反撃開始 その4
――二人を人質に取られている。
アキラは、まるで絡みつく様なやり辛さを感じながら、必死に刀を振るっていた。実際この戦いは、そのようなものだ。倒れ伏した仲間へ攻撃を向けさせない為、とにかく喰らい続けなければならない。
決定的な隙を見せれば、エルゲルンは足元に素振りをするだけで仲間へ追撃する事が出来る。それは首元などの致命傷を与える傷でないかもしれないし、全く致命傷に届かない一撃であるかもしれないが、そんな事は関係なかった。
ただとにかく、無防備な仲間へ、嘲笑混じりの一太刀が入れられるのは我慢ならなかった。
幸いエルゲルンは遊んでいる。残り一人まで減らしたという余裕が、そうさせるのだろう。だが、仲間が戦線復帰する事を危惧してもいたから、その遊びも長くは続かない。
「粘るねぇ、どうにも」
「いつまでだって、粘ってやる!」
剣裁を加えながら、アキラは必死で喰らいつく。エルゲルンも距離を取ろうという素振りを見せるが、それを許してしまえば姿を消してしまう。
剣撃の合間に姿を消そうとした事もあったが、スタミナを度外視して攻め立てれば、流石に防御や回避に専念せねばならないらしい。今のところは逃さずに済んでいた。
アキラとしても必死だ。
頼れる仲間はなく、ただ独りで倒さなくてはならない。
それを嘆いているのではない。こうして一対一の状況まで持ち込めるよう、仲間たちが導いてくれたから今がある。
最終的に残ったのはアキラだったが、例えそれが他の誰であっても、やはり同じように戦っただろう。
それが分かっているから、アキラは刀を振るう。
――仲間の想いを束ねて戦っている。
だから彼我の実力差があろうと、臆せず喰らい付けていけた。
エルゲルンは恐らく、天才の部類なのだろう。
外向術士でありながら、剣まで卒なく扱えている。二つを高いレベルで修める事は非常に難しい。それは実体験として、アキラ自身が理術を身に付けようとした場合に、必要な努力を知っているからこそ、そう言える。
アキラはいつだって亀だった。兎と亀、いつだって鈍重で覚えが悪く、そして成長も遅い。行き着きたい到達点へ、遅々として進まない。
兎には常に追い越され、常に背中を見つめる日々だった。
――だが。
アキラは決して諦める事だけはしなかった。
進む先には、必ず到達点があると思うからだ。遅くとも、辿り着けるなら意味があると信じるから、進み続けられた。
――それでも。
幾ら罵倒され、才がないと諭されても、振るえる腕があるなら……あり続ける限り、振るい続ける。
到達点へも、いつか辿り着けると思えば、進み続けられる。
その馬鹿な一途があったから、ここまでやって来れた。その思いがあって、エルゲルンに喰らいつく事が出来ない筈がない。
「お、まえ……ッ!」
エルゲルンの顔が僅かに歪む。
常に攻め続けるアキラを、ここでようやくおかしいと思い始めたようだ。剣の腕だけを見ても、才があるのはエルゲルンの方だろう。だから今までもミスなく受け続けられている。
だが、攻め手は時に守り手側よりも疲弊するものだ。攻め続けても、その全てが当たる訳でもないし、反撃を躱しながら前進を続けるアキラは、その分スタミナも減りやすい。
すぐに息切れを起こすか、決定的な隙を見せると思った事だろう。だから律儀とも思えるほど、エルゲルンはアキラの攻撃を受け続けていた。
だが、その攻撃の手が緩まない。
続くと思えば、いつまでも続くと思える苛烈な攻めを続けている。
アキラの射抜くような視線が、圧を持ってエルゲルンを押し付けた。この身朽ち果てようと、必ず一撃入れてやる、という気迫の圧だった。
その圧に押され、一歩、また一歩とエルゲルンを追い詰めていく。
その表情には余裕がなく、素直に受ける意味もないと逃げようとするが、その度に肉薄して決して逃さない。
「いい加減に……、しろッ!」
エルゲルンの振り払ったサーベルが、咄嗟に避けたアキラの頬を裂き、横一文字の線を引いたが、それ如きでは攻め手を緩めない。体中を血だらけにして戦っていた阿由葉姉妹を思えば、流す血は足りないくらいだった。
その苛烈な姿が目に焼き付いているから、アキラもまた動き続けられる。
「くそっ、何なんだお前! どいつもこいつも狂ってやがるな!」
アキラは心中で、鼻で笑う。
こいつらは日本人の、更に言えば神宮勢力の逆鱗に触れた。
外から鬼を送るだけでは飽き足らず、オミカゲ様すら連れ去ろうとする奴らだ。それを敵にすればどうなるか、教えてやらねばならない。
攻め続けなければ逃げられる、そういう目前の問題だけでなく、息つく暇を与えないのには、また別の理由もあった。
エルゲルンは鏡像を増やしていない。阿由葉姉妹を落とすのに集中させ、そして最後に砕かれた。再度新しく出す事は出来るだろうに、傍に一体張り付かせているだけで、それ以上はない。
アキラが猛攻仕掛けている横か後ろに出現させ、そして複数体で抑えれば良い。むしろ、そういうスタイルこそ、エルゲルンの得意とする所だろう。だがしないのは、新たに出現させるにも制御の集中が必要だからだ。短い時間で素早く行使できるのだとしても、流石に防戦一方の状況では不可能なのだ。
だから一瞬の隙だけでも作ろうと武器を振り回すが、アキラは傷を負うことも厭わず攻め立てる。逃げること、距離を取ることを許さず、まるで命を燃やす様にして喰らい続けている。
アキラにしても、これ以上の勝ち筋など見つからないからだ。
一太刀入れればそれで勝ち、となるかは分からない。首を落とす位しないと無理かもしれない。だが、それでも、まずは喰らい続けなければ先がないと分かっているから、それをしているに過ぎなかった。
その時、阿由葉姉妹の傍にいた鏡像が別の場所に移動しているのに気付いた。
いや、移動しているというよりは、鏡合わせの動きをする以上、エルゲルンが動けば鏡像もまた動くのだ。二人の傍から離れたのは良いが、しかしこれはアキラを挟むような形にもなっている。
気づかぬ内に、上手く誘い込まれたという事なのだろう。
アキラは攻撃しているつもりで、相手有利の場所へと誘い込まれていた。
エルゲルンは戦巧者だ。自分の使える術の有利性を熟知して、そしてそれを利用し戦う術に長けている。それは理解していたつもりだった。だが、敵がその一歩先を行った。
「……ぐぅっ!?」
敵の意図を悟って、思わずアキラの口から苦悶の声が漏れた。
エルゲルンから遊びが消え、仕留めるつもりになった。アキラにまさか、前後二体を相手にする余裕はない。どちらかに注力せねばならないが、本体を相手にすれば鏡像に刺されるだろうし、鏡像を優先させれば本体に抉られる。
誘い込まれるのを良しとせず、そこから離れる事を選べば、やはり逃げられる事になる。
逃げた先で再び鏡像を量産すれば、後はアキラに成す術がない。
もはや詰みの状態だった。
せめて一矢報いようと、強引に攻め立てたが、余裕を取り戻したエルゲルンには通用しない。状況を理解したアキラを嘲笑するように口を曲げ、剣撃を受け流していく。
分かっていても逃げる動きを止めようとすればする程、敵の望むように動かされる。鏡像も迫り、もう駄目かと思った。
――その時だった。
「――オッラァァ!」
「ゴホァッ!?」
ボゴン、という重い打撃音と共に、エルゲルンの表情が驚愕に歪む。
口の端から血を流し、腹部も血で濡らした凱人が、その背後からエルゲルンを殴り付けていた。
背後から横腹を殴り付けられ、身体を曲げつつ背後を伺い、そこにいる筈のない姿を目にして、エルゲルンの表情は更に歪んだ。
その直後、鏡像も同時に砕け散る。
砕け、霧散しながら落下していく欠片の向こうから、七生の姿が現れた。その背後では、結希乃がカタパルト代わりになったと思われる、何かを投げ出す恰好のまま崩れ落ちようとしている。
七生の表情もまた、憤怒と共に凄まじいものになっている。それでアキラは先程の会話が七生にも届いていたのだと察した。
振り抜いた刀をそのままに、手首を返して方向を変えると、更に一歩踏み込んで、エルゲルンの太ももを斬り裂く。
「ガァッ!?」
咄嗟の事で反応できなかったが、アキラも呆けている訳にもいかなかった。
剣撃を繰り出していたのは、まさにこの時の為。アキラもまた一歩踏み出し、太ももを切られて身体を支えられず、崩れ落ちそうになったエルゲルンを袈裟斬った。
「ハアッ!!」
肩の付け根から脇腹までを大きく切り裂く。
身を捩って逃げようとする身体を、凱人が殴り付けて逆側へ飛ばし、そしてその方向にいた七生が鬱憤を晴らすかのように蹴りつけた上で唐竹に斬り付ける。
背後へと二歩たたらを踏んだところで、更にアキラが逆袈裟に斬り、遂に血飛沫を上げてエルゲルンは倒れた。
「ハァ、ハァ、ハァ……!」
誰もが肩で息をし、満身創痍である事が見て取れる。
特に凱人と七生は酷いもので、どうして立てているのか不思議なくらいだった。
「ハァッ、ハァッ……! 御由緒家をッ、舐めるな……ッ!」
七生が口にした、その言葉が全てな気がした。
内向術士は、その継戦能力の高さ、そして自己治癒能力の高さが頭抜けている。膝を震わせて立っているのも奇跡で、万全には程遠く、幾つも武器を振るえない状態でも、最後の力を振り絞って奮戦した。
この為に残した余力というよりは、僅かな力を捻出する為に控えていたのだろう。
そしてそれは、本当に最後の最後で間に合った。
アキラは荒い息を吐きながら、二人に感謝の頭を下げた。
「……ありがとう。お陰で助かった……」
「礼を言われる事か……。俺のせいでもあるしな……」
エルゲルンが別人に被せた幻術は、誰も見抜けていなかった。最初に攻撃を当てたのがアキラだとしても、途中で違和感に気付く事はなかっただろう。
それを思えば、誰に責められる筈もない。あるとすれば、それは殴られた本人だけだろう。凱人の連撃を受けたなら、相当悲惨な事になっただろうから、それについては誠心誠意の謝罪が必要かもしれない。
「――今はよそう」
緩みかけた空気を、アキラは刀を振るうことで掻き消す。
まだ戦闘は終わっていない。エルゲルンの戦闘不能を確認できるまで、油断する訳にも、警戒を怠る訳にもいかないのだ。
どこまでも油断できない敵、それを戦闘中、幾度も痛感した教訓だった。
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