学園の転入生 その7

「既に聞いている事だろう。私はオミカゲ様の命により、理術への理解を深め、制御力を高め、平均を底上げする為にやって来た。鬼どもは、その力を急速に高めている。それに対抗する為には、より強い力を持つしかない」


 ミレイユはそう言ってから一度言葉を切り、ゆっくりと睥睨してから再び口を開いた。


「誰もが強者になれる訳ではないだろう。だが、このまま学んだところで戦場に立たせる事すら出来ない。だから私がやって来た。これまで努力を怠っていた訳ではないだろうが、努力だけでは至れぬ境地へ、引き上げる事が今回の目的だ。――励め、奮戦に期待する。以上だ」


 ミレイユが短い演説を終えて踵を返した。

 拍手した方がいいのかと手を持ちげて、しかし誰も動いていない事に気付いて慌てて元の体勢に戻った。儀礼的に何が正しいのか分からないし、こうした場面で拍手はそぐわない事なのかもしれない。


 そんなミレイユの後ろ姿を見ながら、アキラは演説していた時の姿を思い返す。

 口調からは一切の感情が感じ取れず、ともすれば期待などしていないと取れるような物言いだった。どの程度の力量を期待しているかは知らないが、御由緒家ですらその期待に応えられていなかったというなら、他の誰でも期待できないだろう。


 まだ若い学生だからこそ、現状の力量ではなく今後の伸び代を見て貰いたい気持ちはあるが、それも神の視点からすれば五十歩百歩。余程の才人でも、期待すら出来ない事なのかもしれない。


 そんな事を考えていると、ミレイユと入れ替わりで学園長が前に出てくる。

 相変わらず緊張した顔つきで、生徒たちを右から左へ見渡してから言った。


「まず最初に、どの程度の力量を持つのか、それを見てみたいと御子神様は仰っています。ですので、これから一対一の試合をして貰います」


 これには流石に周囲からどよめきが走った。

 アキラは学園のカリキュラムを熟知している訳ではないが、普段から戦闘訓練などは行っているだろうと推測はできる。それでも動揺したというなら、その理由はきっとこれが単なる訓練ではなく、御前試合のようなものだと察したからだろう。


「個人の武勇というよりは、全体の平均を知りたいという事です。勝ち負けが今後を左右する訳ではありませんが、神の御前で不甲斐ない試合だけは見せないように。よろしいですね?」


 学園長は再び生徒の顔を見渡し、それから満足気に頷いた。


「一度の試合は三分間、勝敗が着かなくとも次に移ります。詳しい段取りについては鷲森先生から説明して貰うので、よく聞くように」


 それだけ言うと、学園長は場所を譲って鷲森と交代する。

 自分はミレイユの接待役として動くつもりらしい。パイプ椅子を運んできた他の教員から受け取って、それを開いて差し出そうとしたところで、ミレイユが自分で椅子を出現させて早々に座ってしまう。


 少しは力の使い方を覚えた今だからこそ分かる。

 ミレイユがやった事は何気ない事のように見えるが、その実あまりに高度でどうやったのか全く理解の外だった。制御速度が全く違うので、まるで何もせずに勝手に出てきたのかと錯覚するような手腕だった。


 しかもそれが、どういう術だったのかさえ分からない。

 アキラ自身が無知なところがあるのは否めないが、どういう術かを理解させずに使うというところから、その非凡さが伺える。もしもこれが攻撃だったら、為す術もなく防御も回避も出来ずに終わるだろう。


 あるいは、学園で多くを学んでいる理術士なら、もう少し詳しく分かるかもしれない。

 そう思って周囲をこっそり見渡して見るが、それを見ていた生徒からは困惑や驚愕した気配しか感じない。誰もが同じ反応である事を不安がるべきか、それともミレイユを感心するべきなのか迷った。


 鷲森がそんな生徒を叱咤するように、大きく声を張り上げる。


「いいか、聞いたとおりだ! あくまで御子神様が知りたいと仰るのは全体の力量だ。紙面からでは伝わらない、実際の動きをお望みなのだ。身体的、理力的な運動量と制御力、また個々にある力量差を測って下さる」


 鷲森の一喝で生徒たちは気を引き締め、それが態度にも現れ出す。ミレイユが見せた衝撃も冷めやらぬだろうに、鷲森を一点に見つめて続く言葉を待った。


「だが時間は有限だ。御子神様もお前達の為に、そう多くの時間を割いては下さらない。……そこで、一度に三つの試合を同時に行う。各クラス、先頭から順に二名前に出て戦え。隣の試合相手から攻勢理術が飛んで来るかもしれないが、受け入れろ。対処できない方が悪い。戦場で一対一が遵守されるなど有り得ん話だ、分かるな?」


 鷲森が言っている事は正論だが、それに不満を感じる生徒もいるだろうと思った。しかし意外な事にそれを当然と受け入れている者ばかりで、恐らく普段からそういう理屈を教えられているのだろう。


「勝敗は二の次だと言ったのは間違いないが、三分間で己の全力を出して戦う事。それだけは条件として組み込ませてもらう」


 誰もが首肯したのを見て、それで鷲森も頷きを返した。


「……では、始める。最初の組は残り、後は後方へ下がって待機だ。私語を禁じるものではないが、試合内容に対する議論においてのみ認める。試合前の対策も、試合後の反省も好きに行って良い。――では、行動を開始しろ」


 駆け足で移動が始まって、アキラもそれに合わせて走る。

 最後尾だったアキラは校舎近くの外側に立って、後続が追いついて揃うのを待つ。これから試合を始める生徒達も別方向へ走って行って、どうしたんだと思って見てすぐに分かった。


 彼らは自分が使う為の武器を取りに行ったのだ。

 誰もが内向理術士とは限らないが、そもそもこの学園にスカウトされている時点で武器の扱いには長けている。というより、それが最低ラインなのだろう。例え治癒術や支援術に長けていたといしても、だからと言って、自身が戦えない事の理由にはならない。


 三分という短い試合時間だから、次の試合を待つ生徒もまた武器を取りに行っている。自主的に動けているところを見るに、普段からこうした訓練模様なのかもしれなかった。

 その光景を目で追っていると、隣から声を掛けられて顔を向ける。そこにいたのは凱人だった。


「よう、初の授業が合同訓練、しかも御前試合となれば気が気じゃないだろう」

「いや、そこはあんまり……。よく鍛錬しているところは見られていたから」

「そうなのか? 何とも羨ましい話だ。普通、神との対面なんてそうそう適わないし、それに助言なんて皆無に等しいものだぞ」


 凱人の声音は心底からそう思っていると感じさせるものだが、ミレイユの場合は大抵見ているだけで有用な助言など殆どなかった。アヴェリンにその役を任せたのだから、自らが出しゃばる訳にはいかないと思っての事だと理解しているから、そこに不満を思う気持ちはない。


 ただ、痛みに耐え兼ねて動けないでいるところに治癒術を飛ばしてきて、鍛錬続行させるなどの鬼畜めいた行動だけはしていたように思う。

 不敬だとも不実だとも分かっているが、それについては未だに恨めしい気持ちを持っていた。


「それじゃあ、緊張で実力を発揮できないなんて無様は、晒さずに済みそうだな」

「それについてはね……。ただ、エリート揃いの学園で、自分の実力が通用するかっていう不安はあるけど」

「随分と謙虚なんだな。……それとも、気圧されてるのか?」

「気圧されてるって事はないと思うけど……、単に自信がない所為かな」


 アキラが肩を落として溜め息を吐くと、意外なものを目にしたように凱人は眉を上げる。それから含み笑いを交えて口を開いた。


「それだけ理力を持っていてか? 他を見れば彼我の実力差だって自然と分かるものだろう?」

「いや、その辺ぜんっぜん駄目で……。どういう訳か、そういう察知する能力が欠けているみたいなんだよね……」

「そんな事あり得るのか?」

「お陰で鈍感過ぎるって馬鹿にされてるよ。比較できる対象を多く見れば、そのうち慣れるかもしれないとは言われてるけど……。どうも師匠達しか見てないせいか、判断基準が壊れてるらしい」


 ほぉ、と凱人は感心半分、呆れ半分で溜め息のような返事をしてアキラから顔を逸した。

 凱人は腕を組んで、競技場を挟んで反対側にいるミレイユ達へと視線を向けた。


「お師匠様か……」

「下手なところを見せると、また酷い目に遭わされるんだろうな……」


 それが単純に実力差から生まれるものであっても、食らいつく様がアヴェリンの基準から離れていれば、間違いなくそうなる。

 骨が一本折れる程度では勘弁してくれないだろう。そう瞬時に予想できてしまう自分が恨めしく、またそれに慣れてしまっている自分に呆れてしまう。

 怪我はすぐ治るとはいえ、骨折程度を当然と思っているのはどうなのだろう。


 そんな会話をしていると、二人の様子が見えたのか、漣までやって来て隣に立った。

 まだ順番は後とはいえ、こんな所に集まって良いのかという疑問は湧く。私語は禁じていないと言っていたが、クラスの列を離れるのは褒められた事ではない。


 本来なら群衆に紛れるのかもしれないが、男三人でいると、とにかく目立つ。

 今もアヴェリンやユミルから視線を向けられて、意味深な笑みを浮かべていた。アキラの両隣に立っている二人もその姿は見えていたようで、息を詰まらせるように動きを止めている。

 喉の奥からくぐもった声を出しながら、漣が声を掛けてきた。


「なぁ、お前って……あの二人に師事してんの?」

「助言めいたものは貰うけど、実際に手合わせしたりするのは一人だけ」

「全員から受けてる訳じゃないのか」

「そりゃ贅沢ってもんでしょう……。ただでさえ目を掛けて貰えるだけで奇跡なのに」

「まぁ、それはな。ただ、親しそうに見えたから、そういう事もあんのかな、と思ってよ」


 親しいと言えば親しいが、あれはアキラをオモチャにしたいだけだ。

 今日も一体何をしでかすつもりかと気が気じゃない。ミレイユの傍にいる限り滅多な事はしないと思うが、それだって決してアキラに平穏をもたらすものじゃないと分かっている。


 溜め息を吐きたい気持ちをグッと我慢して、今にも始まろうとしている試合を見守った。

 だがその前に、アヴェリンへと視線を向け続けている凱人が、熱を帯びるような声音で口を開いた。

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