反撃開始 その1

「どうしたらいい? 大体鏡像って……!」


 鏡に映った姿でしかないものが、実体を持って襲ってくるというのは卑怯な気がした。

 そもそも鏡像というなら、本体を真似る動きしかしないし、鏡の反対側には実体がある筈。そして同様に板状なり壁状なりの鏡もある筈なのだが、それらしい物体は見当たらない。


 空間そのものに投影される鏡像、というのが、この術の真価という気がした。

 鏡像が輪郭を持って存在し、それが物理的にも干渉する。しかし鏡であるという部分は変わらないから、非常に脆い。


 この術の弱点は、そこにこそある――のかもしれない。

 アキラはいっそ、破れかぶれの気持ちで叫んだ。


「下手な致命傷を受ける前に、少ない被害で済ませるべきだ! 漣、やってくれ!」

「あぁ? ――あぁ、そういう事かよ。いいですか!?」


 漣が最早どこにいるかも正確でない結希乃に向かって叫ぶと、それに呼応する声が上がる。


「許可する、やれ!」

「頼むぞ、漣! しくじるな!」

「全員、耐衝撃体勢を取って!」


 凱人と七生からも注意が飛んで、漣が制御を始める。

 だが簡単にやらせてくれる程、甘い相手でもなかった。エルゲルンから妨害が入り、漣の腕や顔、身体が斬り裂かれる。だが、それでも顔を顰める程度に留めて制御を乱す事なく続けた。


 この時にも助けにいけない自分を不甲斐なく思う。

 下手に動けば、そして下手に助けるような動きを取れば、漣のみならず他の誰かに武器が当たるかもしれない。今だけは漣を信じて待つ他なかった。


 忸怩たる思いで歯噛みして待っていると、身を斬られ血を流しながらも、最後まで制御を乱す事なくが完成させた。

 赤い光が漣の両手を包み、収縮するように掌へと消え、そして一際激しい光が指の間から漏れる。


「抑えて撃つけど、耐えろよお前ら!」


 漣が両手を広げると、自身を中心として爆炎が拡がった。

 それは防壁内を蹂躙するように燃え広がり、踊るように炎が尾を引いて暴れ回る。


 アキラはそれを背中を丸め、頭を隠すように腕を回して、それに耐えた。

 空気が熱を持ち、息をすると肺が焼けてしまいそうだ。目を開けていようものなら、表面の水分すら飛んでいきそうで、歯を食いしばって目を閉じる。嵐が過ぎ去るのを待つような心境で、術が終了するまで、じっと耐えた。


 まるでいつまでも続くかのように思われた炎の嵐だが、実際は終了するまで十秒も経っていなかった。

 その術が唐突に終わりを告げ、アキラは顔を上げる。鏡像はどうなったかと周囲を見渡し、そして綺麗さっぱり消えているのを見て、成功を確信した。


 見慣れた四人の姿だけがあり、そして漣の前にはエルゲルンがサーベルを突き刺す恰好で立っている。その刀身は漣の腹部を深々と刺し貫いていた。


「――漣ッ!!」

「くそっ、貴様!!」


 アキラが顔面を蒼白にして叫ぶのと、七生が飛び出すのは同時だった。一瞬遅れて凱人もそれに続く。

 エルゲルンはサーベルを引き抜くと、七生へと顔を向け、嘲笑するように口を曲げる。そして姿が歪んで消えた。

 七生は構わず刀を振り抜いたが、手応えらしきものは見えない。そのすぐ傍に現れたエルゲルンへ、咄嗟の反応ので攻撃しようと、手首を返し半身を向けた瞬間、七生の背が斬り裂かれた。


「ぐぁッ!?」

「だぁから、駄目だって。凄い反応速度だけどさぁ、目で見て反応するほど引っ掛かるんだよな、こういうの。内向使いは馬鹿だから助かるよ、ホント」

「ふざけ……っ!」


 七生は裂傷を負ったが深手ではない。たたらを踏みそうになりつつ、更に身体を捻って背後へ刀を振ったが、既にそこにはエルゲルンの姿はなかった。

 だがその一瞬後に、その姿が現れる。目で追いつつ、惑わされぬよう別の場所に姿を見出そうとして、突き出されたサーベルに腹部を刺された。


「がっ! 本物!?」

「虚像か? それとも実像か? 見抜こうとするほど術中にハマる。これはそういう術だぜ? 特にお前らの様な奴には効果テキメンってな」


 言うだけ言って、また姿が掻き消えた。

 追撃をする事なく逃げ出したのは、そこに凱人が迫っていたからだろう。事実その直後、凱人が直上より振り抜いた拳が地面を抉った。


「大丈夫か、七生!」

「……えぇ、ごめんなさい。でも、それより早く漣を!」


 崩れ落ちそうになる七生を、凱人が支える。

 漣の方を窺ってみると、既に結希乃が動いていた。自力で立てない漣を防壁の傍まで連れ、そこから外へ逃がそうとしている。結希乃が外へ声を掛けると、そのレンガ状に組み上げられた壁の一部が左右に拡がって穴を作った。


 そこで治療が済んでいた一般隊士が引き取り、奥へ連れてはその治療に専念していく。

 結希乃が再び戻る頃には、既にエルゲルンの姿が幾つも増えていた。


 アキラは状況を見据えて歯噛みする。

 漣の理術は上手くいった。アキラ達は髪が少し焦げたくらいで、それ以上の火傷はない。漣が火力を上手く調節してくれたお陰だろうが、その所為でエルゲルン本体には些かのダメージも与えられなかった。


 そして何より、その致命的な隙を見逃してはくれなかった、という事だ。

 鏡像は全て砕けた。それは狙い通りだったが、同時に敵からしても狙い通りでしかなかった。連に取らせた戦法は、味方への誤射を恐れないなら、確かに一度で全ての鏡像を壊せる。


 敵からしても厄介な相手だったろう。

 エルゲルンは内向術士を馬鹿にする発言をするが、返してみれば、それは外向術士は脅威足り得ると考えている、という事だ。

 自分を倒せるのは外向術士だと思っている。


 エルゲルンは数を増やし、更にそれぞれが別方向へ歩きながら、誰にも顔を向けないで拍手を送る。その顔には勝利を確信した笑みが浮かんでいた。


「魔術で一掃するっていう手は良かったよな。鏡像を砕ける威力でありつつ、お前達には被害が出ないっていう絶妙な力加減でもあった。良い術士だったと思うぜ? けど、その後がお粗末だったなぁ。制御中の魔術士が無防備なんて、誰でも知ってる事だろ? あいつ無しで、俺にどうやって勝つのよ」


 確かに虚実入り交じったエルゲルンの攻撃は脅威だった。

 それに、明らかに敵は本気ではない。こちらが対抗策の一つや二つ出す事は、そもそも織り込み済みだろう。そういう戦いを繰り返してきた、熟練した術捌きを感じさせた。


 この術一つで戦ってきた訳でもなく、剣の心得もあり、そして双方使って翻弄する。他にも隠し玉があるかもしれない。

 手の内全てを見せる事もないだろうし、こういう相手なら気づかせず使っている可能性もある。力押しではなく、間接的に倒すのが真骨頂という気がした。


 数を揃えて挑んだところで、一定以上の力量がなければ先程の二の舞いだろう。

 隊士達は己の命を顧みず武器を振るうだろうが、無駄死にさせる意味もない。

 そこに死体の数が必要だというなら、それが有効に働く作戦、そして仲間の死と引き換えにエルゲルンの首を落とせるぐらいでなければ割に合わない。


「とはいえ、グズグズしてると治癒されて帰って来るだろ? お前らとしちゃ、最期まで誰か一人が立っていた方を勝ち、と見るつもりかもしれねぇが、そこまで付き合ってやるつもりもねぇしな」

「漣一人落としたぐらいで、もう勝ったつもりか! 何一つ、お前に対抗できないと思うな!」


 結希乃の一言で、アキラの萎え掛けていた戦意が再び高まる。

 自分が言った提案で、漣が傷付き倒れる事になった。それに対する失意はある。不甲斐ない、馬鹿な発言、己を悔いる気持ちは幾らでも湧き上がってくるが、その謝罪も後悔も生きていればこそだ。


 目の前の敵を倒す。

 オミカゲ様を害する者は、何人たりとも容赦しない。


 その怒りを戦意に変えて、アキラは刀の柄を握る。敵の姿は四体、こちらの数に合わせた数だが、あの中に本体がいるとは限らない。

 それ以上の数も用意できるし、アキラ達の鏡像を作らない事から余程の自信を窺える。このままでも勝てるという意味なのか、それとも何かを隠しているのか――。


 アキラは頭を振って思考を外へ追い出した。

 疑心暗鬼になる事は、敵の利にしかならない。そうする事が相手の狙いで、それを本人の口からも聞いている。だが、しかし――。

 考えなしの攻撃もまた、敵への有効打にならないという気がした。


 がむしゃらに突っ込むだけでは、足元に引っ掛けられて転ぶだけ。

 しかし、下を意識すれば上から何かが落ちてくる。その、常に先手を取られる感じが二の足を踏ませ、そして遂には踏み出せなくなる。

 それだけは避けなければならなかった。


 ――いっそ武器を捨てるか。

 馬鹿なことを、とアキラは大きく顔を歪めた。同士討ちの怪我は減るだろうが、それでは敵を倒せない。エルゲルンは外向術士だ。それを思えば素手でもダメージを与えられる可能性はあるが、どちらにしても有効打を与える前に、こちらが力尽きそうな気がする。


 魔力総量も相応に多く、魔力も強いだろう。その防御膜を、果たして抜けるかどうか……。

 アキラが思考の迷路に捕らわれていると、結希乃が声を張り上げる。


「目は捨てろ、気配を頼って武器を振るえ!」

「それは分かります……が、それだと鏡像からの攻撃は避けられません!」


 気配を頼りに攻撃を避ける事は出来る。

 アキラにも出来る事だが、それは人の思念を頼りに察知するから出来ることで、全くこちらを意識しない攻撃を避けるのは難しい。


 それこそ視界を頼りに、勘を頼りにするしかないのだが、勘はともかく視界を使わず避けるなど、到底出来るとは思えなかった。


「鏡像も実体を持つ身として、武器を振るえば空気を動かす。それを頼りに避ければいい! 泣き言を言う暇あったら、今すぐ対応しろ!」

「は、はい!」


 言ってる事は分かる。分かるのだが……、やれと言われてやれるのなら苦労はない。だが今この時、自分だけでなく仲間の命も掛かっているとなれば、やるしかないだろう。

 出来ないといったところで、アキラに現状の打開策など思い付かない。


 ――それに。

 それに今できないなら、今できるようになれ、という言い分はアヴェリンと良く似ている。今まで散々、言われ慣れてきた事だ。


 アヴェリンはアキラの成長を見て、できると確信するから言っていた事だが、今回は単なる発破に過ぎない。それが分かっていても、やらねばならない。

 自分達が護るものはオミカゲ様だが、それが害されるとなれば、引いては国民全ての身を裂かれるのと同じ事だ。


 凱人が小手を打ち鳴らして構えを取り、結希乃と七生が同じ構えで納刀し腰を落とす。アキラもまた刀を正眼に構えて、目の前の敵を見据えた。

 エルゲルンも制御を始め、その両手に紫の光が纏う。それを合図として、アキラ達は雄叫びを上げて地を蹴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る