反撃開始 その6

「ぐぁぁあああ!!」


 アキラばかりでなく、多くの人の叫びが聞こえる。

 そして、その衝撃を身に受けながら、戦闘の最初を思い出す。数多くいた隊士達を一掃する術、それをエルゲルンは使えるという事を。


 一度使ったら、もう二度と使わないという事はあり得ない。警戒して然るべきだったのに、幻術のインパクトが強すぎて失念していた。そもそも敵は、幻術士と名乗っていても、幻術しか使えない訳でもない。


 相手は歴戦の、そして高い力量を誇る外向術士なのだ。

 一般隊士に寄る攻撃はダメージにはなっても脅威たり得ず、だから弾雨の中で制御を続け、そして放って来たのだろう。


 あの時と全くの二の舞いで、復帰した隊士がまた吹き飛ばされただけ。

 そう思って絶望していると、それに紛れて頭上から近付く影がある。

 ――漣だ、と思った時には、もう理術は発動されていた。


「分かってたんだよ、それ使う事ぐらいはなぁぁ!!」


 漣は誰かの助けを受けて、頭上に飛び上がっていたらしい。

 結希乃が七生を投げ飛ばしたように、誰かが漣を空へと逃した。そして頭上から接近し、外向術士である漣が敵へと肉薄しようとしている。

 何をするつもりだ、と思うより前に、その術が解き放たれる。


 右手を大きく伸ばし、その掌がエルゲルンへと触れた直後、爆光が広がり頭上へと向けられる。その爆発規模は凄まじいのに、アキラ達へは届かず、ひたすら頭上へと昇っていく。

 だがその風圧と光は抑えられるものではなく、アキラは再び投げ飛ばされるように転がっていった。


 腹部の治療も十分ではなく、表面だけ塞がっていた傷が再び広がって血が流れた。

 その風圧だけは収まるのが速く、逆に術の発動地点へ、吸い込まれるように流れていく。

 あまりに凄まじい威力だが、同時に仲間を省みない一撃にも思える。何を考えてこんな術を、と痛む腹を抑えつけながら首を上げると、凱人が苦悶の表情で爆発を睨み付けていた。


「何なのあれ、漣は一体なにをしたんだ……」

「全くだ、馬鹿な真似を……ッ!」

「え……?」


 凱人の悪態は、仲間の攻撃に向けたものにしては黒い響きを持っていた。

 確かに仲間も同時に吹き飛ばしかねない威力だったが、悪し様に言うには検が籠り過ぎている。何だか嫌な予感がして問い質した。


「どういう事? 確かに凄い威力だったけど……」

「あれは術を放つというより自爆に近い。高威力だが外しやすく、使い所が限られる。だから確実に当てようと思えば、あれほど近付かなければならない。だが、高威力故に自分も爆発から逃げられない。自爆覚悟でなければ使えない術だ」

「そんな……! それじゃ、漣は……!」


 悔恨にも似た表情で凱人が首を振ると、アキラは倒れ伏しているのにも関わらず、足元が崩れ去るような錯覚に陥った。

 身体が重く、平衡感覚が崩れていくような気がした。頭の奥が痺れ、ふらふらと彷徨うように揺れた。


 爆光が収まり直上へと流れていたエネルギーも鳴りを収めた頃、上から何かが落ちてくるのが見える。アキラは咄嗟に凱人を呼んだ。


「凱人、あれ!!」


 アキラが震える指で示す向こうには、身体を弛緩させたまま落ちてくる漣の姿が見える。

 それは風に流されるようにしてこちらに向かって来ていた。受け止めようとして立ち上がろうとし、しかし半身さえ持ち上がらず崩れ落ちる。

 早く立ち上がろうと気ばかりが焦り、しかし気力だけでは身体が付いて行かず、やはり崩れ落ちる破目になった。


「大丈夫だ、任せろ!!」


 凱人が声を上げて立ち上がる。

 落下方向はほぼ凱人を示していて、僅かに前後左右へ微調整しながら受け止める準備をしていた。そしてとうとう凱人の元まで落ちてくると、その落下速度を上手く逃して受け止め、漣共々投げ飛ばされた。


 何度か地面を転がってから止まり、火傷だらけの漣を伺う。

 アキラも必死に這ってそちらに近付くと、凱人が周囲を見渡しながら声を張った。


「――生きてる! 誰か、早く来てくれ! 治癒できるなら誰でも良い! 頼む!!」


 周囲の隊士は誰もが倒れ伏していて、起き上がる者が居ない。

 必死な呼び掛けも意識を失った仲間には届かなかった。


「頼む! 誰かいないか、誰かッ!!」


 貼って辿り着いたアキラも、凱人の腕に抱かれた漣を見る。

 顔中火傷だらけで、身に着けていた防具も焼けて爛れてしまっていた。場所によっては溶けた服が肌に張り付いているようだ。血と煤と火傷に塗れた姿を見れば、どうにか助けてやりたいと思う。


 呼吸はか細く目は虚ろ、即座の治療がなければ助からないだろう。

 本人は自身の死と引き換えにでもエルゲルンを倒すつもりでいたのかもしれないが、あの凶悪な敵を討ち倒した恩人を、ここで死なせたくはなかった。


 アキラも凱人に続いて声を張り上げる。

 誰か助けて、誰でも良い、そう思いながら声を上げた。


「誰かいませんか! お願いします、誰かッ!!」


 その時、瓦礫を動かすような音が聞こえた。

 荒い息をさせてはいたが、その足取りは確かで頼りがいがありそうに思えた。既に明かりとして用意されていた篝火は消えていて、足音は聞こえても姿は見えない。

 ならば、あちらも姿は見えていないだろう。

 アキラは必死で声を上げ、助けに来てくれているだろう誰かを必死で呼ぶ。


「ここです! ここにいます! お願いします、早く!!」

「……あぁ、そこか」


 聞こえた声に、アキラは身体中が強張るのを感じた。

 あの戦闘の後、そして爆風に曝され、身体中は熱を持って冷やしたい程だった。それなのに、その一声を耳が拾った瞬間、刹那の内に体温が下がったのを自覚した。


「そこにいるんだな? どれ、俺が診てやるよ。助かる保障はないけどな」

「お前……、エルゲルン!!」


 アキラは立ち上がれないまでも、刀の切先を声の方に向けた。

 その先にはアキラが思ったとおり、エルゲルンが立っている。身体中、火傷はあっても軽傷で、あの爆発規模から思えば全くの無傷と思える程に通用していない。


 着ていたスーツはボロボロで、既に衣服としては機能していなかったが、エルゲルンはさして気にした様子はない。

 その表情も苦々しいものを見るように歪んでいたが、傷を慮ったものではなかった。足取りが軽く聞こえたのも当然で、戦闘の続行は問題ないように見えた。


「いや、本気で焦ったよ。マジでもうおしまいって思ったさ。実際、見事な不意打ちだったよな? 仲間全員を使った目眩まし。自分も仲間も巻き込む一撃だった。その覚悟がありゃ、あんな威力にもなるわな」

「なんで……」


 アキラの声は自然、震えた。

 受けた本人が言うくらいだから、漣の一撃は効果的だったのだろう。その威力にも褒める調子が含まれていた。敵ながらあっ晴れとでも思っているのかもしれない。

 だが、それなら何故こうして無事なのか。


 全くの無傷という訳ではない。

 だが、そうとしか思えない程、ダメージを負っていないように見えた。


「不思議か? ……不思議なもんかねぇ? 単にそれだけ互いの実力に差があったっていうだけの話だろ。外向術士の勝負は、結局のところ魔力防膜を貫ける威力を持てるかどうかだ。――つまり、こいつと俺の実力差がこの姿って事だよ」

「切り傷は負ってるのに……?」


 アキラの指摘には、エルゲルンは実に興味深けに刀を見つめた。


「ま、そこだよな。だから勘違いさせたのか? 自分達の攻撃が通じたから、魔術だって通じるだろって? 魔力付与された武器に防膜が弱いなんて当然だろ。ま、それも相性や対策次第だが。俺は基本、自分より強い敵に近接戦闘なんてしねぇし。使う魔術にしても、遠距離から攻撃する方が向いてるだろ? じゃあ、反撃されるにしても、そういう対策に重きを置くわな」


 底意地の悪そうな顔をして、舌を出しては小馬鹿にするように嗤う。

 アキラの顔が歪み、凱人は話している間に漣を背後へ庇うように移す。アキラはもう立ち上がって戦える程に余力はないが、凱人ならば一撃打ち込むぐらいの体力は残っているだろう。


 先程、漣を受け止めるのにそれを使ってしまったのなら、もうどうしようもないが、しかしここに来て諦めるのは嫌だった。

 敵はあからさまと思える程に、自身の情報を喋っている。そうした末に勝利を引っくり返されて来たというのに、未だに遊んでいるのだ。


 それは今度こそ覆される事のない勝利だと確信しているからかもしれないが、だからこそ、その顔に泥を塗ってやりたい、という気持ちが湧いて来る。

 そう思わせるのが奴の狙いで、怒りと憎しみ、そして諦観を表情に見るのが好みだと知っていても、抑える事は難しかった。


 凱人が立ち上がろうとして、その膝が震える。不意を打ちたかったろうに、腕を払われるだけの動作で、もんどり打って倒れた。手を付いて立ち上がろうとするも、それも適わない。

 ただ歯を食いしばった立ち上がろうとするその眼には、未だ萎えない闘志が燃え盛っている。


「……あっそ、お前は楽しくないな。勝てないと分かって立ち向かう姿ってのは、滑稽だが好みじゃない。さっさと死んどけ」


 振るったサーベルには、咄嗟に身を捩って浅い裂傷で済む。しかし無理な体勢からの回避は身体にも負担だったらしく、そのまま横へと倒れてしまう。

 エルゲルンが再び武器を振るおうとして、アキラは這ってその足へ縋るように引っ張る。


「やめろ!!」

「あぁ、いやいや、止めたくないね。……おっと、そうだった。時間稼ぎ合戦は俺の勝ちかな? ……まぁ、最初から何の意味もない時間稼ぎだったが」


 エルゲルンがぞんざいに足を動かし、それでアキラは吹き飛ばされた。

 待て、と更に追い縋ろうと手を伸ばし、しかし届かず歯噛みする。喉奥から恨みと怒りの唸り声が上がりそうになった時、唐突にエルゲルンの姿が掻き消える。


 遅れて鈍い衝撃音が聞こえて、それで誰かが殴り付けたのだと察した。

 ここに来て一体誰が、と重たい頭を持ち上げると、そこには見慣れた――非常に見慣れた姿が目に入った。


「――あぁ、つまり、コイツらの勝ちだ。時間稼ぎに意味はあったな」

「ミレイユ様……!」


 アキラの視界が涙で歪む。

 震える身体は安堵の溜め息で、更に震えた。

 何故これまで来てくれなかった、などと泣き言を言うつもりはない。そもそも彼女は守られるべき存在だ。誰より強くとも、だから隊士より前に出て戦えなどと言える筈もない。


 ミレイユが軽い調子で手を挙げると、その背後にいたルチアがすぐさま治癒術を行使する。それもたったの一瞬と思える程の速度で、まずはアキラ、その近くにいた凱人や漣、それを中心に広がっては癒えて行く。


 ミレイユの隣に立っていたアヴェリンが前に出て、そして、そこから少し離れてユミルも続く。その後姿を見ながら、これほど頼りに思える背中もない、とアキラは思わず笑ってしまった。


 ルチアは更に魔法陣を用意して、そちらに重症者を移していく。傷は表面上を治しただけで、一命を取り留めたに過ぎない。更なる治癒が必要なら、魔法陣に赴かなければならなかった。


 ミレイユが顎をしゃくるようにして動かしてから、アキラに言う。


「お前も必要そうなら、あちらに行け。後はこちらで受け持つ」

「はい……、不甲斐ない僕らをお許し下さい」

「いいや、良くやった」


 アキラはその一言だけで、全てが報われたような気がした。

 身体の力が抜けて、汚れた顔に笑みが溢れる。

 ――もう大丈夫だ。


 今日何度か感じた勝利の確信は、思い違いが多かった。だがこれだけは間違いないと、これこそ確信して思える。

 アキラはへたり込みそうになる身体を叱咤しながら、せめてその戦いだけは見届けようと背筋を伸ばして師の背中を見つめた。

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