考えようとして、横合いからユミルが言葉を継いだ。
「そうね……、あれ成竜したばかりでもなく、長く生きたドラゴンでしょ? 孔があるから入りたい、なんて思う輩じゃないと思うのよね」
「神の口車に唆されたか?」
「話し合いにすらならないと思うんだけど……、何か余程甘い飴でもぶら下げられたのかしらねぇ……」
「飴さえ用意できれば、言う事を聞くと思うか?」
「さて……」
ユミルは首を傾げて考え込み、今も暴れようと身体をくゆらせるドラゴンを見る。
「難しいと思うのよね。でも、どのような飴であれ、片道の一方通行だと思っているなら用意できるのかもね。捨て駒だと知っているのは神ばかりなり、というコトよ」
「恐らく、あちらの目的は私を連れ出す事だと思うが……成功するとは見ていないのか」
「数を投入しても無理と考えているのかも。――実際そうよ、一所にドラゴンが集まれば、仲間割れするのがドラゴンなんだから。共通の敵が目の前にいたところで、果たしてアンタをどうこう出来るかしらね?」
「……だから、孔さえ通ってくれれば良いと。そして、その為ならどのように甘い条件でも飲んで見せたという事か。……なるほど、大きな空手形を切ったな」
「達成できないと頭から知っていれば、どんな手形だろうと切れるってモンよねぇ……」
ユミルが嫌悪感を多分に含んだしかめっ面で吐き捨てると、制御を取り戻したルチアが声を掛けてきた。
「ドラゴンすら捨て石で拡大させるって……、ミレイさんを通すだけで見たら過分に思えるんですけど。一体何をするつもりなんでしょうか」
「そればっかりはアタシにも分からないわ。単にこの子を通すには、それだけの大きさが必要だと考えただけかもしれないし。そうじゃないなら……、神造兵器を用いる為とか」
聞き慣れない言葉に、ミレイユは眉を顰めてユミルに問う。
「随分物騒な単語だな。どういうものなんだ」
「現世の兵器とは、また定義が異なるわよ。大砲みたいなものじゃなくて、何ていうのかしらね……。巨人というより……ゴーレム、そう、ゴーレムが最も近いかしら」
「人造ならぬ、神造のゴーレム兵器だと? 具体的には?」
「アタシは直接見たコトないから知らないわ。ただ、巨大なもので人型をしている、という情報を知ってるだけ。『地均し』って異名を持つコトもね」
地均し、とミレイユは口の中で言葉を転がす。
それが言葉通りの意味を持つなら、その巨体で世界を平らに出来るほどの力を持つのかもしれない。あくまで誇張表現だというだけで、本当にそこまで巨大である訳ではないだろうが、もし仮に狙いがそれだとしたら、脅威になるのは間違いなかった。
何しろ、単に巨体である敵は面倒であっても脅威ではない。ジャイアント・キリングは幾つも成功させてきた、ミレイユの勲だ。
だがそれは、きっと脅威に見合った戦闘力を持っていて、それがミレイユを打ち倒せると踏むからこそ、送り込んでくるのだろう。
「――ま、今は憶測に憶測を重ねたものに過ぎないわ。アタシですら伝聞でしか知らない古代の物、悲観的に考えるものでもないわよね」
ユミルに言われて、その通りだと頷く。
今はとにかく、襲い掛かってくる魔物に対処するのが先決だった。
ミレイユは魔術を制御し、前方に向かって火炎旋風を放つ。多くの魔物が炎の嵐に巻き込まれ、吹き上がっては燃え散っていく。
孔から出現してくる魔物の数に陰りはない。
長く掛かる戦いと予想はしていたが、まだまだ終わりは見えそうになかった。
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