神と人の差 その12

 アキラはまたも羨ましそうにその横顔を目で追って、そして最後に残った漣が視界に入る。

 漣は手にした槍を器用に回転させてから、小脇に仕舞うように腕を畳んだ。そして意気揚々と歩き始めたのだが、それにミレイユが待ったをかけた。


「お前はいい」

「え……、どういう意味ですかね?」

「お前の役目は外向術士として動く事で、近接戦闘を磨く事じゃない。護身程度は出来て当然だが、それ以上鍛える時間があるのなら、もっとマシな事に時間を使え」

「でも、懐に潜り込まれた外向術士は弱い。その弱点を補う事は重要じゃねぇんですか?」


 外向術士としての漣は、それ以外に価値がないとでも思ったのか、不満が態度に現れていた。漣は口調も荒くなっている事に気付いていないのか、更に続けようとするのを、アキラは顔を青くさせながら見守った。


「他人の足を引っ張るような奴に、なりたくねぇんです。それには近づけさせない槍が良いと思ったし、距離を保てれば理術を使う隙だって生まれると……」

「お前に武器を扱う才能があれば、私もそれを勧めたろうがな」

「俺には才能がないですか。こうして最後まで立ってるのに……」


 まるで不貞腐れているような言い草だった。

 ミレイユはそれに全く興味がないのか、頓着せずに首を横に振る。


「お前が立っているのは仲間が必死にフォローしていたからだ。自分一人だけの実力だと思っているなら、とんだ勘違いだ。後方にいるお前の懐に入られるような事があれば、それはむしろ前衛の問題だ。他の仲間が全員やられているという事だからな。そうなれば、そもそも勝ち目がない」

「でも、俺の小隊は外向術士で固められていて……」

「それが間違いだな。壁役は入れておけ」


 即座に納得しかねるように、漣は渋い顔をした。

 恐らく、今まで苦楽を共にし、互いの連携を知り尽くした四人なのだろう。一点集中火力を目指すか何かしていたのかもしれない。今更変えろと言われても、簡単な事じゃないのは分かる。

 だが助言はあくまで助言だ。嫌だというものを強制的に変えさせるものでも、そうさせる命令でもない。


「……考える時間はある。他と話し合って好きにしろ。だが、すぐ熱くなるのは、お前の弱点だ。闘志だけ維持できる者は多い。だが外向術士なら、冷静さも維持出来なくてはならない。どちらか一方ではなく、同時に維持できて意味がある」

「ハッ……! 申し訳ありません!」


 漣は自分でも思い当たるものがあるのか、これには素直に頭を下げた。

 ミレイユに楯突くような有様だったので、七生もこれにはハラハラして見守っていた。いざとなれば殴り倒してでも、漣を連れ戻そうとでも考えていたような顔だった。


「では最後に、お前達四人を同時に相手する。言われた事を忘れず挑んで来い」

「ハイッ!」


 四人の声が重なり、それぞれが武器を構えては頷く。

 凱人が壁となり、その後ろに二人並んでアキラと七生が続き、全体を俯瞰するよう漣が付かず離れずの位置を確保する。後方と距離がありすぎれば、そこを狙い撃ちされる可能性がある。漣はそれを良く分かっているようだ。


 凱人が踏み出し、その後ろへピッタリくっ付くようにして二人が続く。

 言われた事を実行しようにも、個人と小隊規模戦闘では勝手が違う。自分だけではなく、仲間の動きも勘定に入れて動かなければならない。


 凱人も二撃目をどうするかは判断に迷うだろう。

 何しろ、凱人を壁にして動いているのはアキラと七生。その二人の一撃をどう繰り出すつもりなのかなど、打ち合わせなしで分かる筈もない。


 アキラにしても同様で、何をすれば邪魔にならないかを必死に考えていた。攻め所や勝負所はどこにあるのか、それを考え、探しながら動く。

 ミレイユ相手に数の利など無い事は十分に理解している。個人個人に有益な助言を与えたからといって、すぐにその差が覆らない事も理解していた。


 凱人が拳を打ち付けた所を狙って、アキラは左から飛び出し側面から斬りつける。反対側から七生も斬りつけるが、お互いの攻撃は避けるか受けるかされてしまった。

 凱人の二撃目はミレイユに先手を取られる事で不発に終わった。反撃が来る前に逃げ出そうとして、その腹を蹴り飛ばされる。そこを狙った七生の振り下ろしは、木刀の側面へ軽く手を添える事でいなされてしまった。


 アキラの足元に、背後からヒヤリとした冷たい何かが通る。

 確認するより前に飛び跳ねて、上段からの打ち下ろしをミレイユへ放つ。それは手に持った木剣に防がれたが、その冷たい何かがミレイユの足元に絡み付いた。


 背後から来たのなら漣が何かしたのだろうと、ヤマを張ってみたのだが、それは見事的中した。

 ミレイユの足は床に縫い留められている。泥濘すら簡単に割るミレイユだから、これは一秒と保てば良い方だろう。


 アキラは着地と同時に、横薙ぎにした渾身の一撃を繰り出した。

 しかしそれでも、その一撃はミレイユに届かない。立てた木剣によって防がれている。だがミレイユの顔には小さな笑みが浮かんだ。

 少しは期待に添える一撃を打てたのだろうか、とアキラの表情も僅かに緩んだ。


「良い太刀筋だ。少しは分かってきたか?」

「分かりません。むしろ分からなくなってきました」

「贅沢な悩みね!」


 その隙を狙った七生が、逆側から袈裟斬った……が、それも虫を払うような動作で剣筋を逃されてしまう。


「分からないのに、そんな太刀筋を持てるの?」


 自身の一撃が簡単にいなされてしまう事への妬みだろうか。繰り返す連撃も、そちらに顔を向けないミレイユに掠りもしない。

 ミレイユが興味深そうにアキラの顔を見て、そして軽い動きで突き飛ばした。


「うぐぅ!?」


 だが軽く見えるのは動作だけで、実際の衝撃は凄まじい。足を固められて、十分な体重移動すら出来ないはずなのに、その衝撃は他の生徒の一撃より遥かに重かった。

 突き飛ばしたままの姿勢でいるミレイユが言う。


「だが、その悩みが続く内は上手くも強くもなれるだろう。制御技術にも同じ事が言えるな」


 ミレイユは懐に入り込もうとする凱人を適当にいなし、氷を砕いて足を持ち上げ、横へ大きく薙ぐように蹴りつけては、七生を巻き込んで二人を飛ばす。

 まだもう片方、氷に縫い留められている足を取り出しながら、ミレイユは言った。


「攻撃を当てようと先を見すぎるな。拘りすぎれば、臆病にも雑にもなる。……まぁ講釈垂れるほど、私も知ってる訳じゃないがな。お前たちは、もう少し繊細であればと思うが……」


 ミレイユは凱人と七生を順に見てから、アキラへ視線を移す。


「繊細と慎重も違う。それらが分かれば、もっと良くなるだろう。一皮も二皮も剥けるんじゃないのか」

「ハイッ!」


 景気よく返事をして、ミレイユも満足そうに頷いてから武器を構える。

 アキラ達も構え直すと、手招きするように木剣を動かした。それを合図にアキラ達も動き出して床を蹴る。背後で漣が何かの理術を制御する気配を感じた。

 安全に制御を完了できるよう、とにかくこの場に縫い付けられるよう、アキラは必死になってミレイユの動きを読みつつ木刀を振るった。




 ――そして今、アキラ達は訓練場の床に転がっていた。

 立っているのはミレイユのみ。流石に疲れたのか、溜め息を吐くような呼吸を口から出していた。額には薄っすらとした汗が浮かぶぐらいで、前髪が張り付く程は流れていない。


 つまり、アキラ達に出来た事といえば、その程度だった。

 助言も金言も受け取ったとて、それで劇的に良くなる訳ではない。しかし、幾らか喰らいつけるようにはなった。その粘りが、気力も体力も理力すらも、絞り汁一滴すら出ないまでに出し尽くす結果となった。


 誰もが荒い息をつき、起き上がる事すら出来ていないというのに、ミレイユだけが訓練を始めた当初と変わらぬ体力を残して立っている。

 彼我の実力差をまざまざと見せ付けられて、既に起き上がれる程までに回復した他の生徒たちも、青ざめた顔でその光景を見つめていた。神は強いとされている、しかしまさかここまでとは、と誰の顔にも書かれていた。

 凱人が疲れだけではない何かを滲ませて、項垂れながら言った。


「ここまで、差があるのか……!」

「これが、神と人の差、ね……」

「強くなったと、思ったのになぁ……!」


 だが、声音は悲嘆だけのものではない。

 届かなかったし、届く気配もなかった。しかし御子神であるミレイユが強いというのなら、その母神であるオミカゲ様もまた強いと想像できるのだ。


 それが分かるから、神の頂きを垣間見えたからこそ、御由緒家の彼らの顔は明るい。

 神は強くなくてはならないと言う訳ではなかったが、強い神である事は誇りに感じる。だからアキラ達は、最後の最後、残った一絞りの気力を総動員して、せめて座った姿勢で頭を下げる。


「ご指導ご鞭撻、ありがとうございました……!」

「ああ、頂きは見えたか?」

「見えません、まるで……。我らの矮小さを思い知った気分です」

「それが分かっただけ、収穫はあったな」


 アヴェリンが傍に立って差し出すタオルを受け取って、汗を拭いながらミレイユは続ける。


「教えるのは今日が最後だ、手向けにしろ。学園には顔を出すかもしれないが、これまでのような事はない。今も強くなってる鬼に、対抗する力を付けるよう期待する」

「ハッ! ご期待に添えるよう努力致します!」


 七生が代表して答え、頭を下げた。周りの生徒も膝を折っては頭を下げている。

 ミレイユはそれに頷くだけで何も言わずに踵を返す。遠ざかっていく足音を聞きながら、遠のく気配に畏怖と憧憬を感じていた。

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