学園の転入生 その8

「御子神様は我々の平均を底上げする為に教導して下さるとの事だったが、一緒にいる御二方もそれに参加されるのか?」

「いや……、どうだろう。御由緒家に施した事を他にもするとかいう話だったから、その内容次第じゃ参加するのかも……」

「そうか……」


 凱人が失意の底を見せるような態度で視線を落とし、それを見た漣がアキラを挟んで声をかけた。


「そんなガッカリする事かよ?」

「どう逆立ちしても敵わぬ存在だ。手合わせ出来れば、必ず身になる薫陶が受けられるだろう」


 凱人が諦めきれない表情を隠そうともせず言うと、慮るような視線を向けつつ漣が言う。


「俺も聞かれたくなかったし、だから聞こうともしなかったけどよ……。そんなに凄ぇ相手だったのか?」

「手も足も出ないとは、ああいう事を言うんだろうな……。俺の技は何一つ届かなかった。相手は単に走り去っただけ、見向きもされず打ち倒された」

「それ程か……。報告書は読んだがよ、もう少し戦闘らしいものが起きたと思ってた」

「いいや、何も無かった。他の隊と一緒だ、鎧袖一触……相手にもされない。隔絶した力量差っていうのは、ここまで心に来るのかと思った。他の奴らが御由緒家を見る目が理解できたな」


 凱人がため息混じりにそう言うと、漣もまた苦い顔で同意した。


「確かにな、自分を見つめ直す良い機会にはなったと思うぜ。俺もちったぁ謙虚になれた。相手にもされないってのは、実際心に来るよな……」

「あぁ……、それも報告書で読んだ。正しく相手にされなかったようだな……。紫都がいてそれなら、他の誰でも同じだったろう。あれは仕方がない」

「真っ向勝負が出来たとして届いたか、って言うと……まぁ、凱人達の様子を見る限り望み薄だな。きっと適当にいなされて終わりだろうさ」


 漣が顔を顰めて言った後、アキラに顔を戻して視線で問う。実際どうなんだ、とその目が訴えていて、嘘を吐いても仕方がないので素直に答えた。


「正しい分析だと思うよ。多分、どんな小細工をしたところで、全部対応してくるか、踏み潰されて終わりじゃないかな」

「やっぱり……、そうか?」

「力押しは最もしちゃいけない愚策だと思う。師匠たちはそれが一番得意だけど、だからって策を弄したところで、やっぱり通じるビジョンが浮かばない。あらゆるレベルが違いすぎて勝負の土台にすら立てないっていうのが、正直なところじゃないかな」

「そこまでか……」


 漣が額を抑えて呻くが、アキラは事も無げに頷く。

 御由緒家が凄い事は分かるし、実際他の一般組から見て隔絶した強さを持つだろうが、それでもアヴェリン達には届かない。傷を一つ付けられるかも疑問だった。

 本人たちには酷だろうが、この予想には余程自信がある。


「まぁ、実力差が開いているなんて分かり切った事だけどな……。じゃなきゃ御子神様の護衛なんて務まらねぇだろうし」


 アヴェリンはともかく、ユミルは護衛をするつもりも、しているつもりもないだろう。だがアキラは、敢えて訂正しなかった。言っても意味がないと分かっていたし、じゃあ何しに来てるんだと聞かれても答えに窮してしまう。


 アキラは完全に遊び目的で来ているのだと確信しているが、それをこの場で言ったところで誰も信じないだろう。


「……けど、師匠か。確かにな、見てもらえるって言うんなら見て欲しいよな。助言一つで強くなれるもんでもねぇだろうけど、あの制御法は天地がひっくり返るような衝撃だったし」

「そうだな。あれがあるなら他にもないのかと期待してしまう。近道したいというのではなく、より良い鍛錬法を知っているんじゃないかとな。……実際、どうなんだ? 師事を願い出て、それに応えてくれると思うか?」


 漣と凱人がそれぞれ言い合った後、期待を込めた視線をアキラに向ける。

 情けを掛けるような人達じゃないから、頼み込んだところで無理なものは無理な気がした。そもそも彼女たち自身に、後進の育成などという殊勝な心がけはないだろう。


 アキラにしても、ちょっとした偶然が重なった結果として師事が認められたようなものだ。

 ミレイユからの命令があれば別だろうが、それが一番むずかしい。

 もし仮に許可されても、地獄のような特訓と鍛練に身も心もボロボロにされて、後悔する様になるのが目に見えるようだ。


「……無理なんじゃないかな。基本的に相手にされないし、今はもう許可しないと思う」

「でも、お前は許されたんだろ?」

「それはそうなんだけど、タイミングの問題かな……。大体、こうして学園に通うようになったのも、その鍛錬の時間が割けなくなったからっていう理由からだったし」

「変な時期に来たと思ってけど、そういう理由かよ……」


 ミレイユの鶴の一声で学園へ通うことになったが、見捨てられたとは思っていない。

 アキラに本当の意味で興味がないなら、別れの言葉と共に関係は終わった筈だ。そもそも最初から基礎を教えて終了、という話で始まった師弟関係だった。


 長く教えていられないと明言されていて、それを受け入れた上で師事を願ったのだ。

 それでもこうして理力を扱う学園があるからと紹介してくれ、そこで力を磨くよう導いてくれた。これはアキラに期待しているのだと見て良いだろう。


 最近の鬼が強大になっているという話から、アキラがまるっきりの戦力外というなら、その旨を説明して遠ざければ良かったのだから。


 二人から諦めの溜め息が洩れて、それでアキラの視線も前を向いた。

 既に最初の組は試合を終えていて、次のグループが入れ替わりで前に出ていくところだった。アキラのクラスからは七生が出ていて、対戦相手は気の毒になりそうなほど緊張している。


「阿由葉さんって、やっぱり強いの?」

「そりゃそうだろ。近接戦闘技術に秀でた阿由葉の一員だぞ。女傑揃いで有名な上、そこでの訓練は相当酷って聞くぞ。少し上の姉もスゲェ優秀だしな。これで強くなけりゃ嘘だろ」

「そうなんだ……」


 アキラの中でひっそりと親近感が増した中、凱人が注釈を挟むように解説を始める。


「それに理力総量も高い。今も見てみると分かるだろう? 向かい合ってると顕著だ。あれほど明らかにされると、戦う前から戦意喪失だろうな」

「あれ、御子神様から授かった制御法だろ? それを見せたいせいなのかもしれねぇけど、あれじゃ対戦相手が可哀想だろ……。もっと抑えてやりゃいいのに」


 二人には分かる事らしいが、アキラには全く分からない。

 二人の間に力量差があるのは理解できるが、可哀想という程に大きなものではないように思えた。これがアキラの限界なのか、それともアヴェリン達を基準にした所為での錯覚なのか判断に迷うが、脅威に対して鈍感になるのは拙いと思った。


 相手の力量を正確に量る技術は生存に欠かせないものだ。

 それと知らずに立ち向かった相手が実は強敵、という事態になるようでは、自分だけでなく味方まで危険に巻き込む事になってしまう。


 だが、幸運にもこの学園ではそれを鍛える環境に事欠かない。

 剣の腕も制御力もそうだった。アキラは最初から何もかも上手くできるタイプではない。同じことを愚直に繰り返して、それでようやくものに出来る努力型だ。


 分からない事は、これから分かるようになればいい。

 そう自分で結論付けて、アキラは目の前の試合に集中した。


 試合内容は終始、七生の優位で進んでいた。

 対戦相手の得意分野は、見る限り支援系理術であるようだ。自身の強化を図るが、七生の猛攻に防戦一方で上手く制御できていない。


 試合開始直後に距離を取って制御を始めたのが唯一の機会で、それを潰されてから新たに制御を始めようとしても攻撃を受けるか避けるかを迫られ、術を完成させられなかった。

 アキラはそれを唸りを上げながら見つめていた。


 かつて、ミレイユ達から魔術の説明を受けた時、使えるものなら自分も使いたいと思った。

 内向術は自身の強化にのみ特化したものだが、外向術を使っても同じ様な効果を得られる。自分のみならず味方にも強化を施せるなら、それは実に魅力的だと感じたのだ。


 しかし、向かい合って試合開始という状況であっても、実力差がある相手ならば、あのように術を使わせてくれる機会すら与えられない。

 そもそもの力量差を覆すための強化だろうに、それを封じられてしまうと後は防戦一方で、いずれ術を使う機会を窺う内に力尽きてしまうだろう。


 術を使うには起死回生の一撃を受けてでも発動させるという胆力か、発動させる為の用意を予めしておく必要がある。相手のミスを期待しての作戦など、組み立てるものではないからだ。


 術の行使は楽器を演奏するような繊細な作業だと、ミレイユは言った。

 一つでも音を外せば術は発動しない、しかしそれを戦闘中に行う事が前提なのだ。制御を素早く行う事は重要なスキルだろうが、そちらにばかり気を取られても攻撃を食らう。


 痛みは制御を困難にさせるだろう。

 そう考えると、内向術士というのは実は相当有利な位置で戦える戦士なのかもしれない。


 三分が経って、試合終了の合図が鷲森から告げられる。

 七生は軽い運動後のように小さく息を乱している程度だが、対戦相手は疲労困憊といった様子だった。武器を手にしていても杖代わりに身体を支えているような状態で、額から汗が滝のように流れている。


 アキラは感嘆の息を吐きながら、視線は七生に向けたまま漣へ話し掛けた。


「流石だね、阿由葉さん。御由緒家って事を抜きにしても、攻撃のセンスがいいって思う。攻撃して欲しくないタイミングに、して欲しくない場所に攻撃が来る」

「まぁ、御由緒家の利点って言えば、その理力総量が多いって部分だからな。それだけでも随分な恩恵だが、技術は遺伝しねぇし。あれは阿由葉家であろうと、実力者じゃなければ許されない御影源流の刀法だ」

「あれが……!」


 アキラも剣術を習う身として憧れていた流派だ。

 一般人でも御前試合でその力量を認められれば、道場に通うことを許される。アキラは自分に才能がないの分かっていても、いつかあるいは、と願ったものだった。

 それが目の前で見られたとあっては、感動せずにいられない。


 七生が言っていた、自分と比する剣士はいないという言葉は誇張でも謙遜でもない訳か。

 改めて感動したような面持ちで見つめていると、その視線がアキラと交わる。一瞬、虚を突かれたかのように動揺した仕草を見せ、それから照れる仕草を隠すかのように顔を伏せた。


「何だ、あの反応? お前、七生に何かしたのか?」

「いやいや、今日の朝初めて会って挨拶しただけなのに、何をするもないでしょ」

「まぁ、そりゃそうか。妙にぎこちない動きだったが……でも、どうでもいいな」


 漣があっさりと切り捨てて、同意する訳にもいかず曖昧に笑う。

 剣士として手合わせを願うような素振りを見せていたし、その前に手の内を晒す様な真似は極力割けたかっただけかもしれない。思えば、予め全力で試合に取り組むようにと通達されていたのに、七生は手加減していたようだった。


 全力で行くと三分間試合を継続させられないから、という理由なら納得だが、もしかしたらアキラを前にして見せたくなかっただけかもしれない。

 新たな気づきを得たような気分で、アキラは続く試合へ意識を集中した。

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