学園の転入生 その9
七生の試合を見た後だと、どれもが陳腐で平凡に思えてしまう。勿論、そうと言うには失礼な話だと理解しているが、どこか心の内でそんなものか、と落胆する気持ちがある。
それはアヴェリンにしろルチアにしろ、超級の達人の動きを知っているからこそだが、エリート集団である筈の学園生なら、もっと上の実力があるものだと思い込んでいたせいでもある。
自分など歯牙にも掛けられないと思っていた所為もあり、これなら相手次第で無様な姿は見せなくて済むかもしれない、という希望も湧いてきた。
問題は今まで見てきた数組が、学園の平均レベルと同程度なのか、という事だった。
一定以上の水準を越えた者達のみを集めた学園とはいえ、御由緒家を筆頭に力量の幅はあるだろう。それが完全な二分化されていない限り、下限と上限の間で揺れ幅がある筈。
これまで見てきた者たちが、果たしてその中のどの程度の位置にいるのかによって、アキラの感想も変わってくるだろう。
視線は試合に向けたまま、ちらと凱人へ顔を向けて問いを放った。
「今まで見た試合って、実際どうなの? 力量的に平均? それとも、もっと下?」
「そうだな……」
凱人は組んだでいた腕から右手を持ち上げ、顎を撫でるように左右へ動かす。
「今まで見た試合で突出していたのは当然七生だが、それ以外というなら並、あるいは並以下ってところだろう。七生以外に突出した生徒もこれから出るだろうが、それでも並を大きく超えて来る事はないだろうな」
「あれ、そうなんだ……? 並からそれ以下の数は多くて、並より上は極端に数が減る感じ?」
「そうだな……。並と言うと平凡に聞こえてしまうが、その並に達する事とて簡単ではない。あくまで上限を御由緒家レベルと定め、そして下限を入学ラインと見た場合の中間を見ただけで、その並レベルは決して力量が小さいという意味ではないからな」
なるほど、とアキラは神妙に頷く。
つまり御由緒家が見せる頂きが高すぎるせいで、下限を合わせた平均を出してしまうと底上げされてしまう、という事か。御由緒家を除いた場合なら、その並と呼ばれる人達は上位に位置する者すらいるかもしれない。
そうして見た場合、今も並レベルと称された彼女らは、この学園では屈指のレベルという事になる。だとすれば、アキラにも少しは光明が見えてくる。周りに良い所を見せられるかもしれない、という希望が更に増した。
そうして幾つかの試合が経過して、よりその確信を強めた時、漣が腕組みを解いて動き出した。
彼の出番が回ってきたのだ。他の皆がそうであるように、内向術士でなくとも武器は持っていた。単に防御一辺倒になるのだとしても、盾代わりに使えるものがあるとないとでは雲泥の差だ。
しかし漣は武器を壁から取る事もなく、前方に向けて歩いてく。
アキラはお節介と知りつつ、その背中に声を掛けた。
「漣、武器は選ばなくていいの?」
「いらねぇよ、相手が七生や凱人でもない限りな」
漣は後ろを振り返りもせず、片手を振ってそう答えた。
本人に自信があるなら外野が何を言うでもないが、やはり全力で取り組むという教師からの指示に反してしまう気がする。明らかなハンデを与えてしまうようなものだし、他の試合を見ても外向術士は何かしら武器を携えていた。
素手で武器を持った相手をいなすというのは、言葉以上に難しいものだ。明らかな不利を物ともしないというのなら、そこはやはり漣も御由緒家という事なのだろう。
不安げな視線を凱人に向けたが、その力量を知っている本人からすれば気に掛ける程の事でもないらしい。気楽な調子で腕を組み、既に勝利を疑う素振りも見せない。
御由緒家なれば勝つのは当然で、問題はどう勝つのか、という部分に重きを置いているように見えた。
それにはアキラも興味がある。
相手は内向術士で、本来一対一なら漣が不利になる状況だ。七生の時とは正反対の取り組みと言える。それにどう対処するつもりなのか、胸中を逸る気持ちが湧き上がってきた。
漣が試合開始線の前に立つ。相手も同様に線の前に立って、緊張を滲ませた表情で武器を構えた。相手の持つ武器は槍で、リーチがある分、漣に対して有利に働くように思える。
中距離から牽制程度の攻撃でも、制御を乱されれば満足に戦えないだろう。
鷲森が開始の合図を出して、それと同時に動いたのは対戦相手だった。
アキラがこの距離から見ても鋭いと感じる程の一撃だったので、正面に立った漣はそれより遥かに鋭く感じただろう。
槍の穂先は丸めてあるが、その速度から繰り出される打突は間違いなく怪我をする威力を持っている。これまでの試合にもあったが、互いが満身創痍で戦っている場面もあった。
治癒術士も控えているので後日まで引くような怪我にはならないだろうが、戦闘中は間違いなく不利になる。
その穂先が漣に当たると思った瞬間、爆発と共に吹き飛んだのは相手の方だった。
漣が放った理術が穂先を無視して、対戦相手に火球をぶつけたのだ。開始の合図と共に制御を始め、そしてそれが穂先の命中よりも早く発動した。
使った理術は爆発と言っても小規模なものだったので、初級理術だと予想できる。今までの外向術士は近接戦闘にまるで付いていけてなかったので、漣がどれほど規格外の速度で制御したのかが分かる。
それをアキラと見ていた凱人は、感嘆めいた息を吐いて顎を撫でながら言った。
「漣の制御速度は、以前と比べて倍以上は速くなった。それまでは、さしもの漣も回避に専念してから機を伺ってから攻撃に移っていたものだ」
「それは……やっぱり、御子神様の力っていうやつで?」
「そうだ。速度だけではなく、威力も上がったようだ。あの理術は漣の十八番で、まず目暗まし程度に使う事が多かったが、今では吹き飛ばす程の威力になっている」
「近付くのは骨が折れそうだ……」
「実際、それがカギだろうな。威力のあるものは、流石にあの速度で使う事は出来ない。相手にしても、あの打突が最初で最後の機会だと理解していただろう。後は時間内に、どう攻略するか、あるいは耐え切るかを選択しなければならないが……」
一度距離が離れてしまえば、後は漣の独壇場だ。
魔力総量も相応にある漣には息切れを期待できないようで、距離を保ちつつ回避に専念している。しかし、飛び出す火球は速度に緩急がある上、追尾してくるものまで織り交ぜていた。
その多くは相手の速度について行けず回避されてしまうものの、その所為で尚のこと近付くことを困難にさせている。
そして、終わりは唐突に訪れた。
誘導弾を躱すことに専念し過ぎて、横合いから飛んできた火球に気づけなかった。
一度吹き飛ばされ、受け身を取ろうとした所で追撃、体制を崩し床に倒れた所で更に追撃。後は起き上がって来る前に連続して火球を打ち込まれ、そして身動き出来なくなって試合が終わった。
起きた爆発よりも傷は浅く、怪我のせいだけが動けなくなった原因ではなさそうだ。
やれやれと息を吐きながら、凱人は顎から手を離して腕を組み直す。
「相手も可哀想に。もう少し手加減してやればいいものを」
「……してたんじゃない? 倒れてからの追撃は、相当の数、外していたみたいだから。威嚇のつもりか、降参を促すつもりか……ああ、つまり戦意喪失狙いかな?」
「へぇ……? よく見てたじゃないか」
「弾道が不自然に思えたから……まぁ、偶然だし、実は全然見当違いなこと言ってるかもしれないけど」
実際、言ったことは当てずっぽうに近い。
アキラは慌てて弁明したが、凱人は感心を深めたように何度も頷いていた。その視線がむず痒く、またもどかしく、何とか話題を逸らすため、凱人へ一つ質問をした。
「因みに、凱人ならどうやってあれを攻略する?」
「俺なら無理を通して突撃する。小器用に回避するような技術もないし、それに漣はそれを一番嫌がる」
「ああ、なるほど……。つまり凱人も内向術士なんだ」
「そうだ……、というか知らなかったのか? この学園にいるなら、誰もが御由緒家が持つ理術や傾向はチェック済みだと思っていた」
少々の呆れを滲ませて言った凱人から、アキラは目を逸らして曖昧に頷く。
興味がないという意味ではないが、そもそも調べようとする思考すら頭の中にはなかった。頼りにする仲間として、また切磋琢磨する間柄としてそれくらいは知っておかねばならなかったろうに。
自省している内に漣が帰ってきて、元いた位置で気怠げな息をついた。
「おかえり。……言ったとおり、武器は必要なかったみたいだね」
「まぁな。けど課題が山積みだ。一つ解決したと思ったら、また次の課題が生まれやがる。まぁ、成長なんてのは、そういうモンかもしれねぇけどな」
それについてはアキラも強く同意できる。
一つの壁を越えたと思えば、またすぐ次の壁が現れる。そしてそれを越えろと、容赦なく責め立てられた経験が幾度となくあった。そしてそれは、この学園に来る直前まで変わることのない鍛練風景だった。
「オミカゲ様は……そして御子神様は、これからも強い鬼が出てくるって仰ってるだろ? 俺たち掛ける期待ってのも、相応にある筈だ。またあの鬼が出てきたら、俺の小隊メンバーだけでも対処できるようにならねぇと……」
「同感だな。オミカゲ様の望む頂きは高いだろう。しかし、その頂きに到達される事を望んでおられる。我らの敗北はオミカゲ様の敗北だ。そのような無様、晒す訳にはいかん」
二人が断固たる決意を表明した時、とうとうアキラの番がやってきた。前から順に消化して、これが最後の試合だ。漏れ聞こえて来た話によると、アキラと対戦する相手は外向術士という事だった。
計らずも、七生と同じ対戦内容という訳だ。
隣を見れば、凱人もまた同時に順番が回ってきたようで、肩を大きく回しながら歩き始めている。そして、その目はアキラを挑戦的な視線で見つめていた。
どのような戦いをするか楽しみにしている、とその目は暗に語っているようだった。
アキラも覚悟を決めて歩き出す。
背後から漣の送る短い声援に応えながら、アキラは試合場まで緊張で跳ねる心臓を抑えながら進んだ。
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