静けさ、その後 その10
あまりにも唐突、あまりにも強い閃光と爆発は、咄嗟の防御が間に合わなかった。
アキラに限らず誰もが吹き飛ばされ、そして防壁が仇となってぶつかっていく。紫都たち支援隊としては、直ぐにでも防壁を解除したかっただろう。
だが、それを解除すれば、衝撃によって吹き飛ばされてくる隊士、壁に張り付かされている隊士を助ける事はできるが、致命傷を負って今なお治療中の隊士達を見捨てる事になってしまう。
どちらを優先するべきか判断つかないまま、衝撃波は発生した時と同様、唐突に終わりを告げた。
後には倒れ伏した隊士達、そして衝撃の中心で肩で息をするエルゲルンが立っている。そして吐き捨てるように言った。
「はぁ、はぁ……。全く、ここまで馬鹿やる奴らだと知ってりゃ……! 短命種って奴ぁ、もっと命を惜しむもんなんじゃねぇのか」
「惜しいものか、馬鹿め……ッ」
震える身体で立ち上がり、険しい顔付きのまま睨む結希乃は決然と言い放った。
「我らオミカゲ様の矛と盾。お前の目的がオミカゲ様だと分かったからには、この命、例えこの場で果てようと、必ずお前を倒す……!」
「姉上……、同じ気持ちです!」
七生も立ち上がり、凱人、漣、アキラと立て続けに起き上がった。
壁は新たに敷き直され、倒れた隊士たちをその戦闘区域から引き離す。自分たちとエルゲルンのみを隔離するような形だが、結局のところ強者には強者しか相手にならない。
一般隊士の努力と献身が無意味という訳ではない。
事実、彼らの奮戦があればこそ、エルゲルンの理力を大幅に削る事が出来た。それまで余裕を崩さなかった敵の仮面を剥がす事も出来ている。
どの程度――何割削れたかは問題ではない。確かに爪痕を残した事こそが重要なのだ。
だから、それに報いようとアキラ達も奮戦できる。
「全く……それじゃあ仕方ねぇ。この後も戦闘控えてるんだろうし、それまで温存しときたかったがよ、そういう訳にもいかねぇか。――面倒クセェ奴らだな!」
エルゲルンが一喝するように言うと、その両手に光が集る。紫の光が制御の終了を告げる前にアキラと凱人は足を踏み出し妨害しようとしたが、辿り着く前に完了してしまう。
術が解き放たれると共に、一瞬の閃光がで目が眩んだ。
反射的に目を逸したお陰で直視せずに済んだが、視線を戻した時には、既にエルゲルンはいなかった。気配を探って目を向けた先には誰もおらず、そして他の誰かが逆を指し示した。
「小癪な真似を!」
凱人が殴り付けようと地を蹴り、接近しようとしたところで再び姿が消えた。
かと思えば、直ぐに別の場所で姿を表す。
最初に見せた転移のように思えるが、それにしては理術の行使が見当たらない。アキラの時はともかく、凱人の時に何もなかったというのは腑に落ちなかった。
そう思っていると、突然、結希乃が横薙ぎに吹き飛ばされる。
エルゲルンは武器を振るう動作を見せていたが、距離は離れすぎている上に、その間には凱人も七生も立っていた。その二人を無視、というより貫通して結希乃に攻撃が通るのも理解不能だった。
「ぐう……っ!」
「何が起きた!?」
「――幻術だ!」
結希乃は攻撃を受けたが、致命傷には程遠い。咄嗟に防御した所為もあるが、敵の攻撃力自体が高くないお陰もあるからだろう。
見れば、その表情は獲物を前にいたぶるような、残忍な笑みを浮かべている。
この隔離され、閉じ込められた状況にあって、敵には余程の自信があるのだろう。
漣が素早く制御を完了させ、エルゲルンに炎の矢を放つ。だが、着弾より前に姿を消し、また別の場所に現れた。本当に幻術なら、攻撃を受けても良かった筈だ。
それを悟らせたくなかったのか、それとも瞬時に転移しているだけなのか、そこに疑問は残る。相手に情報の確度を上げさせない、という意味では有効かもしれないが、アキラは思考の片隅に小さなシコリを残した。
ここにはエルゲルンの姿が、幻術かどうか見分けられる術士がいない。未だ壁の外で治療に当たる者たちがこちらに注視できないからこそ、そういった戦術を取るのかもしれなかった。
――戦闘に慣れている。
それもこうした、相手の手札が分からない、理術士相手の戦いに。
だが、治癒術や支援術に秀でている訳でないのは分かった。それが出来るなら、とうに自分に対して使っている筈だ。
だがとにかく、アキラに出来る事は敵を切りつける事しかない。
アキラは凱人と目配せして、同時に仕掛ける。また消えるようなら、それに反応できるよう、凱人からは距離を取って後を追う。何をするにせよ、七生もまた意を汲み取ってアキラの後ろに付いた。
そして凱人が肉薄したところで、また姿が掻き消えた。視線を素早く動かし次の目標を捉えると、そちらへ向かって急制動を掛けて飛び込む。
刀を握り締め、その頭に振り下ろそうとしたところで、また姿が消えた。
眼の前で消えられては、次の目標を探すのに時間が掛かる。だがそれは既に七生が捉えていた。アキラがそうしたように急制動の後、角度を変えて弾かれたように接近し、その刀を振り抜く。
完璧に捉えたと思い、そして実際首筋から脇へと刀身が走った瞬間、エルゲルンの姿はガラスが割れるように砕け散った。
「――なにッ!?」
幻像そのものを斬り付けて、それで素通りしたというなら分かる。
だが砕けるというのは意外だった。
ならば本人は、と顔を巡らせると、再び結希乃をサーベルで斬り付けたところが目に入った。結希乃とて当然、警戒はしていただろう。
続けて結希乃を狙ったというのなら、エルゲルンの狙いは司令塔を最初に潰すことだ。それ自体は狙いとして当然、良くある斬首戦術に過ぎないから、攻め立てている最中でも結希乃は警戒を怠らなかったに違いない。
だと言うのに、こうも簡単に接近を許し、なおかつ攻撃までさせてしまった。
そこへ漣が鋭く叫ぶ。
「こりゃ幻術だが、鏡像だ! 幻像と良く似てても別物、本体は鏡像の真逆にいる!」
「そうと分かれば!」
凱人が目の前のエルゲルンに背を向けると同時、その背中に斬撃を叩き込まれ、前のめりに倒れた。頭から倒れたが、咄嗟に受け身を取って前方へ転がるように衝撃を逃がす。
付与された防具には優れた耐刃性能があるが、それを斬り裂いてしまっている。出血は激しそうではないが、徐々に血の染みを拡げていた。
「そんな!?」
「いやいや、そんなこと言われたら、それ利用するに決まってるだろ。鏡像に映して姿を消す? それとも姿を隠さずそのまま残る? 色々やり方はあるんだよな」
「一人は必ず鬼の前に! それ以外は対角線を意識しろ!」
結希乃が指示を飛ばし、エルゲルンの顔が嫌らしく歪む。
その手が紫に光ると、止めようと走り出すが、その前に制御が完了してしまう。敵の制御が見事なのか、それとも術自体の難易度がそれ程でもないのか、あまりに完成までの時間が短い。
次に現れたのは、それぞれの対面に立つエルゲルンの姿だった。
鏡像など無視しようと思ったが、無意味な事をするとも思えない。踵を返しかけたところを直前で思い直し、直感に従って横っ飛びに躱す。
鋭い音が耳元を過ぎ去り、そして髪が数本散った。
――これが本物!? 鏡像と入れ替わったのか!
アキラが躱した無理な体勢のまま武器を振るうと、その切っ先が腹に突き刺さる。肉を切った感触が返って来るかと思いきや、実際には硬質な何かを引っ掻く音を立てた。
そして鏡像は砕け散る。
ならばさっきの攻撃は一体、と思っていると、誰も彼も眼の前の鏡像を砕いていて、そして再び別の鏡像が同じ数だけ出現していた。
だが、向いている方向がそれぞれ違う。
正面を向いているものはなく、右や左、斜め正面と、全て別方向を向いている。
アキラは今日遊んだ遊園地、そのミラーハウスの事を思い出していた。
――まさか。
アキラの懸念は、他の者も即座に思い付いたようだ。
「鏡は一枚じゃない、そういう事か!? 反射させて、自分の正確な位置を分からなくしてる!」
「そして鏡像は幻像じゃない。斬られれば傷を受けるぞ!」
そこにパチパチと手を叩いて笑い声が響いた。
声が聞こえる方向すら惑わせ、正確な位置を掴ませまいとしている。
では、一番最初に感じた、気配の方を振り向いて誰もいなかったあの時、あれが最も敵に接近していた瞬間だったのかもしれない。
「まぁ、そうなんだが、お前ら挑発しがいがあるねぇ。幻術士と戦うのは初めてかよ? 疑心暗鬼になったら、もう抜け出せねぇよ。この術を馬鹿にする奴もいるがよ、何でも頭と使いようだよな」
「――惑わせるな! 鏡像は脆い! とにかく一撃加えてしまえば無力化できる!」
「ところが、そう上手くいかねぇんだな」
エルゲルンの嘲笑が響き、そして制御を始めると、即座に術は完成して発動される。
眩い光は一瞬だったが、次の変化は劇的だった。周囲全方向、あらゆる場所にエルゲルンが、そしてアキラや凱人、七生たちがいる。
まるで本当に、ミラーハウスへ迷い込んでしまったかのようだった。
「術の対象は俺だけじゃねぇぜ、お前たち――もっと言えば、この場所自体に掛けてやった。お前らに見分けられるのかねぇ……?」
「無意味な事を! 私達の鏡像が増えたところで、どうだと……!」
結希乃が目の前にある凱人を斬り倒そうと武器を振り下ろし、その鏡像を砕く。呆気なく、何の抵抗もなく砕けたのは事実だが、その動作が周りにどう働くかは考えていなかった。
結希乃の鏡像がアキラの髪を数本斬り飛ばし、目の前を通った斬撃に怖気が走った。
もし何か間違っていたら、鼻が切り落とされていてもおかしくない。結希乃の鏡像――もっと言えば仲間の鏡像は敵ではないかもしれないが、その攻撃自体は害となり得る。
「これ、下手に武器振り回せませんよ!」
「でも倒さないと話にならないでしょう! とにかく目の前の鏡像を砕いて! 殺すつもりじゃなければ致命傷にはならないし、敵を斬りつけ続ければ何とかなる筈!」
「その考えこそ術中とは思わねぇのか! どうみても同士討ち狙ってるぞ、これ!」
七生の提案に漣の叫び返したが、それこそ真実を捉えているように思えた。
数に押されたエルゲルンだからこそ、その有利を覆そうとしている。それが幻術で姿を消す事であり、鏡像であるのだろう。
眼の前の鏡像を斬りつけるつもりで、誰かの背を斬り付けているのかもしれない。
自分の知らないところで、自分の鏡像が仲間を斬るのが恐ろしい。
アキラは武器を振るうのに、二の足を踏まざるを得なかった。
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