神と人の差 その6
アキラはその一言が衝撃的すぎて理解できなかった。周りの生徒も何か冗談だと思ったのか、リアクションに乏しい。困惑したような顔つきで、ただお互いの顔を見返すばかりだった。
あまりにも突然で、教師からもそのような通達はなく、嘘か真か、その真偽が掴めない。武器を振るい理術を放つなど不敬に当たるのではないかと混乱するばかりで、誰もが動くこと出来ないでいた。
ミレイユの後ろに控えている、アヴェリンもユミルも何も言わない。
いっそ無感情に睥睨していて、事の成り行きを傍観するつもりでいるようだ。問題があるなら真っ先にアヴェリンが止めるだろうから、納得ずくではあるのだろうが、本当に大丈夫なのか、という疑念は晴れない。
「勿論、全員で掛かれと言っても、本当に全員同時に仕掛ける訳にはいかない。まず間違いなく同士討ちが発生するし、数ばかり多くて戦闘どころではないだろう」
詳しいルール説明が始めって、アキラだけはようやく本気なのだと思い始めた。ミレイユが戦える人だという話はアヴェリンから聞いていたが、実際のところは後方で座っているだけというイメージが強すぎて、どういう戦闘スタイルなのか見当もつかない。
彼女の目は決して冗談ではないと語っているのだが、それでも未だに動き出そうとする生徒はいなかった。
しかしミレイユは、それに頓着せずに続ける。
「だから一度に四組用意して、一つの組がリタイアすれば新たに一つの組が参加する、という方式にする事にした。無論、リタイアしたと言っても、後方支援組がこれを治癒させ戦線復帰させるのも自由だ」
具体的な話を続けるに至って、他の生徒達もどうやら本気で口にしていると察したらしい。だれもが表情を強張らせていく。
中には神と手合わせ出来ることに興奮する者もいたが、本気でこの人数を相手にできるのか不安に思う者、不敬で表情を青くさせる者もいたりと、反応は様々だった。
「――それを生徒全員か、私一人、どちらかが動けなくなるまで続ける。普段小隊を組んで演習しているだろうから、それを基本構成として参戦しろ。一年にはまだ早いだろうから、お前達は外に出て防壁を築いて見学しろ。それ以外は、これからどう攻めるか、攻め手は誰が担当するか、今から決めろ。十分間、与える」
ミレイユが手を叩くと、途端に蜂の巣を突付いたような騒ぎになった。
一年生は指示通り離れて人数を集め、強固な防壁を築こうと行動している。
二年から三年は互いに慣れた者同士で四人チームを組み、それで小隊を作っていく。そこで七生が声と手を挙げ、誰もがそちらに視線を集中させた。
「とにかく今は特別演習として割り切りましょう。不敬だとか一人相手にとか、そういう余計な事は考えないで。御子神様は置き土産と仰ったけど、あまりに不甲斐ない結果だと失望だけでは済まないわ」
「済まないって、具体的には?」
一人の生徒が手も挙げずに問い掛けたが、呆れたような顔をするだけでそれには答えない。アキラにもどういう結果になるか予想できないが、鬼と戦わせるつもりである以上、これからは戦線に出さないとか、そういう損切りを考えていそうな気がした。
七生は続ける。
「強大な敵と想定して、今だけは全力で立ち向かう事。だから作った小隊を四つ一纏めの中隊として組織し、中隊規模での運用とフォローする事を提案するわ。常に有機的、能動的に動く事を意識するの。凱人、その内一つの中隊指揮は任せていい?」
「勿論だ。模擬戦経験しかないものには、小隊リーダーすら難しいだろう……。ここは即興にならざるを得んな」
「とりあえず自薦他薦構わないから、やりたい人いる?」
実戦経験豊富な者が主導権を握る事に、不平不満は出なかった。
三年を押し退けた形だが、相手は御由緒家、実力主義の気風のある学園では、そういった文句が出てこない。
三年の中でパラパラと手が挙がり、それらの顔や能力を把握しているらしい七生がテキパキと振り分けていく。それを把握している時点で凄いとしか言えないが、これも御由緒家としての矜持というものなのだろうか。
とはいえ七生自身、相当な無茶を言っているという自覚があるのだろう。任せる相手を指名しても、苦渋の決断だと顔に出ていた。学生の内から鬼と戦う者は少ない。殆どいないと聞いているし、だから純粋に戦闘規模として大人数の運用など出来ないと考えていそうだ。
概念としては知っているし、授業で習った事でもあるが、実戦経験はない。模擬訓練すら二年の中では十分ではなく、単に小隊が四つあるだけのチームと成り下がるのが目に見える。
アキラとしても手助けしたい気持ちはあるが、如何せん常に一人で魔物の前に蹴り出される事が基本で、チーム戦などした事がない。一兵士としては貢献できるかもしれないが、統率など不可能だった。
それでも指示を出せる人間は足りていない。
七生の視線がアキラの前で止まった。それから数秒見つめ合う形になって、まさかという疑念が湧き上がる。険しい顔で七生が頷き、口を開いた。
「由喜門くん、任せていい?」
「いや、そんな無理ですよ、まったく経験ないのに!」
「でも、その実力は誰もが認めるところだわ。私達相手に一歩も引かなかったし、誰より前に出て、誰より最後まで戦うと、誰もが認めるでしょう」
七生が言えば、それに同意する声が幾つも上がった。
アキラが見せた御由緒家二人を相手に奮戦する様を、それ程までに評価してくれた事は嬉しいが、やはり指揮官というのは一兵士と全く別物だろう。
強いんだから大丈夫、という理屈は通らない。その事は誰より七生が知っていそうな事だ。
「そんな無茶な! 素人相手に指揮を任せるとどうなるかなんて、そんなの分かりきった事じゃ……!」
「消去法で申し訳ないけど、他の誰かに任せるくらいなら、あなたに任せる方がマシなの。だって、あなたの指示なら従うわ。誰より最後まで諦めないって分かるし、その姿に励まされるだろうって思うの」
「だからって、イロハも知らない素人ですよ!?」
「最後まで立って仲間を鼓舞して。それ以上は求めないわ」
そんな、とアキラ呻いて周りを見た。
根性論だけで承認されるなど有り得ない筈だ、と思っていたのに、そこには期待する目ばかりが並んでいた。アキラを認めてくれているのだ、と思うのと同時、自分がやりたくないだけじゃないだろうな、という不信のような気持ちも湧いてくる。
アキラは黙って成り行きを見守っている女生徒達へ、訴えるような視線で言った。
「皆もいいの!? ド素人の指揮なんて、怖くて任せられないでしょ!」
「いいよ、全然オッケー」
「ていうか、私はむしろそっちがイイ」
「アキラ様に命じられたい……」
信頼する指揮官として期待したいというよりは、むしろ別の思惑が透けて見えて非常に怖い。
いつの間にか定着した、様付けで呼ばれるのも怖かった。御由緒家の一員として見られての様付けなのかもしれないが、むしろアキラはその一員からは遠い身だ。
アキラにとって親は優しく尊敬できる人物だったが、ある理由によって絶縁関係となっている。その子であるアキラが復縁して舞い戻るのに嫌な顔をする人も出るだろうし、そもそもアキラにその気もなかった。
詳しい説明を生徒達にするのも憚られ、やめるように言うだけでは聞いてもらえず、それでなし崩しで今のような状態になってしまっている。
アキラは顔を引き攣らせながら、最後の希望と思って漣と凱人へ顔を向けた。
しかし二人の表情は肯定的で、やれ、とでも言うように頷いてきた。
凱人が漣に目配せした後、口を開く。
「未経験という意味では、誰であっても大差はない。実践を経験している分、アキラの方が幾らかマシだろう。俺たちとの試合で、その気概も示した。今は時間が無いんだ、受けてくれ」
「う、う……! 分かった」
アキラが不承不承に頷くと、七生は一瞬だけ破顔して顔を引き締める。
今は総指揮官としての立場を見せる場だと理解しているようで、順次最後の小隊などを指示していく。それぞれが場所を移動し、四人一纏めとなって七生を中心に半円形で整列した。
小隊のリーダーが先頭で、その四人のうち中隊指揮を取る者が更に一歩前に出ている。凱人と漣は当然として、添え物のように見えてしまう三年生が数人並ぶ。アキラもその横へ、自信なさげに立った。
七生はそれら全員を見つめた後、アキラへ視線を向ける。すぐに言葉は発さず、どこか躊躇うような仕草を見せた。何だ、と心の中で身構えた時、遠慮がちに七生が口を開く。
「それで……、由喜門くんに聞きたいんだけど。御子神様は、どういった戦闘スタイルをしているの?」
「……はい?」
予想外の質問に、アキラの素っ頓狂な声が洩れた。
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