退魔鎮守 その5
積み重なった死体は邪魔だ。
単に見栄えの問題ではなく、視界の確保を困難にし、そしてこちらから攻め入りたい時にも思うように進めなくなる。基本的にこちらは防御側なので、果敢に攻めるような事になっても、アヴェリンが見せたように単騎突撃か、それに近いものにしかならない。
敵の進軍の邪魔になるかと言えば、そうなのかもしれないが、潜伏されるような真似をされる方が厄介だった。死体の血は凍って固まっているから、それを利用して血塗れを演出する事は出来ないだろうが、何にしろ死体を利用して隠れられると、どこかのタイミングで横合いから襲われる。
しばしの小康状態が起きている今の内に、死体はどけてしまう方が良さそうだった。
ミレイユはユミル達二人の顔を見てみたが、こういった事に得意な術を使えるタイプではない。どうやら自分一人でやる必要がありそうだ。
アヴェリンは命じればやってくれるだろうが、時間が掛かる。今の状態で、いつ敵が降ってくるか不明なまま、その直下で働かせる訳にもいかない。
ミレイユは両手にそれぞれ別の魔術を制御し始め、途端に眉を顰めた。
どうにも魔力の巡りが悪い。筋肉痛の後に無理して動かしたかのような、どうにもヤキモキする感覚で完了させると即座に放つ。
即座というより、単に暴発させるのが怖くて開放したい、という気持ちの方が強くて手放す。
放たれた魔術は螺旋を描いて炎が舞い、舐めるようにして死体を焼いていく。『烈火の猛り』と呼ばれる魔術で、高火力の炎を小規模な竜巻として出現させる。これで吹き上げらせながら、死体を焼きつつ移動させようと思ったのだが、とにかく数が多い。
もう片方の手には念動力を行使させ、蛇行しながら進む炎の竜巻に、スコップで石炭をくべるかのように死体を投げ込んでいく。
辺りにはツンと鼻をつく匂いが漂い、早く終わらせてしまおうと竜巻の回転も早めた。
そうして竜巻が全ての死体を飲み込むと、そのまま結界の境目まで運び、骨ばかりになった死体を投げ捨てる。そのまま『烈火の猛り』を解除したら、骨が辺りへ散乱しそうになって、慌てて念動力を操作して壁とする。
ミレイユは眉間に皺を寄せたまま、落ちていく骨を見送っていた。
そこに、ミレイユの表情を見ていたユミルが口を出す。
「何よ、その不満気な表情。臭いっていうなら、燃やすなんてコトした自分を恨みなさいな。……ま、数が数だし、燃やしたのは正解だと思うけど」
「……そうなんだが、そうではなくてだな。非常にやり辛く感じて、ブランクを感じたよ。アヴェリンが自身のコンディションを維持していたのが奇跡に思えるな」
「あら、嫌味だコト。別系統の魔術をアレほど見事に行使して、まだ不満があるっての? 危なげなくやってたじゃない」
「前はもっとスムーズに出来た」
ミレイユとしては率直な不満を口から出しただけのつもりだったが、ユミルは馬鹿言うなとでも言うように、ぞんざいに手首を振って顔を背ける。
「あれだけの制御を見せて、不満があるなんて言われちゃ溜まらないわよ。……アンタもそうでしょ、ルチア」
「いや、まぁ……。贅沢な悩みだとは思いますけど、ミレイさんの悩みって、時々私達には理解不能だったりしますからね」
「……そう言われたら、確かにそうね。それを思えば、今回もまた意味不明なコト言い出した、って片付けて良さそう」
「何でいきなりアタリが強くなったんだ。別にいいだろう、ちょっとブランク感じるくらい」
ユミルは顔を向けないまま、鼻を鳴らして答える。
「別にいいけど、それってかなりアタシにとっても癪だから、ちょっと拗ねるくらい許されるでしょ。両手で別系統の魔術って、当たり前にやってるけど普通できないからね」
「……あぁ、まぁ、そうだったな」
「ほら出た! 無自覚な優越。無責任な中傷! そんなコトしてるから、子供が非行に走るのよ」
「……子供って誰だ。お前……自分の事だなんて言い出すんじゃないだろうな」
ミレイユが眉を寄せて睨み付ける。何かとママ呼びしていたユミルだが、最近鳴りを潜めていたと思っていた矢先にこれだ。
ほら出た、とはこちらが言いたい台詞だった。
そこに呆れを存分に含んだ声音で、また呆れた表情を隠さずアヴェリンが言う。
「少しばかり緊張感がなさ過ぎるのでは? 只今が敵の侵攻中である事を忘れられては困ります」
「……うん、すまなかった」
最もだと思ったので、ミレイユは素直に謝罪する。
ユミルもバツの悪そうな顔をしたものの、アヴェリンに謝罪する事はしない。だが身振りだけでも謝罪を表明したのは、やはりそれなりに申し訳ないと思っていたからだろう。
ユミルは天地が割れてもアヴェリンに謝罪も感謝もしないと思っていただけに、これはちょっと意外だった。
「……何て目で見てるのよ。やめなさいよ、その顔」
「……あぁ」
全く自覚がなかったので、頬を擦りながら無数に空いた孔を見つめる。
更なる追加が現れそうな雰囲気を感じて、ミレイユは警戒を新たにした。
単に小康状態だったから多少のおふざけをしただけであるものの、長く続くと思われるこの戦いにおいて、やはりその緊張を和らげるやり取りというのは重要なものだ。
ユミルはともかく、笑顔しかない戦場には不安しか感じられないが、まったく笑顔が消えた戦場というのも恐ろしい。
そういう意味では、ユミルが傍にいるなら悲壮な戦闘とは無縁でいられそうだった。
孔をじっと見つめていると、次に出てきたのは、やはり先程よりも強そうな者たちばかりだった。強そうな、ではない。実際強いのだ。
吹き付ける戦意や殺気は先程までと段違いで、降り立ったばかりだというのに、周囲の確認も警戒もなく走り出してくる。
まるでそこに最初から敵がいると知っているかのような動きだったが、まさか孔から出てくる前から状況を知っていたりするのだろうか。
もしもそうなら、敵が何処にいるかだけでなく、ミレイユが魔術で何をしたかまで分かった事だろう。同族ばかりではないが、それがぞんざいにやられた事は見えていたかもしれない。
それが怒りに火を注いだのだとすれば、彼らの行動にも一定の理解が出来る。
「ワォ、凄い勢いでやってくるじゃない。ガッついても女にはモテないって教えてやらなきゃ」
「そうだな、ディナーの誘い方を教えてやる必要がある」
「そして今日のところはご飯抜きね」
ユミルの軽口にミレイユが乗って、素早く制御を完了させる。青い光を掌に握って、そうして次に行使された魔術から、出現したのはフラットロだった。
召喚されたフラットロは嬉しそうにミレイユへ近づこうとして、その異様な雰囲気に気付く。怒号と地面を踏み荒らす音に引かれるように顔を向け、そして目を剥いた。
「何だ、あれ!!」
「見ての通り、少し面倒な事になっている」
「そうだな! 何か沢山いる! 怒ってるな、何でだ……?」
「多分、私が沢山あいつらの仲間を殺したからだな」
「なんだ、そんな事か!」
フラットロはそれだけ言うと、迫る魔物の大群に興味を失ってしまった。召喚された精霊に生死の概念は良く分からない。長く生きた精霊はともかく、そもそも精霊に死の概念がないので理解しづらいのだ。
生物は何もしなくても死ぬ。
それは怪我であったり寿命であったり、時に本当にくだらない理由で死ぬ事もあるものだ。そして百年を越して生きる人間はともかく、百を超えて生きる魔物というのも、実は少ない。
だから、殊更フラットロにとっては、同胞の死で怒りを燃やして襲い掛かって来ることも、天寿を全うして死ぬ相手を悼む気持ちも、似たようなものと受け取る。
死は死でしかなく、単なる現象として受け止める。
今にも迫ろうとする魔物たちを尻目に、ミレイユにジャレ付こうとするフラットロを止め、大群の方を指し示した。
「お前を呼んだのは、アレらの相手をして欲しいからだ。適当に焼き、適当におちょくり、適当に遊んでくれ」
「そうなのか? そうして欲しいって言うならするけど!」
ミレイユは頷き、更に魔力を込めてフラットロの頭を撫でるように動かす。今は炎の耐性を上げていないので、直接触ると火傷する。だからとりあえず、精霊を活性化させる為に魔力だけ注ぎ、触れるようにして見せたのは振りだけだ。
それに少し不貞腐れた様子は見せたものの、魔力が注ぎ終わると力を漲らせてミレイユの頭上を一周りした。
尻尾に着いていた火は更に燃え上がり、口の中や目までも吹き上がって小さく爆ぜた。
犬の鳴き声に似た雄叫びを上げてから、フラットロは大群の中へ突っ込んだ。
その瞬間、着弾地点を中心に大きな爆発が起きる。
その爆発が十分に広がるよりも早く、爆心地からフラットロが飛び出し、そしてまた新たな標的を見つけては着弾して、爆発を引き起こしていった。
黙っていても大群は全滅しそうではあるが、フラットロは計算して爆発を起こしている訳では無い。というより、説明したところで理解してくれないので、好きに暴れさせるのが一番効率が良かった。
当然、撃ち洩らしは多く発生するし、何より爆発から逃げようと、より多くの大群がこちらに向かってくる事になる。
それを見て、既にどうなるか予想を付けていたルチアが一歩前に出た。
「……とりあえず、動きを止めるだけで十分ですかね?」
「十分でなければ、こちらでどうにかする」
「ですね、了解です」
ルチアが中級魔術の制御を始め、それが一瞬で完了する。杖の先端から放たれたのは、『極北の霜風』で、膝より下程度の高さで冷風を飛ばすというものだが、使い手に寄って威力が異なる。
中級に位置するだけあって、行使にはそれなり以上の難易度があるものの、敵を傷付けるのには向いていない。この風に充てられた者は、その動きを著しく鈍らせるという効果だ。
そして鈍い動きはフラットロの餌食となるのだが、ルチアの術はそれだけに留まらない。霜が付着したら最後、それが凍り固まって身動き出来なくさせる。
アヴェリンが苦手とする戦法で、これに対処できるだけの魔術秘具を用意しているなど、何かしら外部からの手助けがなければ、まず間違いなく縫い固められてしまうという魔術だった。
実際、勢いよく迫っていた筈の大群は、ミレイユ達に近付く程に地面へ縫い付けられ、下半身は動けなくなって固まっている。
その後ろから続々と敵が集まってくるが、固まってしまった者たちが邪魔で、更に霜風で縫い止められていく。そうこうしている内にフラットロがやって来て、氷漬けになってしまった部位ごと爆発の果てに蒸発させた。
「楽で結構なコト……」
ユミルが呆れとも付かない言葉をポロリと零し、ミレイユも同意する意味で小さく笑った。
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