反撃開始 その7

 アキラは離れていくアヴェリンの背中を見ながら、その恰好へ目を移していた。


 アヴェリン達は全員が完全装備だ。ここ最近よく見る私服姿でも、神宮で過ごすに当たり、身に着けていた貫頭衣姿でも、そして訓練着でもない。

 初めて公園で目にした時のように革鎧の所々金属プレートを張った、身動きを阻害しない防具に、螺旋を模した抉れた形の黒光りするメイス、そして同じ材質と思える盾を持っている。


 そして制御を学び、学園でも付与された武具を見てきた事からこそ分かる、非常に高度な付与装備に目を剥く。学園内にあったものが備品であり、訓練用であり、そして学園生の手に寄って作られたものである事を差し引いても、その性能は群を抜いていた。


 ここまで距離が離れていても、その武具に含有されている魔力が桁外れに多いと分かる。それはつまり、それだけ高威力を持った武具だという証明でもあった。

 付与されたものは単純に切れ味を保持するもの、あるいは上昇させるもの、火を吹き出すなど、その効果は様々だから一概には言えない。


 しかし、それだけの魔力を持つ武具が、単なる見掛け倒しであるとも思えなかった。

 その一撃が山をも砕くと言われても、信じてしまいそうな魔力を秘めている。


 それはアヴェリンだけが身に着けている訳ではなく、ルチアもユミルも同様だ。全身を目も眩むような魔力が滲み出ていた。

 しかし、エルゲルンは余裕の笑みを崩さない。その程度は全く脅威と思っていないような表情と口ぶりだった。 


「……あぁ、お前だな。ひと目見て、直ぐに分かった」


 エルゲルンは歩を進めるアヴェリンを無視して、ミレイユへと視線を固定したまま言った。右手にメイスと盾を持った姿は、誰が見ても内向術士だと分かる。

 自分の敵ではないと思っての余裕なのだろう、とアキラは思った。実際、アヴェリン程の実力者であっても、力押しでは勝てないのが幻術士ではないか、と思った。


 アキラはそれを身を以て痛感している。それをどのように攻略するのか気に掛かると同時に、翻弄される姿など見たくない、という師を思い遣る気持ちもある。

 落ち着かない気分で見守っている間にも、エルゲルンは演説するかのように声を張り上げ腕を広げた。


「お初にお目に掛かるな、シンジンよ。俺がここにいるっていうのは、つまりだ。連れ戻すという以外に――」


 何かを言い掛けていたエルゲルンを、それより前にミレイユの指先から放たれた雷が頬を打った。己の頬に手を当てて、信じ難いものを見るような視線を向けた。

 直接的なダメージは殆どないように見えるが、それより話もさせずに遮った事にこそ、衝撃を受けたように見える。


「あぁ、いい演説だったな。――かかれ」


 ミレイユが首を傾げるように動かすのと同時、アヴェリンが弾かれたように飛び出した。

 離れた位置にいるアキラにさえ、その速度を目視するのは難しい。その余りに桁外れの速度には、エルゲルンも脅威に映ったようだ。顔を引き攣らせて身を捩ったのが、辛うじて見えた。


 しかし、アヴェリンの一撃は呆気なくエルゲルンの肩を捉え、そして砕く。

 悲鳴を上げて仰け反るかに見えたが、まるで幻のように消えてしまった。

 ――まるで、ではない。またも幻でしかなかったのだ。


「ミレイユ様、あいつは……!」

「ああ、あれで分かった。大丈夫だ、慣れたものだしな」


 ミレイユもアヴェリン達と同様、完全装備でいつかの魔女か戦士か分からない、敢えていうなら両方を盛り込んだような姿をしていた。

 下から見る表情にも余裕がある。胸の下で腕を組んだ様子はいつもどおりで、構える様子も備えるような様子もない。口にした事も嘘ではないだろう。


 そもそもアキラが心配する事自体、烏滸がましい事なのだ。強張った身体から力を抜いて、アキラは師の戦いに目を戻した。


 アヴェリンは即座に身体を横向きにすると、その背後からサーベルを突き出そうとしていたエルゲルンを盾で殴り飛ばした。しかしそれすらも偽物で、今度は消えるでもなく砕けて落ちる。

 鏡像だったと知り、正面へ向き直ると同時に駆け出した。


 姿は見えなくとも、アヴェリンにはその姿がハッキリと捉えられているようだった。一直線に向かってその武器を振り下ろせば、衝撃音と共にサーベルで攻撃を受けたエルゲルンが姿を現した。

 その表情に余裕はなく、先程までの飄々とした態度、そしてアキラ達と相対していた態度からは想像もできない程の、焦りが見える。

 それこそれが、アキラ達とアヴェリンの力の差でもあった。


 アヴェリンがメイスに力を込めると、じりじりとサーベルが下がっていく。力の拮抗が完全に崩れるより前に、アヴェリンの膝蹴りがエルゲルンの腹に突き刺さった。


「ゴホォ……ッ!」


 エルゲルンの手からサーベルが落ちる。腹を両手で抑えて二歩後ろに下がると、素早い制御で魔術を放つ。その直後にはアヴェリンを取り囲む、アヴェリンの鏡像が現れていた。

 阿由葉姉妹にもやった手法だ。

 砕いたとしても、また次々と追加され、自分の動きを模倣した斬撃に傷を負わされていった。あの時は二人で背後を庇い合う形だったから保っていたが、アヴェリン一人では背後までカバーし切れまい。


 これは流石に拙い、とそれを見守るように立っているユミル達を見たが、彼女らが動き出す気配はない。それが信頼からくるものだと分かっていても、ユミルの表情からまるで見捨てたようにも映ってしまう。

 ミレイユへ何か進言した方が良いのか、と迷っている間に、アヴェリンはその場で大きく足を持ち上げ地面へ落とす。


「――ダァッ!!」


 気合と共に打ち下ろされた蹴撃は、それだけでアキラを少し浮かび上がらせるような衝撃が走った。アヴェリンを取り囲んでいた鏡像は、その一撃で尽く砕け散り、次に生成されるよりも前に走り出す。


 逃げ出し、距離を取ろうとしていたエルゲルンだったが、たった一歩で肉薄されてメイスが振り下ろされる。頭を狙った一撃は転がるように逃げて外れたが、未だそこはアヴェリンの間合いだった。

 その間合いの中にあって、逃げ出す事も、また一撃浴びせる事も困難なのは、アキラが一番良く知っている。どうするつもりだと窺っていると、初めから近接戦闘では勝てないと理解しているのか、武器を持ち出さず制御を始めた。


 だが、それをみすみす見逃すアヴェリンでもない。

 嵐のような連撃でその両肩、腹、顔を打ち据える。

 だが、敵もさる者で、エルゲルンは制御をやめなかった。顔面も肉を削がれて血がダラダラと流れていたが、それでも魔術は完成し、行使される。


 すると、まるで世界が鏡合わせのように歪み始めた。

 エルゲルンを中心として世界が狭まり、かといえば広がり、遠近感も無くなっていく。まるで万華鏡の中に放り込まれたかのような錯覚を覚えた。


「み、ミレイユ様……!?」

「いいから、黙って見ていろ」


 アキラの焦った声にもミレイユは動揺を見せない。相変わらず腕を組んだまま、しかし視線をアヴェリンからユミルに移す。

 その視線を受け取ったからではないだろうが、ユミルは楽しそうに頬を緩めて歩き出した。そうして彼女が動く度、左右上下に世界の姿が変えていく。


 ユミルの下にも横にもその姿が歪に現れ、そしてエルゲルンは鏡の後ろに隠れるようにして姿を消してしまった。

 ユミルの口角が皮肉げに歪められる。その笑みはまるで獲物を見つけた捕食者のようだった。


「へぇ……? アタシ相手に幻術勝負しようって? いい度胸じゃないの」

「引っ込んでいろ。これは私が任された」

「いやねぇ、アンタだけとは誰も言ってないじゃない。アタシ達三人に行けって言ったんでしょ?」

「だったとしても、手に負えない状況じゃない。一人でやれる」

「そこを疑いたい訳じゃないんだけど、でも幻術って、アンタと相性良い相手とは言えないでしょ。スマートに終わらせようって話をしてるのよ」

「それならルチアに手伝わせよう。それでも問題ない筈だ」


 アヴェリンが視線を向ければ、ルチアはどちらでも、とでも言うように肩を竦めた。その表情には呆れたものが存分に表れていて、アキラも似たように感じていた。

 ここに来て、あの様な強敵を前にして言い争う場面でもない。トロール相手に口喧嘩していた状況とは違うのだ。真面目にやってくれ、という気持ちが湧き上がる。


 ミレイユを恐る恐る見上げてみたが、余裕の表情はやはり崩れていない。いつもどおりの光景だからと気にしていないようでもあるが、時と場合という言葉は彼女に関係ないのだろうか。

 ユミルはアヴェリンへ、諭すように人差し指を持ち上げた。


「……いいコト? あれだけの魔力総量を持った敵が現れたというなら、戦闘はこれだけじゃ終わらない。アタシの予想じゃ、まだ続くわ。だから出来るだけ消耗なく、スマートに勝ち続ける必要があるワケ」

「ム……」

「適材適所を考えなさいな。これの相手はアタシがする……と、言うと煩そうだから、引き摺り出すのを請け負うわ。だから、頭を砕くのはアンタに譲る。好きでしょ、砕くの」

「何たる言い草だ。引き摺り出すのは良いだろう、やれ。だが貴重な情報源だ、殺しはしない」

「……そうね、それでいいわ」


 二人の間でようやく協定が結ばれたらしい。

 アヴェリンは軽い調子で武器と盾を構え、そしてユミルは制御を始める。そして、何処から聞こえてくるかも定かではない声が、二人を小馬鹿にして嘲笑った。


「良くもまぁ、敵を前にしてそこまで馬鹿話が出来るものだ。お陰で追加の制御を加える十分な時間を得られた。だからまぁ、文句を言うものでもないがな。――そこの金髪、良いように殴ってくれた礼は、百倍にして返してやるぞ」

「……もう勝ったつもりでいるのか、間抜けが」


 アヴェリンが鼻を鳴らすと、ユミルも同じように小馬鹿にした笑いを上げた。


「アンタも良くご存知でしょうよ。幻術は格上には通用しない。所詮は格下狙いの、弱者をいたぶる手段に過ぎないって」

「何事も使いようだ。明確な格上だって、相手次第じゃ幾らでも転がしようはある」

「……まぁ、ね。それはあるかもね」


 ユミルが意味深な笑みを浮かべてアヴェリンを見、そして正面――エルゲルンがいるであろう場所へ視線を戻した。


「だから教えてあげる。幻術を使う者同士の戦いってのは、明確な差があると勝負にもならないってコトをね」

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