神と人の差 その7
「いや、あの……申し訳ないけど、言える事は何もないです」
「分かってるわ。そう簡単に仕える神の情報は漏らせないって事は。詳細な情報を提供して欲しいって訳じゃないの。心構えが出来るような、あくまで表面的なもので構わないから」
「……いや、そういう事じゃなく」
「どこまで話して良いか分からないって事? それとも、一切話す事を禁じられているのかしら? そうであれば、これ以上は無理に聞かないけど……」
どうにも口を濁すアキラを変に慮って、最終的には申し訳なさそうに手を引っ込めようとした七生に、アキラこそ申し訳なくなって真実を口にした。
別に隠すような事でもない。単に情けない気がして、口籠ってしまっただけなのだ。
「いえ、そういう事じゃないんです。本当に、何一つ、どういった戦闘スタイルなのかすら知らないだけなんです」
「本当なの……? でも、御子神様の弟子なんでしょう?」
「いえ、そこが既に間違いで……。目を掛けて頂いてますけど、助言を幾つか貰えたくらいで、指導らしいものは受けてないんです」
「そうなの……。じゃあ何一つ知らないの? どういった理術を使うかも?」
「そうです、本当に知りません。本当に、何一つ」
自分で口にしながら、これを告白させられるのは辛いものがあった。
まるでミレイユとの付き合いが表面上のものに過ぎず、交流すらもないように聞こえてしまう。どういった術を使うかも知らないというのは、彼女が戦闘を全て他人に預けていたからで、決してアキラを信用せず、その姿を見せなかったという事ではない。
しかし、いま聞いた言葉の表面上だけなぞれば、そうとしか聞こえなくなってしまう。
自分で口にしながら、案外ミレイユとは親しくなかったのかも、と思い直してしまった。時折、息を吐くように使う椅子やテーブルを生み出す術も、あれの正体が何なのかを知らない。
そこで唐突に思い当たる事があった。
何一つ知らないとは言ったが、実際に目の前で見せられた術が一つだけあった。
「あ、ミレ……御子神様は、念動力が使えますよ!」
意気揚々と口にしたが、返って来た視線は白いものだった。
「えっと……、それを主体に使うという事? 戦闘の主軸に据えているとか?」
「ん……? え、いえ、それは別に……。ただ手足の延長のように使うので、戦闘中にも使うかもしれませんけど……」
自信なさげにアキラが言うと、少し離れた所から、凱人がフォローするように口を開く。
「御子神様は単に神の一柱というんじゃなく、オミカゲ様の御子だ。我々に授けられた術が神の理から生まれた術である以上、それら全て扱えるという前提で動くべきだ」
「あー……、だな。十分あり得るか。新たに授けられた術も、単に上位互換とも違うものを授けられた奴もいるみたいだし、既存の術以外にも隠し玉はあると見るべきかもな」
漣も頭を掻いて同意し、アキラへ伺うように顔を向ける。
どうなんだ、という顔をされてもアキラには分からない。そもそもアキラは内向術士で、他の人達のように上手く運用出来るわけでもない。
その辺に限って言えばアキラは最初から何一つ教わっていないに等しいので、期待を寄せられても困ってしまう。
アキラは情けない顔で首を横に振ると、漣はそれに落胆した様子も見せず細かく頷いて顔を戻した。
アキラも顔を正面に戻し七生へ顔を向けると、その端正な顔がサッと引き締まる。それまでの緊張感を讃えつつ、どこか軽い雰囲気があったものが霧散し、戦士の顔付きになっていた。
それに引き摺られるように、他の面々の顔も引き締まっていく。
どうしたんだと思うのと同時、ミレイユが時間切れを示すかのように手招きしている事に気が付いた。アキラも表情を引き締める。
アヴェリンが慕う姿や、ルチアだけでなくユミルまでも一目置く存在だから、決して弱い存在ではないのだと理解している。恐らく手も足も出ないのだろうが、こちらは数が数だ。一矢報いるくらいは出来るかもしれない。
それに相手は強大だが、命までは取られない。
実戦とは違い、そこは確約されている筈だから、少しは気が楽になる。あまりに不甲斐ない姿を見せれば、後でアヴェリンから個別に拷問的なシゴキが待っているので、決して油断して良いものでもないのだが。
それでも命を賭す必要までは求められない、というのは幾らか気が休まるものだ。
七生が一同を見渡して口を開いた。
「最初は様子見から、なんて腑抜けた事は言わない。恐らく、そういう慎重策は望んでおられないでしょうし、裏目に出るだろうと思うから。だから最初から全力で行く」
「おう、任せろ」
「口だけじゃないことを証明してね、漣」
景気よく答えた漣は、どこか挑発するような七生の言い分に肩を竦めた。
七生は続ける。
「……常に中隊規模で動く事を意識して。どこか一つの小隊が落ちたら、他の中隊と交代する。怪我や気絶も後方待機させた治癒小隊に任せる。前線に出さない分、そこで労力を使い切って貰うわ」
「了解です」
「支援組はその中間辺りで治癒小隊を守りつつ、前線への支援をお願い。余裕があって、かつ有効なら御子神様へ仕掛けるのも許可するわ」
「任せて下さい」
最後に七生が全員を見渡して、緊張した顔を見せる全員に向け、鼓舞するように声を張り上げる。
「こちらは即興の混合チーム、十分な時間もなく、訓練された連携も出来ない。でも、鬼と対決するような事があれば、即興の連携を求められることは少なくない。これからの鬼退治に通用するか、今回の戦いは我ら学園生に対する試金石にもなってる筈よ。勝てないと思っても、弱音だけは吐かないで。神明学園に我らあり、と見せ付けてやりましょう!」
『おう!』
全員の返答があって、それぞれが訓練用の木刀や槍などを手に掲げる。
七生もまた武器を掲げ、ミレイユに向けて振り降りした。
「一番槍は、凱人に任せるわ。第一中隊、突撃!」
連携は心掛けても、実践を想定した戦いではそれもままならない事など、誰もが理解していた。特に相手は神の一柱、人が相手にしてどうにかなる存在ではない。
凱人はそう考えていたが、誰もが同じ様に考えている訳でもなかった。
特に一般組は神前信与の儀以外で対面する機会もなく、またその片鱗を窺う機会もなかった。手にした力を存分に振るう機会も与えられず、訓練に勤しむ日々。
常に抑圧され、常に自制する事を求められて来た所為もあって、制限も枷もなく発揮できる今を楽しんでいるようでもあった。
――そんな浮ついた気持ちで戦うつもりか。
まだ若い学生の身分であっても、与えられた力は信与されたものだという、自覚を持っていなければならない。神から信じて与えられたのだ。それを正しく使える、使うべき場面を自覚できると、そう期待されて授けられた。
今までのように、姿を直視できないオミカゲ様とは違う。
御子神様が学園まで、わざわざ足を運んで教導してくる意味を、理解できない筈がないだろうに。教師からも確りと言い渡されていた筈だ。
それを理解できずにいるからこそ、御子神様は今回の演習を敢行されたのではないかとさえ思える。七生の言っていた事は杞憂ではなく、いま凱人達は
使えない、使える見込みがない、と判断されれば、容赦なく切り捨てられるだろう。
それは不寛容ではなく、むしろ慈悲だ。
四腕鬼を前にして、為す術もなかった凱人だからこそ分かる。あの戦場へ送られる事になれば、相応の実力がなければ犬死にしかならない。悪戯に死なせる位なら、この先に進むことは許さないと排除するのは優しさだ。
凱人は誰よりも速く前進し、御子神様へと突き進む。
そもそも凱人の全力に付いてこれる者はいないという理由もあるが、様子見でありつつ全力の攻撃をぶつけるには、他の者達は邪魔だった。
胸の前で顎まで隠すように立てていた腕を、殴り付ける為に構えを解く。渾身の理力を練り上げて右腕に集中し、自然体で立ち尽くす御子神様へと振り抜いた。
「――なにっ!?」
だがそれは、片手の掌を軽く前に突き出す動作だけで防がれてしまった。
いなされ、外側へと力を逃される。それはまるで、油を塗った真球を殴り付けたかのような手応えだった。さしたる感触もなく、手応えもなく、芯を外された攻撃が有効打になる筈もない。
凱人はその場で踏ん張ろうとしたが、雑に手を振り払われただけで、もんどり打って倒れた。
合気という訳ではない。もっと何か、別の力で転がされた。それが何かも分からぬまま、嫌な予感だけはして、その場で横転して距離を取る。
直後、凱人がいた場所に何か大きな力が加わり地面がひしゃげた。まるで大きな槌で殴り付けたかのような凹み方をしている。
凱人がぞっとしている間に、後続が追いついてきた。
彼我に実力差がある事など最初から分かっている。問題は、その開きがどの程度なのかという事だった。それを確認する為の全力攻撃だったのだが、愚直な直線的攻撃は、測る事すら許されない無意味な攻撃だと理解した。
真正面から殴りつければ、校舎でさえ二つに裂ける程の威力を持つと自負しているが、それがああも簡単に力を殺されるのなら、どこかで突破口を見つけて攻撃するしか方法はない。
他で注意を向けさせ、そこに乾坤一擲の一撃を加えるしか方法はないだろう。
そしてそれは、凱人が一人で担わなければならない問題ではない。
こちらには数がいる。その数を頼みに挑むのだ。元よりこれは、個人の武勇一つでどうにかするような戦いではない。
凱人はそれを強く認識した。
他の小隊が凱人に追い付き、凱人が短くハンドサインを出すと、それに従い左右へ展開していく。取り囲んで、どこか一つに集中させない為の指示だったのだが、しかしそれが裏目に出た。
御子神様は凱人に視線を合わせたまま、小さく手を一振りした。衝撃音と共に左右の小隊を吹き飛ばされる。まるで蟻の子を蹴散らすような有様で、見えない槌により薙ぎ払われたかのようだ。
凱人からはその様に見えた。
空中に吹き飛ばされた生徒達は、無惨にもバラバラと落ちてくる。うめき声を上げて身動きを取ろうとしているが、その誰もが起き上がる素振りを見せない。
骨折していたり怪我を負った者もいるかもしれなかった。
「ちぃ……! 早速か!」
様子見はしない、そういう七生の指示はあったが、同時に尻込みする気持ちはあった。特に凱人の攻撃が簡単にいなされたのを見て、他の生徒は戦慄するような思いだったろう。
その心の隙を突かれたのかもしれない。
それにしても、脱落するというなら小隊の中から一名、二名程度かと思っていた。同じ小隊メンバーが抱えて後退する事を期待していただけに、一度に二個小隊が脱落したのは痛すぎる。
回復にも時間が掛かるだろう。
凱人は外で次の順番を待っている漣へ、怒鳴るように呼びつけた。
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