退魔鎮守 その6
存分に遊び終わったフラットロは、上機嫌でミレイユの元に帰って来た。
そこかしこが爆発の余波で地面に穴が空き、そして雪も霜も綺麗に消え去ってしまっている。今度は骨さえ残らない場合が多かったが、流石に強力な魔物は骨すら丈夫で、溶けきれなかった物も多い。
それについてはミレイユが先程同様、念動力で端へと投げ捨てるように移動させておいた。
だが敵を一掃したのも束の間、孔の中から続々と魔物が降り注いでくる。
まるで詮していたものが溢れたかのような有様だった。それまでの大群がお遊びだったかのように、蛇口を捻ったかのように次々と魔物が飛び出してくる。
出て来る魔物は雑魚が大半だが、しかし数は脅威だ。
今までが遊びだったとは思っていなかったが、とうとう本気を出して来た、という事だろう。
ミレイユはそれぞれに目配せすると、まずフラットロに魔力を注いだ。直接触れられない事に申し訳なく思いつつも、それが戦闘継続に十分な量を与える。
「……大丈夫だな? 頼めるか?」
「やるよ! 沢山やるよ!」
具体的な発言をしなくても、何をして欲しいか察したフラットロは、戦場へと切って返し飛び去っていく。そしてそこに、別方向から新たな火球が――フラットロよりも巨大な火球が地面へと突き刺さり、爆発が起こった。
「なんだ……?」
「何よ、アレ」
ミレイユとユミルの発言は同時だった。
そして、あの爆発がミレイユのものではないと、ユミルはそれで察したようだ。しかも、あの火球は魔術的というより、フラットロのように精霊寄りのもので、自然発火のものでもなかった。
そこまでくれば、あれが何なのかも想像がつく。
次の瞬間、火球が鎌首をもたげるような変化をした。
形が変わり、狼の姿と八本の豊かな尻尾が現れる。そして一鳴きすると、周囲の魔物に喰いかかった。時に噛み潰し、時に鼻面を振って吹き飛ばし、時に尻尾を振るって突き飛ばす。
そしてフラットロと良く似た、しかしそれ以上に洗練された炎を操り敵を焼き焦がしていく。
「……八房か」
「そういえば、ここ奥宮はアイツの縄張りだって話だったかしら」
「そこに、この魔物の侵攻だ。オミカゲから指示がなかったとしても、黙ってはいなかったろうな」
八房は番犬のような役割で存在する精霊ではない筈だが、何にしてもこの状況にあっては心強い。何を言わずとも勝手に敵を処理してくれるというのは、蛇口が壊れたように湧いてくる状況では手放しに称賛したい程だ。
だが今はそんな贅沢が許される状況ではなかった。
その活躍を目の端で追いながら、次はアヴェリンへ顔向きを移した。
「お前にも、ありったけの支援術を掛けておく。これからは十分な補助もフォローも出来ないだろう。――これだけの数がいるなら、魔術の誤爆が怖い。その為の支援を厚くするから、他は少し控えめになる」
「大丈夫です、魔術抵抗を強めて頂ければ、あとは自分でどうにか出来ます」
うん、と頷いて、ミレイユは即座に支援術の制御を始めた。
目まぐるしく身体を走る魔力を練り込み、左右の手で別々の術を行使しては、交互に動かし次々と光が点滅するように放たれる。最終的には、魔術耐性と抵抗を主軸にした計八つの支援を掛けた。
一度に大量の魔術を行使して、ドッと疲労感が増す。久しく感じていない感覚だった。
だが同時に、ミレイユには自己生成できるマナがある。霊地である場から吸収出来るマナも含めれば、たった十秒と掛からず消費した分は回復できた。
それを何とも言えない表情で見つめていたユミルは、視線を断ち切るように顔を前に向ける。
十全に支援の行き渡ったアヴェリンは目配せ一つ向けてくると、そのまま飛び出して行く。ミレイユも頷き返して、今度はルチアに支援術を掛けていく。
ルチア自身も使えるものではあるが、自己の防御に偏っていて魔術の威力を上げるようなものにはレパートリーが少ない。それは単にミレイユを頼れば済む話なので、今まで問題はなかった。
そうしながらも、アヴェリンは敵陣の正面へ突っ込んで行く。
メイスを大きく振りかぶり、大きく跳躍して、全体重と共に武器を地面へ打ち付けると、そこを中心として凄まじい衝撃が走った。
盛り上がる地面と吹き飛ばされる砂や砂利、そして衝撃波が魔物たちを吹き飛ばしていく。そうしている間にもアヴェリンは既に地を蹴って、メイスを横薙ぎにして振り回していく。
腕が一つ動く毎に、魔物が吹き飛び宙を舞い、アヴェリンに近づくもの全て薙ぎ倒されていった。近づこうとする大量の魔物と、それを押し返すたった一人のアヴェリンという構図だが、今のところどちらも攻めあぐねているような状態だ。
そこへ支援の完了したルチアが魔術を飛ばす。
『氷霜の嵐』と呼ばれる上級魔術が、魔物たちへ舐めるように近付いていく。吹き付ける冷気と風、それに混じる氷礫はアヴェリンまで飲み込んで通り過ぎていく。
後に残ったのは立ち竦むアヴェリンのみで、足元には凍り付いた何かが落ちているだけだ。瞬間的に氷結させられた敵が、礫によって砕かれ、バラバラになって崩れたのだ。
アヴェリンは霜の付いた髪を一つ払って、また別の集団へと襲い掛かる。
そしてルチアの魔術はそれだけで終わらない。
制御を続けている限り、その嵐は止むことがないから、今もなお孔の中から落ちてきている魔物たちへも襲い掛かっていく。
落ちてくる魔物と、それに飲み込まれ、地面でバラバラになるという、まるでミキサーに掛けられる食材のような様相を見せていた。
ユミルは大規模魔術が使えない。
上級魔術の修得はあるが、どれも個人に対するものか、もっと小規模な集団に対するものであって、数百を一度に相手取るような術は使えないのだ。
むしろ、使える方が異常と言える。それだけ難易度が高く繊細な制御を求められる上に、失敗すると自爆だけでは済まない被害を出す、というデメリットが存在するのだから。
上級魔術とは、それ程の自信がなければ使えないものだから、そもそも修得しようとするぐらいなら、使える中級魔術の種類を増やす方が効果的なのだ。
だから今のところ、ユミルの出る幕は早々なかった。ただ思い出したように雷撃を放ったりしているのみで、それも遊び程度のもの、彼女の本領はもっと別のところにある。
「暇そうだな?」
「そう見えちゃう?」
ミレイユ自身は忙しく制御を回して、次の魔術の準備をしながら、傍らのユミルに声を掛けた。
魔物はどこからでも出て来るから、ルチアの魔術一つ、アヴェリンの活躍一つで流れを抑える事は出来ない。最初に見せた勢いは衰えを見せているものの、だからと止まる事はない。
アヴェリンへと殺到する組と、ミレイユ達へと向かってくる組と別れた所為で勢いが弱まっているように感じるし、ルチアの魔術でそもそもの数は減らされているが、それでも孔から出現する魔物に終わりは見えそうになかった。
その中にあって、一際大きく孔が脈動し、そして姿を見せる魔物がある。
身の丈五メートルを超える巨人だった。肌の色は青く、細身で頼り甲斐の無さそうな外見で、その顔には髭が覆い目は小さく落ち窪んでいる。
弱そうな見た目とは裏腹に、実際は細身に見合わぬ膂力を持ち、家程度なら小石を蹴り飛ばすように壊してしまうし、ドラゴンすら捕食対象だ。
その手には、巨木を切り倒して適当な形に均した棍棒を握っており、それを振り回されれば、相当な脅威である事が分かる。
だが一番の特徴は、この巨人に冷気属性は通用しない、という事だった。
青白い肌が示すのは不健康さではなく、氷の山岳で育った事を示す、氷の巨人を意味している。反して炎に弱いので、その弱点を突けば脅威ではない。
並大抵の魔術士の炎では痛痒すら感じさせないが、何しろこちらにはフラットロがいる。
精霊に思念を送ろうとして、傍らのユミルを思い出し、取りやめた。むしろフラットロには離れるよう指示を出して、ユミルへの方へと顔を向けた。
「どうだ、あれを利用してみる気はないか?」
「あら、出番を譲ってくれるの?」
「あぁ、私達が忙しくしているのに、一人暇させているのは忍びない」
「お気遣い痛み入るわね」
今にもグラスを取り出して、ワインでも飲みだしそうな雰囲気を出していた、というのも理由の一つだが、何もしていないというのが素直に癪だった。
巨人へと目を向ければ、何を求めているのか即座に分かったらしい。
ユミルと巨人の間には、大きな距離がある。
何をするにも近づかねばならないし、あるいは近付いてくるのを待たねばならないが、ユミルは幻術を使ってそれを克服した。
巨人は味方が分かっていないのか、単に歩行の邪魔なのか、足元の魔物を気にせず踏み潰して進んでくる。その一歩の歩幅は非常に大きいが、歩み自体は遅かった。踏み潰す前に頭上が影に覆われるから、足元の魔物も逃げようとはする。だが、注意を向けていない者も多く、頭上方向からの踏み付けなので、為す術もなく潰される数の方が圧倒的に多かった。
それに怒った他の魔物が攻撃し、既に仲間割れすら起き始めている有様だが、ユミルは目前に窓のようなものを作り出し、そこへ巨人の顔を映し出す。
目を合わせて魅了をし、更に幻術も重ね合わせてより強力な催眠を施した。
「ボオォォォオオオ!!」
既に足元へ攻撃していた相手だから、攻撃対象を少し弄っただけで、明確な敵と刷り込むのは実に簡単な事だった。
棍棒を振り回せばバラバラと魔物が宙に舞って落ちていく。ミレイユ達へ迫ろうとする魔物と、自陣にいる脅威を排除しようと動く魔物に分かれ、敵陣は完全に混乱に見舞われた。
そして、そこにアヴェリンやフラットロが横合いから殴り付けてくるのだから、たまったものではないだろう。
「ほっほっ! いやぁ、ザマァないわね」
「なんだ、その気色悪い笑い声は。……だがまぁ、これで少しは楽になったな」
「まだ一匹として辿り着かせていないのに、良く言いますよ」
ルチアが呆れたように笑い、そしてミレイユは前方に向かって炎を波飛沫を浴びせるように、広範囲へ放った。
それで地獄から抜け出した幾らかの魔物も消し炭となる。
ルチアが言ったように、未だ敵が攻撃できるまでの距離に近づけさせてはいない。
「もしかすると、このまま完全試合が出来るかもしれないわねぇ」
ユミルが挑発するように言うと、それに呼応するように複数のドラゴンが孔から落ちてくる。
ルチアが目を細め、なじるように言葉を放った。
「……黙ってればいいのに」
「いや、あれはアタシの所為じゃないでしょ! 単にタイミングの問題で!」
確かにあれはタイミングが悪かったとは思うが、日頃の言動を見ていると、何か一言嫌味でも言いたくなる気持ちは分かる。
「まぁ、ツイてなかったな」
「そうは言いいますけど、私達にツイてた時なんてありました?」
「それは……」
あったろう、と言い掛けて、思い返してみても、そうそう運良く何かを成した、という事例がない事に思い当たった。大抵は何かしら巻き込まれるか、巻き込まれに行く事が大半で、それを時に魔術や暴力で解決するのが常だった。
「つまり、いつもどおりという事か」
「じゃあ、いつもどおりやれば勝てるわね」
「そうですね、そして祝勝会にたんまり食べましょうよ」
誰の顔にも笑顔が昇る。
脅威はいつだって傍にあり、そしていつでも巻き込まれ、立ち向かい、そして制してきた。
ここまで大規模なものは早々ないが、しかし乗り越えられなかったものは一つとしてない。ならば今回の脅威とて、いつものように乗り越えられない筈がなかった。
その決意を胸に、ミレイユは口の端に笑みを浮かべて、新たに魔術の制御を開始した。
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